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第4話

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 息が苦しい。先輩に触れられたところが熱を帯びている。
 先輩からキスされそうになった私は、一度も先輩を振り返ることなく走って逃げだした。休むことなく走り続け、さすがに疲れた私は足を止めた。息を吸っては吐き、胸の鼓動を落ち着かせる。
 先輩のことは好きだ。その気持ちは嘘じゃない。でも……怖かったのだ。いつも優しい目をしている先輩が今まで見たことがないギラリとした目で私を見ていたから。

 先輩を拒んでしまった後ろめたさと、どんな顔をすればいいのかわからない私は先輩を避けるようになった。中庭へは先輩と顔を合わせないように時間をずらしていた。
 先輩と会わなくなってから数週間。その日、日直だった私は放課後に一人教室で日誌を書いていた。雨が降っているせいで教室が薄暗い。
 ガラッと教室の後ろのドアが開く音がした。
「すみません。すぐに日誌を書き終えます」
 先生が見回りに来たのかと思った私は日誌から顔を逸らさずに言う。
 しかし、先生から何も反応が返ってこない。怪訝に思った私は後ろを向くと、息を呑んだ。
「久しぶりだな」
 そこにいたのは、先生ではなく先輩だった。腕を組みながら教室のドアにもたれかかっている。顔が陰っているせいで表情がわからない。だけど、声を聞いて怒っているんだということが分かった。
「先輩っ――」
私は音を立てながら椅子から立ち上がる。
「どうして俺のこと避けるの?」
 必死に冷静さを保とうと、感情を押し殺すような声だった。
「あの、私……」
 喋ろうとするけど言葉が出てこない。
 先輩はじりじりと歩み寄ってきて窓際へと私を追いやると、大きな手を私の頭の横につけた。先輩が前を塞いで私は逃げることができない。
「もしかして俺のこと嫌いになった?」
「違っ……」
 私はやっと先輩の顔をまともに見た。先輩はあの時と同じギラギラとした瞳をしていた。獲物を逃がさない獣のような、何かに執着している瞳だ。
 怖い――!
 先輩から逃れたい。本能のように私の身体は動いた。先輩を押しのけ教室のドアへと駆ける。
「ほのか!」
 先輩はすれ違いざまに私の腕を掴み引き寄せる。一瞬の出来事だった。先輩は私にキスをした。どのくらいの間、唇が触れていたのかわからない。先輩はそっと顔を離した。
「……ほのか?」
 私は泣いていた。感情がぐちゃぐちゃで、どうしたら涙を止められるのかわからなかった。次から次へ止めどなく涙が溢れてくる。
「――ごめんなさいっ」
 私は先輩を置きざりにして逃げるように教室をあとにした。
 
 それ以来、先輩は二度と中庭に来ることはかった。私達は出会っていなかったかのように、お互い顔を合わすことなく学校生活を送った。
 ただ12月24日、下駄箱の中に〝誕生日おめでとう〟とだけ書かれた差出人不明のプレゼントが入っていた。開けてみると花の髪留めだった。
 きっと先輩からだ――だけど、私は今更先輩にどんな顔で会えばいいのかわからず、結局御礼を言うことも出来ないまま、やがて先輩は卒業した。

 
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