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第1章
第7話・千家弓子
しおりを挟む――8月17日午前6時。
「春河君、おはょ」
「あぁ、麻里。おはよう」
「昨日は寝れなかったね……」
「そうだな……」
昨夜、深夜2時過ぎ。1階から鈴の音が聞こえてきた。僕は数度、鈴の音を聞き、麻里は1度だけ聞いた。2人共、その後部屋に戻ったがなかなか寝付けなかったのだ。
「もう明るいし、1階の様子を見に行こう」
「うん……、メアリーとアリスちゃんには?」
「2人共まだ寝てるし、後でな……」
「分かった。行きましょ」
2階から降りる階段で、麻里は僕の後ろに隠れている。僕は廃材の角材を1本持ち、ゆっくりと階段を降りる。
もう外は明るい。お化けや幽霊のたぐいならきっといないはずだ。そう自分に言い聞かせる。
「やっぱり……」
「そうね、開いてるわ」
玄関の鍵を締め忘れていた。鍵が開いて隙間が出来ている。
「誰かまだ1階にいるかもしれない。麻里は僕の後ろで距離を空けてくれ。もし何かあった時は2階へ逃げるんだ」
「う、うん……分かった……」
恐る恐る1つずつ部屋を見て回る。家庭科室、異常なし。1年生の教室異常なし。職員室異常なし……
ガラガラ――
「だ、誰かいるのか?」
保健室のドアを開けて声をかける。返事は無い。室内に入り、ベッドの下を覗き込む……。
「……誰もいない……な」
「春河君っ!?」
急に麻里が大声を上げ、慌てて起き上がる。
「ど、どうした!?」
「これ見て!!」
麻里が指差した先はベッドの上だった。
「……布団がめくれてる」
「うん……昨日、綺麗に整えたはずょ」
「誰か入って来て寝たのか?何の為に……?」
「でも朝にはいなかったわ。外から来て寝て帰って行った?」
「わからないな。アリスちゃん達が起きたら話をしてみよう」
「そうね……2人も、もしかしたら聞いてるかもしれないしね……」
それから7時になる頃には2人共起きてきた。音楽室の隅には家庭科室から移設した調理道具がある。サラダを盛り付け、缶詰を開ける。
朝食をテーブルに並べ席に付き、食べながら昨夜の話をしてみた。
「――という事があって、今確認して来たんだ」
「ソソソソソレハ……ブッソウブッソウダナ………」
明らかにカタカタ震えているメアリー。昨夜は音に気付かなかったみたいだが、そもそもこの手の話は苦手みたいだ。
アリスちゃんはと言うと、なぜか平然としている。茶をすすりながら、僕達の話を一通り聞いてくれた。
「ふむ。1つだけ心当たりはある。じゃが、なぜその様な事が起きているのかはわからぬ。この学校の周囲は結界を張っており、死人やもののけの類は外からは入れぬのじゃ……ズズズ……」
「あぁ、それは前にも聞いた。なのに昨夜は保健室で寝泊まりしていった様だったけど……」
「……そうじゃの。今夜、待ってみるかのぉ」
「イヤァァァァ!ワタシは御免コウムル!」
「あぁ、メアリーは部屋にいてくれ。僕達だけで見て――」
「ヒトリはイヤァァァ!」
「メアリー落ち着いて!私も一緒にいてあげるから!」
号泣するメアリーを麻里がなだめる。まさかここまで怯えるとは思わなかった。
その日はいつも通りの日課をこなし、早めに布団に入る。シャワー室の移設も日をずらし、後日行う事にした。
――深夜1時。
「もう40年も前の事じゃ。千家弓子……お前の婆さんと、1人の青年がここにいた」
「あぁ、前に日記で見たな。確か柳川真中さん……か」
「そうじゃ。当時、心臓病をわずらっておってな。現世界では食料不足に加え、鬼病が蔓延し始めたのじゃ。その鬼病は治療出来る者も、薬もない伝染病……」
アリスちゃんが言うには、鬼病から真中さんを遠ざける意味もあったそうだ。
そしてアリスちゃんはミラーワールドを作った。当時の小学校の鏡を利用して……。
「行き来出来るのはそれを知る、千家弓子と柳川真中のみ。しかし真中はすでに寝たきりの状態だった……。ミラーワールドで10年は生き延びたかのぉ……最後はこの学校で亡くなった」
「……そうか。それで亡霊になって現れる様に」
「それもあるじゃろうが、真中は弓子を母親の様に慕っておった。しかし、弓子も最後は鬼病になりミラーワールドに来れなかったと聞いた」
「真中さんは、婆さんをまだ待っていると?」
「さぁの……それは本人に聞くのが早いじゃろう。そろそろ時間じゃ。玄関に向かうぞぇ」
「あぁ、分かった。麻里、メアリーを頼む」
「うん、分かったょ。気を付けてね」
――深夜2時。
『チリーン……』
学校の外から鈴の音が聞こえる。玄関の鍵は開けたままにしている。
『ギィィィィ……』
誰も見えないのに、玄関のドアがひとりでに開く。
『チリーン……』
鈴の音がまた聞こえた。
「柳川真中で相違ないか?」
誰もいない暗闇にアリスちゃんが声をかける。すると、下駄箱にあったスリッパがひとりでに落ちる。
「うむ。そこにおるのじゃな?そのまま、わしの話を聞いてくれ」
静まり帰る昇降口で、アリスちゃんが独り言の様に話し始める。アリスちゃんはわずかだが小刻みに震えている様にも見えた。
お化けやもののけの類が大の苦手と言っていた。かなり無理をしているのかもしれない。
「ふぅ……千家弓子はとうに亡くなっておる」
『チリーン……』
「お主は待っておったのじゃろ?学校の保健室で1人。わしが聞いた話では、亡くなる1年程前に鬼病にかかり寝たきりになったと聞いた。その鈴……それは弓子が鬼病にかかった際に贈ってきた物であろう?」
『チリー……』
心なしか鈴の音が小さく聞こえた。
「その鈴はお主の妹、夢子がの、鏡の前に置いてくる様にと言われたそうじゃ」
鈴の音が聞こえなくなった。無音だと真中さんであろう亡霊がそこにいるかもわからない。
「妹の夢子は無事じゃ。弓子が亡くなった後に保護したのじゃ。弓子は最後までお主の事を案じておった。少なからず、現世界でいるより命は長らえたはずじゃ。もうゆっくり休むが良い。弓子……お主の母親は先に逝って待っておるぞ?」
そうアリスが告げると、玄関のドアがまた開いた。納得したのだろうか?
僕の知らない事ばかりで、真中さんがこの話でどこまで納得出来たかはわからない。ただ……最後に鈴の音が寂しそうに聞こえた。
『チリーン……』
………
……
…
早朝。皆で中庭の石碑に向かう。石碑の横には小さなお墓があった。昔、クロコロ達が建てたらしい。
線香の代わりに麻がらを燃やし、手を合わせる。
「あれ?お墓の上に何か……」
麻里がお墓の上にある物を指差す。
「鈴……!?」
「その鈴はの。お主の亡くなった祖父が元々付けていたものじゃ。それを弓子が形見として持っておった。鈴は真中に渡され、次は……春河よ、お主に託されたのかもしれぬな」
「爺さんの形見……」
僕は鈴に手をかけると、不思議と温かく感じた。まるでさっきまで誰かが付けていた様な……。
「真中さん。ゆっくり休んで下さい。この鈴は大事にします」
お墓参りを終え、音楽室へと帰る。そして朝食を食べ終えるとアリスちゃんが教えてくれた。
「鬼病とはの、今はもう無いが昔は治す事が出来ない伝染病じゃった。鬼病にかかると、幻覚を見、奇怪な言葉を発し、最後は苦しみ鬼の様な形相で亡くなっていくのじゃ」
「婆さんは苦しんで亡くなったのか……」
「クロコロの持つ秘薬でも効果は無かった。毒の類ではないからの。あれは呪い……なのじゃろう」
「呪い?」
「うむ。お主の祖父が亡くなる前に、鬼に銃弾を撃ち込んだ。鬼はすぐには死ななかったが、それが致命傷で数日後に最後は苦しんで死んだのじゃ。鬼病にかかって亡くなった人間は、胸の辺りに3つのアザがあったとか無かったとか……。それはお主の祖父、春文の撃った銃弾の数と一致するのじゃ」
「鬼病か……」
「まぁ、これで今夜からは安心して眠れるじゃろうて」
お茶をすすりながらアリスちゃんは答えた。皆、胸をなでおろし、メアリーもいつもの笑顔が戻っていた。
――が、その日の夜にまだこの話の続きがあった。
「アリスちゃん!何で言わないの!」
「だっての……その……言ったら恥ずかしいでの……」
「もう!この時間からは乾かないよ!」
「しゅん……」
「麻里、そんな大声出してどうしたんだ?」
「春河君!アリスちゃんが――」
「わぁぁぁぁぁぁ!こやつには言うんじゃない!」
「おもらしして――」
「は?」
今朝、アリスちゃんはおもらしをしていたらしい。誰にも言わず、布団をそのままにしていた所、麻里が掃除をする際に見つけたそうだ。
元々、アリスちゃんはお化けのたぐいが苦手だったはずだ。なのに昨夜は強がって、頑張ってくれたのだと思う。
「いいよ、僕が保健室で寝るからアリスちゃんは僕のベッドを使って。今夜はゆっくり寝れると思う」
「う、うむ……かたじけない」
「もう!春河君は甘いんだから!」
「はは、麻里。アリスちゃんは昨夜頑張ってくれたんだから。僕達だけではきっとまだ、理由もわからず怯えてる……」
「それもそうね……」
そんな事があり、僕は保健室で夜を明かす事になった。
――時刻は深夜2時。
なぜ人は深夜2時に目が覚める。そして脳が起きているのに体が動かない事を総称してこう呼ぶ。
【金縛り】と。
(……!?体が動かない……)
僕は目が覚めたものの、体が動かず困惑する。目はうっすら開く。だがそれ以上は体のどの部分も動かない。
(た……たすけ……)
声も出ない。喉から声にならないうめき声が出る。
『チリリリン……』
腕に付けている鈴がなぜか振動し音を鳴らす。何かに反応しているのだろうか。
いや、それより勝手に鈴が鳴る事の方が怖い。暗闇で鈴の音だけが定期的に聞こえてくる。
(真中さん……たすけ……て)
それは真中に助けを求めると言うより、この金縛りと関係があるのなら、やめて欲しいという気持ちだった。
『ギィィィ……』
保健室のドアが開く音が聞こえた。アリスちゃんでも、麻里でも、メアリーでもない。直感でそう思った。
(誰誰誰誰!?)
保健室の入口に誰かがいる気配がする。怖くなり、目を閉じる。
『チリーン!』
『みぃつけた――』
「○※□◇#△!!」
鈴が大きく鳴った後、突然、耳元で声が聞こえた。それははっきりと『みぃつけた』と言った。
僕は言葉にもならない大声を上げた……が、声が出ているのかすらわからない。
『パチン――』
何か音がした所までは覚えている。しかし僕はもう目が開けれず、そのまま深い深い眠りに落ちていく。
防衛本能なのだろうか。その時の『パチン』と言う音が耳に残っている。まるで僕の中の電源が落ちた様な音だった……。
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