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深化4

アンフェールとザシャの不審な動き

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「飛竜小屋だと、東側から侵入した方がいいか……」

 アンフェールはぶつぶつ呟く。最短距離で移動する、効率重視の古代竜エンシェントドラゴンなのだ。
 アンフェールは行動を開始しようと、腰かけていた切り株から立ち上がる。

「クピクピ」

 肩に飛び乗ってきたタンジェントが何か話しかけてきた。

「? どうした? タンジェント。森に隠れていて」
「クピッ!」

 洋服の肩部分をがっちり掴まれてしまった。どうやら連れて行けと言いたいらしい。

「タンジェント、危ないかもしれないんだ。だから――」
「クピ~~~~クピクピ!」

 何を言っているのか分からないけれど、珍しく主張が強い。アンフェールは急がないといけないからタンジェントを説得する余裕がない。
 アンフェールはガシガシと頭を掻いた。

「危なくなったら逃げてね。タンジェントは飛べるんだから」
「クピッ」

 アンフェールはしょうがないので、肩にタンジェントを乗せたまま出発した。



◇◇◇



 防犯用の魔道具に引っ掛からない位置まで『転移』してきた。
 そこからは『身体強化』を掛けてのダッシュだ。アンフェールは精霊の力も借りるから風のように早い。
 物凄いスピードであるのにタンジェントは振り落とされずにくっついている。飛竜なので飛ぶようなスピードは慣れっこなのだ。

 飛竜小屋にはすぐ着いた。
 ここは研究施設の一環であるので『小屋』というよりは『大家』だ。ワイバーン種の飛竜はとても大きい。
 『縄張り』で中を覗けばザシャは小屋に入ったばかりのようだった。鍵を手に持ち、錠前に触れている。

 アンフェールは慌てて中に踏み込んだ。

「ザシャ所長、ここで何を」
「!!?」

 声を掛ければザシャは驚いたのか、手に持っていた鍵を地面に落とした。じゃらりと大きな金属の落下音。
 そして、一歩後ずさった。
 しかし驚きはすぐに別の感情に置き換わったらしい。
 口端を吊り上げ、ニタリとした笑顔に変わる。気味の悪い顔にアンフェールは鳥肌が立つが、あくまでポーカーフェイスを維持する。

「これはこれは、殿下。このような場所でお会いできるとは、全くの僥倖」

 ザシャは慇懃に答えながらも礼をする事はなかった。
 何やら白衣の胸元をゴソゴソと探っている。アンフェールはそれを訝しむも、会話を続ける。

「避難指示が出ていたと思いますが」
「それは殿下も同じでしょう? 安全な離宮から出てこんな危ない場所に来るなどと」

 ザシャはそこで言葉を切り、胸元を探っていた手を下に下げた。

「――攫ってくださいと言わんばかりだ」

 ザシャの足元でジュっと焼けるような小さな音がした。
 その場所は濡れ、僅かに煙っている。彼の手には二本の試験管が握られている。そこに入っていた液体を零したらしい。

 凄く嫌な臭いが漂ってくる。嗅ぎ覚えがある臭いだ。

 そこまで認識したところで、アンフェールの身体から力が抜けていった。立っていられずがくりと膝を突き、そしてパタリと地面に倒れ込んでしまった。
 鈍くなったものの意識はある。しかし、上手に思考を回せない。

「ははは、これ程効果はあるとは」

 ザシャは心底愉快そうに笑っている。彼の脚がこちらに近づいてくる。

「精製をベロニカ様に頼んでよかった。人目が無く、護衛がいない状態の殿下といつお会いできるか分からないので、コレをいつも持ち歩いていたんですよ。
 薬学研究所では人目があるし、殿下の側にはいつも神父ごえいがいるし、神父ごえいがいないときは陛下がいるから中々機会が無かった」

 どうやらアンフェールはずっとザシャに狙われていたらしい。

 確かにザシャにとって、この場は非常に都合のいい状況だ。飛竜小屋は魔導研究所ザシャのテリトリーだし、人目はない。避難指示が出て防衛体制にある現在、こんな場所まで見回りも来ないだろう。
 そんな場所にアンフェールは単身乗り込んでいるのだ。
 ザシャを始末するのに都合がいいと思った状況だったのに、相手にとっても都合が良かったとは。

「今の国の状況であれば、楽に『機会』が作れそうだと思ったんですよ。離宮にいらっしゃる殿下を攫う機会がね。
 飛竜を解き放って、城の混乱を作る。……離宮にいる人員ぐらいならどうとでも出来そうですが、攫った後、城の衛兵に追われては厄介ですからね」

 どうやら混乱を作るために飛竜を解き放つ読みは合っていたようだ。
 ただ、それがアンフェール誘拐の為、という目的だっただけで。
 てっきりミセス・ガーベラの策略で、指令を受けての行動だと思っていたのに。こいつの個人プレーだったとは。飛竜が暴れれば、グレンの軍務に悪影響が出たのはその通りなのだが。

「今使った薬液は、前王朝時代竜種を捕らえる為に考えられたものです。
 ドラゴンアリウムの臭い、嫌いでしょう? あれは竜にとって毒のようなものなんですよ。
 ドラゴンアリウムの毒成分は、竜の強固な神経系に作用する効果がありまして、混ぜ物によって自由に竜をコントロールできるのです。今使ったのは麻痺毒ですよ」

 アンフェールは驚愕する。
 ザシャはどうやらアンフェールが竜種だと気が付いているらしい。

 そういえば、とアンフェールは思い出す。
 ザシャと薬学研究所で遭遇した日、ベロニカはやたらと臭い何かを精製していた。あれはドラゴンアリウムだったのだ。
 竜人はこの毒が毒にならないんだろう。ベロニカはピンピンしていたし、ザシャも全く影響を受けていない。

「こうして麻痺させて、隷属の首輪をつけて竜種を捕らえた――と魔導研究所の秘匿資料の中に残ってました。先人は偉大だ。グレングリーズの焚き書からちゃんと資料を守っていてくれた。
 ああ、殿下が竜種だと分かったのも前所長が残した資料に書いてあったからなんですよ。感謝しないといけませんね」

 なるほど。前王朝時代この麻痺毒を散布し、大量の竜種を捕らえていたのか。
 いくら人間の数が多いとはいえ竜種は決して弱くない。無抵抗でただ捕らえられるなんておかしいと思ったのだ。
 前所長の資料が残ってたのも驚きだ。所長室はちゃんと焼いたのに、詰めが甘かったんだろうか。

 ザシャは勝ったつもりでいる様子で、ペラペラと色んなことを喋ってくれる。
 その余裕っぷりに腹が立つ。悔しい。アンフェールは指一本動かない状況に心の中で歯噛みする。声なんかかけずにさっくり殺しておくべきだった。捕まってからでも機会はあるだろうか。

 ザシャは目の前に来て蹲み、アンフェールの一つ結びにした髪を掴んだ。
 そのままぐいっと持ち上げ、こちらの顔を覗き込む。

「やはり美しい。文献でいくら語られても、実感できなかったですが。竜種の記録は多いんですよ、殿下。是非、普通の人間との差異を確認したいものです。例えば――」

 目の前のザシャの顔がニタリと歪む。

「――竜の蜜とか」

 それを口に出された瞬間、アンフェールは全身が粟立った。
 捕らえられたら、されるかもしれない事柄の一つだった。でも考えないようにしていた。何故なら気持ち悪いからだ。
 アンフェールには番がいる。フェロモンで番だと実感し、交接も済ませている。だから、自分の番以外に交接されるのは、思考に乗せる事すら嫌悪する程の抵抗感があるのだ。

 ザシャの手が、アンフェールの腰に触れた。そこからから腹、首筋にかけて、センターラインをゆっくり撫で上げていく。
 それだけで、吐き気がしそうな程の不快感が湧き上がってくる。

「あなたには、胎を使って竜種の母になってもらうつもりです。ですが――」

 首筋から、唇へ。
 指が、口紅でも塗るかのように、ゆっくりとアンフェールの唇をなぞっていく。

「あなたを妻にするのは私です」

 ザシャはうっとりとした笑顔で、アンフェールを見つめる。


 アンフェールはひたすらの嫌悪に、血の気がサッと引いた。


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