イケメンとテンネン

流月るる

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結婚アイサツ編

03

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 赤茶色の煉瓦の屋根に黄色い壁。白い窓枠。アイアンの門扉。プロヴァンス風とでもいうのか、とにかくかわいらしい洋風のおうちが朝陽の自宅だった。芝生の緑が綺麗なお庭は白いフェンスで囲まれていて、上部の窓にはステンドグラスで花模様が描かれている。

 自宅へ足を踏み入れた朝陽を見て「似あわない……」そう思ったのは内緒だ。
 テラコッタ風のタイルに玄関の棚の上にはファブリックボードが飾られ、向かいの飾り棚にもブリザードフラワーのバラの鉢が置かれている。
 朝陽のマンションの部屋はシンプルイズベストともいえる素っ気なさなので、まさか自宅がこんなにかわいらしいとは思わなかった。偏見だけれど息子が三人もいるおうちには見えない。

 けれど朝陽のお母様にお会いした時、そのかわいらしさに納得した。どう考えてもお母様の好みにあわせたおうちづくりをしたんだろう。ついでに朝陽は父親似であることが判明。このあいだあった末の弟さんとお母さんの雰囲気そっくりだから。

 リビングとダイニングはアイランドタイプのキッチンスペースによってゆるやかに区切られていて、簡単な挨拶と和やかな食事が今終わったところだ。

 朝陽に似ているお父様は、昔はさぞかしモテたんだろうと思わせるほど今も素敵なおじさまで、真ん中の弟さんは三人兄弟の中で一番社交的だった。

 海外勤務の多い仕事だったので、朝陽は中学まで海外を転々としていたこと(だからあいつ英語はネイティブ並みにうまい)ようやく落ち着いて自宅を建てたこと。インテリアは海外在住時代に使用していたものを持ってきたのでそれにあわせた外観にしたこと、などなど会話はそれなりにはずんだとは思う。
 食べることに集中していた末っ子と、料理のおもてなしでちょこちょこ動き回っていたお母様とはあまり話せていないけれど。

 次男は地方勤務で今回久しぶりに実家に帰ってきたこともあって、お父様と朝陽と次男はリビングのほうに移動している。三男にアルコールを準備させているようだけれど、朝陽は車で私を乗せてきたので今日は飲めない。さすがに挨拶初日で宿泊する勇気はないので飲まないで頑張ってほしいものだ。

 私は食器をキッチンに運んでいった。
 ……さて、朝陽のお母様はどっちのタイプだろうか、自分の城であるキッチンに他人を入れられるか、それとも嫌がるか。ちなみに私はキッチンに入ってこられても大丈夫なタイプだ。でも料理上手な人ほど入ってほしくないと思う人も多い(ちなみに朝陽のお母様は料理上手で、すべて手作りで息子たちの好物を準備し、なおかつテーブルコーディネートも素敵だった)。

「あの、食器洗いお手伝いしましょうか?」
「ありがとう。でも食洗器がちゃっちゃっとやっちゃうから大丈夫よ。今日はお客様なんだからゆっくりして」

 にっこり微笑まれるけれど……内面が読めない。そういうところは朝陽は母親に似ているのだろうか。
 一応バッグの中にエプロンも準備してきている。
 朝陽と一緒に選んだ今日の洋服は御挨拶仕様なので家事にはむかない。
 でもどうやら出番はなさそうだ。

 私はトレイの上のグラスを木目のきれいなカウンターの上に置きながらキッチンを見た。背面のキッチン収納にはビルドインのガスオーブン。ガスオーブンってことはやっぱり料理は好きなんだなと思う。電気よりやっぱりガスのほうがおいしく調理できる気がするから。
 壁面はすべて収納なようなので中身が見えずすっきり片付いている。奥の取っ手のかわいらしい扉はパントリーかもしれないな。

 アイランドのカウンターといい、収納量といい、料理好きには理想のキッチンかもしれない。キッチンがオープン型のおうちが流行の中、ダイニングとはゆるやかにつながっているとはいえ、独立性の高いキッチンにするあたりこだわりがあったのかなと思う。

「咲希さんは……朝陽と同期なのよね? 朝陽とはいつからお付き合いはじめたの?」

 大きな海外製の食洗器に食器をいれながら話しかけられる。いいなあ、あれ。私も大きな食洗器ほしい。そんなことを思いながら思い出す。
 いつからだ? いつから正式に付き合い始めたことになる? きちんと気持ちがわかってからになると……私たちけっこうスピード婚になってしまう。ここは、ちょっと誤魔化してあとで朝陽と口裏をあわせよう。

「春ぐらいから……徐々にって感じです」

 それでもそこらあたりからしか誤魔化せず、へらへら笑ってみる。うーん、短すぎると怪しいかな? わかんないや。

「……そう、春」
「同期なのでずっと知り合いではあったんですけど……」

 お母様の声に抑揚がなくなり表情もどこか切なくなる。食器をしまう手は一瞬とまって、けれど何事もなかったように続いていった。え? なにやっぱり短い? ここは一年って嘘でも言っておくべきだった?

 そのときピンポーンとインターホンがなった。お母様は花柄の上品なタオルで手をふくとそばのモニターで確認する。
 話がそれて助かった、そう思えたのは一瞬だった。





 テーブルに残っていたお皿をとにかく運んでいると「お客様がいらしているのよ」というお母様の声が玄関先からかすかに響く。うん、客は私だけどね。そのあとしばらくして「朝陽、陽太ひなた|」と息子たちを呼ぶ声がして、ん? と思った。

 どうやら来客は彼らの知り合いらしい。そうこうしているうちに元気でかわいらしい、そして聞き覚えのある声がして……、いつのまにかキッチンに来た陽人くんが顎で私を呼びやがった。くっそ、朝陽の弟じゃなければ目上の人には言葉できちんと伝えないと立派な社会人になれないぞと説教するところだ!

 なんで私が玄関に……と陽人くんの後をついていくと、そこにはデパートであった姫奈ちゃんと、姫奈ちゃんに似た、けれど少し大人びた女性が困ったように立っていた。


 …………。


 「今年もたくさんりんごが届いたからおすそわけにきたの」とか「このあいだはデパートでどうも」の言葉にお母様が「あら姫奈ちゃん会ったの?」と驚いたように聞いたりとか、陽人くんもなにか答えて、玄関先でくりひろげられる会話は確かに私の耳にも届く。

 なんとなく予想はしていた。

 姫奈ちゃんと陽人くんに偶然会った時から。
 二人の視線、彼女の最後のセリフ。三兄弟と幼馴染の三姉妹の存在。

 私を見て、ちょっと傷ついた表情をしてけれど小さく頭をさげる。真っ黒で艶やかな髪が頬周りにさらりとまとわりつく。ファンデーションと口紅だけなのに手入れの行き届いた肌の滑らかさとか、派手な目鼻だちではないのにかわいらしい印象を与えるのは低めの身長だけのせいじゃない。
 やわらかな笑みを浮かべて「初めまして、幼馴染の木原優奈です」と言った声は鈴のように高く暖かだった。


 元祖、テンネンーーーーーーーー!!


 心の中の雄叫びが漏れないように口角をあげて私も自己紹介をした。





 リビングのテーブルの上には、陽人くんが引っ張り出してきたらしい朝陽のアルバム。
 お母様は丁寧にアルバム作りをしてきたようで、赤ちゃんから小学生、中学、高校とだんだんと枚数が減りながらも、きちんとまとめられていた。
 幼いころの朝陽の背景は日本ではないことがよくわかる。本当に世界を転々としてきたんだなと背景の違いは教えてくれた。
 お父様と陽太くんも朝陽のアルバムをつまみに琥珀色のものを飲んでいる。まあ夕方近いとはいえアルコール度数高いもの飲んでいるなあ。

 私は香りが華やかな紅茶をいただきながら、おなかがいっぱいなのでという言い訳で皿にのったロールケーキを口にしていない。
 たくさんのリンゴと一緒に木原姉妹が持ってきたのは元祖ちゃんの手作りのロールケーキ。陽人くんがリクエストしていたらしく、もうすぐ時期も終わりだからとマロンクリームに、刻んだ栗をいれたロールケーキだった。「優奈さんのケーキ、お店のよりおいしいんだよね」と言いながらうきうきキッチンに持って行って切り分けられたものだ。
 私は紅茶だけを口にしてアルバムをめくる。

 本人がいれば見るなと喚いていたところだろうけれど、あいにく朝陽はこの場にいない。リンゴとケーキが箱入りみかんに変わって、今度は朝陽がそれを運ぶために木原家へ行った。朝陽は私を一人にすることに渋っていたけれど、優奈ちゃんたちに会うのも久しぶりだし木原家に挨拶にいきなさいと行かせたのはお母様だ。

 片付けにキリでもついたのか、ソファにお母様が腰かけ「ここはどこなんですか?」という私の質問に「えーと、ドバイに旅行に行ったときかしら」とお父様に確かめながら教えてくれる。

 一見すればにこやかな家族のだんらんに受け入れてもらえている息子の恋人。めくるアルバムには私の知らない幼いころの朝陽。小さいころからどこか冷めた大人びた雰囲気は変わらないようで笑いたくなる。

 白磁の紅茶のカップに手をそえると指先にぬくもりが伝わった。オフホワイトのブラウスの下の腕にはきっと鳥肌がたっている。

 お母様が懐かしそうに眺めているのは高校時代の朝陽の写真。制服姿でも私服姿でもほとんどの写真の彼の横には、幼い元祖ちゃん。
 おとなしそうで控えめながらかわいらしく見える。
 テンネンちゃんから地味さとかダサさとか取り除いたら彼女たちの雰囲気はとてもよく似ている。横目でちらりと見るだけで私はそれを手にすることはできなかった。

 はずむ会話、思い出を語りながらこぼれる笑い声。私はずっと笑顔を張り付けてその場にいたけれどこんなに笑うのが大変だったのは生まれて初めてかもしれない。
 朝陽がいなかったのは20分ぐらい。
 広げられたアルバムに青ざめて、片付け始める姿にまたみんなで笑う。帰ってきた朝陽にほっとしながらそこに変化がないかそっと盗み見る。
 大丈夫だと言うような眼差しと頷きに私はほっとしてほほ笑んだ。

 帰りの車でも「朝陽のお母様お料理上手だね」とか「朝陽と陽太くんはお父様似で陽人くんはお母様似だね」とか少しだけおしゃべりしたあと、疲れたからと少し眠らせてもらった。朝陽は「よく頑張ったな」って頭をなでてくれて休んでいいよと言ってくれて。

 心の中に沈んでいく薄灰色の塵が雪のように降り積もって固まっていく。意地悪もされていなければ悪口を言われたわけでもない。結婚を反対されたわけでもない。
 険悪な雰囲気でもなくむしろ話ははずんでいたし、みんなにこやかだった。
 それでもなぜだろう。私は朝陽の家族に受け入れられた実感が微塵もない。好きな人の家族だから……悪く言いたくないけれど、私は多分邪魔な存在だった。

 これは私だけが抱えて耐えていけばいいだけのこと。だから口も瞼も閉じて眠りにつく。滲んだ涙は……閉じていればいつのまにか乾いていくだろう。
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