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深化4

テッドと守護竜と賢王/アンフェールと凱旋

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 テッドは夕食を食べ、避難所から外に出て街を眺めている。

 あれから光る雨は降っていない。街も燃えていない。真っ暗の景色。
 いつもならバザールは賑わっている時間だ。アーケードの天井からぶら下がった、ぼんぼりの様な照明に光が灯って明るいのだ。
 テッドは賑やかで綺麗なバザールが大好きだった。だから、それが無くなっちゃった光景にションボリする。

 城からは『もう街が砲撃されることは無くなった』と連絡が回ってきた。

 知恵者のカンジはそれを聞いて、難しい顔をしていた。ヴィシュニア側が何かしら不利な条件を呑まされたのでは、と言っていた。
 テッドも難しい顔をしてしまう。
 あの気さくな王様は大丈夫だろうか。テッドの差し出すフルーツを美味しいと言ってニコニコ笑う王様。
 カンジの言う通りなら、今、王様は苦境に立たされているのかもしれない。

 その時、真っ暗な街がぽわぽわと光り出した。
 まるい、まあるい光。まるでテッドの好きなぼんぼりの様。暗かった街が、いつも以上の明るさになった。
 そのまるい光はぽわぽわと空に向かって飛んでいく。

 丸い光がこちらにも飛んできた。どうやら金色にぴかぴか光るシャボン玉のようだ。

「母ちゃん、みんな、街が光ってる!」

 テッドが避難所内に声を掛けると、中にいた皆が外に出てきた。みんなその光るシャボンの幻想的な光景にざわめいている。
 明るくなった街。そして空に昇っていく金色シャボン。
 舞い上がるシャボンは縦方向の動きだ。視界に、横方向に動くぴかぴかが映る。

「――あっ!」

 それはテッドが夕方見て、幻だと思っていた、立派な金色の竜だった。
 その竜には、先程までテッドが心配していた気さくな王様が、凛々しい顔をして騎乗している。まるで絵本で見た守護竜と賢王のような姿だった。
 幻想的なシャボンの海を、竜はまるで泳ぐ様に悠々と飛んでいる。とても美しい光景だった。

「母ちゃん、見て! 竜がいる。竜の上に、王様が乗ってる!!!」
「あぁ。あぁ……本当だ。陛下だねぇ……」

 テッドの母はビックリして固まっている。でも表情は嬉しげだ。
 元気そうなグレン姿を見て安心したのだ。そして、立派な姿に感動もしている。
 母はグレンがこの国の王になったとは知っているものの、近所の顔見知りの子供位の感覚でいる。なにせグレンがお忍びで街歩きをしていた十代の頃から知っているのだ。
 だから、母はグレンのことをとても心配していた。

「王様、賢王みたいネー」

 カンジが感嘆のため息をついている。

「カンジ、竜はもういないって言ってたのに、いるじゃん!」
「いるネー。生き残りがいたんだって感動しているヨ……」

 竜を指さし、わーっというテッドに対し、カンジは飄々と返す。
 竜は絶滅した。それが世界の常識だったのだ。それはヴィシュニアは当然、遠く離れたカンジの故郷である東の国でもそうだった。

「すごいカッコいい! 昔はあんなのがいっぱいいたんだ……!」
「色々終わって街に王様がきたら、カッコいい竜の話をいっぱい聞かなきゃいけないネー」
「うん! 王様に竜の事教えてもらう!」

 テッドはさっきまでのショボンとした気持ちが嘘みたいに興奮している。
 それだけ、暗かった街が明るくなり、強そうな竜と、凛々しい王様を見た効果は凄かったのだ。
 光る雨はもう降らないとの連絡は、悪い知らせじゃなくて良い知らせだったんじゃないかと思わせるだけの力があった。

 テッドもカンジも竜の話で盛り上がっている。
 そんな二人の隣、書店のオーナーとチョコが空を見上げている。

 チョコは「わふっ! わふっ!」と空の黄金竜に向かって鳴いている。
 それはチョコがメスに対して求愛するときの鳴き方だった。なんで竜に向かって求愛しているんだろう、とオーナーは不思議に思い、首をひねった。



◇◇◇



 アンフェールは竜体でグレンを乗せて飛んでいる。シタールからヴィシュニア上空に戻ってきた所だ。
 ヴィシュニアは金色の光が舞っていて、幻想的な風景になっている。

「綺麗だな」
『消火剤のシャボンだよ。光の精霊が光らせて飛ばしてくれたんだ』

 光の精霊たちの仕業だ。
 彼らはヴィシュニアに帰って来たアンフェール達を賑やかに迎えようと、街に浮遊していたたくさんのシャボンを光らせ、飛ばしてくれた。
 真っ暗な中、ぴかぴかに光る泡。
 まるで金色の海の中にいるようだった。

 とても綺麗だ。
 その綺麗な情景を見て、アンフェールは良い事を思いついたのだ。光の高位精霊に『国中の人にアンフェールとグレンを見せて欲しい』とお願いした。

 視覚に関する事は光の精霊の管轄だ。
 以前、精霊アンフェールとグレンが別れた後、丘の上で落ち込むグレンに対し、アンフェールの姿を近くにいるくらいハッキリ見せたのも、精霊の力だった。
 上位精霊は同じ事を広範囲に、数多の人々に対し行える。
 テッドたちがグレンの姿をはっきり認識出来たのは、アンフェールの依頼のおかげだった。

 アンフェールは守護竜になったのだ。
 賢王を支える守護竜。それを国民全員に知ってもらいたかった。
 あと、いっぱい頑張った愛しい番を見せびらかしたかった。国を民を守るべく奔走していたグレンを皆に見て欲しかった。

 この国の現王統は竜と賢王の子孫。神の子のような扱いだ。グレンが守護竜を従えていると知れば、彼は王に相応しいという話になるだろう。

 特に貴族階級にいる反グレン派にアピールしたい。
 母親の身分が低いだのなんだのとグレンを認めていなかった者たちは、彼への見方を変えざるを得ないはずだ。
 なにせグレンは守護竜かみの番なのだ。アンフェールは彼にしか従わない。


「アンフェール」
『なに?』
「……高位精霊と契約したのか?」


 グレンの声は暗い。
 彼は前世の記憶がある。古代竜アンフェールがたくさんの高位精霊と契約し、フェロモン受容体を縛られて番を認識出来なかった事を知っている。
 だからアンフェールが高位精霊と契約した、という事にナーバスになっているのだ。
 アンフェールはグルゥと喉を鳴らす。

「……あの時は仕方なかったと分かっているんだ。分かっているんだが……それでも、やはり」

 グレンは優しく鱗を撫でてくれる。
 前世では一度も出来なかった。今世では一度だけのフェロモンを感じながらの交接。
 番の、自然な交わり。
 それがもう出来なくなるなんて、と思うとやはり辛いのだろう。理解していても本能は悲鳴を上げる。グレンの性の部分はかなり竜種に近い。

『ふふ』
「アンフェール?」

 思わず笑うアンフェールにグレンは理由を問いかける。
 アンフェールは番同士の深刻な話をしてるのに、ご機嫌にぴかぴか光ってる
 だってぴかぴかもする。全然大丈夫だったのだから。

『光の高位精霊が、他の高位精霊と結ばずに自分とだけ契約するなら、契約条件をつけていいって言ったんだ。
 今世ずっと高位精霊を突っぱねてたから折れたみたい。高位精霊は契約に条件を付けられるの嫌がるんだけど』

 もちろんアンフェールがつけた条件は『フェロモン受容体は元より、アンフェールの肉体には勝手に干渉しない』という事だ。
 アンフェールは光の精霊と相性がいい。
 こちらの良いように光の高位精霊と契約出来て良かった。アンフェールはパワーアップして、よりキラキラ輝くようになったのだ。

「そうか……!」
『安心した?』
「ああ」

 グレンは本当に嬉しそうだ。ホッとしたように息を吐いている。

 彼がグレングリーズだった頃だ。アンフェールが番だと分かってあげられなくて、時々切なそうな目をされることがあった。
 無自覚なんだろうけれど、あれはこちらの胸まで痛くなる視線だった。
 今世同じ悲しみを味わわせずに済んで良かった。グレンには幸せでいて欲しいのだ。




『グレン』

 アンフェールは背中の上のグレンに声を掛けた。
 グレンにも見て欲しいから精霊の視覚補助を付与する。丁度見知った顔がいる避難所が見える。

『みんなが見えるよ。果物ワゴンの小さな子がこっちに手を振っている』
「本当だ。はは、今度街に行ったら質問攻めにされそうだ」

 手を振り返すとテッドは嬉しかったみたいだ。ぴょんぴょん飛び跳ねている。彼はまさかこの黄金竜が『王様が初めて連れてきた友達』だとは思うまい。
 そう考えると、アンフェールは楽しくなって喉がグルグル鳴ってしまった。

 そんな楽しい光景だけではなく、焼けてしまった街も見える。
 全焼している訳じゃなく、点々と焼けている感じだ。点、の所が砲弾が落ちた場所なんだろう。
 魔導兵器はほぼ狙った場所に着弾するという兵器だ。中央地区でもバザールの辺りを狙ったのがよく分かる。バザールは点が密になり、塗り潰されている。
 それを見るとアンフェールは心が痛くなった。

(あんなに綺麗な場所だったのにな……)

『街、焼けちゃったね』
「仕方ないな。かなりの砲弾が降ったんだ。それでも全て焼けた訳じゃないのは、アンフェールと叔母上が頑張って消火剤を作ってくれたからだよ。人的被害の報告も無かった。私が司令部にいた時までの状況だけどね」

 そうか、とアンフェールは納得する。
 人に被害が無ければ、またあの美しいバザールも蘇るだろう。
 美しいものを作るのはクリエイティブな人間だ。
 アンフェールだって手伝いに行ってもいい。守護竜デビューするなら、それだって良いアピールだ。街のみんなと共同作業でバザールを蘇らせるなんて素敵だ。

 生きているなら、何だって出来る。

『……頑張って良かった』
「ああ。守れたな」
『うん、守れた』

 アンフェールは嬉しくなって、クルリと旋回する。
 すると下で見ている皆がわぁわぁと歓声を上げた。上に乗ってるグレンは急に回るからビックリしてたけど「荷物を落としたら大変だから、回る前に教えてくれ」とだけ言って笑ってくれた。

 アンフェールの眼下には光り輝くヴィシュニア王国。
 グレングリーズが作り、グレンが治める特別な国。アンフェールが守った国。これからも守っていく国。


 二人は賢王と守護竜としてヴィシュニアに凱旋したのだ。


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