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墓標――ふたりで謳う終わりの歌
アンフェールと復興とフェンリル
しおりを挟む本日アンフェールは、守護竜業務に勤しむべくバザールに来ている。
復興のお手伝いだ。
以前と違って顔も隠していない。働きやすいように髪はアップスタイルにして、服装は乗馬の時に仕立てて貰った動きやすい恰好の中からチョイスしている。
最初は「砲撃の晩に現れた竜が街にやって来た」と騒ぎにもなったけれど、しょっちゅう来ているおかげか、それもなくなった。
今では、親しみを込めて『守護竜さま』と呼ばれている。
現在ここは、あちらこちらで人が行き交い、賑やかだ。建築工事関係の人間がたくさん集まっているからだ。
衣料品は建築工事の人達に良いように品を揃えているし、食事処は青空営業で席をたくさん用意して頑張っている。逞しく商売をしている。
テッドの姿も見える。果物ワゴンは通常営業。爽やかな果物は汗をかいた男たちに大人気だ。
「なんで、フェンリルがいるの……?」
「ほほ、何を言う、竜王。すっかり馴染んでおるだろう? 今や『棟梁』とあだ名までつけられておる」
いつもの恰好のバージョン違いのようなフェンリルが、青空食堂でごはんを食べていた。
頭にはいつもの頰っ被りの代わりに、ねじり鉢巻きが巻かれている。服装はノースリーブのシャツに、ブリーチズをだふんと長くしたようなものを履いている。端的に説明すればニッカポッカだ。
本人曰く馴染んでいる事になっているが、それはファッションだけだ。巨躯ゆえに存在は目立っている。
膝には指定席のように番の子狼ユキがちょこんと座っている。
「儂と最初のユキが出会ったのは『ばざーる』なんじゃよ。すいーつを食べに来たら、路地で愛らしい存在が丸くなっていての。我々は一目で恋に落ちた」
「きゅーん」
「出会いの場がこんな状態というのはやはり気になってのう。手伝いに来ているのだ。ユキもばざーるの皆に可愛がられた事を覚えておる。遥か昔だから人は入れ替わっているがの」
ユキはユキでも初代ユキらしい。
ちら、と見ればガッツリ系の食事が乗ったトレーの隣に、シーズンのフルーツを使った美味しそうなスイーツが置いてある。
フェンリルの美しい思い出を復刻させる為と、スイーツを食べる為の両得になる行いのようだ。
「正体は隠してるの?」
「うむ。そなたのいう所の『人間ごっこ』じゃな」
「精霊を使わずに肉体労働?」
「じゃな」
「えぇ……元気だね」
アンフェールはひくりと口元を引きつらせる。
てっきり老いて辛いから森に引き籠っているんだと思っていたのに。アンフェールは最近、身体の弱った友を思い、デザートを差し入れに行っていたのだ。
「その年寄りを見るような目は止めてくれんか。まだまだ現役じゃぞ」
フェンリルは力こぶを作って見せてくれた。ムキムキだ。
ユキは番の男らしさにときめくらしく、キュンキュン言いながら身体をフェンリルに擦り付けている。相変わらずお熱い。
アンフェールがジュースを飲む傍らで、ガッツリ系の食事はあっという間にフェンリルの胃に収まってしまった。
アンフェールはその豪快な食事風景を見ただけでお腹いっぱいだ。
ジュースのカップに入っている氷を噛もうか噛むまいか悩んでいる所で、フェンリルから声が掛かった。
「番と無事婚約できたそうではないか」
フェンリルはニンマリ笑いながら、切り込んできた。
アンフェールはビックリしてしまう。婚約式をしたのはつい昨日の事だ。
「え、なんで知っているの?」
「精霊が騒いでおった」
「……なるほど」
光の精霊はバラ園で騒ぐだけに飽き足らず、おそらく国中を飛び回ったのだ。ぴかぴかと光りながら、起こった慶事を喋りまくったんだろう。
喜んで貰えるのは嬉しいが、はしゃぎ過ぎだ。
竜人にも人間にも精霊は見えない。でもフェンリルのような神獣は自然の多い場所に今でも住んでいる。彼らには聞こえてしまっている。
アンフェールは、それを思うと恥ずかしい。頬っぺたは熱々だ。
フェンリルはそんなアンフェールを穏やかな顔で見ている。
「ほんにめでたいの、竜王」
「……寿ぎありがとう」
フェンリルは畏まった口調でお祝いの言葉を贈ってくれた。
今でも付き合いがあって、アンフェールの前世の時代から死なずに生きているのは、フェンリルだけだ。だからお祝いの言葉も万感の何かが込められていて重い。
(そういえば、あの事を伝えていなかった)
アンフェールは大事な事に思い至った。
「グレンはグレングリーズだったんだ」
戦後処理のバタバタもあって、アンフェールはその事を伝えるのをすっかり忘れていた。
グレンがグレングリーズだと思い出してから、まだ四か月程しか経っていないとはいえ、フェンリルはグレングリーズとずっと交流があったのだ。真っ先に伝えるべきだったろう。
フェンリルはそれを聞いて、ビックリしたように目をぱちくりしている。それから目を細めて安心したかのように息を吐いた。
「……そうか、そうか。良かったのう。そなたの事だから別の魂であれば、グチグチ悩んだろう?」
「うるさいよ」
アンフェールは図星を突かれ、顔を歪めて文句を言う。
実際、ふたりが同じ魂だったという事が分かるまで、不実なのではないか、だのなんだのグチグチはしていた。
グレンは番だし、番だと分かる前から好意を持っていた。それでもこのグチグチっぷりだ。性格的なもので、どうしようもない部分なのだ。
アンフェールはふんと鼻を鳴らした後、溶けかけて小さくなった氷をガリガリと噛んだ。
フェンリルはユキを撫で、毛繕いをしてあげている。番のケアをするのは本能的に幸福感が湧くのだ。フェンリルは幸せそうな顔をしている。
それを見ているとアンフェールも、グレンに撫でて貰いたくなってしまう。本能とは本当に抗いがたい。
「……なぁ、フェンリル」
「なんじゃ?」
「番といられるのは幸せだな」
アンフェールは思わず、そう零してしまう。
フェンリルはそれをノロケとして受け取ったようだ。妙にニンマリとされてしまった。
「ほほ。今世の竜王は本当に可愛らしい」
「うるさいよ」
アンフェールは席を立った。
そろそろお昼時だ。席も混んでくるから空けた方がいいだろう。空いたカップを返却しに行こうと足を向けたところで、ふといい事を思いつく。
フェンリルの方を振り返り、声を掛けた。
「フェンリル、もう食べ終わるだろう? 手伝ってくれ」
「うむ。構わんが」
「今日はお前がいるから、捗りそうだ」
「棟梁、今日は西側じゃなかったんですかい?」
「うむ。守護竜さまの修繕に、指導という形で付き合う事になった」
「守護竜さまの! さっすが棟梁!」
フェンリルと同じ様な格好をした男が、気さくに話し掛けてきた。フェンリルはすっかり街に馴染んでいるらしい。
「守護竜さま、ご婚約おめでとうっす!」
「え……」
なんで知っているんだろう。フェンリルが言ったんだろうか。じとりとフェンリルを睨むと、彼はぶるぶると高速で首を振った。
「儂じゃないぞ。朝には皆知っておったのだ」
「む」
「俺は果物ワゴンのおかみさんから聞いたっす。でも現場に行ったら皆知ってたっすね!」
男は情報源を教えてくれた。昨日の昼に婚約したばかりなのに、朝には街中に広がってるって。民の情報伝播力に慄いてしまう。
いずれ発表される事ではあるけれど。ただただビックリだ。
現場に着くまでにたくさんの人に声を掛けて貰った。
みんなニコニコ笑いながら「おめでとう」「お幸せに」と伝えてくれる。
グレンは民を愛する賢王だ。だからみんな彼が幸せになる事が嬉しいのだ。民に愛される番を思うと、アンフェールも誇らしい気持ちになってしまう。
アンフェールはこの日、たくさんの建物を直しに直しまくった。
隣にはフェンリルが立っている。彼は土の加護が特に強い。工事に向いている。
ふたり一緒にいれば精霊を使っても怪しまれないだろうから、守護竜に建築を指導する棟梁という体でフェンリルにも精霊を使役して貰ったのだ。
時々、こうしてブーストを掛ければ、復興も早くなるかもしれない。
修繕の休憩中には、街の子供達がお祝いの歌を歌ってくれた。
調子っぱずれの合唱だったのは、婚約を知ったばかりで練習していないからだろう。でも元気だけは物凄く伝わってくる感じで、アンフェールは聞きながらぴかぴか光ってしまった。
一日中、たくさん祝福されたのだ。
(……祝福されるというのはいいものだな。胸がこんなにも温かくなる。私は今、幸せなのだ)
◇◇◇
夜――離宮。
今夜もグレンが来てくれた。
手土産が多い。どうやら婚約を聞きつけた貴族らが、我先にと祝賀の書状と共に贈り物を送りつけてきたらしい。早すぎる。
贈り物の中からアンフェールが楽しめそうなものを選んで持ってきてくれたそうだ。選抜しても量が多いという事は元はどれだけの物量だったのか。
「これからもっと増えると思うよ。対応が大変だ」
「忙しい時だっていうのに呑気なものだね」
「ふふ。贈り物で覚えが目出度くなると思うんだろうね。私、今まで冷遇されてたから」
グレンを冷遇していた貴族は主にミセス・ガーベラの派閥の者たちだ。
ミセス・ガーベラの死亡により彼らの足場は非常に不安定になっている。王弟と思われていたアンフェールは竜種だったし、グレンと婚約してしまった。
だからこれから確実に国を治めていくグレンに擦り寄りたいんだろう。
その腹に一物も二物もありそうな貴族たちをどう捌いていくか、という辺りで、手紙を抱えた文官のティモがすでに涙目になっているらしい。
「重用するのは、立場が悪いにもかかわらず昔から私に目を掛けてくれていた者たちか、中立を貫いて公平に見てくれていた者たちになってしまうんだけどね」
「まぁ、そうだよね」
「とはいえ、どの派閥にいた者でも能力があれば引き立てるつもりだよ。仕事の出来る人材は貴重だから。祝いの言葉の早い遅いとか、贈り物の内容じゃないね」
手のひら返しのコウモリであっても、あからさまに冷遇はしないつもりらしい。よく出来た番である。
グレンは机に贈り物を置いてから、いつもの様にベッドに腰かける。
アンフェールもその隣に座って早々にくっついた。甘えモードである。
グレンと手がアンフェールの髪を撫でると、昼間のユキのようにうっとりトロンの幸せ顔になってしまった。毛繕いは気持ちいい。
「アンフェールは街に行ったんだよね。お疲れ様」
「そんなに疲れてないよ。……みんなお祝いの言葉を掛けてくれたよ。だから逆に元気になった」
「そっか、よかった。もうみんな知ってるなんて早いね」
「そうそう。私もビックリした!」
アンフェールは頭を上げてグレンを見た。
彼は不思議そうな顔をした後、僅かに考え込む仕草を見せた。それからハッと何かに気付いたようにして納得の表情に変わる。
「グレン?」
「エドワードが式の後、五番街の教会の神父に婚約成立を知らせたと言っていた。アンフェールを保護してくれた方だからな」
「……なるほど」
アンフェールも納得した。答えを得た、といった感じだ。
アンフェールを保護してくれた神父は人がいいけどお口が軽い。
保護した赤子が実は竜種で、守護竜となり、賢王と呼ばれ始めているグレンと婚約したとなったら、そりゃあ話しまくるだろう。大興奮のシンデレラストーリーだ。
「そうだ」
グレンは何かを思い出したように声を発した。
「長期休暇が今度こそ貰えそうなんだ。婚約もしたし、婚前旅行を勧められたよ」
「そっか……! じゃあ……」
「ああ。行こう」
グレンは強い眼差しで頷いてくれる。アンフェールの胸がドキドキと高鳴る。
ついに行けるのだ。
アンフェールの故郷『竜の谷』へ。
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