ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第2章

第16話・動き出す時間

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 ――あれから1週間が経ち、10月1日の朝を迎える。ようやく反転文字も、脳で変換せず見た目で判断がつくようになってきた。

『00:8MA.I0\0I』 ピピピッ!

「春河君!もう8時よ!いつまで寝てるの!」
「ん……麻里……さっきまで魚釣り……してて……」
「もう!朝ご飯先に食べるわよ!」
「うぃ……」

 30分程して、音楽室に設けられたリビングに行くと皆はすでに朝食を終えていた。

「皆、おはよう。てメアリー、良く起きれたな。帰ってきたの4時前だったぞ……ふぁ……」
「ハルカ、やる気の問題ダ」
「そうだにゃぁ。ハルカはやる気不足なのにゃ」
「あはは!愛梨ちゃんにもバレバレね。ほら、春河君、顔洗って!朝ご飯の支度するから」
「ふぁぁい……」

 麻里が朝食の支度をしてくれてる間に僕は、洗顔をする。ちょうどアリスちゃんとクロコロも歯磨きをしていた。

「アリスちゃん、クロコロ、おはよう。傷は大丈夫か?」
「えぇ、もう随分良くなりましたわ」
「クロコロの薬は良く効くからのぉ」
「ねぇさま!そんなにお褒めくださると、私!」
「えぇい!くっつくな!歯磨き粉が付くではないか!離れ――!」
「ねぇさまぁぁ!」
「元気そうで良かったよ、はは…は……」

 僕は1人遅れて朝食を食べる。最近では皆の役割は決まっていて、麻里は家事全般、メアリーと愛梨が釣りと狩り、アリスちゃんとクロコロが設備の点検、僕は畑仕事が中心だ。
 皆それぞれ自分の仕事が終わると、お互いが自主的に終わってない仕事の手伝いをしたりと日課をこなす。午前中にはほとんどが終わり、午後からは各自自由に過ごしている。

「アリスちゃん、愛梨は元の体に戻れそうなのか?」
「わからぬ。ミラーワールドに来る途中でこうなってしまったのか、あるいはミラーレスの呪縛によるものなのか……」
「そうか……」

 愛梨は正気に戻りすっかり僕達と意気投合して元気にはなったが、猫族と同化したと思われる肉体はそのままだった。

「ハルカ、どうしたにゃ?難しい顔してるにゃ」
「いや、愛梨が可愛いからどうしたものかと……」
「もう恥ずかしいにゃ!子供は何匹欲しいにゃ?」
「何匹……」

 大分、猫族寄りになっている気はするが、正気を保っているならそれで今は良しとしよう。
 それより、ミラーレスの事が気になる。メアリー、愛梨と立て続けに連絡が取れなくなったらどうするだろう?
 いっそトイレにある姿鏡で1度試してみるべきなのか?話によると、決められた鏡の前でキーホルダーをかざすと通話が可能らしい。

「それももう考えていますわ」
「クロコロ……」

 僕が愛梨の首にかかっているキーホルダーを見て物思いにふけっていると、察した様にクロコロが話しかけてきた。

「ミラーレスの事なのでしょ?」
「あぁ……1週間も連絡が無くなればさすがに何か動きがあるんじゃないかと思ってな」
「大丈夫ですわ」
「どういう事だ?」
「実はねぇさまと相談して、毎晩2時に愛梨には連絡を取らせていますのよ」
「え?そうなのか!知らなかった……」
「猫族は元々夜行性ですもの、夜は強いですわ。それにあたかも操られている芝居をさせているんですのよ」
「芝居!そう言う事か」
「えぇ、ここでの暮らしをする上でのねぇさまが課した条件ですわ」
「もう手は打っていたのか。さすがだな」
「ねぇさまはすごいのです!」

 自分の事の様に嬉しそうなクロコロ。
 しかし、そんな平穏な暮らしも長くは続かなかった。さらに10日程が経った頃だった。


……
………

カタン――

 深夜、物音で目が覚める。2階ではない。1階から物音がする。
 皆も気付いた様でリビングにすでに集まっていた。今日はまだ愛梨が定期連絡を行っていない。その為、リビングには愛梨の姿もある。

「麻里、何の音なんだ?」
「春河君、起きたのね。わからないのよ。今、アリスちゃんとクロコロちゃんが様子を見に行ってる」
「ソロソロ、ママンにバレる頃合いかもしれナイ……」
「ミラーレス様が、おこしたら怖いにゃ……」
「1階の女子トイレは施錠してあるんだろ?」
「そうにゃ。私がミラーレス様に連絡する以外は外から鍵を掛けてるにゃ」
「それなら大丈夫なんじゃないか?仮に誰かが鏡を伝って来ても、トイレからは出られない……よな」
「そうなんだけどにゃ……不安たっぷりにゃ」
「分かった。危なかったらすぐに戻るよ、その時は踊り場のドアを閉めれば安全なはずだ」
「そうね……アリスちゃん達の事も心配だわ」
「ワタシもイク」
「メアリー、ありがとう。麻里と愛梨はここで待っててくれ」
「うん、気を付けてね……」
「分かったにゃ……えっと……うぅん、何でもないにゃ」

 僕はメアリーと、アリスちゃん達を探しに1階の女子トイレへと向かう。
 トイレの前でアリスちゃんとクロコロが何か話をしている。

「アリスちゃん!クロコロ!大丈夫か!」
「おぉ、春河。起きたのか。こっちは大丈夫じゃが、これを見てみろ」
「これ?」

 アリスちゃんが指差す女子トイレのドアを見て腰を抜かしそうになった。メアリーも僕の後ろへと隠れた。

「ウッ……キモイ……」
「何だこれ……!」
「亡者共ですわ。トイレの中の姿鏡から湧いたのでしょう。中は真っ暗ですものね、動けるはずですわ……」

 亡者がドアに張り付き、すりガラスから交互に皮膚のない顔が見え隠れする。
 腐敗臭もし、そのグロテスクな動きに吐き気を覚える。

「そもそも亡者は陽の下では生きてはいけぬ。ここから出たとて朝には死滅するじゃろう。しかし夜は話が別じゃ。このドアすら壊しかねん」
「そういう事ですわ。今からこのドアに結界を張り、さらにバリケードを作りますわ。春河、皆を呼んで来てくれませんか。少し手伝ってもらいますわ」
「分かった」

 皆で机や椅子を運び、1階の女子トイレ入り口を塞いでしまう作戦だ。僕は急ぎ2階へと向かい、麻里と愛梨を呼びに行く。

「おぉい!麻里!愛梨!ちょっと手伝ってくれ!」

 音楽室のドア開け、声をかける。さっきまでそこにいた麻里と愛梨に――。しかしそこにいたはずの麻里と愛梨の姿が見えない。部屋も覗いて見たが、部屋にもいない。

「いない?トイレにでも行ったのか?」

 僕は2階の女子トイレの前でも大声を出して、2人を呼ぶ。しかし返事はない。

「おかしいな……」

ちょうどそこへメアリーも2階へ上がって来た。

「ドウシタンダ?2人は……」
「いないんだ。さっきまで音楽室にいたのにな、メアリー手分けして探そう」
「……アァ、わかっタ」

 僕とメアリーは片っ端からドアを開けて麻里と愛梨を探す。しかし2階のすべての教室にも2人の姿は無かった。

「オカシイ……一旦、オヤカタの所へ行コウ」
「あぁ……」

 嫌な予感しかしない。1階に向かいながら頭をフル回転させるが、思い当たる節がない。

「アリスちゃん!クロコロ!」
「遅いですわ!あら?麻里と愛梨は……?」
「それが……どこにもいないんだ」
「うむ……まさかの……。急ぎ、ここを終わらせるのじゃ!」
「はい!ねぇさま!」

 皆で近くの教室からテーブルや椅子を持ち出しトイレのドアを塞いでいく。15分程の作業でようやく入口が塞がった。
 そしてアリスちゃんが更に結界を張ると、亡者達の声が小さくなっていく。

「これで十分じゃろう。さ、2階へ戻るぞよ」
「アリスちゃん、麻里達は……」
「……」

 皆で2階の音楽室に戻り2人の痕跡を探す。僕とメアリーが1階に下りて戻ってくるまでは5分程だったはずだ。たった5分で姿を完全に消す事が出来るだろうか。

「……やられましたわね」
「クロコロよ、気付いたかぇ?」
「はい、ねぇさま……」
「何?どういう事だ?麻里と愛梨はどこに行ったんだ!」
「アッ!鏡がナイッ!」
「え?」

 メアリーが指差した所は、リビングの角だった。いつも立てかけてあった姿鏡が無くなっている。

「1階の亡者騒ぎはおとりだったみたいですわね……」
「うむ。本命はわしの持つ姿鏡じゃったか。ちぃと、しくじってしまったのぉ……」
「どういう事なんだ!麻里と愛梨は無事なのか!」
「愛梨……は無事じゃろうな。姿鏡に麻里を押し込み、それを持って逃げたというところじゃろう」
「そうですわね、でもどこから……」
「ふむ。この音楽室の下はちょうど1階の女子トイレかの……」

 アリスちゃんが床に耳を当て、聞き耳を立てる。しばらくすると、アリスちゃんはそのまま床を這いずる様に移動していく。

「この辺りじゃ……」

 それは麻里の部屋だった。麻里の部屋にあるベッドを動かすと、点検口の様な穴が空いている。

「この穴から降りて、1階の天井を抜けばおそらく女子トイレの上に出れそうじゃな」
「さすがねぇさま!」
「アリスちゃんの姿鏡を持ったまま、女子トイレの姿鏡へと入ったのか……!」
「猫族じゃから出来る身のこなし……という事じゃ」
「アリスちゃん!どうする!僕等も愛梨を追いかけて女子トイレの姿鏡に入れないのか!」
「ハルカ、落ち着ケ。女子トイレは亡者で溢れてイル。今が3時過ぎだカラ、朝まで待つしかナイ」
「うっ……くそ!」
「春河よ、気がせくのもわからんでもない。じゃが、朝まで少し仮眠を取るぞよ、無策で突っ込めばそれこそミラーレスの思う壺じゃ」
「……わかった」

 皆、それぞれの部屋に戻り7時にリビングに集まる事になった。
 興奮状態で寝付けないと思っていた。しかし10分もしないうちにいつの間にか眠りについた。


……
………

『……ル君。ハル君』
「え?この声は……?まさか咲?」
『そうよ、久しぶりね』
「姿は……やっぱり見えないか……」
『今ね、冥界にいるのよ?』
「冥界?そうだった。咲は、魂になって……」
『そんな顔しないで?――ハル君、いい?愛梨ちゃんにはくれぐれも気を付けて……』
「咲?おい!咲!まだ行かないでくれ!咲――!」

………
……


ピピピ……

 アラームが鳴っている。最悪の目覚めだ。夢に咲が出てきた気がするが……何を伝えたかったんだろうか。
 僕は目をこすりながら、ベッドから起き上がる。すると寝る前の状況が頭に徐々に蘇り、自然と目が覚めてくる。

「そうだ……麻里を助けないと……!」

 僕はそのまま皆が待つであろうリビングへと向かった……。
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