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深化3

アンフェールとぽわぽわシャボンと馬車

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 アンフェールは本日もベロニカ研究室にて、消火容器の開発を行っている。
 作業を行いながら考えてしまうのは、ギュンターからされた報告の件だ。
 ギュンターは何も悪くないのだ。
 しかし、今後を思うとアンフェールは頭が痛くなってしまう。


 ちょっと前の事だ。
 ギュンターから土下座する勢いで謝罪された。
 古代竜エンシェントドラゴンであるという意識があるとはいえ、かなり年上に見える人間に全力の謝罪をされると据わりが悪い。

 なんでも、ミセス・ガーベラの身柄を確保しようと公爵家に踏み込んだところ、本人がいなかったのだとか。

 これにギュンターは焦る。
 かなりの人員を投入し、彼女の足取りを追ったらしい。だというのに追尾できなかったようだ。
 まるで騎士団の『やり方』を知っているかのような手際の失踪だったと。
 踏み込みがいつの事だったのかと聞けば、アンフェールが彼女に密会した日の晩だという。

 アンフェールは眩暈がしそうだった。
 ミセス・ガーベラはアンフェールを取り込む事が困難と判断し、大きく動いたのかもしれない。

 ――例えば、クーデターを装う事を諦めて、シタールの戦力を使い戦争をしかけてくるとか。

 その想像に至ったのは、エックハルト達がミセス・ガーベラの国内の資金源を既にいくつか潰していると聞いたからだ。
 国内で動きづらくなれば国外に活路を見出すのは、ある話だ。
 なにせ、妹の嫁いだ隣国で兵器を作るなどの勝手が出来るくらいなのだ。
 彼女は隣国でも動ける足場があるのだろう。

 クーデターを装うと言いつつ魔導兵器の準備をしていたぐらいだし、きっとミセス・ガーベラの中にはいくつか戦略パターンがあったのだ。
 クーデタールートよりもヴィシュニア王国の被害が甚大になるかもしれない。

 正直、魔導兵器があったとして威圧に使う位じゃないか、という思いもあったのだ。
 この消火剤作りだって、アンフェール的には『万一の事を考えて』だった。

 アンフェールはミセス・ガーベラの行動理由を読み違えていた。
 豪華な服を身にまとい、地位に固執し、資金を作る彼女は、俗っぽいものを欲する人間なのだと。
 そう言う人間なら、魔導兵器を使う事は無いだろうと。
 兵器を使い、ボロボロに荒廃した国を手にしたところで意味は無いからだ。

 ヴィシュニア王国がかつて『奪う国』だったのは資源が乏しかったからだ。土地の上に乗っかる文化文明を壊すのはこの国の価値を著しく下げる事に繋がる。

 最後に会ったミセス・ガーベラを思い出す。
 あの汚泥のように濁った目。
 愛を失い、狂気に落ちた竜の目だ。

 話を聞いた感じ、彼女の一番の目的は信奉する母親を壊した王家に対する復讐だ。
 復讐であるならば躊躇なく魔導兵器を使うかもしれない。
 ヴィシュニア王国が兵器で焼けたら、彼女はさぞかし気分がいいだろう。復讐を諭す、ははの教理に従った形なのだから。
 
 狂信者は厄介だ。話が通じない。
 アンフェールは重い気分を吐き出すように、息をついた。


「――動作テストをしよう!」


 アンフェールは気を取り直すように元気な声を出した。試作品の消火容器を持って研究室のバルコニーに出る。
 ここはかなり広い上に屋根も無いので、ちょっとした屋外実験はここで済ませてしまっている。
 当然爆発するような実験はしていない。ここでやらかしたら怒られる程度で済まないからだ。

 火はランタンを使う。保護のガラス部分は外し、タンク部分のみにしている。着火すれば露出した炎が程々の大きさで灯り、揺れた。

 距離を取り、消火容器を構えて軽くハンドルを握る。
 ぶしゅーっと噴射すると、それは次々にシャボン玉のような形になり、ふわふわと炎に向かって飛んでいく。
 今は炎に向けて噴射したけれど、逆向きで吹いてもシャボンは炎に向かって行く。
 そう。これは炎追尾タイプの消火剤なのだ。結構距離があっても追いかけて消火してくれる。

 これは消火容器に付与エンチャントした魔術の効果だ。
 色々術式を組み合わせ、こねくり回した結果、面白いものが出来たのだ。
 容器自体は従来の噴射口の型を少し変えるだけでいいし、付与術式も簡易で安定しているので誤作動も無いだろう。

 しかも、ぽわぽわしていて可愛い。

「なかなか良いのでは……?」

 アンフェールは周囲を飛ぶシャボンを見て満足げな表情を浮かべる。

 『可愛い』は大事だ。

 あの爆発はとても怖かった。
 アンフェールは十四歳故にビビりまくってしまった。小さな子が爆発なんかを見たら、きっとトラウマになってしまう。
 だからぽわぽわで可愛いシャボンが炎を消して行ったら、視覚効果的に凄く良いと思ったのだ。

「叔母上、叔母上、見てください。消火剤がかわいくなりました!」
「なに? アンフェール。窓からなんて……」

 ベロニカの部屋の窓をバルコニー側から叩くと、ぼさぼさ頭のままの彼女が顔を出した。
 アンフェールは消火剤を噴射し、ふわふわ可愛いシャボン玉をベロニカに見せる。

「は? え?」

 ベロニカは事態がよく呑み込めない様子だった。
 研究者なら柔軟に物事を捉えるべきだと思う。ぽわぽわが炎を消すくらいで思考が止まってはいけない。


 とりあえずこれでゴーサインが出た。
 噴射口の型替え位で済むので生産も問題無いらしい。付与エンチャントはアンフェールが直接しに行こうと思う。
 魔力量が多いアンフェールなら何本でもどんと来いなのだ。



◇◇◇



 それからしばらく。
 消火器を作っている工場こうばから連絡があった。『付与エンチャントをお願いしたい』と。
 なので王弟公務として工場に向かう事になったのだ。

 エドワードが同行してくれると聞いていたのに、準備を終えて馬車どまりに行くと待っていたのはグレンだった。

「兄上も一緒にいらっしゃるんですか?」
「ああ。消火剤の件だろう? 防衛の為の大事な事だ。軍のトップが視察するのは何もおかしい事では無い」

 グレンは尤もらしい理由を述べていたけれど、何かしら元々入っていた仕事の予定を捻じ曲げた感が強い。
 あと、アンフェールが街に行きたかった時にひねり出した理由と系統が似ている。
 あの時アンフェールが王族ぶりっ子したように、元帥ぶりっこしている様に見えるのだ。だって実質の業務は将軍がしてるって言っていた。

 きっとアンフェールの視察公務が、心配で仕方がないのだ。グレンは弟に対して過保護だから。
 そんな心配性な彼にクスリと笑ってしまう。

 ちなみに今日はグレンと二人きりの乗車らしい。勿論後ろに警護車両はついて来るけれど。
 護衛的なものはグレンがいれば十分という事だろうか。確かに彼は一人で街をうろつく事が許されるくらい強いけれど一応国王なのに。

(まぁ、別に何かあったら私が守ってやればいいのだ。何故二人きりが許されたのかが気になる、というだけであって)

 アンフェールはグレンにペコリとお辞儀した。

「ありがとうございます、兄上。初めて行く所なので、兄上がいて下されば心強いです」
「そうか」

 アンフェールが頼る様な言葉を掛けると、グレンは満足げに微笑んでくれた。
 彼にエスコートされ、馬車に乗り込んだ。




 馬車に乗り込むと密室だ。
 この馬車は御者台との間が完全に閉じているタイプなので、内部の話し声は聞こえないだろう。入念に防音の魔道具まで設置されている。
 アンフェールは乗車時間中、グレンに聞きたい事を聞こうと思った。

「兄上、国境の防衛はどうなりましたか?」

 以前騎士団の修練場に視察に行った際に、お願いした事だ。
 会議を開くとは言ってくれたけれど、どの程度防衛強化を図れたのかが知りたかったのだ。
 グレンはアンフェールの頭にポンと手を乗せ、クシャリと撫でる。

「心配しなくても大丈夫。シタール側国境は特に強化しているよ。魔導兵器を使われたら、おそらく指揮系統は混乱する。混乱を作り出して国境を切り崩すのは、よくある手法だからね。
 だからシタール国境にブレーンとなれる人員も置いている。混乱が起こった際の現場指揮権に関しても取り決めているから、抜かりはないよ」

 グレンは魔導兵器が使われる前提で動いているらしい。アンフェールの言葉を信じてくれて嬉しい。
 色々、防衛計画について話してくれる。
 軍で考えている事。グレン自身が考えている事。噛み砕いて分かりやすく。
 そうやって整理して話せるのはグレンの軍務に対する理解度が深いという事の証明だ。アンフェールは感心して聞き入ってしまった。

 アンフェールは国境の混乱を心配していた。
 敵方の指揮と全く関係ない、どさくさに紛れての襲撃だって起こる可能性がある。兵の場合もあるし、野盗の場合もある。
 その際、略奪の被害に遭うのは無辜の民だ。
 グレンも、同じ様に考えているみたいだった。

 アンフェールはグレンをじっと見つめる。
 国の事を考える時の番はとても凛々しい。


『――その座につくならば初代の賢王のように民に尽くし働けたらと思う』


 ――グレンは王子だった頃、そんな事を言っていた。

 きっと軍務に関して、沢山本を読むなり人に聞くなりして、学んだに違いない。
 大きな戦争なんてずっと起きていないから、勉強しないと分からない。
 グレンは今も、あの頃の理想のまま頑張っているのだ。

 なんかそう考えたら堪らなくキュンとして、抱き締めてイイコイイコしたくなってしまった。
 頑張り屋の番を見ていると、時々無性に褒めて甘やかしたくなってしまうのだ。
 精霊時代と違ってそう言う可愛がり方が出来ないので、ちょっとフラストレーションが溜まっている。


 アンフェールはグレンの手を包むように握った。
 頭を撫でる代わりに、手の甲をスリスリ撫でる。心の中で『グレンはえらいね』と呟きながら。
 アンフェールは思う存分撫で可愛がった後、満足して顔を上げた。


 そこには顔を真っ赤にしたグレンがいた。


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