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墓標――ふたりで謳う終わりの歌

アンフェールと竜の谷へのフライト

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「殿下、忘れ物はない?」
「大丈夫。何回も確認したから」

 エドワードはいつものお母さん節だ。
 アンフェールは初めての遠出な事もあり、昨晩は興奮してしょうがなかった。
 なかなか寝つかないアンフェールに、エドワードはムーゲのお茶を淹れてくれた。五番街の教会で愛されるこのお茶は、安眠作用があるのだ。
 それに加えて子守歌まで歌われてしまった。完全に赤ちゃん扱いである。

 離宮の庭には大きな鞍と荷運び用の収納袋が置いてある。どちらもアンフェールの竜体用だ。飛竜と違って竜種の竜体は胴回りが厚い。なので特注品なのだ。

「エドワードの考案した荷運び袋、体にフィットして飛びやすいです」
「まぁね! タンジェントのリュックサックを作った時に、飛びやすさと収納性について散々試行錯誤したからさ」

 そうだ、エドワードの作品である、タンジェント用のピンクのリュックサックだ。
 確かに形が似ている。アンフェールは背中にグレンを乗せるための鞍を付けるから、全く同じじゃないけれど。この荷運び袋は胸側に来るのだ。
 ミニチュアで良い物が作れている分、大型に応用できているのだ。

 荷物の中には着替えから調理器具から寝具まで何でも入っている。
 それぞれ遠征用品として軽量化と小型化がなされているけれど、通常は馬や馬車で運ぶ様な荷物だった。
 勿論、馬に運べる荷物ならば問題ない。竜体なら軽々だ。

 それと魔石も入っている。

 砲撃の晩に回収したミセス・ガーベラの魔石と、魔導研究所で回収した子供達の魔石。
 そしてマグダレーナに移植され、取り出されたアヴァロニアの魔石も魔導研究所に保管されていた。
 アヴァロニアの魔石が保管されていた場所には、誰のものか分からない魔石も保管されていた。前所長ボルドの手記にあった『グレングリーズの摘発から逃れた魔石』というやつだろう。
 それに加え、改良飛竜の魔石も連れていく事にした。魔導兵器が運用できてしまう魔石なのだ。置いていく訳にはいかない。

 『ミセス・ガーベラの実家』こと、筆頭公爵家の墓所に埋葬されていたサイカニアの魔石も、事情を話して回収している。
 公爵家はミセス・ガーベラの件で肩身が狭いのだ。物凄く協力的だった。

 そして久しぶりに赴いた離宮の森の隠れ家の裏手。
 そこに埋葬したタンジェントの魔石も掘り出してきた。竜の里を守る為、単身翔けたアンフェールの勇敢な友達。
 彼の魂は今でもクピクピ元気にしているけれど、過去の命は竜の里に連れていくべきだと思ったのだ。

 ちなみに本人に「竜の里に一緒に来る?」とは聞いた。『僕は婚前旅行を邪魔する程、無粋じゃないよ』と返されたけど。
 タンジェントは、重要な問いかけには言葉を返してくれるようになったのだ。




「アンフェール、こちらも準備できた」

 黒一色の姿。以前着用していた竜騎士ファッションだ。耳を保護するような垂れ耳っぽい帽子や、細工の細かいフライトゴーグルは本当にカッコいい。

「ここからあれ・・を着用しようかと思ったのだけど息苦しくてね。『裂界』を渡る前に着替えるから一旦降ろして欲しい」
「分かった」

 あれ・・というのは、ベロニカに見せて貰った魔素防護服だ。一応国内の魔素だまりで防護服が有効かどうかの実験はしている。国王が着用するのだから。
 竜の谷は『裂界』と呼ばれる深いクレバス状の谷に囲まれている。裂界からは高濃度魔素が噴出するのだ。
 人間や竜人は魔素代謝が出来ないから、高濃度の魔素を取り込むと中毒症状を起こしてしまう。急性魔力過多症、といった感じか。
 一応裂界は、グレンが耐えられる範囲で高高度を飛行し、渡ろうと思っている。何事も念のためだ。

「じゃあいくよ!」

 アンフェールは一声かけて竜体化する。
 ここまで語らなかったけれど、アンフェールは全裸にマントでいた。くるっと首元で閉まって全身覆うマントは竜体化すれば自然にヒラリと外れる。
 こちらもエドワードの作品だ。お母さんは子供の為の縫物に命を懸けている所があるのだ。

 ミシミシと音を立てて巨大化していく身体。感覚としては自然な形に戻っていく感じがして気持ちいい。
 もう何度か離宮で竜体化しているので、みんな慣れたものだ。
 アンフェールとの間に取る距離も、目測でピッタリだ。

『なったよー』
「アンフェール、ひとりで背負える? 手伝った方がいい所は教えて欲しい」
『留める所だけ手伝って。エドワードはふたりで装着出来るように作ってくれたから。ああ、落ちてしまったマントを拾って仕舞って欲しいな』
「了解」

 アンフェールは鞍をリュックサックのようにヒョイっと背負った。留め具はグレンが留める。荷運び用の収納袋も同様だ。
 セッティングはふたりで出来る。これなら長距離移動する時も安心だ。シタールの時はロープだったから不便だった。

『じゃ、乗って』
「ああ」

 グレンは、トントンヒラリとアンフェールの背中に乗った。鞍には安全ベルトもついている。
 勿論飛行中は精霊にお願いして、グレンが快適でいられるようにしてもらう。高度が上がれば酸素が薄くなる。人間は辛くなってしまう。竜人はそれより頑丈であってもしんどいだろう。

『みんな、いってくるね!』
「留守中よろしく頼む」
「殿下、陛下、気を付けてね! 楽しんできてね!」
「「「いってらっしゃいませ!」」」

 アンフェールが数度羽ばたくと羽のように軽く身体は舞い上がった。
 精霊に防護して貰ってるので羽ばたきの風圧でみんなが怪我したり、離宮が壊れてしまう事もない。
 その辺はちゃんと気を使っている。




 最初はゆっくりと、そして徐々にスピードを上げてアンフェールの竜体は高度を上げていく。
 馬車で五日掛るという隣国シタールまで、竜体でフライトすれば一時間程度で着く。しかし、竜の谷まではもうちょっと掛かる。
 人間の国家の中でヴィシュニアが一番竜の谷に近いのだけれど、それでも竜の谷は最果ての地なのだ。

 前世、離宮の森から『竜の谷』まで走って移動した。真っ黒の外套を纏って、日が落ちてから朝までの制限がある移動だ。
 『身体強化』を掛けてではあるものの、思ったようにスピードが出ない辛い道のりだった。
 竜体で飛べばこんなに早い。そんな事を思い出しながらグルゥと喉を鳴らす。

『大丈夫? グレン』
「ああ。凄い気持ちいい」
『そっかー』

 気持ちいいなら良かった、とアンフェールもご機嫌で飛んでいく。やはり飛行欲求が満たされるのはいい。翼が風を切っていくのは快感があるのだ。

「……懐かしいな」
『……うん』

 グレンのしみじみした声が背中から聞こえる。やはり、彼も懐かしいのだ。

 時々トイレ休憩を挟みつつの長時間フライトだった。
 裂界の手前、グレンに魔素防護服を着てもらおうと、最後の休憩着陸をしようとしたときだった。地上に人工物が見えたのだ。

『あれはなんだ……?』
「どうした? アンフェール」
『何か落ちてる』

 着陸をしようとして高度を下げていたから気づいたのだ。普通に飛んでいたら見逃していたかもしれない。
 アンフェールはその人工物の側に着地した。
 グレンはアンフェールの背中からヒラリと降りた。そして、人工物に近づく。

「最近の物じゃなさそうだ。古いな」
『これ、なんだろう?』
「……長い翼のようなものが二つある。小さいが、空を飛ぶ魔道具かもしれない」
『ええっ!』

 空飛ぶ魔道具。

 アンフェールの知っている飛空船とは全く形が違う。
 飛空船は竜体を素材として使い、とても大きいものだった。たくさんの積み荷を運搬できる空飛ぶ船だった。これは人一人が乗れるような大きさしかない。
 この人工物の元の形は正確には分からない。翼はかろうじて分かるものの、他はバラバラに壊れてしまっている。
 おそらく、墜落したのだ。
 グレンが何かを引きずり出していた。ぺしゃんこの残骸の下には白骨化した遺体があったらしい。格好からして、この魔道具の運転手だと思われる。

「……ギレオンの国章がついている」

 運転手の着ているジャケットには、ヴィシュニアの隣国の一つであるギレオンの紋章が縫い付けられていた。

『空飛ぶ魔道具……そんな話聞いた事ある?』
「いや。いくら空飛ぶ船をヴィシュニアで情報規制しているとはいえ、こんな凄い魔道具が完成していれば――発表されていれば、耳に入らないという事は無いよ。
 規制しているのはあくまで『空飛ぶ船』なんだ。これは船とは言い難い。
 それに研究者は他国との交流も盛んだ。魔素防護服だって四か国で共同開発したんだし」

 アンフェールは首をぐるりと回し、竜の谷の方角を睨む。

『そっか……ここ、裂界が目前なんだ』
「うん」
『この魔道具、竜の谷を目指してたんじゃない?』

 いかにもありそうな話だ。おとぎ話のように語られる竜の楽園に到達したいと、この魔道具の運転手は飛んだんじゃないだろうか。
 空飛ぶ魔道具なんて夢のある乗り物だ。その運転手の目的地が夢のある場所であってもおかしくはない。
 ヴィシュニアでは裂界の話は常識だ。
 裂界の高濃度魔素にやられてしまうから、飛竜に騎乗したところで渡れないと。

 この運転手はもしかしたら裂界を知らなかったんだろうか。だから裂界に近づいて急性魔力過多症を起こし、墜落したんだろうか。

「ギレオンで、かつて研究されていたのかもしれない。もしかしたら有用でないと研究凍結されたのかもしれないね。人一人が飛ぶだけなら飛竜で十分だし、ある程度なら荷運びも出来るから」
『なるほど』

 空飛ぶ魔道具はコストと有用性のバランスが悪かったのかもしれない。それでも、ちゃんと飛ぶものが出来たのだ。竜の素材を使わない、空を飛べる道具が。
 ギレオンはヴィシュニアよりも竜の谷から離れている。それでも、ここまで飛んだのだ。
 その技術というものを考えた時、アンフェールの大きな竜体はゾッとして震えた。

 小さなものが上手く作れるなら、大型のものも上手く作れるようになるかもしれない。
 ミニチュアが成功したならば、いずれ――。

 一度できた技術だ。凍結されたとして復活されないとも限らない。いつか、大量に荷運びできる、大型の空飛ぶ魔道具が生まれる事もあるのかもしれない。

 グレンは魔素防護服に着替えている。魔素だって今は防ぐ手立てが出来てしまった。


 アンフェールはグルゥと喉を鳴らし、厳めしい顔をさらに厳めしくした。


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