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第7話

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 きゃー! と麻耶がはしゃぎたてるなか、私はビールを一口飲んで平静を取り繕う。
 麻耶が次から次へと先輩に質問するのを私は上の空で聞いていた。
「そういえば高坂さんって彼女いるんですか?」
 その質問だけはっきりと聞こえた。ビールグラスを握る手に力が入る。
「彼女? 今はいないよ」
「えーそうなんですかぁ? 高坂さんなら彼女が三人くらいいそうなのに」
 先輩、彼女いないんだ……。そ、そうでなきゃキスなんてしないわよね。私は一人で納得する。
「……葛城さんは彼氏いないの?」
 急に先輩が私に話を振ってきた。
「え――」
「高坂さん聞いてくださいよぉ。ほのかったら高校生以来、彼氏できたことないんですよぉ」
 私にされた質問を麻耶が答えるではないか。
「ちょっと麻耶! 喋りすぎ!」
 私が一言窘めると、麻耶はおどけて席を離れた。
「高校生以来ねぇ」
 テーブルに頬杖をつきながら先輩が私に揶揄するように言う。
「その話は忘れてください」
 動揺していることに気付かれないよう私は語気を強めた。
「その彼氏って、もしかしてだったり?」
「――っ!」
 自分の顔が強張るのがわかった。ビールグラスに付いている雫が指をつたって流れ落ちる。
「高坂さん、お話ししましょう~」
 そこへ、タイミングよく女子社員が割って入ってきた。先輩はあっという間に女子社員に囲まれると、また爽やかな笑顔を作って談笑する。
 助かった……。私はそっと麻耶がいる席に移動した。

 歓迎会が終わると、皆は二次会会場へ移動しようとしていた。
 私は皆とは反対方向に足を進める。
「あれ? ほのか、二次会は?」
 せっかくこっそり帰ろうとしていたのに麻耶に呼び止められてしまった。
「あー、ちょっと飲み過ぎたみたいだから今日は帰るね」
「大丈夫? 送ろうか?」
 私の口からとっさに出た言葉ウソに、麻耶は心配そうな面持ちで私を見つめる。
「平気平気! 麻耶は二次会楽しんで」
 私は大きく胸を叩いて大丈夫と麻耶を安心させると、麻耶の背中を押して二次会へと送り出した。
 本気で私を心配してくれる麻耶に良心が痛む。でも、今日はいろいろと疲れてしまって早く一人になりたかったのだ。……いや、違う。私は先輩と離れたかったのだ。
 ネオンが輝く飲み屋街の道を歩く。会社帰りのサラリーマンやOL、大学生などで辺りは賑わっていた。
「ねぇねぇ、お姉さん」
 肩を叩かれ振り返ると、スーツを着た二人組の男性がそこにいた。顔がほんのり赤くて一目見て酔っていることがわかる。
「何か用ですか?」
 私は警戒しながら答えると、男性たちは「お姉さん俺たちにビビってる?」「もしかして男に慣れてない?」と下卑た笑みを浮かべて軽薄な言葉を吐く。
 私は無視して歩く。しかし、男性も一緒になってついて来るではないか。
「お姉さん俺らと一緒に遊ぼうよ」
「急いでますので」
「そう言わないでさぁ」
 男性たちを振り切ろうと足を速めるが、前に立ち塞がられてしまった。行く手を阻まれ、私は歩みを止める。しかし、その判断は間違いだった。
「はい、捕まえた~」
 私は手首を掴まれてしまった。
「ちょっと放してください」
「だーめ。一緒に遊んでくれたらいいよ」
 ぐいぐいと男性に引っ張られ連れて行かれそうになる。
「やめ――」
 それは、一瞬の出来事だった。掴んでいた手が振り払われ手首が軽くなる。私の目の前に、先輩が立っていた。まるで先輩が私を守るかのように。
「コイツに何か用?」
 低い声で先輩が言う。
「いや、別に……」
 男性たちが口ごもると「行くぞ」と先輩は私の手を握ると歩き出す。
 
 いつまで手を繋ぎながら歩いていただろうか。先輩が手を離したことで私は我に返った。
「高坂さん⁉ 二次会は⁉ どうして⁉」
 頭が混乱しているせいで上手く喋れなかった。
「二次会は抜け出してきた。さっきは大丈夫だったか、怖かっただろう」
 先輩の優しい声掛けに泣きそうになるが、笑顔で堪える。
「大丈夫です! 高坂さんが助けてくれたおかげで何もなかったですから」
「――嘘つけ。足が震えているぞ」
 再び先輩は私の手を握ると「家まで送ってやる」ぶっきらぼうに言った。

 先輩はアパートの玄関先まで送ってくれた。
「ありがとうございました」
「ん。戸締りしっかりしとけよ」
「……あのっ」
 帰ろうと踵を返す先輩を私は呼び止めた。
「あの、良かったらお茶だけでも飲んでいきませんか?」
 私の言葉に先輩は一瞬固まった。だけどすぐに、はぁと大きな溜息をつく。
「お前、送り狼って言葉知らねぇの?」
 呆れたように言う。
「おおかみ?」
 よく意味がわからず口を半開きにしてると先輩が詰め寄ってきた。自然と後ろに下がり、玄関のドアに背中があたった。
「俺が今日、お前に何したか覚えてる?」
 先輩の指先が私の唇に触れた。
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