エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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墓標――ふたりで謳う終わりの歌

アンフェールとヴィシュニア魔導研究所

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 前世、竜の谷の家で、子供達を産んだ時の事はよく覚えている。
 アンフェールの手を、グレングリーズはずっと握ってくれていた。その手の力強さ、温かさを。見守ってくれる真剣な眼差しを。励ましてくれる優しい声を。
 ――よく覚えている。

 アンフェールは老いていたし、身体が不自由だった。死の間際だった。
 竜体化に命が耐えられないかもしれないから出産は人型で行ったが、それでも消耗は激しかった。無事産めたものの、後はもう消えるだけなのだと悟っていた。

 ふたつの卵。

 金色の子と黒い子。アンフェールが産んだ愛しい宝物。 
 グレングリーズと溶け合って生まれた、ふたりの命の続き。

 でも、アンフェールは産んだだけだ。
 頑張って育て、長く共にいたのはグレングリーズだ。
 だからグレンの方がずっと、ヴィシュニア魔導研究所に子供達の遺骸がある事を苦々しく思っているはずなのだ。



◇◇◇



 立ち入り調査の現場指揮を執ってくれるのはギュンターだ。
 ギュンターはミセス・ガーベラを追うために、現在騎士団に所属が戻っていたらしい。
 道理で離宮に帰ってこないはずだ。
 昨日、彼の姿を司令部でもチラ見したけれど、ゆっくり対面するのは久々だった。

「ご無事で何よりです……!」
「ギュンター、おひげが痛いです」
「ああ、申し訳ありません」

 珍しく、というより初めてがっつりと抱き締められてしまった。
 ギュンターはアンフェールとグレンが、ふたりだけでシタールに向かったと聞いて意識を失いそうな程心配したらしい。
 彼は直前のグレンとの会話でも、グレンの為に命を捨てる覚悟まで決めていたし、そりゃあ気絶しそうにもなるだろう。

「あんなに小さかった殿下が、お強い守護竜になられて……。更にグレン様の番でいらっしゃると、エックハルトから聞きました……!」

 ギュンターは涙ぐんでいる。
 小さな頃から育てた事になっている王弟だけれど、でっかい竜になったらビックリだろうに。普通に成長として喜ばれてしまった。
 拍子抜けするけれど、竜種バレ以降も変わらず可愛がって貰えるなら嬉しい。グレンとの事も祝って貰えるようだ。

 今回の現場指揮も嬉々として参加して貰えた。
 アンフェールの初仕事が手伝えるのが嬉しいらしい。

 あと、彼は消えた側室の件が気になっていたそうだ。
 当時、側室をどんどん娶る割りに寵愛しない王のせいで、側室の不満は溜まりに溜まっていた。
 その怒りが彼女らの連れてきた侍女たちに向かい、その侍女たちの不満が幼いグレンに向かってしまった。グレンは酷く傷つけられてしまった。

 消えた側室の件は、ギュンターにとってはグレンを過保護なくらい保護するようになった原点なのだ。
 なので現在ヴィシュニア魔導研究所玄関にて、彼は対応に出てきた初老の研究員をビビらすほどの怒気を発しながら、令状を突き付けている。

「なっ……立ち入り捜査ですと……!!!」
「令状だ」
「しかし、所長が亡くなったばかりです。内部が……」
「副所長はいるだろう。とっとと建物を明け渡せ。無駄な抵抗をする気ならば相応の覚悟をしろよ。
 ……ああ、実力行使の方が面倒が無くていいか。私の名はギュンター。勿論知っているだろう?」

 ギュンターが獰猛な顔で迫ると、初老の研究員は真っ青になり「ただちに!」という言葉を残して屋内に走って行ってしまった。
 研究員は年齢的にギュンターの狂犬全盛期を知っているのかもしれない。
 副所長室に向かっているようだ。アンフェールは『縄張り』を張って、研究員に不審な行動がないか見張っている。

 精霊の目を使いたいのに、ここの屋内は精霊の力の通りが悪い。
 特殊な建材でも使ってるのか、魔道具か何かがあるのか。精霊に聞くと『あそこきらい』『やー』としか言わない。
 嫌なら仕方ないのだ。精霊は嫌だと思う事をしないし、アンフェールも強制する事を好まない。

 不思議な事に『縄張り』も作り難かった。魔力を木の根のように伸ばす『縄張り』はこの建物の地下には通らなかった。今世初めての感覚だった。
 竜種の固有スキル『縄張り』は、他の個体とかち合った場合、先に張っていた方が優先になるのだ。
 今世、生きている竜種はアンフェールしかいない。何か、これも妨害する道具があるんだろうか。
 地上は何とか作れるので問題ないのだが、グレンからは地下を見て欲しいと言われていた。

「グレン、地下は『縄張り』が通らない」
「……そうか」
「地下に何かあるの?」
「前世、何度か立ち入り調査はしている。重要なものが地下から見つかるケースが多かった」
「なるほど」

 経験則、というやつだ。
 地上はざっと見た感じ、遺骸らしきものは見つからない。やはり『縄張り』が通っていかない地下が怪しい気がする。

「地下を見てみたい」
「分かった。案内しよう」

 グレンはアンフェールの手をとり、引いてくれる。
 これからアンフェールは敵地の中心部に入り込むのだ。



◇◇◇



 ヴィシュニア魔導研究所、地下。

 全員退出させられているので人は残っていない。
 地上階が綺麗な研究を担っているとしたら、地下はその逆だ。文字通りアンダーグラウンドな研究を担っていたようだ。
 不自然な形状をした生物の残骸が目に入った。

 精霊がこの建物を嫌うはずだと、アンフェールは顔をしかめて納得する。自然の存在である彼らは、不自然を嫌う。
 古竜種にとっても生命を歪める術は禁呪扱いになっていた。だから命を弄る行為は不快で堪らないのだ。

「アンフェール、辛いようならあまり見ない方がいい」
「……あまり過保護にしないで、グレン。……知る事は大事だ」

 この歪みはきっとグレングリーズが守護竜時代何度も見てきた物だ。なぜなら隣にいるグレンは左程驚いていないからだ。
 いくら十四歳とはいえ、アンフェールの中身は五千年生きている老竜なのだ。この位でクラクラしてはいけない。
 アンフェールはシャンとすべく気合を入れた。

「……!」
「どうしたの? グレン」

 グレンは部屋にある扉を睨みつけている。グレンにそんな顔をさせるなんて、何の部屋だろう。
 扉自体は厚みがありそうで、シンプルなものだった。壁に同化し、流し見たなら気が付かないような仕様になっている。他の扉とデザインはあからさまに違っている。

「以前は無かった扉だ。そこは壁だった」

 グレンは唸るように言った。
 どうやらグレングリーズの没後増えた部屋のようだ。

「開けてみよう」

 扉は接収した鍵束のうちの一本で開いた。
 部屋だと思って開いたがそこにあったのは階段だった。さらに地下があるのだ。グレン曰く、グレングリーズが生きていた時代、地下は一層だったそうだ。
 増えた地下階層。
 どう考えても怪しい空間だ。アンフェールの喉がゴクリと鳴る。

 『照明ライト』を使って明るくしてから、グレンとふたり、長い階段を下っていく。
 かなりの深さまで下ったところに、先程とは違って仰々しい扉が設えられていた。


 『天界の門』がそこにあった。


 正確には模したものだ。
 この国の宗教観だ。死後くぐるという、神の住まう世界の入り口。
 アンフェールは教会育ちだから、経典で、寮に置いてある絵本で、その扉のデザインを何度も見た事があった。
 アンフェールの心臓はバクバクと鳴った。


 神の住まう世界。神とは。


 震える身体を叱咤し、アンフェールは扉の取っ手に手を掛けた。震えが分かったのか、その手の上にグレンの手が重なる。
 グレンの方を見れば、彼もこちらを見て、目だけで頷いてくれた。
 「行こう」――と、声を出さなくても伝わってきた。
 アンフェールは扉を押す。開けば暗く、広い空間。

 アンフェールは『照明ライト』でその空間を照らし出す。
 天井が異様に高い。見渡せば、まるで神殿のような荘厳な内装だった。白い石造りの広間は地下のせいか青白く感じて寒々しい。
 無音の空間。ふたりが歩く音だけがカツンカツンと反響している。


 広間の一番奥、この場の主であるかのように、二体の氷柱が立っている。
 氷柱の中には肖像画で見た子供達が、まるで生きているかのように収まっていた。


 生きているかのように感じる理由は躍動感だ。
 氷柱の中のマイアサウラは何かを守ろうと腕を広げている。スキピオニクスはそんなマイアサウラに向かって腕を伸ばしている。

 これを見てわかるのは、ふたりは自然死でないという事だ。
 氷柱に入る直前まで生きていた。しかも、なにか只ならぬ事態にあったことが伺える。
 そんな二人がご神体のように飾られている。

「あ、あ……」

 アンフェールは目の前が揺らいだ。熱い雫が次々と頬を伝っていく。
 どういう状況だったんだろう。誰がふたりをこんな目に合わせたのか。アンフェールは氷柱によたよたと歩み寄るも、途中で力無くへたり込んでしまった。
 怒りなのか悲しみなのか、アンフェールの中で強い感情がぐるぐる回っている。子供達になんて事を、と母性が悲鳴を上げている。

 そんなアンフェールを後ろから包んでくれる腕があった。グレンだ。

「ぐれん……」
「そのままでいい。も同じ気持ちだ」

 その言葉で、アンフェールは止まらなくなってしまった。後ろを向いてグレンに縋りつき、わあわあと声を上げて泣いてしまった。
 グレンは顔を顰めているけれど、泣いていない。
 グレンも、グレングリーズも泣き虫の癖に。子供達の事を育てた分、アンフェールよりもふたりを知っている癖に。きっと暴れ出したい位怒っている癖に。
 ただ、静かにアンフェールを抱いていてくれる。

 彼の胸は温かく、抱き締めてくれる腕は力強く、アンフェールの慟哭をあるがまま受け止めてくれた。
 それがとても頼もしくて、アンフェールは思いきり感情をぶつけることが出来た。

 泣いて泣いて。
 溶けそうな位泣きつくしたところで、アンフェールの耳に柔らかい声が届いた。


『――泣いているのは、だれ?』


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