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第10話
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春になって新入生が入学してくると、俺は無意識に葛城ほのかの姿を探していた。しかし、なかなか探し出すことができなかった。
そんなある日のことだ。渡り廊下を歩いていると、中庭の花壇をいじっている君を見つけた。
やっと、会えた――。
俺は逸る心を必死に落ち着かせながら中庭へと足を運んだ。……なのに。なのに、君は俺を覚えていなかった。またイチからのスタート。でも、それでも良かった。こうしてまた出会えたのだから。
それから毎日中庭へ通った。俺は葛城ほのかに特別な感情を抱いていた。しかし、あと何ヶ月もしたら俺は卒業する。だから表立って口にすることはしなかった。ただ、一緒にいられればいい――。そう思っていた。あの時までは。
その日は日直の仕事があって中庭に行くのが遅くなっていた。俺が渡り廊下を歩いていると、一年の男子たちが手すりに寄りかかりながら、中庭を見て話している。「あれって葛城さんじゃん」その言葉で、俺はその場に釘付けになった。
「毎日、中庭にいるよなー」
「可愛いよな、葛城。彼氏いるのかな」
「あー、お前なんかじゃ無理無理。絶対相手にされない。クラスではいつもひとりでいて誰も近寄れないし、高嶺の花ってやつ?」
「でも三組の奴が葛城さんのこと好きで今度告白するって聞いたけど」
告白――。ぶわっと血が沸いたかのように身体が熱くなった。告白? 葛城ほのかに?
俺は想像する。他の男と一緒にいる葛城ほのかを。他の男と仲良く喋っている葛城ほのかを。他の男の手によって顔を赤く染め、目に涙を浮かべている葛城ほのかを。
他の男……俺ではない男に――……。
怒りに似た感情に支配されていく。俺は足早に渡り廊下を渡ると、いっきに階段をかけ下りる。
そして、感情に流されるまま葛城ほのかに俺は告白していた。結果、告白はあっさりと成功した。こうも簡単に彼氏と彼女になれるのか。拍子抜けすると同時に、葛城ほのかを他の誰にでもない自分だけのものに出来て俺は満たされていた。
受験の邪魔をしたくないからという、ほのかの要望でカップルらしいデートをしなかった。中庭で喋って一緒に帰る。そんな毎日を過ごしていたある日の帰り道、ほのかが自転車にぶつかりそうになった。俺はほのかの腕を引っ張る。
反射的に抱きしめる形になった。ほのかの柔らかい肌が手に伝わった。……それはあの夏、保健室でほのかに触れようとしたが叶わなかった二の腕の感触だった。
瞬間、あの感情が蘇る。もっと触れたい、と。
俺は手を二の腕から細い肩へと持っていく。ほのかが身をもがく。だけど俺は決して放さない。ほのかを壁に押しつけると、ほのかは怯えたような目で俺を見つめた。少しでもほのかの恐怖心を取り除いてあげたくて、そっと指でほのかの頬を撫で、乱れた髪を耳にかけた。その時の俺は、ほのかを解放するという考えが全くなかった。
口付けしようと顔を近づけた。しかし……「嫌っ!」俺はほのかに拒まれた。走り去るほのかの後ろ姿をただ呆然と見送っていた。
ほのかに嫌がられた? なぜだ――? 俺が間違っていたのだろうか? だけど、好きだからキスをしたいって思うのは当然のことではないのか? 考えても答えがわからなかった。
それから、俺はほのかに避けられるようになった。中庭に行ってもほのかが来ることはない。いや、花壇の花は水で濡れているから俺が来る前に来ているのだ。俺と顔を合わせないように……。俺は次第に黒い感情に飲み込まれていた。満たされない気持ちが大きくなる。
あれは雨が降る薄暗い日だった。どうしてもほのかと話がしたくて俺は教室に一人いるほのかに接近した。
「どうして俺のこと避けるの?」自分の声が低く出たことで、俺は自分が思っているよりも怒っていることを知る。
しかし、問いかけても、ほのかは口ごもるだけだった。
何も話してくれないほのかに、じれったくなって逃げられないように窓際まで追いつめる。
「もしかして俺のこと嫌いになった?」
本当は、こんなこと訊きたくなかった。もしそれでほのかが肯定したら俺の元から離れるではないか。ほのかが俺から離れる? そんなの絶対に許さない。もし、離れるとするのなら――。
俺はほのかにキスをしていた。俺のことを忘れられないくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。そんな、自分の欲望をぶつけるかのように。
ほのかは泣いて教室を飛び出した。薄暗い教室に一人、雨音がうるさいくらい耳に入ってくる。
ほのかを泣かせてしまった罪悪感なんて、この時の俺には一切なかった。ただ、キスをした昂揚感で手が震えていた。
それ以来、俺はほのかと顔を合わせなくなった。それは、ほのかを傷付けてしまったことによる後悔ではなく、ほのかを前にしたら俺はきっと、それ以上のことを求めてしまう。衝動を抑えきれなくなる。だから俺はほのかを避け、卒業した――。
そんなある日のことだ。渡り廊下を歩いていると、中庭の花壇をいじっている君を見つけた。
やっと、会えた――。
俺は逸る心を必死に落ち着かせながら中庭へと足を運んだ。……なのに。なのに、君は俺を覚えていなかった。またイチからのスタート。でも、それでも良かった。こうしてまた出会えたのだから。
それから毎日中庭へ通った。俺は葛城ほのかに特別な感情を抱いていた。しかし、あと何ヶ月もしたら俺は卒業する。だから表立って口にすることはしなかった。ただ、一緒にいられればいい――。そう思っていた。あの時までは。
その日は日直の仕事があって中庭に行くのが遅くなっていた。俺が渡り廊下を歩いていると、一年の男子たちが手すりに寄りかかりながら、中庭を見て話している。「あれって葛城さんじゃん」その言葉で、俺はその場に釘付けになった。
「毎日、中庭にいるよなー」
「可愛いよな、葛城。彼氏いるのかな」
「あー、お前なんかじゃ無理無理。絶対相手にされない。クラスではいつもひとりでいて誰も近寄れないし、高嶺の花ってやつ?」
「でも三組の奴が葛城さんのこと好きで今度告白するって聞いたけど」
告白――。ぶわっと血が沸いたかのように身体が熱くなった。告白? 葛城ほのかに?
俺は想像する。他の男と一緒にいる葛城ほのかを。他の男と仲良く喋っている葛城ほのかを。他の男の手によって顔を赤く染め、目に涙を浮かべている葛城ほのかを。
他の男……俺ではない男に――……。
怒りに似た感情に支配されていく。俺は足早に渡り廊下を渡ると、いっきに階段をかけ下りる。
そして、感情に流されるまま葛城ほのかに俺は告白していた。結果、告白はあっさりと成功した。こうも簡単に彼氏と彼女になれるのか。拍子抜けすると同時に、葛城ほのかを他の誰にでもない自分だけのものに出来て俺は満たされていた。
受験の邪魔をしたくないからという、ほのかの要望でカップルらしいデートをしなかった。中庭で喋って一緒に帰る。そんな毎日を過ごしていたある日の帰り道、ほのかが自転車にぶつかりそうになった。俺はほのかの腕を引っ張る。
反射的に抱きしめる形になった。ほのかの柔らかい肌が手に伝わった。……それはあの夏、保健室でほのかに触れようとしたが叶わなかった二の腕の感触だった。
瞬間、あの感情が蘇る。もっと触れたい、と。
俺は手を二の腕から細い肩へと持っていく。ほのかが身をもがく。だけど俺は決して放さない。ほのかを壁に押しつけると、ほのかは怯えたような目で俺を見つめた。少しでもほのかの恐怖心を取り除いてあげたくて、そっと指でほのかの頬を撫で、乱れた髪を耳にかけた。その時の俺は、ほのかを解放するという考えが全くなかった。
口付けしようと顔を近づけた。しかし……「嫌っ!」俺はほのかに拒まれた。走り去るほのかの後ろ姿をただ呆然と見送っていた。
ほのかに嫌がられた? なぜだ――? 俺が間違っていたのだろうか? だけど、好きだからキスをしたいって思うのは当然のことではないのか? 考えても答えがわからなかった。
それから、俺はほのかに避けられるようになった。中庭に行ってもほのかが来ることはない。いや、花壇の花は水で濡れているから俺が来る前に来ているのだ。俺と顔を合わせないように……。俺は次第に黒い感情に飲み込まれていた。満たされない気持ちが大きくなる。
あれは雨が降る薄暗い日だった。どうしてもほのかと話がしたくて俺は教室に一人いるほのかに接近した。
「どうして俺のこと避けるの?」自分の声が低く出たことで、俺は自分が思っているよりも怒っていることを知る。
しかし、問いかけても、ほのかは口ごもるだけだった。
何も話してくれないほのかに、じれったくなって逃げられないように窓際まで追いつめる。
「もしかして俺のこと嫌いになった?」
本当は、こんなこと訊きたくなかった。もしそれでほのかが肯定したら俺の元から離れるではないか。ほのかが俺から離れる? そんなの絶対に許さない。もし、離れるとするのなら――。
俺はほのかにキスをしていた。俺のことを忘れられないくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。そんな、自分の欲望をぶつけるかのように。
ほのかは泣いて教室を飛び出した。薄暗い教室に一人、雨音がうるさいくらい耳に入ってくる。
ほのかを泣かせてしまった罪悪感なんて、この時の俺には一切なかった。ただ、キスをした昂揚感で手が震えていた。
それ以来、俺はほのかと顔を合わせなくなった。それは、ほのかを傷付けてしまったことによる後悔ではなく、ほのかを前にしたら俺はきっと、それ以上のことを求めてしまう。衝動を抑えきれなくなる。だから俺はほのかを避け、卒業した――。
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