恋火

流月るる

文字の大きさ
10 / 29

第九話

しおりを挟む
 各高校の補習や夏期講習が落ち着き始めると『SSC』での活動時間も朝からになり、夏休みということもあって制服姿が減る代わりに私服姿が増えてくる。普段制服でしか顔を合わせないのでほんの少し新鮮な気分だ。

 貴影も司もあの日の夜のことには触れずにいつも通りに接してくれた。翌日に貴影が「パーティーの件は断ったから」と伝えてきただけだ。
 あの時の自分の態度を彼はどう思っただろうか、と考えたのはほんの少しだけで、日が経つにつれて気にしなくなった。
 いつもと変わらない姿を見ていれば、彼が特段気にしていないことがわかる。自分の存在などその程度のものだ。

 司に気づかれたことは誤算だったけれど、彼はなにも言わず、なにもせずただ黙って見守ってくれた。
 そういう気遣いはありがたいと思った。

 三階の広い会議室には、イベント当日のみにサポートに入る社員が集まっていた。
 社員の中には他のイベントとかけ持ちをしている人がいる。彼らには『青桜』のイベント当日の二日間だけ、自分たちのチームとともに動いてもらうのだ。もちろん、必要があればこちらからも手伝いに行く。現に陽司などはデジタル関連で時々他チームに呼ばれていた。

 美綾は初めての経験で知らなかったけれど、イベントをこなしていくうちに司会進行や音楽や照明など各分野ごとに力を発揮する社員が出始めたらしい。中にはそういうのにひっぱりだこの人気の社員もいて、彼らを獲得できるかどうかでイベントの成否が変わってくると言われているのだと、真夏に教えてもらった。

 そして今のところそういった交渉は個別で行われている。今回は貴影と司が今まで組んできたメンバーを確保してきたのだと聞いた。真夏はなぜか自信満々に『あの二人に頼まれて断れる人はいないでしょう』と言い放っていたけれど。

 貴影が今回のイベントの進行状況と、二日間のイベント内容について説明する。どちらかといえば見知らぬ顔の方が多い気がする。私服姿の人もいるため余計にそう感じるのかもしれない。個性が際立ってむしろ美綾にはありがたかった。

 各自が自己紹介する。司会進行の男の子、アシスタントの女の子、当日の進行は彼らにかかっていると言っても過言ではない。二人は名コンビとして有名ですでにいろんなイベントの司会を請け負っている。今日の顔合わせも厳しいかもしれないと言われていたのだ。

 イベントまでのスケジュールを確認して質疑応答を終えた後、解散となった。
 人が出ていく流れに逆らう形で貴影が美綾のところへ司会進行役の二人を連れてくる。

「九条、司会役の高宮陸斗たかみやりくと片山かたやまみなみ。二人への指示は任せていいか?」
「ええ、高宮くんよろしく。片山さんは初めまして」
「え? 九条、陸斗のこと知っているの?」

 司がじゃれるようにして陸斗の肩に腕をまわす。陸斗はやや童顔で某アイドルグループのメンバーのような雰囲気をもつ。それでいて声がとてもいい。声優の誰それに似ているだの噂されている人物だ。
 たわいもないきっかけで司会役が必要になり『おまえのその声でなんとかしろ』と言われて無理やりやらされたのが始まりだと聞いた。
 結局彼はその魅力的な声だけでなく、臨機応変に対応できる機転もあり、なおかつどんなトラブルにも堂々とした態度で進行できるため、以降もたびたび司会役に抜擢されるようになった。
 元々彼はマルチにいろいろできるタイプで、由功は陸斗をいろんな場面で起用している。陸斗本人に言わせれば『いいように使われている』とのことだ。
 
 そしてみなみは陽司と同じ高校に通う女の子だ。真夏と同じぐらい小柄で、二人並んで親し気にしゃべる姿を見ているとまるで双子のようだ。髪を耳のところで二つに結んでいて見た目はおとなしそうで、とても進んで表に立つタイプには見えない。

「高宮くんとは……お姉さんのブランドの件で――」
「え? 美綾ちゃんもアレのモニターしたの!?」

 真夏が驚いたように声をあげる。みなみも目をまんまるにしていた。

「もちろん、九条にもモニターになってもらったさ! だからうちには九条の詳細なデータがある!」
「ばかっ、高宮くん、大声で言わないで」
「そうだよ」

 真夏とみなみが慌てて陸斗の口を塞いだ。幸い会議室に残っているのは自分たちだけだ。貴影と司が首をかしげているところを見ると、どうやら二人は知らないらしい。確かにあの話はあまりオープンにはなっていない。
 知られて困りはしないけれど恥ずかしさはある。

 高宮陸斗は大手の繊維メーカーの御曹司だ。彼の姉はその関係でランジェリーのブランドをたちあげていて、女子高校生向けのランジェリーブランドを展開したいからと陸斗経由で『SSC』に協力を求めてきたのだ。結局『モニターになってくれたら、高級レースを使ったオリジナルデザインのオーダーメイドランジェリーをプレゼントする』という餌に釣られた社員の大半の女の子たちが協力した。
 美綾はなぜか里音とともに最初のモニターにさせられたのだ。自分のサイズをきちんとはかってもらえたのは良かったと思う。そういう機会でもなければ適当に選んでいただろうから。
 美綾の部屋のクローゼットの引き出しには普段使いにはできそうにない、ランジェリーのセットがしまわれている。

「そうそう、最低でも半年に一回は測定に来てほしいって言っていたぞ」

 陸斗の姉からはランジェリーの重要さも含め、高校生の間は体型の変化が激しいんだからサイズは定期的にきちんとはかりなさいと、確かに口を酸っぱくして言われた。
 美綾は真夏とみなみと顔を合わせた。お互い忙しくて多分行けていない。

「今回のイベントが落ち着いたら里音と一緒に行くわ」
「よかったらその時は私とみなみも誘って! 美綾ちゃん」

 真夏の言葉にみなみもうん、うんと頷く。美綾も「ええ」と答えた。
 
 こういう関係はいいなと美綾は思う。『SSC』がなければ知り合うこともなかった他校の女の子たち。学校とは違う場所で、クラスメイトとは異なる関係を築くことができる。
 いつか、貴影との関係もこんな風になればいい。ただの仲間として……これまでと同じように。
 どうせそれも自分の気持ち次第だ。
 
 揺らぐことなくこのプロジェクトを終えられればそれでいいと美綾は願った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...