エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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深化2

アンフェールと大盾とドキドキの口づけ

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 アンフェールは試合を食い入るように見ていた。
 だから刃先がこちらに飛んできたのも認識出来ている。
 認識した瞬間組み上がるのは『シールド』の術式だ。しかし刃は速い。『発動命令』を口にしないまま発動させてしまう。

 『発動命令』が無ければ無制御状態だ。
 しかし組んだのは小さな『シールド』。
 まあ大丈夫だろう、という適当さがアンフェールにはあったのだ。

 前面に広がる透明な壁。
 アンフェールの視認からしたらそうだが、引きで見ればそれは巨大な円形の盾だ。
 発動の勢いによって起こった風が、アンフェールの後れ毛を後ろへ撫でつける様にブワリと揺らす。

 本来ならあの、試合中に防具に当たった時ふわっと出る小さいシールド位のものなのだ。
 これは三十メートル級だ。
 アンフェール自身もビックリしてしまった。新種の竜程度の魔力でこれ程大きな盾が発現するとは、と。
 巨大な盾に当たった刃は勢いが吸収されてそのまま地面に落ちた。


 会場は妙に静かだ。


 アンフェールは冷や汗をかく。非常にやってしまった感が強い。
 人間としてアリな範囲だったろうか。ちょっとナシ寄りだろうか。どうやって誤魔化そうか。

(うん、困ったぞ……)

 アンフェールは頭を抱えた。

「アンフェール、よかった。いつも付けている『守護の魔道具・・・・・・』が効いたんだな!」

 グレンが妙に大きな声で、かつ説明するような口調で言葉を掛けてくる。
 以前風呂場で『フェロモン受容体を縛る為の魔道具』を『身を護る為の魔道具』と伝えた。それが発動したと思ったらしい。
 その言葉のおかげで、会場にいる者たちから『人間として不自然な魔術を発動させた』という風には見られずに済みそうだ。
 アンフェールはその言葉に乗る事にした。

「はい。たくさん魔道具を付けていて良かったです」

 アンフェールは駆け寄ってくるグレンに、客席からふわりと抱き着いた。力持ちのグレンは問題なく抱きとめてくれる。

「怖かったろう、ごめんね」
「いえ、大丈夫です。兄上とても格好良かったです」
「そうか」

 グレンはアンフェールを抱っこしたまま医務室に向かうと審判に告げた。
 魔道具でガードしたけれど、怖がっているから少し落ち着かせたいと。
 特に怖がってはいないけれど、グレンと二人きりになれるのは嬉しい。

 審判も周囲の人間もアンフェールの雰囲気が儚げに見える分疑いを持つ者はいない。
 グレンは縦抱っこのままアンフェールを医務室に運んでくれた。



 医務室は消毒液の匂いが僅かにする清潔な空間だった。ベッドが多い。場所柄利用者が多いんだろう。
 グレンはよいしょとアンフェールを端っこのベッドに置いてくれた。
 彼はそのまま防具を外し始めた。

「鎧に当たって痛くなかった?」
「優しく抱っこしてくれたので平気です」
「初めての公務だったのに済まないね。まさか剣が砕けるとは思わなかった」

 それだけ白熱した試合だったんだと思う。
 グレンは反省するようにシュンとしているけれど、アンフェールは面白かった。
 あんなに面白いなら何度でも観に来たい、と思う程に。

「兄上、本当に楽しかったんです。ですから、ありがとうございます」

 アンフェールはグレンに抱っこをおねだりするように両腕を差し伸べた。
 防具を脱いだグレンはアンフェールを抱っこしてベッドに座る。
 彼の太ももに腰かけている状態になった。

 グレンは何故か苦笑いしている。

「あまり、謝っていてばかりでは駄目だと言われていたな」
「兄上?」
「アンフェールが試合を楽しんでくれて良かった。また見に来てくれると嬉しい。今度はもっと安全に配慮するから」

 嬉しいお誘いだった。

「はい!」

 アンフェールは元気よく返事をした。
 目の前のグレンは微笑まし気にこちらを見ていた。そして、ふっと真面目な顔になる。

 非常に顔が近い。

 そのまま唇がちゅっとくっついた。
 少しかさついた、大人の唇だ。
 アンフェールはビックリして目を見開いてしまった。


 キスをされている。
 キスだ。


 兄弟は口と口でキスをするんだろうか。
 よく分からないけれど、性愛に奥手なグレンがする位だからする事もあるのかもしれない。
 そう納得したら急にドキドキしてきてしまった。アンフェールのほっぺが熱々になっていく。

「ぷは!」

 アンフェールは唇が離れたところで慌てて呼吸を開始した。
 あまりの事にビックリして息が止まっていた。

「ちゃんと鼻で息をしないと」

 グレンはクスクス笑っている。
 アンフェールは恥ずかしくなってしまった。キスの最中息の仕方を忘れるなんて格好悪かったかもしれない。
 初心な弟なら、正解かもしれないけれど。

「ドキドキしました」
「私もだ」

 グレンもドキドキしたらしい。
 兄弟のキスでドキドキするのだろうか、と僅かに疑問が湧くものの、アンフェールはそれは流してしまう。

 ドキドキという気持ちが一緒だったのが、とっても嬉しかったからだ。



◇◇◇



 あれから公務の続きという事で、建物内を色々案内してもらった。
 最後に来たのは立派な扉の部屋だった。
 入室すると結構広い。インテリアは立派だし、応接セットのようなものまである。アンフェールでも偉い人が通される部屋だと分かる。
 壁には立派な額に入ったグレンの絵があった。絵の彼は黒い軍服を着ている。

「兄上の絵、軍服を着ています」
「軍のトップは名目上私だからね。実務では将軍が頑張ってくれているよ」

 なるほど。国王がトップという扱いになるのか。グレンは肩書上、元帥らしい。

「あの、兄上……」

 グレンが軍のトップなら都合がいい。色々頼みたい事があるのだ。

「なに?」
「シタール側国境線の防衛強化をお願い出来ませんか?」

 アンフェールは近いうちに起こるであろう、シタールから向けられる攻撃を知っている。
 証拠書類はエックハルトに渡した。
 しかしまだ伝えられてない情報もある。『縄張り』で漁った情報だ。これは証拠も何もない。だからエックハルトに言えなかった。
 ミセス・ガーベラやザシャを中心に色んな貴族の話を盗み聞いた。
 だからアンフェールの中には彼女らが描いている絵が正解に近い形であるのだ。

「それは……」
「ミセス・ガーベラが離宮にいた時、シタールに嫁いだ妹君に協力を仰いで魔導兵器を開発する話を立ち聞いてしまったのです。
 その兵器は、シタールからヴィシュニアに向けられるものだと」

 今現在魔導兵器を保有している国は無いに等しい。
 ヴィシュニアに残ってはいるけれど、それは資料館の資料としてだ。実際に魔石を積んでも稼働するか分からない。

 ザシャはミセス・ガーベラに魔導兵器の開発を頼まれていた。
 しかし、彼にとって専門外の話だ。
 だから武器を専門にしている部下に、資料館に残る魔導兵器の図面化を頼んでいた。シタールで製造できていたとしたら、前王朝の遺物の複製品なのだ。
 向こうの配備する武器が分かっていれば、対応できる事もあるだろう。

「……前王朝の遺物か」
「街に視察に行った時も、シタールの良くない話ばかりでした。刻限が迫っていると思うのです」

 アンフェールは信じて貰うしかないので、真面目な顔をして、真摯に伝えた。
 グレンも真剣な顔で聞いてくれている。

「……分かった。ありがとう。すぐに会議を開くよ。国内の各地域にも避難場所の整備と点検を通達しておこう」

 そう言って、グレンはアンフェールをギュッと抱いてくれた。
 危機を伝えたお礼だろうか。それにしては抱き締め圧が強い。

「……兄上?」
「私は何があってもきみを守る、アンフェール。もう絶対に、失わない……」

 頭上から聞こえるグレンの声は切なげだった。
 その意味をアンフェールは『弟と会えなかった七年間の話だろうか』と理解する。


 グレンは、それだけ弟と平和に過ごす時間が大事なのだ、と。


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