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第8話
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あ……。
先輩からの問い掛けに、舌と舌が絡み合う生々しい感触を思い出す。
途端に先輩の顔が見られなくなって目を逸らした。今、きっと私の顔は赤くなっているだろう。
唇に触れていた先輩の指先が離れ、大きな手が私の顔の前を遮る。
また何かされる⁉ 私は強く目をつぶった。
しかし、先輩は私の頭を優しく撫でると「おやすみ」と耳元で囁くだけだった。
私から離れて階段へ向かって歩き出す先輩。
いや……待って――。
「待ってください!」
自分が想像していたよりも大きな声が出たことに驚いた。
「ど、どうした?」
まさか私から引きとめられるなんて思っていなかったのだろう。先輩は目を丸くしながら振り返った。
私からの言葉を待つ先輩。だけど私はこの先何を言おうか考えていない。反射的に先輩を引きとめてしまっただけなのだから。私はもじもじと身体をくねらせる。そしてパッとひらめく。
「あのっ、今度、何か御礼をさせてください」
「え……?」
「ほら、お世話になりっぱなしなのも嫌ですから」
我ながら上手いこと会話を自然な流れに持っていけたと自分で自分に感心した。
先輩は黙り込むと私の顔をじっと見る。
「じゃあ……」先輩の目線が顔から下へと下がる。
「じゃあ今度の休み一緒に出掛けないか?」
「はいっわかりました」私は勢いつけながら首を縦に振る。
先輩はふっと笑った。
「それじゃあな、赤べこ」
赤べこ――。その言葉で私の記憶は先輩と初めて出会った高校の中庭へと戻った。
『ぶっ……顔真っ赤にして首を縦に振ってまるで赤べこのようだな』
そう言いながら笑う先輩――。
あの時のこと、先輩はまだ覚えていたんだ。懐かしさからなのか、何とも言いようのない感情が胸を込み上げてきた。私は慌ただしくドアを開けて部屋に入ると、足音を立てながら廊下を歩き寝室のベッドに飛び込んだ。
胸を打つ音がうるさい。どうしたんだろう、私……。タオルケットに包まりながら心を落ち着かせる。
これじゃ先輩と出掛ける時どんな顔をすればいいのかわからないじゃない!
そこで私は、ふと冷静になった。
ん? 先輩と出掛ける? それって俗に言うデートってやつじゃない⁉
ぼぼぼぼ、と顔が熱くなった。
先輩を引きとめた後、上手く誤魔化せたことで安心した私は、先輩の言葉の意味をよく理解しないまま首を縦に振って了承してしまったのだ。
いや、ちょっと待って! 私は冷静さを取り戻す。
先輩は私と出掛けるだけでデートって思っていないんじゃない? 私が御礼をしたいって食い下がったもんだから、じゃあ出掛けましょう、みたいな軽いノリよ!
そう、きっとそれだわ! 私は自分で自分に言い聞かせた。だって、そうでもしないと先輩のことをずっと考えてしまうから――。
翌日。出社すると二日酔いで麻耶がぐったりしていた。
「ちょっと。すごい顔してるけど仕事できるの」
「大丈夫大丈夫。薬飲んだし」
そう、と答えながら私の視線は先輩のデスクに向けようとしていた。ハッとした私は自分の頬をばちんと叩いた。ダメだダメだ、今は仕事に集中しないと! 私は椅子に座ると仕事を開始する。
昼休憩が終わって午後の就業時間中の出来事だった。
「先方に渡す資料がまだ出来ていないってどういうことだ⁉」
部長の怒号にオフィスの空気が凍り付く。
すみません! と平謝りするのは後輩の塚田くんという社員だ。どうやら日程を勘違いしていてまだ資料が出来上がってないらしい。
「あの……」
フォローしようと椅子から立ち上がる。だけど、私の声は遮られた。
「部長」
先輩が立ち上がって部長に声を掛けた。
「今、先方に連絡を入れたら月曜日までに届けてくれればいいそうです。私も手伝いますし休日出勤すれば資料も間に合うでしょう」
「そ、そうか。そらなら頼んだ。手の空いてる人がいるなら高坂たちのサポートしてくれ」
先輩のおかげで部長の怒りが静まり、不穏な空気を丸く収めることができた。
「ほのか、私残業は無理かも」青い顔をしてる麻耶に「うん、無理しない方がいいわね」私は背中をさすってあげた。
麻耶のために水を買おうと自動販売機のある休憩室まで足を運ぶ。すると、先輩が顔をのぞかせた。
「あ、お疲れ様です」
私が会釈すると先輩は、おう、とだけ返した。
「あのさ、その……」
「どうしました?」
いつもと違って歯切れが悪い先輩を見つめると「出掛ける約束、ダメになって悪かった」先輩は申し訳なさそうに伏し目がちに言った。
先輩からの問い掛けに、舌と舌が絡み合う生々しい感触を思い出す。
途端に先輩の顔が見られなくなって目を逸らした。今、きっと私の顔は赤くなっているだろう。
唇に触れていた先輩の指先が離れ、大きな手が私の顔の前を遮る。
また何かされる⁉ 私は強く目をつぶった。
しかし、先輩は私の頭を優しく撫でると「おやすみ」と耳元で囁くだけだった。
私から離れて階段へ向かって歩き出す先輩。
いや……待って――。
「待ってください!」
自分が想像していたよりも大きな声が出たことに驚いた。
「ど、どうした?」
まさか私から引きとめられるなんて思っていなかったのだろう。先輩は目を丸くしながら振り返った。
私からの言葉を待つ先輩。だけど私はこの先何を言おうか考えていない。反射的に先輩を引きとめてしまっただけなのだから。私はもじもじと身体をくねらせる。そしてパッとひらめく。
「あのっ、今度、何か御礼をさせてください」
「え……?」
「ほら、お世話になりっぱなしなのも嫌ですから」
我ながら上手いこと会話を自然な流れに持っていけたと自分で自分に感心した。
先輩は黙り込むと私の顔をじっと見る。
「じゃあ……」先輩の目線が顔から下へと下がる。
「じゃあ今度の休み一緒に出掛けないか?」
「はいっわかりました」私は勢いつけながら首を縦に振る。
先輩はふっと笑った。
「それじゃあな、赤べこ」
赤べこ――。その言葉で私の記憶は先輩と初めて出会った高校の中庭へと戻った。
『ぶっ……顔真っ赤にして首を縦に振ってまるで赤べこのようだな』
そう言いながら笑う先輩――。
あの時のこと、先輩はまだ覚えていたんだ。懐かしさからなのか、何とも言いようのない感情が胸を込み上げてきた。私は慌ただしくドアを開けて部屋に入ると、足音を立てながら廊下を歩き寝室のベッドに飛び込んだ。
胸を打つ音がうるさい。どうしたんだろう、私……。タオルケットに包まりながら心を落ち着かせる。
これじゃ先輩と出掛ける時どんな顔をすればいいのかわからないじゃない!
そこで私は、ふと冷静になった。
ん? 先輩と出掛ける? それって俗に言うデートってやつじゃない⁉
ぼぼぼぼ、と顔が熱くなった。
先輩を引きとめた後、上手く誤魔化せたことで安心した私は、先輩の言葉の意味をよく理解しないまま首を縦に振って了承してしまったのだ。
いや、ちょっと待って! 私は冷静さを取り戻す。
先輩は私と出掛けるだけでデートって思っていないんじゃない? 私が御礼をしたいって食い下がったもんだから、じゃあ出掛けましょう、みたいな軽いノリよ!
そう、きっとそれだわ! 私は自分で自分に言い聞かせた。だって、そうでもしないと先輩のことをずっと考えてしまうから――。
翌日。出社すると二日酔いで麻耶がぐったりしていた。
「ちょっと。すごい顔してるけど仕事できるの」
「大丈夫大丈夫。薬飲んだし」
そう、と答えながら私の視線は先輩のデスクに向けようとしていた。ハッとした私は自分の頬をばちんと叩いた。ダメだダメだ、今は仕事に集中しないと! 私は椅子に座ると仕事を開始する。
昼休憩が終わって午後の就業時間中の出来事だった。
「先方に渡す資料がまだ出来ていないってどういうことだ⁉」
部長の怒号にオフィスの空気が凍り付く。
すみません! と平謝りするのは後輩の塚田くんという社員だ。どうやら日程を勘違いしていてまだ資料が出来上がってないらしい。
「あの……」
フォローしようと椅子から立ち上がる。だけど、私の声は遮られた。
「部長」
先輩が立ち上がって部長に声を掛けた。
「今、先方に連絡を入れたら月曜日までに届けてくれればいいそうです。私も手伝いますし休日出勤すれば資料も間に合うでしょう」
「そ、そうか。そらなら頼んだ。手の空いてる人がいるなら高坂たちのサポートしてくれ」
先輩のおかげで部長の怒りが静まり、不穏な空気を丸く収めることができた。
「ほのか、私残業は無理かも」青い顔をしてる麻耶に「うん、無理しない方がいいわね」私は背中をさすってあげた。
麻耶のために水を買おうと自動販売機のある休憩室まで足を運ぶ。すると、先輩が顔をのぞかせた。
「あ、お疲れ様です」
私が会釈すると先輩は、おう、とだけ返した。
「あのさ、その……」
「どうしました?」
いつもと違って歯切れが悪い先輩を見つめると「出掛ける約束、ダメになって悪かった」先輩は申し訳なさそうに伏し目がちに言った。
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