線香花火

流月るる

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 恋人以外とのキスは初めてだった。いや彼とのキスとセックスしか私には経験がない。だから首を傾ける角度がうまく馴染まなくて、違いを目の当たりにする。舌の感触もからめかたも無意識に追いかけようとしてためらうと、ますます彼の動きは激しくなった。

 もっと穏やかにキスをされると思っていたのにその荒々しさにひっぱりあげられる。シャツをつかんでいただけの手は彼の背中にまわり、彼の腕にも力がくわわり何度も角度をかえてなめられる。
 どちらのものともわからない唾液は最初だけワインの名残があったのに今は消え去ってしまった。口の中から唾液があふれるのと同じぐらいのものが体の奥から溢れそうになる。

「シャワー……浴びる?僕は気にしないけど」

 キスの合間にそう聞くくせに、すぐに唇はふさがれる。私の服は脱がさないけれど形を確かめるように手は体をまさぐっていた。
 浴びたい気持ちはある。でも体をめぐる酔いに彼にもたらされる勢いにのまれてしまいたいと思う。シャワーを浴びれば気持ちも落ち着いて、私はこの行為を続けられるかもわからない。
 唇が離れて額がこつんとぶつかった。目をあけると彼の綺麗な目がすぐそばにあって、メガネで阻まれないそれを必死で焼き付ける。

「……シャワー、やっぱり浴びよう。このままだとあなたを乱暴に抱きそうだ。先に浴びておいで」

 乱暴でもいい、そう言いかけて唇を結んだ。彼はゆっくりと私から手を放してそっと押す。私は返事もせずに入口のそばにあったドアの向こうにかけこんだ。
 身体が熱い。全身に心臓の音が響き渡って抱きしめられた感触がずっとまとわりついている。キスをした。恋人でもない名前さえ知らない男の人と。そして私は今からシャワーを浴びて抱かれるための準備をする。
 彼が抱く理由も、私が抱かれる理由もなくていい。これ以上考えると逃げたくなりそうで私はさっと服を脱いだ。レースの華やかな下着はこうなることを想定して身に着けていたもの。私はずっと彼に抱かれたかった。ただそれだけ。



  ***



 バスローブを身に着けて出ると、彼はすぐにバスルームに飛び込んだ。色合いのあやしげな間接照明だけの薄暗い部屋。しわひとつない黒いシーツのベッド。テーブルの上にミネラルウォーターのペットボトルとグラスが二脚おいてあって私は遠慮なくそれを飲んだ。濡れないように結んでいた髪をほどくと鏡台に女の顔がうつっていた。シャワーを浴びれば醒めてしまうかもしれないと思ったのに、彼に初めて触れられた唇の余韻はきちんと私をその場にとどまらせた。
 怖くはない。後悔もしない。
 だってもう私を抱きしめてくれる人はいない。肌に触れて指で探って繋がってくれる人はもういない。
 背後から抱きしめられて顔をあげると唇が重なった。

「怖い?」

 首を横に振った。

「嫌じゃない?」

 今度は縦にふった。
 すぐに答える私がおかしかったのか彼は苦笑する。シャワーを浴びたせいか彼は幾分落ち着いているように見えて私は少しくやしかった。私は彼に扉をあけられてすでに体全体が敏感になっているのに、激しいキスなど幻だったように私をゆるく抱きしめたままで動こうとはしなかった。

 だから伸び上って私からキスをした。かする程度の小さなもの。それでも彼の驚いた顔が見られただけで満足する。今度は互いに目を閉じて私たちだけのキスをする。
 過去も誰かと交わしたキス。最初のキスはぎこちなさと激しさで探りあうような攻めるようなキスだった。今は、首を傾ける角度も舌をからめあう場所もしっくりくる。彼の指は何度も私の髪をなで、湿ってほつれていた髪先を指先がほどく。

「シャワー浴びて落ち着かせたんだけどな……」

 私を優しくベッドに横たわらせて上から降り落ちた声。近くにある目に浮かぶのは見たこともない男の欲をはらんだ光。穏やかな彼からは想像もしなかった色に私は怯えるどころか期待してふるりと震えた。頬に置かれた手はゆっくりと首筋をつたいバスローブのあわせめにはいり込む。鎖骨を指でなで肩を剥ぐとすくうように持ち上げた胸の先をいきなりくわえる。熱い舌がすでにとがっていた場所をつつみこんで円を描くようになめた。それは私が最初からどれだけそこをとがらせていたかわからせる。紐がほどかれ胸も腹も露わになる。袖を抜かれない腕だけがしばられて、隠すこともできずに肌をさらした。

 恋人以外に見せ、触れられ、なめられる。

 彼以外愛せないと思っていた。彼以外に抱かれたくないと思っていた。もう恋はできないと思っていた。
 私は今、彼以外の人に抱かれようとしている。好きかどうかもわからない男と。
 小さく目じりに涙が浮かんだ。こぼすわけにはいかなくて、まぶたをはりあわせて閉じ込める。思ったよりも穏やかに導かれる自分自身に私はまとわりついていた紐が消えていくのを感じていた。



 ***



 あやしげな色を放つ間接照明は明るくはなくても暗くもない。互いの表情も肌も見える程度で、太陽が沈んで夜がくるまでの時間帯の色合いの中に二人で漂う。
 ローブをはぎとって肌を重ねた。体温がいきかって胸と胸がこすりあう。そんな些細な刺激にもぴくりと体は反応した。
 口内に舌がのばされ唾液が入ってくる。胸をつつみこんでいた掌はゆっくりと肌をおりていく。素肌の感触を味わう指は、最初の夜にゆるやかに重ねた手に伝わったものと似ていた。私の手だけが覚えていたそれを今は全身が受け止めようとしている。彼の唇の熱さも舌のやわらかさも、不意にかする前髪も背中にまわされる腕も、重みも。

 言葉が心をさらけだすためのものなら、セックスは体と肌をさらけだすもの。私は彼の背景を何も知らなくても、今この瞬間彼の体を知ろうとしている。私も知られようとしている。

 ゆっくりとした動きでおへそから下がった指が私の足の間に入り込むと、中にそっと伸ばしてきた。久しぶりの異物の感覚はけれど一瞬で、くちゅっという音がした。濡れている、多分思った以上に。暴かれるのが嫌で太腿をとじ合わせたのに、彼の指は奥に入り込みたまったものをそっとかき出した。

「あっ」

 こぼれてきたものを一番敏感な場所に塗り付ける。浅く出し入れしては蜜をまとわりつかせ、表面にこすりつける。私のそこは周辺も中も彼の指によって蜜まみれにされ指の動きを助けた。口の中は彼の舌によって唾液で満たされ、中心は指によって蜜をたたえさせる。声はくぐもって彼の中に漏れていき抑えきれない震えが何度も感じていることを伝えた。

 乱暴に激しくしてくれれば耐えるだけでよかった。でも彼はどこまでも優しく私を開いていく。私のいやらしさを私にも彼にも明らかにする動きが、ゆったりと満ちていく快感がもどかしい。

「やっ、こんなっ」

 唇が離れた瞬間、私は弱音を吐いていた。

「大丈夫……十分濡れているから……もっと濡れていい」

 耳元でささやかれた声はいつも以上に低く、煽られてこぷりと毀れていく。まさかこんな言葉が彼から出るとは思わなくて、声だけはあげたくなくて唇を噛んだ。
 そんな私に構わずに彼の舌は今度は耳の穴を湿らせる。くちゅくちゅとした音は耳の中で響いているのか体の奥で響いているのかわからない。そっと膨らんだ芽を押された瞬間、中に入り込んだ指が増やされかきまわされた。

「やっんんっ」
「声も我慢しないで。僕に教えてほしい。あなたが気持ちのいいところを」

 押された場所が冷たくしびれてくる。指は数本で私の中を探り、ぴくぴく跳ねる場所を暴かれると狙ったように激しく動かした。

「やっ、いやっ」

 力が抜け望み通りの声を発し体を震わせる。でもそれはすぐさま緩やかになり、強引に導いたりはしない。弱くゆるく私を落ち着かせ、呼吸が整うと再び声を出させる動きにかわる。波がひいて満ちて繰り返すごとにその感覚は狭まり、どこまでもどこまでもゆらゆら揺れて捕まる場所がない。私はそれが怖くて彼の背中にしがみつくように腕をまわした。いっそ唇に触れる肩や腕にかみついてしまいたい。

「もうっ、だめっ」

 首を横に振って訴える。
 思わず目をあけるとにっこり微笑んでいる彼がいて、でもその瞳は優しい中に意地悪さがひそむ。いつから私は彼の表情をこんなにも読み取るようになってしまったのか。

「すごくかわいいよ。もっと悶えてごらん。僕の我慢もそろそろ限界だから……素直にゆだねて」

 左手がゆっくりと胸をもみあげる。先端は唇にはさまれ小さな痛みをあたえては、やわらげるように舌がくるむ。触れられていない反対の胸の先さえとがってきて物足りないと訴える。胸への刺激を優先させるために出し入れされるだけだった指がグイッと中に入り込んだ。自分の指では届かなかった場所に彼は到達して内壁の感触を探る動きでバラバラに動かした。腰がはねて声が上がる。小刻みに動いていた舌が離れて、高い声をあげた私の顔をのぞきこんだ。

「かわいいよ。そのままイってごらん」

 低く優しい声がささやきを落とすと同時に、奥に埋められていた指はそのままに、てのひらがその場所を覆うようにあてられた。全体で潰された芽がスイッチになって体中に何かがめぐっていく。イく瞬間を見られていることを感じながらも、はしたない痴態を隠すことはできず、あられもない声を部屋に響かせ彼の指をひどく濡らした。
 彼は私から指をぬいて震える体を抱きしめてくれた。強く、強く。
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