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深化4

グレンと前世夢――深化4・後

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 夢の続きだ。
 場面が切り替わっている。同じ場所だが、時間軸は随分進んだようだ。
 グレンは長く住んだヴィシュニアを離れ、竜の谷に戻って生活している。

 死期が近いのは分かっていた。アンフェールと最後に過ごした彼の家で、終わりの時を迎えたかったのだ。
 グレンは絵筆を持ち、壁に作品を描く。それはグレンの、そしてアンフェールの墓標だ。

 グレンは長く生きた。

 アンフェールと死別してから、子供達を孵し、育てた。
 ヴィシュニア王朝を滅ぼし、新しい交雑種の国を立ち上げた。
 守護竜なんて役職も作った。
 人間の憎しみを一手に引き受けるよう、露悪的に振舞ってみたりもした。憎しみが自分だけに向かえば、子供達は元より、少しずつ増えていく交雑種も守れると思ったからだ。
 よく暗殺されかかったな、なんて思い出すと、それすらも懐かしくなってしまう。

 歩いて来たこれまでを思い返し、グレンはクスリと笑った。

 五百年。
 長いようで短い、波乱の多い竜生だった。

 グレンは筆を止めた。持っていたパレットを床に置く。そして作品に『保存プリザーベーション』を掛けた。
 全体のバランス確認のために、壁から少し距離を取る。
 描かれたのはグレンとアンフェールが生きた証。それを眺めて、老いたグレンは目を細めた。

 肉体の死。
 それはグレンにとって溶け合った二人の命がバラバラになる事だった。それは寂しくて、怖い事だった。
 でも楽しみでもあるのだ。
 フェンリルに聞いた転生の話。生まれ変われるのなら、再び生きたアンフェールに会えるのかもしれない。

 彼に会いたい。抱き締めたい。大好きだと、何度でも伝えたい。

 グレンは決めたのだ。
 この世界に再び生まれ落ちることがあるのなら、何としてでも彼と再びめぐり逢い、一つになると。



 ――愛しい、愛しい、アンフェール。



 グレンの手から力が抜ける。持っていた筆が床に落ち、カランと音を立てた。
 ゆっくりとグレンは倒れていく。スローモーションのように崩れる身体。アンフェールの住処の硬い床に仰向けに転がれば、目に映るのは神殿のように美しい天井だ。
 老いた瞼が幕を下ろす様にすぅと閉じる。
 これがグレングリーズの竜生、終わりの情景だ。


 死んだはずなのだ。
 だというのに、続きのように情景は続いている。目を閉じたはずなのに、先程までの見慣れた天井がそのまま見える。
 天井は、まばゆい光に包まれた。
 そこがモーフィングするように、滑らかに形が変わっていく。
 

 ここが死後の世界か、天国か。
 グレンはいつの間にか、グレングリーズではなく今のグレンになっている。


 横たわるグレンの遥か上方に組み上がっているのは、グレングリーズの記憶が並べられ、完成されたモザイク画だ。
 球体を二つにぶった切った様な、まるい屋根状。
 竜種の生の記憶が一つの美しい芸術品として遥か頭上にある。


 ――半球の天球儀。

 ――神のことわり

 ――転生の航路。

 ――愛しい人と重なる為の道しるべ。


 モザイク画はバラバラと崩落し、降り注ぐ様にグレンの中に入ってくる。圧し潰さんばかりの物凄い質量だ。
 物理的に重い訳ではない。脳がパンクしそうな程、たくさんの記憶が流れ込んでくるのだ。
 それはグレングリーズの生きた、五百年の記憶だ。

 痛い、苦しい。

 グレンは耐える様に身体を丸くする。
 こんなにいっぱい注がれたら『グレン』が潰れて壊れてしまう。
 痛い事を何とも思わなくなっていたのに、怖くて怖くて仕方がない。
 グレンは眉を寄せ、ギュッと目をつぶる。
 このまま痛いと、もう二度とアンフェールに会えなくなってしまうんじゃないか――グレンはただそれだけが怖かった。


 身体を丸めて縮こまるグレンを、黄金色の愛しい存在が包んでくれる。


「――兄上グレン

 愛しい、声。
 グレンを呼ぶ優しい声。
 やっと重なり合えた、大切な番。アンフェール。
 この声がグレンを呼んでくれるなら、グレンは壊れずにグレンのままでいられる。
 彼はグレンの事を守るように、ふんわりと包み込んでくれる。


「――グレン、大好きだ!」

 そう言ってグレンに別れを告げた小さな精霊。
 弱いグレンを慈しみ、導いてくれた、初恋のひと。
 そう、彼だってアンフェールだった。
 小さなアンフェールは、グレンを導くように手を繋いでくれる。


「――グレングリーズ」

 そう呼んでくれた、立派な古代竜エンシェントドラゴン
 グレングリーズがずっと会いたかった、強くて美しい、ぴかぴかの王様。

 いつの間にかそこにグレングリーズがいる。
 古代竜アンフェールに抱き着くも「グレンに負担を掛けるな」と、叱られていた。

 気まずげに頭を掻くグレングリーズが、グレンに手を差し伸べてくれる。
 グレンは空いた方の手で、その手を取って握手した。


 グレンに記憶の欠片が全て吸い込まれる。


 グレンの、グレングリーズの、二つの生。
 それが今繋がったのだ。



◇◇◇



 グレンが目を覚ますと、目の前にアンフェールの寝顔があった。
 驚いて身体を起こし周囲を見回す。ここは離宮のアンフェールの部屋だ。そしてグレンが寝ていたのはアンフェールのベッドだ。
 夢うつつだったグレンは、徐々に現実を思い出す。

(そうだ。三日の休暇を貰ってアンフェールと過ごす事にしたのだ。彼を……抱いて。それから記憶がないな……。あの後、一緒に休んだんだろうか。寝ていなかったしな)

 グレンは倒れた時の記憶が無かった。

(アンフェール……。ずっと会いたかった。生きている貴方と共にいられるなんて。しかも今世では番だと分かってくれている。嬉しい。こんなに幸せな事はない)

 グレンの中の遠い記憶が歓喜の声を上げている。
 二つの生は繋がっているものの、グレンの人格が豹変してしまうという感じではなかった。影響は多少受けているが、過去世として、グレングリーズという人格がいたな、という扱いだ。
 あの降り注ぐ五百年の記憶に圧し潰されていたならば、グレンの人格はグレングリーズに塗り変えられ、消えてしまっていたかもしれない。

(アンフェール……)

 アンフェールがグレンを守ってくれたのだ。
 愛しい黄金。
 あの時ずっと、ぴかぴかの光が優しく包んでくれていた。

 グレンはアンフェールの髪にそっと触れた。

 起こさないように触れたけれど起きてしまったようだ。
 アンフェールの目がぱっちりと開く。空色の目がグレンの方を向く。

「んぅ……、ぐ、れん?」
「おはよう、アンフェール」
「グレン! あ、ああ、おはようございます。どこも、おかしくありませんか?」

 アンフェールはガバリと起き上がり、グレンにしがみついてきた。
 勢いの良いおはようの挨拶だ。それに、挨拶に気になる言葉もくっ付いていた。

「おかしい?」

 グレンは首をひねる。

 アンフェールが状況を教えてくれた。グレンはあの交接の後急に倒れ、今まで眠り続けていたらしいのだ。どうやら休暇は終わってしまったらしい。
 身体はどこもおかしくない。むしろよく寝たので元気だ。

 アンフェールは心配してずっとついてくれていたようだった。
 心配を掛けてしまったのは申し訳ないけれど、側にいてくれた気持ちは嬉しい。

「ありがとう。どこもおかしくない状態でいられたのは、アンフェールのおかげだ」
「? はい。よかったです」

 アンフェールはよく理解できない様子だったけど、とりあえず安心してくれたようだ。微笑んでくれた。

 グレンはアンフェールを抱きしめた。
 ふわりと香る、番の匂い。

 きっとこの匂いに触発されてのあの夢だ。

 竜人であるグレンに気を使い、少しずつ記憶を注いでくれていたグレングリーズは、急に香った番の匂いに驚いてしまったのだ。
 アンフェールがそこにいる、と。
 だから早くアンフェールに会いたくて、無理をしてしまったに違いない。

 古代竜アンフェールに怒られ、気まずげに頭を掻くグレングリーズを思い出し、グレンはクスクスと笑ってしまった。
 そんなグレンを、アンフェールは不思議そうに見ている。

「グレン、どうしましたか? 何だか楽しそう」
「うん。長い夢を見ていたんだ。アンフェールに出会うための旅路の夢だよ」
「旅ですか。楽しそうですね」

 笑うアンフェールに、グレンも笑い返す。


 そう、本当に長かった。
 アンフェールと愛し合うための、長い旅路だ。


 グレンは、グレングリーズは、ずっと抱き締めたかった番を腕の中に収め、満足気に微笑んだ。


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