ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第2章

第15話・まさか……

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 ――9月17日1階女子トイレ。

「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 それはアリスちゃんの絶叫だった!
 愛梨が外部との連絡を取る為に1階の女子トイレの鏡を使っている可能性があり、僕達は女子トイレを調査していた。
 そして一番奥の扉には鍵がかかっており、アリスちゃんが恐る恐る鍵を外し扉を開ける。

ギィィィ――

「!!?」

 アリスちゃんは腰を抜かし、床に這いつくばり悲鳴をあげたのだ!
 すぐさまクロコロがアリスちゃんをかばう様にトイレの前に立つ!

「何者だ!!出てこい!」

 僕は女子トイレの入口、廊下で見張りをしていた為に中で何が起きているかはわからない。それがただ事ではない空気だけは感じた。
 クロコロがトイレの前で何者かを相手に威嚇をする。

「――出てこい!貴様、ねぇさまの……ん?」
「クロコロちゃんどうしたの?」

 麻里が、動かないクロコロの後ろからトイレの中を覗き込む。

「鏡?え?姿鏡がある……」
「鏡……?」

 床に這いつくばっていたアリスちゃんが何事も無かった様に立ち上がり、クロコロと麻里の後ろから中を覗き込む。

「ねぇさま……これは……!」
「うむ……どうやらわしは己の姿に驚い――」
「ねぇさま、これは別の姿鏡かもしれませんわ!」
「そ、そうじゃの!これを使って木下愛梨は連絡を取っていたのかもしれぬ!そうじゃそうじゃ……」

 アリスちゃんは自分が驚いた事を無かった事にしようとしている。傍から見ている僕は冷静に状況を分析した。
 つまりはこうだ。トイレの中にあった姿鏡に自分の姿が映り込み、亡者と勘違いし飛び退き、叫び声を上げ、床に這いつくばったのが……アリスちゃんだ。

「なぁ、アリスちゃん。そんなに驚かなくても――」

 分析結果を報告しようと声をかけようとした時だった。
 凄まじい殺気をクロコロから感じた。体から黒い蒸気が上がり、目は赤く光り、今にも飛びかかりそうな勢いだ。

……僕に。

「春河……それ以上口を開き、ねぇさまを愚弄すると貴様の首を落とすわ……」
「ひひゃっ!」

 思わず変な声が出てしまった。少しだけちびりそうになるが、トイレが横にあるのでそこは安心だ。

「ねぇ、アリスちゃん。この鏡はやっぱり元の世界に繋がっているの?」
「どうじゃろうな。もしこれをミラーレス関係の誰かが用意したとなると、あやつの持つミラーワールドに繋がっているのかもしれぬ。今はさわらぬ方が良いじゃろう」
「そっか。でも連絡方法はわかったわね」
「そうじゃの。さて、これで木下愛梨を放置しておくのも終わりじゃ。捕まえて吐かせるとするかの」
「わかりましたわ、ねぇさま。今夜、天井から出て来た所を取り押さえますわ」
「うむ。任せたぞ、クロコロよ」
「はい!ねぇさま!」

 ――そして夜を迎える。

 深夜2時。1階トイレ前で身を低くしクロコロが待ち構える。クロコロは暗闇に溶け込み、そこにいる事を知らなければ気付かないだろう。僕と麻里は昇降口側の通路、アリスちゃんとメアリーは体育館側の通路に身を隠し、その時を待つ。

カチャン――

 予想通り、天井の点検口が開きはしごを伝い、愛梨が降りて来た。
 愛梨はそのままいつもの様に昇降口へと向かい歩き出す。そして廊下の曲がり角……トイレの前でそれに気付いたが、すでに遅かった。

「木下愛梨、大人しくしろ!」
「クッ!」

 クロコロが暗闇から愛梨に飛びかかると、激しく転がり壁にぶつかる音が聞こえる。
 僕達も急いでクロコロの元へと駆け寄る。廊下の反対側からはアリスちゃんとメアリーも駆けて来る。

「よし!クロコロ、抑えてくれ!今ロープを愛梨に――」
「シャァァァ!!」

 愛梨は人間とは思えぬ力で、クロコロと僕を払い除け、そのまま壁に向かって飛んだかと思うとそのまま壁から天井を伝い、アリスちゃん達の頭上を走って行く。

「に、逃がすか!」
「愛梨のあの動き……猫族の……!」

 愛梨はアリスちゃん達をかわすとそのまま体育館の方へと走って逃げる。

「春河君!気を付けて!」
「分かってる!麻里はメアリーとここで待ってて!」
「うん!」

 僕は、アリスちゃんとクロコロの後を追い体育館へと走る。

「はぁはぁ……アリスちゃん、クロコロ、愛梨はどこに……?」
「しっ!」

 呼吸をする声すら大きく聞こえる。静まり返った真っ暗な体育館ほど不気味なものはない。
 この何処かに愛梨がいて、今もこちらの様子を伺っているのだ。

「どこじゃ……」
「ねぇさま、私の後ろに下がってください……」
「うむ……」

 僕はクロコロに背を向け、入って来た入口の様子を伺う。
 僕の背とクロコロの背に挾まれたアリスちゃんは気まずそうな顔をしている。
 そのまま3人はおしくらまんじゅう状態で体育館の中央へと歩み寄った。

「……」
「……」

 沈黙が体育館を包み、背中から汗が流れる。
 そして月明かりが体育館に差し込む瞬間、頭上で何か光った気がした。

「上だ!!」

 僕の叫び声が体育館に響き、クロコロがアリスちゃんを突き飛ばす!

「ぐべっ!」

 変な声を出したままアリスちゃんは床に転がり、そしてアリスちゃんがさっきまで立っていた中央のサークルには床に爪を立てた愛梨がいた。

「クロコロッ!」
「私の事はいい!春河!早くそいつを抑えろ!」
「わ、分かった!」

 床から爪が抜けない愛梨を抑える事は造作も無かった。しかしどう見てもクロコロが傷を負い、血が流れている。

「春河君!大丈夫!」
「麻里!明かりと、傷薬を持って来て!」
「分かった!」

 すぐに体育館の電気が点き、状況が見えてくる。クロコロの右腕には爪が突き抜けたであろう跡があり、それを無理やり引き抜いた傷があった。愛梨の片腕も血で染まっている。
 アリスちゃんが愛梨にロープをかけ、がんじがらめにする。

「シャァァァァ!」
「人語を忘れるくらい自我を失っておるの……どれ……」

麻里が救急箱を急いで持ってくる。

「麻里!包帯と……あと何だ!ガーゼか!」
「わ、わかったょ!こんなに血が流れて……!」
「くっ!」
「クロコロ、ちょっと痛いけど我慢しろよ!」

 傷口に止血剤を吹きかけ、ガーゼを包帯で巻いていく。医療の知識など無い。まずは血を止める事を優先に考えた結果だ。
 クロコロは顔色が悪く、床に寝転がってしまった。

「少し……寝るわ……」

そう言うとクロコロはすぐに寝息をたて始める。

「麻里……保健室に医療関係の本とか無いかな……止血が合ってるかもわからない……」
「さ、探してみるわ」
「……ちょっとマテ」

 ここ数日、口をあまり開かなかったメアリーが声をかけてくる。

「カワレ……」
「あ、あぁ……」

 手早く包帯を外し、消毒液をガーゼに染み込ませた物を傷口に当てる。一瞬、苦痛の表情をクロコロが見せるが、また寝息を立て始めた。そしてタオルを切り、ガーゼの上から巻き直し包帯で止める。

「これで様子をミル。血が止まらなかったら、縫うしかナイ」
「メアリー……ありがとう。助かった」

 メアリーは黙って立ち上がると、縛られた愛梨の元へと歩く。

「オヤカタ、愛梨と話をさせてほシイ」
「なんじゃ、メアリー。こやつと知り合いなのか?」
「タブン……」

 そう言うとメアリーは暴れる愛梨の頭元に座る。そして上から顔を覗き込むと何やらブツブツと話始めた。
 会話は聞こえない。まるで念仏を唱えているようだ。
 しばらくすると暴れていた愛梨が大人しくなり、顔も穏やかな表情になっていく。

「メアリーよ。先程の術は傀儡くぐつで相違ないか?」
「……ハイ、オヤカタ」
「話してみよ。事と次第によっては、お主も捕らえねばなるまい」
「……ハイ」
「春河よ、麻里と一緒にクロコロを保健室へ運べるか?」
「あぁ、でもアリスちゃん。1人にして大丈夫か?」
「構わぬ。クロコロを頼んだぞ」
「分かった」

 アリスちゃんが僕に頼み事をするなど、今まで無かった。たぶんメアリーと2人で話をしたいのだろう。
 僕はクロコロを背負い、麻里と保健室へと向かう。

………
……


 ――30分程経っただろうか。保健室で待つ僕と麻里の所へアリスちゃん達が帰って来た。
 ベッドに愛梨を寝かせると、寝息を立て気持ちよさそうに眠っている。その横でクロコロも寝息を立てている。

「アリスちゃん、メアリー……」
「うむ。春河、麻里よ。驚くでないぞ?メアリーの――」
「私のママンは……ミラーレスだワ」
「メアリーの母親はミラーレス……じゃ」

 メアリーがアリスちゃんが言い終わる前に正体を明かし、完全に言いそびれて複雑な心境のアリスちゃん。

「驚いたけど、何と言うかタイミングが悪いと言うか……」

麻里も複雑な顔をしている。メアリーは話を続ける。

「全部話すワ……私はこのミラーワールドでアナナ達を監視しする様に言われて来たノヨ」
「!?……え?アナナ達!?」
「えぇデス。デモ、気が変わったノ。アナナ達の……」
「アナナ達の?」
「……優しさに触れてしまったカラ」

 少し照れくさそうにメアリーは顔を赤くする。それを見た麻里がメアリーに近付き、ギュッと抱きしめた。

「メアリー!私達はもう親友なのよ!」
「麻里シャン!!ウッ……」

 以前言っていたメアリーの探していたキーホルダーと言うのが、現世界との通信手段だったらしい。愛梨の服のポケットにも同じ物が入っていた。そしてもう1つのポケットからは毒と書かれた小瓶が出てきた。
 瓶をメアリーが回収しアリスちゃんに渡した。そしてメアリーは話を続ける。

「アイリはこのまま毒を吸引シナケレバ、そのうち正気に戻ル。この毒は水に入れると溶けやすく、匂いもシナイ。コレを飲むと幻覚が見えダシ、徐々に弱リ、いずれ動かなくナル」
「水……!?夜な夜な小川に行ってたのは水浴びではなく、毒を入れていたのか!」
「ダイセイカイ」
「それで僕は腹の調子が悪かったのかも……」
「タブン、ソレ」
「して……お主がミラーレスの子である事には変わりないが、これからどうするつもりじゃ?」
「……皆の判断に任せル。信用できナイなら、夜に正門から出されてもモンクは言わナイ」
「そんな事をしたら亡者に――!」
「そのくらいの覚悟がある……と言う事じゃな?」
「ウン……オヤカタ……」
「あい、わかった。お主の処遇はクロコロが目覚めてからにするとしよう。それと木下愛梨が目覚めた時にまた暴れるかもしれぬからの」

 愛梨はベッドで眠ってはいるが、ロープでまだ縛ったままの状態だ。

「ワタシ、アイリのご飯を釣ってクル。春河、一緒に来てホシイ……」
「あぁ、わかった。こんな興奮した状態じゃ、どうせ寝れないだろうし、付き合うよ」
「エッ……ハイ。末永くよろしくお願いシマス……」
「あっ、いや、そういう付き合いじゃなく――」
「春河君……君って人は、愛梨ちゃんの事と言い、女の子だったら誰でもいいの?」
「麻里!違うって!今の流れはメアリーが――」
「ふふ、冗談よ。行ってらっしゃい。私はアリスちゃんと、2人が目覚めるのを待つわ」
「もう……びっくりした……」

 僕達は愛梨が目覚めるのを待って話を聞く事にし、朝までアリスちゃんと麻里が交代で見張りをする事になった。

 ――この時、ミラーレスが水面下で密かに動き出している事にまだ誰も気付いてはいなかった……。
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