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第30話

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 ざあざあと雨が降る音が部屋に響いている。窓に当たった雨粒はまるで涙を流しているかのように、ガラスを伝っていく。薄暗い部屋に、私と柊さんの影が落ちていた。

『……好きだ』

 柊さんから言われ、時間が止まったかのように私は動けなかった。
「好き、って」
 私はやっと声に出すことが出来た。
「君が夏樹くんとそのような関係だと知った時は怒りや嫉妬で頭がおかしくなりそうだった」
「柊さん。放してください」
「俺だったら君を悲しませない。絶対に泣かせることなんてしない」
 私の声が、柊さんに届いてない。
「柊さん、待って――」
「もう待てない」
 柊さんは私にキスをすると、無理やり口の中に舌をねじ込んできた。舌を絡めて欲望を私にぶつける。
「ひい、らぎさ……」
 唇が離れる。酸素が足りなくて頭がぼぅっとする。
「その顔、夏樹くんにはもう見せたのか?」
 柊さんはがっしりと私の身体を抱き締めていて、身動きを取ることができなかった。
「や、やめてください。こんなことするなんて柊さんらしくない」
 やっと呼吸が整った私は柊さんから逃れるために説得させる。
「俺らしい、って何だ?」
 柊さんの指が私の頬に触れる。
「俺は好きな女性ひとには触れたいんだ。こんなふうに」
 柊さんが冷たくて固い床に私を押し倒すと、服の中に手を入れる。脇腹を触られた。くすぐったくてぞくぞくする。私は身体を捩って柊さんの手から逃れようとするけど無駄だった。柊さんの手は脇腹から胸元へ移動する。
「柊さんっ! 私は夏樹のことが好きなんです」
「知っている」
「じゃあどうしてこんなこと……」
「俺はもともと君たちの関係に反対だ。だから」柊さんが目を伏せた。「だから無理にでも周防さんを俺のものにする」
 柊さんが私の首筋に吸い付いてきた。
「やだ、柊さんっ」
 柊さんは私の声に耳を貸さない。服の中に入れた手で胸を触る。
「あっ……」
 指の腹で胸の頂を弄られ、自分の意志と関係なく甘い声が出た。私は咄嗟に口を押える。
 夏樹が触れたところが、口づけをしたところが、柊さんによって上書きされていく。
 柊さんの手がスカートの中にまで伸びてきた。布越しに秘所を触る。
「そこは嫌ですっ、触らないで」
 懇願するけど柊さんは止めない。下着を脱がせると柊さんはズボンのベルトを外す。私はハッとした。
「嫌だ、これ以上はだめっ」
 柊さんのモノが当たる。やだ、いやいやいやいや……。
「夏樹っ!」
 私は叫んだ。柊さんの動きが止まった。
「お願い、夏樹とのこと忘れたくないの……」
 泣きながら私は柊さんに言った。
「周防さん……」
 正気に戻った柊さんが私の上から退く。
 私は自分を守るように身体を丸める。
「……すまない」
 柊さんは側にあったタオルを私に掛けると部屋を出て行った。
「ふっ……」
 柊さんが出て行った後も私は泣き続けた。漏れた嗚咽は雨音でかき消された。



 最近の俺は何だかおかしい。
 頻繁に頭が痛くなるし、雨が降ると胸が熱くなる。それに春妃――姉さんのことがやけに気になる。それは、失った記憶を必死に思い出そうとしているのかもしれないけれど。

『早く私を思い出してよっ』

 姉さんの悲痛な叫びが、表情が、今でも俺の頭にこびりついている。
「ねぇ夏樹くん」
 萩村に肩を叩かれて振り向くと、俺の頬に萩村の指先がむにっとめり込んだ。
「お前……一体何がしたいんだ?」
「やだ、怒らないでよ。私が話しているのに夏樹くんったら難しい顔して考え事しているんだもん。だからイタズラしたくなっちゃったの」
 萩村が唇を尖らせた。萩村のイタズラに呆れた俺は溜息をついた。
 俺は今、萩村と二人で街を歩いていた。この前約束した退院祝いがなぜか二人きりで出掛けることになっていた。
 あの日、雷が光った瞬間、俺の身体は勝手に動いて萩村を抱き締めた。

「じゃあ夏樹くん、私の彼氏になってよ」
 萩村がいたずらっぽく笑う。
 降りしきる雨音を長い時間聞いていたかのように感じた。
「は……?」
 萩村の想定外の言葉に頭がフリーズする。目を細め、挑発的で大胆に笑う萩村を俺は目を丸くしながら眺めていた。
「萩村、俺がお前を抱き締めたのは――」
「“雷に怯える私をなぜだか守りたくて、気が付くと身体が勝手に動いていた”んでしょ」鼻先をつんと上に向ける。「別に夏樹くんが私のことどう思ってようが関係ないの。、彼氏になってって言ったの」
 俺の顔を包んでいる萩村の手に力が加わった。指先が冷たい。
「だから夏樹くん。これから私のこと好きになってよ」
 
 俺はそんな萩村に何も答えることが出来ず、なあなあにしたまま今に至る。
 今まで萩村に恋愛感情を抱いたことはない。じゃあどうしてあの時俺は萩村を抱き締めたりしたんだ?
 俺は、俺がわからない――。
「あ、また考え事してたでしょ?」
「萩村のことを考えてた」つい、ぽろっと言葉に出た。萩村が黙り込み変な雰囲気になる。
「あ、今のは――」
 慌ててフォローしようとする。と、萩村は顔を真っ赤にさせてしおらしくしているではないか。いつもなら“夏樹くんったら私のこと好きになっちゃったの?”だなんて、挑発的に言いそうな萩村が。
 何だか俺まで照れてしまう。俺は何も言えずに、黙り込んだまま歩く。
「そ、そうだ! 今度、夏樹くんの家に遊びに行ってもいい?」
 たった今考えついたかのように萩村が話し掛けてきた。
「別にいいけど。俺、寮住みだし部屋狭いけど」
「全然平気! 料理作って持っていくから!」
 嬉しそうに萩村は満面に笑う。萩村は色んな表情を俺に見せてくれるが、中でも笑顔を見ることが多い。そこでふと、姉さんのことを思い出す。俺は姉さんの微笑む顔は見るけれど、笑った顔は見たことがないような気がする。姉さんはどんな顔で笑うんだろう――?
「ねえ」そこで萩村がおもむろに口を開いた。「春妃さんとは仲直りできた?」
 姉さんとはケンカしてから連絡していないし、姉さんからも連絡がこない。姉さんの涙でぐしゃぐしゃになった顔が脳裏を過ぎる。
 俺は萩村の問いかけに答えないで黙っていると、察したのか萩村はこれ以上訊いてくることはなかった。


 
 
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