ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第2章

第14話・トイレの……

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 ――9月10日午前8時。

 翌朝、皆で昇降口から体育館までの廊下を見て回る。昨夜、確かに人影が玄関から入ったのを見た。しかし体育館までの廊下の途中で、こつ然と姿を消してしまったのだ。

「麻里、あれはやっぱり木下愛梨だったのか?」
「えぇ、暗くてはっきりとは言い切れないけど。十中八九、愛梨ちゃんだと思うわょ‥…ただ髪の毛で顔を隠している様にも見えたわ」
「でも腑に落ちないな。どうしてコソコソと隠れて、しかも夜中に動き回るなんて……」
「ソレはアレダ。女子とはそう言うモンダ」
「え?そうなのか?」
「違うわょ‥…春河君、メアリーの言うことを間に受けないの」
「ムキィィィ!お年頃のムスメはムスコを探して夜な夜な歩き回るのデスッ!」
「どんなムスメやねん……」

 皆で体育館までの廊下を2度往復してみたが、変わった所はない。

「アリスちゃん、クロコロ、何か感じないのか?」
「魔物が殺気を放っているならともかく、ただの人間じゃからのぉ。気配など元々無いに等しい……」
「ねぇさまの言う通りですわ。春河と麻里の見間違えと言う事はありませんの?」
「いやいや、そんなワケはない。2人で見たんだ。なぁ、麻里」
「うん……」

 麻里は腕組みし、難しい顔をして真剣に考えている様だ。しばらく皆で麻里の様子を伺っていると、急にお腹の具合が悪くなってくる。

「う……ちょっとトイレ……」
「春河君、またなの?」
「昨日からお腹の調子が悪くて……」
「ニンシンでもしたカ?」
「ちがわいっ!」

 廊下の曲がり角には1階のトイレがある。もちろんここも調べたが誰もいなかった。
 僕は用を足し、皆が待つ廊下へと戻る。

「ごめんごめん、お待た――せいやぁぁ!!」
「ちょっと!春河君!大丈夫!」

 トイレ横の手洗い場で足を滑らせ、すっ転んでしまった。

「いてて……」
「もう!何してるの!気を付けてょ」
「あはは……すまない」
「それに顔色も良くないわ。きっと睡眠不足なのょ。今日はこれくらいにして休みましょ」
「大丈夫だって――」

 手を差し出してくれた麻里の手を取り、起き上がろうとした時だった。僕は麻里の後ろにある物に気付く。

「あれは確か……」
「どうしたの?春河君。私の顔に何か付いてる?」
「いや……そうじゃなくて、麻里の後ろの……」
「後ろ?」

皆がいっせいに後ろを振り返る。

「ナニもイナイゾ?」
「いや、天井……」

僕が指差した先には天井の点検口があった。

「点検口?春河君、いくら何でも……あそこには……」
「いや。春河よ、お主お手柄かもしれぬな」
「え?アリスちゃん?」

 僕達はアリスちゃんに言われ、場所を2階へと移し、図書室の天井にある点検口をクロコロが開く。すると収納されていたはしごが天井から降りてきた。

「これは!?」
「さすがねぇさまですわ!1階で点検口を開けたら、間者に気付かれると思い、わざわざ2階の点検口で確認するなんて!素敵ですわ!」
「うむ、中を見てみるが良い」
「はい!ねぇさま!」

 クロコロは器用にはしごを登り、天井裏へと入って行く。しばらくすると中から声が聞こえてくる。

「ねぇさま!この位の空間であればほふく前進は可能かと思われます」
「そうか。クロコロよ、良いぞ。戻ってくるがいい」
「はい!ねぇさま!」

 蜘蛛の巣とホコリまみれのクロコロが戻って来ると、心無しかアリスちゃんは後退りをしている様に見えた。

「う、うむ……ご、ご苦労じゃった。そうじゃ!クロコロよ、風呂に入って来るが良い!そうじゃ、それが良い!」
「ねぇさま!手を洗えばこのくらい大丈夫ですわ!」
「う……うむ……」

 そんなアリスちゃんとクロコロのやり取りを見ていて、ふと気が付いた。
 もしかして、今、この時にも……?

「なぁ……皆、もしかして……なんだが。今もこの足元に……」
「そう言われたらそうよね……音楽室の床の下に潜んでる可能性はあるわょ」
「そう言えば夜中に音楽室で物音が聞こえた気がしたんだが、あれは空耳ではなかったみたいだな。あの時、足元にいたんだな……愛梨が」
「ガクガクブルブル……」

メアリーが急に震え始める。

「監視されてイタノカ……!足元カラ!」
「どうしたの?メアリー。大丈夫?」
「麻里先生チョット、気分がすぐれまセヌ。保健室に行ってきマス……」
「え!だ、大丈夫!?春河君、私も付いて行くからまた後で――」
「あ、あぁ」

 麻里に付き添われ、メアリーは保健室へと下りて行く。

「アリスちゃん、愛梨は夜な夜な外に出て何をしているんだろう?」
「うむ……想像でしかないが……」

 アリスちゃんの想像では、夜中に天井裏から出て外へと行く。そして誰かとコンタクトを取って、ミラーワールドの情報を伝えているかもしれない、との事だった。

「愛梨は捕まえた方が良いのか……?それとも……」
「春河。捕まえるのは容易いが、それだと木下愛梨の命を危険にさらす事になるかもしれないわ。連絡役として使っているのなら、不要になれば現世界の木下愛梨を殺せば済む事……敵はそう考えるでしょうね」
「うむ……クロコロの言う通りかもしれぬ。どれ、交代で監視し、しばらく泳がせてみるかの。ただし今後、音楽室でのミラーレスを含む発言は禁止にしての」
「……そうだな。麻里とメアリーにも伝えてくる」
「たぶん……ですが、夜に動き回ると言う事は昼間は寝ているのですわ。今のうちに作戦を立てましょう」
「わかった、クロコロ」

 僕は保健室へと行き2人に事情を説明する。なぜかイヤイヤするメアリーを外し、僕と麻里、アリスちゃんとクロコロのチームで、毎日交代して見張る事にした。
 今夜は早速、僕と麻里の番だ。昼間に仮眠を取り、夜に備える。

 ――そして深夜2時。今日は場所を変え、屋上から監視をする事にした。ここなら愛梨の行き先も見えるかもしれない。月が辺りを照らし、うっすらと明るい。

「麻里、そっちはどうだ?」
「うぅん、まだ来ないみた……あっ!今、出てきた!」
「分かった!そのままそこで見ていてくれ」
「うん!」

 麻里は昇降口の上から監視をし、僕は反対側の体育館入り口付近を上から監視をする。
 麻里との会話は古典的ではあるが、昼間にパイプを繋いでヒソヒソ話が通る様にしていた。
 愛梨は昇降口を出て校舎沿いに体育館へと向かう。そして体育館を通り過ぎ、なぜか学校に引き込んでいる小川へと向かった。

「ん?愛梨はあんな所で何を……?」
「春河君、どうしたの?」
「いや、もしかしたら誰かとコンタクトを取るつもりかもしれない。麻里、そっちも注意してて」
「わかったょ!」

 パイプの向こう側からの麻里の返事を確認し、僕は注意深く愛梨の行動を監視する。
 念の為にアウトドア倶楽部から双眼鏡を持って来ておいて正解だった。月明かりでハッキリと愛梨の姿を確認出来る。誰か来ても顔は認識出来るだろう。

……そう思っていた。

「え?あっ……」
「どうしたの?春河君、誰か来たの?」
「……」
「春河君!」
「……はっ!いや!だ、大丈夫だ!え、と……月が隠れてちょっと見えにくくなったけど、大丈夫だ」
「え?どう言う事?」
「大丈夫だから!麻里はそっちを見張ってて!」
「う、うん。わかった」

 まさか、愛梨が……水浴びを始めるとは思いもよらなかった。わからないでもない。1日天井裏でホコリまみれでほふく前進は汚れるはずだ。
 服を脱ぎ、それをたたみ終えると小川へと入り体を洗っている。

(なるほど……麻里が言っていた愛梨の姿は、髪の毛で顔が隠れるくらいずぶ濡れだったのか……それにしても……)

 僕は双眼鏡を握りしめ、屋上から身を乗り出しそうなくらい下を見つめる。

「ごくり……」
「ねぇ、春河君。今、ごくりって……」
「え?いや……あぁ、お腹空いたなぁ……て。麻里は昇降口から目を離さないでくれ。誰かが来たら――」
「誰かって誰ょ?」
「え……」

ゴンッ!

 危うく双眼鏡を屋上から落としそうになった。なぜか反対側にいるはずの麻里が僕の真後ろで仁王立ちをしている。

「イテテ……麻里、急に危ないじゃないか!」
「春河君……屋上から飛び降りたいの……?」
「……すいません」

 麻里に双眼鏡を没収され、さらに見張り場所を交代させられた。
 今夜も僕の息子は大人しくお部屋へと帰って行く。いつか親離れし、独り立ちする日が来るのだろうか。否、親離れをすると僕が僕で無くなってしまう。
 そんな思いをはせながら、昇降口に入っていく愛梨を見つめていた。

 ――それから1週間。夜は交代で愛梨の見張りを続ける。しかし、毎日小川で水浴びをするだけで誰かとコンタクトを取っている素振りすらない。
 僕らは愛梨に気付かれぬ様、昼間に保健室へと集まった。

「木下愛梨に不審な様子は伺えませんわね」
「そうじゃの、1週間様子を見たが外部と連絡を取っているとしても、手段がわからぬ」
「なぁ……愛梨はさ……」
「春河、何か不審な点でもあったのかしら?」
「いや、そうじゃないんだけど」
「何でも気になった事は言ってみるがいい」
「夜中に水浴びして寒くないんかなって――」
「……それでねぇさま、今後いかが致しましょうか?」
「そうじゃのぉ……」
「なぁ……愛梨はさ……」
「春河、他に不審な点でもあったのかしら?」
「いや、そうじゃないんだけど」
「何でも気になった事は言ってみるがいい」
「トイレとか我慢してるのかなって――」
「……それでねぇさま、今後いかが致しましょうか?」
「そうじゃのぉ……」
「ちょっと待って!春河君!トイレょ!そうだわ!」
「麻里?トイレに行きたいのか?」
「違うわょ!私じゃないわ!愛梨ちゃんは夜中に降りて来て、目の前にあるトイレに行くんじゃないかしら!」
「確かに目の前には1階のトイレはある。だけど水を流したらすぐにわかって――」
「春河君、そこじゃないわ!トイレの中に何があるの?」
「……僕はさすがに女子トイレには入らないから何があるかまでは……」
「あぁ!もう!鏡よ!鏡!」
『あっ……』

全員、口を開け、お互いの顔を見合わせる。

「トイレの中にある手洗い場の鏡で、もし外部と連絡を取っていたら屋上で見張ってる私達にわからないわ」
「……なるほどの。麻里よ、そなたの言う通りかしれぬ」
「私達は2階のトイレを使うから、音楽室で生活しだしてからは1階のトイレはほとんど使用していない」
「ねぇさま、木下愛梨が動かないこの昼間にトイレを調べに行きましょうか?」
「うむ、そうじゃの。ちょっと行ってみるか」

 僕達は保健室を出て、廊下の角にあるトイレへと向かう。僕は廊下で見張りをし、アリスちゃん達は女子トイレに入って行く。
 中から声が聞こえ、どうもトイレの一番奥の個室だけ鍵が掛かっている様だった。

「ねぇさま、手洗い場の鏡からは魔力は感じませんね……」
「うむ。そうなると、やはり一番奥の個室が怪しいの」
「ねぇさま、開けてみて下さい……」
「う、うむ……え?わしが?」
「ねぇさまが一番奥におられたので!」
「う、うむ……」

 トイレの奥にはアリスちゃん、麻里、クロコロの順番で入っている。女子トイレの入口は開けっ放しで、僕も中の様子を見ることが出来た。メアリーはまた体調を崩し、保健室で横になっている。

「あ、開けるぞよ……」
「はい!ねぇさま!」

カチャ――

 次の瞬間!
 僕が見たのはアリスちゃんがのけぞり、トイレの床に這いつくばる姿だった……。
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