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第1章
第1話・ミラーワールド
しおりを挟む何も見えない……真っ暗な闇が広がる。目を開けているのか、つむっているのかさえわからない程の暗闇だ。
「そうか……僕は鏡に頭から突っ込んで……やはり死んだのか……?」
身体中が痛い。全身筋肉痛の様な痛みだ。と、顔を横に向けると遠くに虹色の光が見えた。
「はは……あそこが天国の入口か?童貞のまま死んだんだからせめて死後にでも……」
よくわからない思考をしながら、ふらふらと光の方向へと向かう。歩いているのか、浮いているのか、足の感覚もにぶい。30分は歩いただろうか。ようやく手に光が届く所まで来た。
「もう疲れた……楽にしてくれ……」
生きる事への執着も、彼女の事も、家族の事も考える余裕など無かった。ただ、楽になりたい。その一心だった。
光に触れると、身体が吸い込まれる様に光に飲まれていく。それが何とも心地よかった。痛みはなく、優しいぬくもりに包まれていく。
「皆、さようなら……今までありがとう……」
そんなありきたりな言葉で僕は人生を締めくくった。
………
……
…
と、思っていたのに目が覚めると、学校の中2階に座っている。鏡にはいつも見慣れた自分が映っていた。
「え?生きてる?」
身体を見下ろすが、傷もなく、さっきまでの筋肉痛の様な傷みさえ消えている。
「何だ?夢……か?」
「――夢子ではないよ。私はシロコロ・チャンと言います。よろしくね」
「あぁ、僕は千家春河、よろしく。え?誰?」
「シロコロ・チャンです」
「あぁ、僕は千家春河。そうじゃなくて、あなたは誰ですか?」
「え?だからシロコロ――」
「いやそうじゃなくて――」
「……」
「……」
初対面の女の子と会話が噛み合わず、お互いが探り合いをしているうちに無言になる。
真っ白な短めの髪に、大きな目。身長は150センチくらいだろうか。僕と同じ学校の制服を着てはいるが、こんな子は見た事が無い。控えめにいってかわいい。咲程ではないが、同じクラスにいたらモテるだろう。
そんな事を考えていると、階段の上から声がかかる。
「いつまでグダグダしているのですか。ねぇさまがお待ちですわよ?」
「クロコロ姉さん!」
「クロコロ?グラコロみたいな――」
「黙りなさい。千家の小せがれ」
「え?千家?僕の事を知っているのか」
「……まぁいいですわ。説明はねぇさまから直接聞きなさい」
クロコロと呼ばれた女性は、シロコロの黒いバージョンだった。
髪は黒くロングへアだ。顔立ち、身長等はシロコロと見間違える。双子なのだろうか。
クロコロについて行くと、3年の僕のクラスへと案内される。そして違和感を覚える……左右が全て逆さ向きなのだ。
「ねぇさま、お連れしました――」
「うむ。よぅ来たの、千家の小せがれよ」
「お前はいったい……?」
「千家!口を慎しみなさい!ねぇさまは――!」
「クロコロよ、良い良い。千家には昔から世話になっておるからのぉ」
「は、はい!ねぇさま!」
クロコロとシロコロは気をつけをし、ねぇさまと呼ばれる女の子の横に立つ。
「わしの名はアリス・チャングリラ。この者達は、クロコロとシロコロ。わしの下僕じゃ」
「アリスチャン……」
「うむ。貴様、わざとそこで区切った様じゃな。愉快なやつじゃ。シッシッシッ!……許さん、死ね――!」
「ねぇさま!おやめください!この阿呆はまだねぇさまの偉大さがわかっておりません!」
「そうです!ねぇさまが手を下す必要はありません!」
「ぐぬぬ……クロコロとシロコロが止めねば貴様は死んでおったぞ!」
「は……はぁ……ありがとうございます」
「ぷぅ。ここは【ミラーワールド】ある者の思いが作り出した仮想空間じゃ」
「ミラーワールド……?それで左右が反対なのか」
「そうじゃ。年に1度、8月8日18時に開く扉をくぐるとこの世界へと導かれる……貴様はそのタイミングで迷い込んでしまった様じゃ」
アリスちゃんの話をどこか他人事の様に聞いていたが、すべてが左右反対の教室を見渡すとここが鏡の中の世界かもしれないと思えてくる。
「昭和21年――ここで亡くなった者達がいる。そして翌年に、ここの学校にある物が寄贈されたのじゃ」
「あっ!中2階の姿鏡か!」
「そうじゃ。昭和22年寄贈、千家弓子……それがこの世界を作り出した者の名前じゃ」
「千家弓子……それって亡くなったお婆ちゃんの名前と同じ……」
「左様じゃ。貴様の婆さんの願い、わしが叶えてやったのじゃ」
「願い?」
「あぁ、それは……おっと、そんな事より戸締の時間じゃ。クロコロ、シロコロよ」
「はっ!ねぇさま!」
「はい!行ってきます!」
「うむ、気をつけるのじゃ」
外を見ると日が傾き、空が夕焼けに染まる。
「戸締りの時間って何なんだ?窓を開けてたら風が入ってきて涼しいのに」
「窓ではない。この世界は日が落ちると亡者が現れるのじゃ」
「え……亡者……?」
「そうじゃ」
「もうじゃ……」
「そうじゃ」
「……」
「……」
しばらくすると、クロコロとシロコロが帰って来る。
「ねぇさま!正門、裏門の施錠は異常無しです!」
「うむ。大丈夫な様じゃな」
「はいです!ねぇさま!」
「さて、寝るとするか」
「寝るんかい!ちょっと待ってくれ、婆さんのくだりと施錠の意味を教え……いや、そもそも僕はこの世界から帰れるのか!」
「んもう、鬱陶しいのぉ。わしは寝る。クロコロ、シロコロ、後は任せたのじゃ」
「えぇぇぇ!」
そう言い残し、アリスちゃんはさっさと行ってしまった。
「さすがねぇさまですわ!眠たいお顔も素敵!」
「なんでやねん」
僕がクロコロにツッコミを入れると、ギロっと睨まれた。何だか理不尽だ。
その後、クロコロとシロコロが代るがわる説明をしてくれた。
この世界は僕の婆さん、千家弓子がアリスちゃんにお願いをして作り出した世界らしい。
元々、異空間だった場所にミラーワールド……つまりこの学校の複製を作った。しかし、その異空間は亡者が巣食う世界。暗くなると亡者が生まれる。
学校の周囲はアリスちゃんの結界で守られているので安全だそうだ。
「――嘘だ」
「嘘ではないですわ」
「いやいやいや!普通に考えておかしいだろ!お前ら頭おかし――」
『黙れ小僧――』
「んっ!んんんん!?」
クロコロが一言、『黙れ』と言うと僕は口が開かなくなった。催眠術のたぐいだろうか。
「この世界で弓子は、ある者の命を救おうと必死だったのです。それも叶わぬ事になってはしまったのですが……」
「ねぇさまはその者の亡骸をこの学校に埋め、8月8日の日にお慰めになっておられるのです。そこへあなたが突然現れた……のですわ」
「んん、んんんん(それで、僕は帰れるのか)」
「1年……この扉は1年に1回しか開かない。それに……」
シロコロが何かを言いかけてやめた。
「春河と言いましたか。私等は用事があり明日からはいません。あなた1人で1年程頑張れば元の世界へ戻れますわ。この世界の説明書は置いておくので読んでください。そうそう時々、シロコロと様子を見には来ますわ」
「んんんっ!」
「春河、頑張ってくださいね。クロコロ姉さんは口はアレですけど、優しい方なのでちょこちょこ来ると思いますよ、フフ」
「ん?」
「シロコロ、余計な事は言わない。行きますわよ」
「はぁい」
そう言うと、クロコロとシロコロも教室を出ていく。
「んんんん!!」
1人教室に残された僕は、しゃべれないまま途方に暮れる。せめてこの呪いみたいなのを解いてくれ、と。
「ん……ん。ん……」
とりあえず、校内を見て回ることにした。食料、トイレはどうすれば……?
辺りが暗くなり始め、ふと、いつもの様に電気のスイッチを押すと電気は点いた。
「あれ、電気は点くのか?」
カチカチ――
何だかそれだけの事が嬉しく、何度か点けたり切ったりを繰り返す。
「当たり前の事がちょっと嬉しいな……あれ?しゃべれる……」
いつの間にかしゃべれない呪いも解けていた。
僕は校内を見て回り、食べれる物を探す。体育館のシャワーが使える。校内のトイレも流せた。寝るのは保健室で寝れるだろう。水道の水も飲めそうだ。後は――
「食べ物はこれだけか……」
職員室にある用務室に何日分かのカップ麺を見つけた。しかし他に何も見つからない。とりあえず保健室にカップ麺を持っていき、お湯を沸かす事にした。
「はてはて、1日2食にしても3日ほどしか持たないな」
「ジュルジュルジュル……うむ。これはうまいの」
「あぁ、それな。僕もその東海ラーメン好きなんだ、一番最後に取っておこうかと思っ……ておい」
「ん?……チュルン」
「アリスちゃんよ……なぜ僕の見つけた食料を食べているんだ?」
「僕の?貴様何を言っている。この世界はわしのもの、貴様の見つけたものはわしのものじゃ!」
「なんだよ、そのりくつは!」
「良いではないか!減るものでもないじゃろ!」
「減るわっ!」
保健室にアリスちゃんがいた。
「いや、ちょっと待てよ。さっきクロコロ達は出かけるので僕1人で頑張れ的な事を言ってたような……」
「あぁ、その件か。わしらは19時の冥界行きのシャトルバスに乗るのじゃ。何でも明日から運動会があるとか……行きたくないわけではないぞ?ただ、小悪魔達がまとわりついて鬱陶しいとか、そんな事は断じて思っとらん!」
「何も聞いてないじゃないか。それより19時って……時計の針も逆さだからわかりにくいな。17時30分に見える……」
「へ……?」
「ん……?」
よく見ると、19時30分を過ぎていた。
「ぎょぇぇぇぇ!!もう過ぎ過ぎ過ぎて!ぎょぇぇぇぇ!」
「アリスちゃん落ち着け!シャトルバスだからまた戻って来るんだろ?次の便を――」
「シャトルバスは1ヶ月に1回しか来ん……」
「え……」
「やらかしてもうた……わし、どうしよう」
「あぁ……うん……」
そんなこんなで、アリスちゃんとの奇妙な生活が始まるのだった。
「とりあえず、ラーメン食わないと伸びるぞ?」
「うむ……チュルチュル」
鏡の中の世界に不便さは感じない。食料問題だけ解決すれば、1年後には元の世界に戻れる。
僕はそう信じてミラーワールドでの生活を楽しむつもりでいた。
――この時はまだ何も知らずに。
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