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第14話

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「待たせてごめんね」
 私は店を出ようと立ち上がる。
「待って」木佐貫くんが腕を伸ばすと私の手首を掴んだ。
 私が戸惑っていると「あ……ごめん」木佐貫くんはすぐに手を離す。
「もうちょっとだけ話したくて、さ」
 目線を外し照れ臭そうに話す木佐貫くんが、なんだか甘え下手な子犬のように見えた。
「今の可愛い……」ぼそりと呟くと「はあ⁉」と木佐貫くんが叫んだ。
「木佐貫くんって子犬っぽいなって」
「なんだそれ」
「母性本能がくすぐられるっていうか。年上のお姉さんから好かれそうだよね」
「俺は好きな人にだけ好かれたい」
 間髪を入れずに木佐貫くんが言う。木佐貫くんの目が真剣で私はたじろいでしまう。
「葛城、あのさ……」
 木佐貫くんが言い終える前に閉園を告げるアナウンスが流れた。
 言いたいことが最後まで言えなかった木佐貫くんは口をパクパクしている。その様子がおかしくて私は笑った。
 私と木佐貫くんは植物園のゲートを通る。すると木佐貫くんが足を止めた。
「俺、車で来てるから送ろうか?」
「え……」
 私は一瞬迷ったけど、さっき木佐貫くんがもうちょっとだけ話したいと言ってたことを思い出す。
「じゃあお願いしようかな」
 私は木佐貫くんの言葉に甘えることにした。
 車内でも話が尽きることはなく、あっという間にアパートに着いた。
「今日はありがとう。久しぶりに会えて楽しかったよ」
 降り際に伝えると「葛城!」木佐貫くんに呼び止められた。
「何?」
「あのさ連絡先を教え――」
 そこで、後から来た車にクラクションを鳴らされた。アパート前の道路が狭く追い越しができないようだった。
「なんだか今日の俺はタイミングが悪すぎだな」
 木佐貫くんがハンドルに突っ伏して溜息をつく。
「えっと、これ私の名刺。連絡先書いてるから」
 私はバッグから名刺を取り出すと木佐貫くんに渡した。木佐貫くんは大事そうに両手で受け取ると空中に掲げる。「ありがとう! 大切にする」
「いや、大切にしなくていいから」
 私はぷっと吹き出すと、木佐貫くんと別れた。


 休みが明けて出社すると、早々に先輩と目が合った。思わず私は目を逸らす。
 しまった……露骨すぎたかも。だけどあんなことがあって、まともに先輩の顔を見ることが出来ない――。
 その日の私は仕事が手につかなかった。先輩の顔を見た瞬間、あの日の夜のことを思い出してしまい、デザインが思い浮かばなかったのだ。
 頭を抱えていると「もしかしてスランプ?」麻耶が話し掛けてきた。
「どうしよう、何もアイデアが出てこない。いつも行く植物園で色々見てきたんだけどなぁ」椅子の背もたれに体重を掛けて背伸びする。
「じゃあさ!」何かを思いついたかのように麻耶は両手を合わせると、「別の植物園に行ってみない?」デスクの引き出しを開けてチケットを二枚取り出した。
 チケットを見て私は目を輝かせた。その植物園にはずっと行きたかったけど遠いこともあって、なかなか一人で行けなかったのだ。
「行きつけ店のオーナーからチケットを貰ったの」麻耶はピースサインしながら言う。
「じゃあ泊りがけで一緒に行こうよ」その気になっている私に麻耶は首を横に振った。え? と私は目を丸くする。
「それが急に親がこっちに遊びに来ることになっていけないのよ。だから代わりに誰かを誘って植物園に行って?」
可愛くお願いする麻耶。
「麻耶と一緒じゃないなら私行かないわよ」それに他に誘う相手もいないし、と後に続く言葉を飲み込む。
 私は麻耶から受け取ったチケットを返そうとしたら、ガシッと両手で手を握られた。
「植物園に行った感想をオーナーに言わないといけないの! だから私の代わりに植物園に行って!」
「わ、分かったわよ。植物園には行くから……」
 麻耶の迫力に負けた私は植物園に行くことにした。最悪、一人で行けばいいか。そんなことを考えていた。
 
 休憩時間のことだった。麻耶と昼食をとっていると、他の社員に呼ばれて麻耶が席を外した。私は一人残されていると、スマホにメッセージが届いた。見てみると木佐貫くんからだった。
 木佐貫くんはあれから頻繁に連絡をくれるようになった。内容は近所の野良猫のことや前に行った美味しい店の話といった、取り留めのないことばかりだったけど、木佐貫くんの人柄の良さが伝わって心が和んだ。
「葛城さん」
 木佐貫くんからのメッセージを読もうとした直後に、名前を呼ばれて顔をあげると先輩が立っていた。
「高坂さっ……!」
 私は驚いて大声をあげる。その場にいた社員が私の方を見た。
 すると先輩は人差し指を自分の口元に持ってくると、しーっと静かにするように促した。にこやかな顔をしている先輩は、私と二人きりの時とは違って表向きの顔をしている。
「あの、何か御用でしょうか……?」私は恐る恐る訊く。
「襟元にゴミがついてるよ」
 先輩は私の襟元についたゴミを取ろうと手を伸ばす。その時、指が首筋に触れた。
「なんだ、あの時の痕ついてないのか」
「え? ゴミついてなかったんですか?」
 先輩が小声で呟いたもんだから最後の方しか聞き取れなかった。
 先輩はふっと笑う。「ごめん。勘違いだったみたいだ」
「……? そうでしたか」
 何が何だかわからないまま先輩は行ってしまった。

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