エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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深化3

グレンと前世夢――深化3

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 ………………

 …………

 ……


 ――深く。

 もっと深く。

 グレンは夢を見る。自分の魂の奥深い部分に落ちていくように。
 つぎはぎモザイクの夢。
 欠片は時に残酷な絵も見せる。煙と油の匂い。肉を焼かれる激しい痛み。咆哮。




「お父様、大丈夫ですか? お水です」
「……ありがとう、マイア」

 気が付いたらベッドの上にいた。
 先程まで戦場にいたと思うのだが。手で顔を擦るも、普通の肌に戻っている。
 グレンは全身焼かれたのだ。物凄く痛かったし、苦しかった。

 グレンは魔導兵器の集中砲火を浴びたのだ。
 身体についた油は落ちないし、燃える炎は物凄く熱かった。
 兵器の炎は水では消えない。
 だから全身に結界を張り、火を消したのだ。結界の中で酸素を使い切った炎は何とか消えてくれた。
 しかし竜の表皮は分厚いけれど焦げてしまったし、酸欠で意識を失ってしまった。
 そこから目が覚めての今だ。

「心臓に悪いです。酷い状態だったんですよ?」
「大丈夫。アンフェールに貰った『自動回復オートリカバリー』があるから」
「それは、生きているうちだけでしょう。死んでしまったら、それでお終いなのですから」

 マイアサウラはそう言ってクシャリと顔を歪める。
 アンフェールによく似ているマイアサウラに心配されると、アンフェールに心配されている気持ちになる。
 それがちょっと嬉しい。

「どうして笑っているんですか?」
「マイアに心配して貰えて、嬉しいからだよ」
「お父様……」

 マイアサウラの手が、ちょこんとグレンの手の上に乗る。
 小さく、柔らかなモミジの手。

「お父様は私をお恨みになりませんか?」
「どうして?」
「お父様はあの時、消えてしまいたい気持ちで一杯でしたのに、私がそれを阻んでしまったから……」

 マイアサウラは未だにあの時・・・の事を気にしている。
 グレンはあの時狂ってしまっていた。正気に戻った時からしか記憶にない。
 狂気に陥った父親を見たマイアサウラの方が、ショックでグレンを嫌悪してもおかしくない位だと思うのに。アンフェールに似て優しい子なのだ。

「いいんだよ。それに、アンフェールと約束したんだ。子供達を立派に育てるって。
 今、痛かったり苦しかったりする事も、本当だったらアンフェールが受けていたかもしれないんだ。代わってあげられたのなら、こんなに嬉しい事はないから」

 きっと、アンフェールが生きていたら同じ様に戦っていたのだ。
 グレンの愛する王様はとことん王様だったから、仲間を救い出すまでは退かなかったろう。
 例え、焼かれても、拉げても。

 それをアンフェールは良しとするかもしれないけれど、グレンは嫌なのだ。
 アンフェールは綺麗なまま、幸せでいてもらわなきゃいけない。

 グレンは胸に手を当てる。
 ここに、ずっとアンフェールがいる。抱き締める事は出来ないけれどいるのだ・・・・。だから何があってもグレンは耐えられる。




 カタンと音が鳴り、グレンとマイアサウラの顔はそちらに向く。
 扉の隙間からちょこんと小さな頭が覗く。グレングリーズを小さくしたような幼体――スキピオニクスだ。
 眠そうな目を擦り、ふわ、と欠伸をしている。

「まいあ……」
「あらあら、スキピオ、起きてしまったのですね」
「うん。おとうさま、おきた? いたいの、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、スキピオ。まだ夜だよ? マイアと一緒に寝なさい」
「うん」

 年相応のたどたどしい言葉遣いで、スキピオニクスも心配してくれる。
 マイアサウラは、そんな稚いスキピオニクスを心底愛おしそうに撫で、寝室に連れていく。
 幼体が幼体の世話を焼く光景は微笑ましく、グレンの口元は僅かに綻んだ。

 マイアサウラはスキピオニクスが番なのだと教えてくれた。同時に、兄弟で番が発生してしまう事は異常なんだとも。
 王の記憶を授かったマイアサウラがそう言うのだから、そうなのだろう。
 マイアサウラは、自分たち以降竜種が生まれないからこういう組み合わせになったのではないか、と予想していた。
 種の終わりはすぐそこにあるのだ。
 グレンは閉じた寝室の扉をじっと見つめた。




 マイアサウラはレジスタンスのリーダーと婚姻するつもりだとグレンに話してくれた。
 竜という種は終わる。
 ならば、数の多い人間に混ざる事によって種の欠片を残すしかないと。

 それでいいのか、とグレンは心配してしまう。
 グレンは番であるアンフェール以外と交わるなんて考えられないからだ。スキピオニクスが番だと自覚しているならそれは相当辛いはずだ。
 だというのにマイアサウラは凛としていた。
 ヴィシュニア王国を竜種の欠片を持つ者たちの国にするのだと真面目な顔をして話してくれた。

 レジスタンスの入手した情報によると、捕えられた竜種は人間の女に種を植える行為に使われたらしい。かなりの数の女が竜種の子を孕んでいると教えてくれた。
 個体によっては胎を使われたらしい。そちらは辛い情報だった。
 本能的に番以外に胎を開かされるのは凌辱されたように感じるからだ。

 マイアサウラはかなりの数の交雑種が産まれると予想している。
 その種で国を運営するのだという。
 マイアサウラがそうすると決めたのなら、手伝うしかない。
 グレンには力だけはあるのだ。アンフェールから貰った、アンフェールの力だ。彼に約束した通り子供達を守る為に使うべきだろう。

 だからマイアサウラが決めた事を、グレンが決めて実行したのだと人間たちに思って貰うのだ。
 そうすれば憎しみはグレンに向く。子供達の盾になれる。


(アンフェール……)


 グレンはアンフェールに会いたくて、会いたくて、胸に手を置く。
 温かな彼の力。命の根源がここにある。
 毎夜、彼を想う。


(会いたい。抱き締めたい。貴方の声が聞きたい……)


 そう考えただけでポロリと涙が零れるのだ。


 グレンはアンフェールを想い、ただ泣き続けた。


 ………………

 …………

 ……


「……」

 グレンは目を覚ました。こめかみは流れた涙で濡れていた。

 ここしばらくは戦争の夢が続いていた。
 『ヴィシュニア薬学研究所』で、グレンが披露した魔導兵器の詳細も、この夢に由来する。
 グレングリーズは何度か魔導兵器を打ち込まれた経験があった。

 国家間の距離であっても届いてしまう長距離射出が可能な兵器。それを近距離で打ち込まれたのだ。
 身体が拉げ、あまりの苦痛にグレンは何度も夜中目を覚ました。
 自分の痛みに何の感情も動かなくなったグレンも、この夢の痛みは苦痛なのだ。あくまで、グレングリーズの痛みだからかもしれない。

 夢の中のグレングリーズは、苦しみながらも必死で前に進もうともがく愚直な竜だった。
 グレンの想像していたクレバーな英雄とは違うけれど、頑張って戦う姿が応援したくなる感じで、尊敬の念は強くなる一方だった。


(グレングリーズ様は私なのだ、と感じるようになってしまった。……失礼だろうか。でも、夢の見始めより彼との境目が無くなってきたのだ)


 グレングリーズはしょっちゅうアンフェールを想って泣いている。
 その悲しい恋心はグレンも共感するものだ。
 精霊アンフェールが消えた、という事になった時、グレンも全く同じ気持ちだったからだ。


(グレングリーズ様もアンフェール様に再会できたら、喜ばれるんだろうな)


 グレンは精霊に再会できたことに気付いてしまった。
 『精霊は弟なのだ』と。
 グレンの持っている情報の中で直接精霊と弟が繋がったわけじゃない。
 二人の持っている古代竜アンフェールの記憶がイコールだから、この二人もイコールなのだろうという予測が立ったのだ。

 精霊アンフェールは竜種だ。
 そう分かった瞬間、グレンの中で色々な事が繋がってしまった。

 よくよく考えれば夢の中で古代竜アンフェールとグレングリーズが出会い、しばし過ごした場所は、お馴染みの精霊の隠れ家だった。
 ほとんどの家具が入れ替わっていたせいで気づかなかったけれど、ベッドは同じだった。
 精霊は一度死に、生まれ直したと言っていた。要するに、前世の記憶があるのだ。


(双満月の君はグレングリーズ様だったのだ。二人で月を見上げた晩、アンフェールは泣きそうになっていた。絵本のグレングリーズ様を見ても泣いていたし、アンフェールもグレングリーズ様を恋しいと思っているのだろう)


 弟アンフェールは赤い飛竜タンジェントの名付け親だ。
 グレングリーズの記憶にもタンジェントは出てくる。こちらは赤竜だ。アンフェールの友人で、三百歳を越える年齢だったと二人の会話に出てきた。
 産まれた飛竜が赤かったから、赤竜の名を贈る。そういう動機で名づけをしたならば、古代竜の記憶を持っていると思うのだ。

 そもそもタンジェントという言葉自体、原初の魔術オリジンの中に出てくる概念の一つで、特殊な単語だ。
 偶然つけた、にしては出来過ぎている。
 どうして今まで疑問に思わなかったのか。

 弟と精霊がイコールとして考えると腑に落ちることもある。

 弟から貰ったカフスボタンの作風が、精霊の作ってくれた絵付けカップの作風と似ていたのだ。
 何の知識もない状態で見ても既視感が凄かった。モチーフになっている鳥の顔が凄く似ていた。
 グレンはアンフェールの絵が好きだったし、カップの絵は親友の証みたいで嬉しくて、目に焼き付く程眺めていたのだ。
 だからカフスボタンを貰った時、とても不思議だった。

 精霊も、弟も、アリウムが食べられないのは竜種だからだ。
 グレンもグレングリーズの夢のおかげで、竜種がいかにアリウムが嫌いなのか、リアルな感覚がある。
 人間にドラゴンアリウムを使われ、巣を追い出された事も一度経験している。あれは本当に臭かった。

 二人は同一存在――。
 それはかなり確信のある予測だった。

 最終確認のために、グレンはその日の晩、アンフェールの蜜を確認してしまった。
 閨の度、彼の陰部が濡れている気はしていた。
 溢れた蜜を舐めれば、精霊と同じ味がした。
 グレンはその味を忘れた事は一度も無かった。初めて恋した人と想いを遂げた時の記憶なのだから。

 予測が確信に変わった時の気持ちを、何と言い表せばいいか分からない。
 グレンの恋い慕う相手は常に同じだったのだ。
 グレンをずっと見守り、癒し、教え導いてくれた小さなアンフェール。
 そのアンフェールが今でもグレンに寄り添い、グレンの欲しがっていた弟であろうとしてくれている。


 愛しさで、どうにかなってしまいそうだった。


 アンフェールが精霊だった事。実は竜種である事。秘密にしてるという事は、それを隠したいのだと思う。
 だから言い出せない。
 胸の内の恋しい気持ちは秘めたままだ。
 弟でないなら、血が繋がってないなら、どこまでも求めてしまって良いと思うのに。


(欲しがるのも仕方ないだろう……アンフェールは私の『番』なのだから)


 グレンはアンフェールが番であると気づいている。

 フェロモンは感じなくとも、夢の記憶によって、番の蜜の味が分かってしまったからだ。


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