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第1章
第11話・魚釣りをしよう!
しおりを挟む――9月3日。
音楽室に神妙な顔をしたアリスちゃんが、現世界から戻って来ていた。
「アリスちゃん!帰ってたのか!今、咲が――!」
「千家よ、まずい事になった……」
「え?どうしたんだ、いったい……」
「皆を集めてくれぬか」
「分かった。麻里達は今、咲の着替えをしているからそれが済んだら……」
10分後。皆が音楽室に集まり、アリスちゃんが口を開く。
「東宮咲に鏡を渡した人物がわかったのじゃ」
「いったい誰だったんだ?」
「名は……木下愛梨。お主らと同じ学校の生徒じゃ」
「木下愛梨?麻里、メアリー、知ってるか?」
「えぇ知ってるわ、1つ下の同じ弓道部の子ょ」
「ワタシは見た事も聞いた事もナイ。ただ話した事はアル」
「メアリーそれは日本語がおかしい……いや、麻里が知ってるならそれでいいか」
「ムスゥゥ」
「それでその愛梨がなんで咲に鏡を渡したんだろう?」
「ある人物に頼まれて……いや、操られて。と言った方が良いじゃろう」
「操られて?まさか!」
「うむ。企みはわからぬが今回の件もまたミラーレスが関与しておると見て間違いは無さそうじゃ」
「早くいつきに教えないと!」
「そう思ったんじゃが、現世界の鏡の反応が無いのじゃよ。どちらにせよ、向こうからコンタクトが無い限りこちらではどうする事も出来ないがの」
「アリスちゃん、いっちゃんの身に危険があるかもしれないの?」
「どうじゃろうな。西宮いつき、あるいは木下愛梨。どちらかに危険が及ぶ可能性はある」
「そんな!いっちゃんが!」
「鏡、鏡、鏡……!そう言えばいつきに頼んで物置から地下倉庫に移動したんだった!」
「ふむ、鏡の反応が無いのはそれじゃな。わしがこちらに戻った後に鏡を移動したのじゃろう。地下室はの、食料が腐らぬように特殊な防壁を張ってある。それが裏目に出たみたいじゃの……」
「いつきが連絡が取れない事に気付いて、また地上に鏡を戻したら連絡がつくのか?」
「そうじゃ。しかしそれに気付くかどうか……」
「……」
皆、無言になってしまった。いつきがすぐに気付いて鏡を地上に出してくれれば良いが、連絡が取れなくなったと放置されるといよいよ向こうの様子がわからなくなる。
「アリスちゃん……そうなると僕たちは戻れなくなったりするのか?」
「そこは安心せい。最悪、8月8日の日にクロコロに現世界へ行かせて元の場所に戻させる事は出来る」
「良かった……じゃあ今回もクロコロが戻って来たら、ささっと鏡を元の場所に戻し――」
「たわけ。千家よ、軽々しくクロコロにそんな事を言うではないぞ?」
「な、なんでだよ!向こうに戻れるならそれくらい頼んでもっ!」
「1度死ぬんじゃよ‥…現世界とミラーワールドの行き来はの。条件が揃わぬ場合、無理に行き来するには肉体を現世界に置いたまま魂を抜くのじゃ。すなわち仮死状態じゃな」
「えっ……」
「お主等は鏡が繋がる8月8日に偶然こちらに迷い込んだのじゃ。メアリーは鏡の魔力がまだ消えぬうちに触れたのじゃろう。その場合、魂は抜けやすく痛みも少ないはずじゃ。しかし無理矢理こちらに来るには東宮咲の様に仮死状態になるしかない……とてつもない痛みを伴ってな」
「すまない。それは駄目だ……」
「わかればいいのじゃ」
弓子婆さんは義理の息子、真中さんの為に死ぬ思いで現世界とミラーワールドを行き来していたのかと考えるとゾッとした。それだけ真中さんを実の我が子の様に愛していたのだろう。
いずれ僕にも子供が出来ればわかるのかもしれない。いや、わかったとしても弓子婆さんと同じ事が出来るとは到底思えない。ただただ弓子婆さんを尊敬する。
「どちらにせよ、現世界からの接触と9月8日にクロコロ達が戻るのを待とうではないか。わしらが地団駄踏んだ所で何も変わりはせぬ。東宮咲の生死は……あとは運じゃな」
「運か……」
アリスちゃんの話しはそこで終わりになり、一同解散しそれぞれの日課へと戻る。
若干変わったのは、麻里が咲の看病といつきからの連絡待ちをすると言う事になり1日の大半を保健室で過ごす事になった。
そして、先日メアリーと話していた釣りについてアリスちゃんが力を貸してくれた。
「海を引き込む?」
「左様。幅が10m程であれば引き込めるじゃろう。正門付近では何かと邪魔じゃろうて、校庭の端で良かろう」
「良かろう、てそんな簡単に……。幅が10mあっても深さが数センチじゃ魚釣りも出来な――」
「深さも10mじゃ」
「え?」
それは目を疑う光景だった。いや、ミラーワールドを作ったアリスちゃんにしか出来ない芸当なのだろう。
海岸から校庭に向かい、10m間隔であらゆる物が消滅していく。木、土、石……空間5個分があっと言う間に消え、海と校庭の一部が繋がった。
そして一気に海水がなだれこんで来る。
「嘘だろ……!?メアリー!メアリー!ちょっと来て!」
「うるさいナ。ワタシはこう見えて忙し……ギョエェェェ!!」
「海が敷地内に出来た……」
「これで夜でも釣りが出来るじゃろ。海水にはそもそも亡者共も入っては来ぬ。安心するが良い」
「アリスちゃんって……すごいんだな……」
「親方……ヤベェ……」
それから、僕とメアリーは引き込んだ海に落ちない様に木杭を立て簡易の柵を作る。深さが10mもあるならとてもじゃないが泳げない人は溺れてしまう。
海を覗き込むと底は暗く何も見えない。
「本当に深さも10mあるのか。信じられない。海岸からは長さ50m……深さも長さも十分だな」
「早速、今夜試してミルカ。そこの若いノ、付キ合エ」
「ハイハイ……」
「ハイは1回だと習わなかったノカッ!!うつけ者めガ!」
「うつけ者っていつの時代だよ……」
その夜、早速メアリーと夜釣りに向かう。アウトドア用のランプとヘッドライトを使い、畑の脇道を足元に気を付けて歩く。
校舎を出てから校庭の端までは100m弱。フェンスの向こうでは無数の亡者が、あてもなく行ったり来たりしている。
「相変わらず薄気味悪いな……」
「まったくダ。とてもオイシソウ……」
「メアリー何か言ったか?」
「イヤ、オイタワシヤ……と言ったダケダ」
「あぁ、おいたわしやか。死んでも亡者にはなりたくないな」
そんな事を言っていると、目の前には昼間に作った柵が見えてくる。そしてこの柵に釣り竿をセットし魚のアタリを待つ事にした。
数分後――
「ん?メアリー、今、アタッたか?」
「そのヨウダ……」
ヘッドライトに照らされて見える竿先が、わずかだかおじぎをしている。
「モウ少シ、マテ……」
「あぁ……」
竿先はおじぎを繰り返しては止まる。魚が警戒しながらも餌をついばんでいる様だ。
グンッ!
竿先が急激に曲がり、竿が柵から転げそうになる!
「イマダッ!」
「よしっ!!」
メアリーの合図で竿を立て、魚のアタリに合わせると両腕に重い力が伝わってくる!
「おもっ……!!」
「バラすなよ!」
「わ、わかって……る……!くっ!」
魚は左へ左へ、沖に向かい逃げようとラインを引っ張る!ギギギギッ!とリールが悲鳴をあげ、竿は折れ曲がるくらいにしなっている。
「大物ダナ!」
メアリーが手を伸ばし、リールのドラグを少し緩めてくれた。ラインのテンションが軽くなり、少しずつ巻いていく。
その間もリールは悲鳴をあげ、竿は弧を描き曲がっている。
「何だ!こんな魚、昼間はかかった事ないぞ!」
「そうだろうナ!たぶんこれは……!」
メアリーには心当たりがあるのだろう。網を用意し、ヘッドライトで海面を照らす。
それからが長かった。魚がラインを引っ張る度に、その分ラインを巻き取るという動作を繰り返し、魚影が見えるのに10分はかかっただろうか。
「見えタ!アノ魚影はやはりスズキダ!」
「スズキ!?」
「ハルカ!気を抜くナ!」
「わ、わかった!」
さらに5分が経過し、ようやくスズキが海面に上がってくる。
「ワオォ……」
「でか……!」
僕は、竿を慎重に岸へと寄せ、メアリーが網にスズキを入れる。
網に入ったスズキは最後に大暴れしたが、メアリーが無事に陸へと上げた。
「や、やったぁ!!」
「でかしたゾ!ハルカ!」
お互いが手を取り合い、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。まさか1投目でこんな大きなスズキが釣れるとは思いもよらなかった。
「88センチ……!!」
メアリーが持参していたメジャーでサイズを測り、満面の笑みを浮かべた。
「腕の感覚がもう無い……」
「だらしナイ!もう1本イクゾ!」
「ちょ!たんま!連続では無理だって!」
「ムスゥ!」
メアリーは手際良く魚のエラにロープを通し、海中へと吊るす。釣りを終えるまで生かしたままにしておく様だ。
「なぁ、メアリー。この海の横にいけす……みたいな物を作っておいてそこでしばらく生かしたままにしておくと食料不足も少しは解消されるかな」
「それもそうダナ。明日親方にかけ合ってみヨウ。そんな事より次ダ、次!」
「えぇぇ……ちょっと休憩……」
「ダメダッ!」
スパルタなメアリーに尻を叩かれ、夜釣りを続ける。20時頃から始めてすでに4時間近く経っていた。釣果は上々。スズキ2匹、カサゴ3匹とサイズもちょうど良い形の魚が釣れた。
深夜0時になりアタリが無くなった為、撤収をする。
そこからが大変だった。魚が釣れたのは喜ばしいのだが、持って帰ってさばかなければならない。鱗を落としたりと、下処理をし冷蔵庫へと入れていく。
下処理が終わり、シャワーを浴びて部屋に戻ると深夜2時を回っていた。
「疲れた……」
シャワーを浴びたが何だか魚の匂いも鼻に残っている。
「次はもうちょっと早く引き上げ……」
そのまま僕は深い深い暗闇へと落ちる様にと眠りについた……。
………
……
…
ザザ……
『ル君……ハル君……』
「ん……咲か?」
『えぇ……あの日の話の続きなんだけどね……先生が誰かに……』
「誰か……」
『私も知らない女性だった……ブロンドの髪をした女性……』
「その女性と先生は何をしていたんだ?」
『……お金。一瞬だけど札束を受け取っていたわ……』
「金か……他には何かあったか?」
『そうね。私は足の裏が弱いから二度とこちょこちょしないでね……良い?二度としないでね?次したら別れ――』
「え?それはフリなのか?それとも――」
ザザ……
………
……
…
「うぅ……夢?」
枕から重い頭を起こすと朝日が顔に当たる。
「オイ、起きろネボスケ」
「メ、メアリー!?」
部屋の入口には眼鏡をふきふきしながら、メアリーが待っていた。
「サァ!行くゾ!ハルカ!」
「行く?ってどこへ?」
僕は何もわからないまま、服を着替え、メアリーに付き合う事になったのだった……。
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