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深化4

アンフェールとグレンとグレングリーズ

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 グレンの目が覚めた。

 アンフェールは安心し、全身から力が抜けてしまった。
 見た感じ元気そうだし、本人も大丈夫と言っている。でも油断はできない。アンフェールは慎重な古代竜エンシェントドラゴンなのだ。

 隣室に控えていた医者を呼び、グレンの体調を見てもらう。
 何も問題は無いと太鼓判を貰えた。
 グレンは過剰反応するアンフェールに苦笑いをしていたけれど、こっちはもう、物凄く心配していたのだ。
 ずっとべそべそしてたのは、格好悪いし秘密だ。エドワードにも口止めしている。




 グレンは着替え、城に戻るようだった。休暇は終わったのだし仕方ない。
 その時だ。扉をノックする音が聞こえた。

「はい」
「陛下、殿下、城から使者が」

 ノックの主はエドワードだった。慌てている様子だ。
 城からの使者はティモらしい。ティモはエックハルトの直属の部下である文官だ。
 アンフェールとグレンが居間に行くと、ティモはソファーに腰かけて待っていた。こちらが入室してすぐに、ティモは慌てた様子で立ち上がる。

「陛下、大変です」
「何かあったのか?」
「シタールから宣戦布告が」

 ティモの言葉にアンフェールとグレンの顔も硬くなる。
 宣戦布告。――ついにシタールが動いたのだ。

 実はあれからギュンターからの追加報告があった。足取りのつかめなかったミセス・ガーベラが出国し、シタールに向かった痕跡が見つかったと。
 出国の際、ミセス・ガーベラはヴィシュニア騎士団の団服を着ていたらしい。立ち振る舞いも騎士らしく、彼女は男性にしか見えなかったようだ。
 彼女は現在シタールにいる。それは確定情報になった。
 この宣戦布告の裏にはミセス・ガーベラが必ずいるはずだ。そして王の血統に対する復讐を果たすべくグレンを狙っている。

 アンフェールは眉をひそめた。

「分かった。すぐに本部に向かう。ティモはエックハルトの元へ先に戻ってくれ」

 グレンはティモに返答した。
 本部というのはヴィシュニア王国国防軍最高司令部の事らしい。グレンは国を守る為、そこに向かうのだ。
 ティモはグレンの指示通り、居間から足早に退出していった。
 ティモが出ていった後の居間は誰もいない。恐らく話の内容が内容なので人払いしていたのだ。


 あまりの慌ただしさにアンフェールもグレンも立ちっぱなしだ。
 その立ったままの姿勢でグレンはアンフェールと正面から向かい合い、両肩に手を置く。そして少し身を低くした。
 視線が合う。グレンの顔はすごく真剣だ。

「アンフェール、よく聞いて。これから、城や離宮は危なくなるかもしれない。森に隠れていてくれないか? あそこには隠れ家もあるだろう? それに、フェンリルもいるから」
「グレン……!?」

 グレンの言葉にアンフェールは驚いてしまった。
 精霊であることは知られていないはずだった。どうしてグレンが知っているのか。戸惑うアンフェールに対し、グレンは言葉を続ける。

「アンフェール、私に何かあったら、この国を捨てていい。森に隠れ住んだままでいて。弟でいてくれてありがとう。精霊として、私を導いてくれてありがとう」

 グレンはいつものように優しく微笑む。

 精霊。――その言葉が出るという事は、グレンはアンフェールが精霊とイコールであることに確証を持っているという事だ。
 グレンはいつから気づいていたんだろう。どうして、気づいている事を教えてくれなかったのか。
 こんな、危機迫る余裕のない時に口にするなんて。

 それに言葉の端々に漂う、別れの挨拶みたいなニュアンスが嫌だ。お礼なんて要らないのに。
 アンフェールは不安になる。グレンが帰ってこない事もあるのかと。

 アンフェールの青い顔に気づいたのか、グレンはクスリと冗談めかして笑う。

「大丈夫。私は強いから。言ったろう? 何があってもきみを守ると。それに、グレングリーズだった頃も貴方・・に『全部が引き受ける』と約束した」
「なっ――!!!」

 アンフェールは声を出して驚愕した。

 グレンが口にしたのはアンフェールが想像もしていない事だった。
 グレングリーズがどこかで生まれ変わっていないか、というのはフェンリルと会う度に考えていた事だ。

(まさか、そんな。グレングリーズは今世でも番として転生していたという事か。
 なんでグレンは教えてくれなかったのだ。伝えてくるって事は私が古代竜エンシェントドラゴンだと分かっているのだろう?
 なぜ……なぜ……)

 アンフェールは混乱している。
 グレンは固まったアンフェールを、包み込むように、そっと抱きしめてくれた。
 アンフェールは縋るようにグレンの服をギュッと掴む。

「行ってくる、アンフェール。約束だ。どうか……身の安全を第一に」

 グレンはそう言った後アンフェールの耳元に唇を近づけた。彼は耳たぶに触れるだけのキスをする。
 吐息が掛かる。その吐息と間違いそうな小さな声。
 切ない囁き。


「あいしている」


 それだけを残して。
 グレンは『転移テレポート』を発動し、掻き消えてしまった。
 行ってしまった。いなくなってしまった。

 アンフェールがしがみ付いていた腕の中は、もう空っぽだ。
 力無く腕を下ろし、アンフェールはその場に崩れ落ちる様に、ペタンと座る。
 情報が多くて整理できない。

 『グレンはグレングリーズで、アンフェールの事を前世から全て知っている』というのは、それだけアンフェールにとって衝撃的な話だったのだ。




「何をしているのだ。私は王なのだ」

 アンフェールはぴちぴちと頬を叩き、自身に気合を入れた。へたり込んでいる場合じゃない。
 最後の竜種。小さくともアンフェールは竜王なのだ。
 番に守られ、隠れてブルブル震えていろなんて、到底受け入れられる話じゃない。
 アンフェールはすっくと立ち上がる。

 『グレンを守る』――アンフェールはそう決めて、隠れ住むのを止めたのだから。

「エドワード、いますか?」
「はい」

 居間の扉を開け、廊下に呼び掛けると隣室に控えていたエドワードがひょこりと顔を出した。

「エドワード、離宮内にいる人間を全て集めて下さい」
「殿下?」

 エドワードは不思議そうな顔をしながらも、すぐに動いてくれた。

 離宮の使用人は最小限に抑えている。だからそんなにいっぱいの人間はいない。
 アンフェールは居間に集められた全員に『催眠ヒプノーシス』を掛けた。
 半分は人間だったけれど術はよく掛かった。全員目が虚ろになっている。
 以前ミセス・ガーベラ達に掛けた時とは違い、日頃お世話になってる人たちだ。だから術を掛けるのはちょっとだけ良心が痛む。


「『――至上命令シュープリーム・オーダー――』
 これから私は離宮から居なくなります。心配しなくても安全に過ごしています。ですから私の事は探さないように。
 結界を張っていきます。万一の事があったら皆さん助け合ってください。どうか、無事で――」


 これで、アンフェールがいなくなっても、皆に捜索されることは無いはずだ。
 本当は側にいて守ってあげたいけれどアンフェールの身体は一つしかない。
 離宮はフェンリルの森と接しているから守りは硬い。城よりも安全なはずだ。そう、アンフェールは納得し、離宮を出る。



◇◇◇



 アンフェールは飾り気のない動きやすい服装でいる。髪もぼつんと一つ結びだ。
 動きやすい服装は、乗馬の際に衣装係が用意してくれたコレクションの中にあった。

 今は丁度離宮に結界を張り終わったところだ。
 フェンリルの森の切り株に腰かけ、情報収集を開始する。動くのに情報は重要だ。
 アンフェールは目を閉じ、『縄張り』に視界を走らせる。高速で駆け抜けて、周囲の状況を把握していく。

 城内にも『避難所』が作られるとは聞いていた。人はそちらに固まっている。今、動いているのは防衛実務に関わる人間が殆どのようだ。

 城内の、人がいない区画に歩いていく見知った魔力を見つけた。
 ザシャだ。

 ザシャが向かっている方向には、ヴィシュニア魔導研究所内にある飛竜小屋がある。
 何故、今飛竜なのか。
 飛竜は彼にとって魔石採取の為の家畜だ。戦争が始まるかもしれない時に何故家畜小屋に行くのか。

 勿論飛竜は生きているので餌やり等の世話はある。
 しかし長く観察しているので、そう言った面倒事を専任スタッフという名の研究所の下っ端にさせているのは知っている。
 ザシャが甲斐甲斐しく飛竜の世話を焼く所は、見た事が無い。

 彼の手をよく見れば鍵が握られている。小屋の鍵だろうか。

 その時不意に、公務の馬車内で聞いたグレンの言葉を思い出してしまった。


『――混乱を作り出して国境を切り崩すのは、よくある手法だからね』


 混乱を作り出すのは、なにも魔導兵器でなくてもいいのだ。
 あの小屋にいるのは改良という名の改造をされた狂った飛竜。それを解き放たれただけで城内は混乱するだろう。

 軍の人間は国境に多く送り出され、残る大半は基地にある司令部や兵舎にいる。基地は城から遠い訳じゃないけれど近くも無い。
 城内は衛兵と宮廷魔術師が守っているけれど、やはり手薄なのだ。
 だからここで飛竜が暴れれば、城内は混乱してしまう。避難所に多くいる人々がパニックを起こすかもしれない。統率が取れなくなるかもしれない。
 城内がその状況になれば、軍務にも影響が出るはずだ。

 アンフェールはここでザシャを始末する事に決めた。

(飛竜をそう言った形で利用するつもりかどうかは分からない。あくまで可能性だ。しかし元々ヤツを始末するつもりだったのだ。この混乱の中、ザシャが不審死したとて、原因を追いかける余裕はあるまい。――これは、好機だ)


 アンフェールは目を細め、冷酷な笑みを浮かべた。


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