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深化2

アンフェールと王弟公務

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 今日は騎士団の修練場に来ている。
 『王弟殿下による視察』という立派なお仕事の名目で、番が剣を握る姿を眺めに来たのだ。
 護衛にはエドワードがついて来てくれている。真黒いカソックをきて控えてくれる彼はまるで影みたいだ。



 グレンが剣術をしてる事は知っている。
 精霊時代何度も剣の話を聞いた。でも実際に彼が剣を持っている姿は見た事が無いのだ。
 彼の手の硬さを知っている。沢山剣を握った、頑張った手だ。そんな彼が頑張っている姿を一度でいいから見たいと思っていた。

 だから、あの美術倉庫から帰ってきた日の晩、グレンに言ったのだ。

「私、兄上が剣術をしている姿が見たいです。きっと、沢山練習をしてこられたのでしょう?」

 アンフェールはそう言って、グレンの硬い手を両手で包むように握った。
 グレンは僅かに瞳を揺らした。何か感極まったような顔をしている。
 アンフェールは彼にギュッと抱かれた。
 この日はグレンのテンションというかメンタルがおかしかった。ちょっとした事に何か感じる部分があるようで、すぐにアンフェールに抱きついて来るのだ。
 理由はよく分からない。

「今度、私が修練場に行く日に合わせて『王弟の修練場視察』という仕事を入れよう。見においで」

 そう言ってくれた。
 それで決まった仕事だ。

 当日朝、側仕え達は準備をハッスルしてくれた。何と言っても公務だ。
 アンフェールは薬学研究所に行く際、地味な格好をしている。目立つと面倒臭いからだ。
 その分彼らは色々溜まっていたのかもしれない。
 側仕え達はアンフェールを飾る事に命を懸けている。なので本領発揮だ。

 箪笥の肥やし、ならぬクローゼットの肥やしになっていた衣装係の名作を引っ張り出し、あれがいいこれが良いと着せ替え人形のごとく遊ばれた。
 そして「これだ!」と決まった服をきちんと着付けられ、髪を結われた。

「動きにくいし、邪魔だから縛ってくれ」

 とは言った。
 豪華な編み込みでアップスタイルにしろとは言っていない。
 かろうじてリボンを拒む事には成功した。
 側仕え達の王弟のイメージはどうなっているのだ、と思う。王様のグレンはリボンなんかつけない。
 十七歳の時だって男らしい恰好をしていた。

 鏡の中のキラキラアンフェールは、無駄にキラキラしていた。

「おかしくないだろうか?」
「「「よくお似合いです」」」

 胡乱気に聞くアンフェールに対し、側仕え一同はいつものように声を揃えて答える。
 ギュンターは色々動いているせいで、今は離宮に殆ど戻らない。
 もしいたら、側仕え達と一緒になってアンフェールを玩具にしたと思う。



 そして修練場に来たぞ、という冒頭に戻る。
 修練場は物凄くざわついている。人が多いからだろうか。

「アンフェール!」
「兄上」

 グレンがこちらに駆け寄ってくれた。これから探そうと思っていたので、グレンの方から来てくれて助かった。

「見つけて下さってよかった」
「ああ、騒ぎの元に行けばいいからな。分かりやすい」

 アンフェールは首をひねる。
 特に問題は起こしていない。馬車から降りて三十メートル程歩いただけだ。
 眉を寄せるアンフェールの頭をエドワードの手がポンポンと叩いた。

「殿下は何も悪くないよ。あの辺で騒いでいる連中にありがたい神の話をしてくるね。陛下、試合まで護衛代わって下さい」
「ああ。任された」

 アンフェールは何だかよく分からずに、グレンとエドワードの顔を交互に見る。
 分かんないのはアンフェールだけで、二人は目だけで会話が成り立っている。
 エドワードはいい笑顔でアンフェールに対してサムズアップした。

「じゃ、楽しんできてね」

 それだけ言ってエドワードはガタイのいい男たちの群れに走って行ってしまった。
 大丈夫だろうか、鍛えてるとはいえエドワードはあの辺にいるむさいのと比べたら、お花ちゃんと言っても過言ではない。
 伊達にロビンのいた寮でお母さんママとして崇拝されていた訳では無いのだ。

「エドワード……大丈夫でしょうか?」
「彼なら大丈夫だ。エドワードの後ろにロビンが控えている事を知らない者はいないから」

 グレンは至極真面目な表情だ。
 彼の言葉に『ロビンは何ポジにいるのだ』とアンフェールの口元は引き攣ってしまった。




 グレンは動きやすい服装に簡易鎧の様な革製の胴衣を身に着けている。
 模擬試合は午後からだと聞いていた。もう始まっていただろうか。
 番の頑張りは一欠片も見逃したくなかったのだが。

「もう試合、始まってましたか?」
「いや、胴衣を身に着けたところだ。走り込みで身体を温める位しかしていないよ」

 そう言ってグレンは爽やかに笑う。
 ぶっちゃけその走り込みから番の頑張り具合を吸いたかった所だが、終わってしまったものは仕方ない。
 模擬試合でいっぱい吸い込もう。

 アンフェールはグレンの試合しか興味無いけれど、一応他の人のも見て手を振ったりはするつもりだ。
 グレンしか見ない、だと来訪目的があからさますぎだ。
 公務なのだし、公務っぽい事はしなければいけない。アンフェールは王弟殿下として恥ずかしくない態度はしようと思っている。

「兄上、修練場内を視察したいです」
「そうか。試合までは時間があるんだ。案内しよう」

 グレンが手を取ってくれる。
 アンフェールはエスコートされるまま修練場に入った。



 場内のロビーは結構広い。聞いた修練場の広さはかなりのものだったので、合わせてロビーも広くなるのかもしれない。
 壁には小さいけれど姿絵と名前が飾られている。かなりの量だけれど等間隔に並べて飾られているので、ごちゃつかず綺麗だ。
 どうやら代々の騎士団長らしい。
 アンフェールは思わず探してしまう。

「あっ!」

 見つけた。ギュンターだ。
 騎士団長をしていたとは聞いていたのでつい探してしまった。
 絵のギュンターが若くてビックリする。騎士団を辞めてからグレンの護衛になったはずだ。それより以前のギュンターの姿なんだろう。

「ギュンターが若いです」
「ふふ。カッコいいだろう? 私が小さかった頃のギュンターはこんなだったんだよ。よく、兄弟ごっこをしたんだ」

 グレンは懐かしそうに笑う。
 グレンが小さな頃から兄弟が欲しいと口にしていたのはギュンターからも聞いた。
 だからアンフェールは高クオリティーな弟になると決めたのだ。

「兄上、今は私がいます。兄弟です」

 アンフェールはグレンが喜んでくれると思って、そう言った。

「……そうだな」

 グレンは何故か寂しそうな顔をしている。
 アンフェールは不思議に思う。ちょっと前まで兄弟だと言えば喜んでくれたのに。
 なんでだろう。
 アンフェールは不完全燃焼な気持ちになって視線を下げる。そこに、見覚えのある顔を見つけた。

「ガーランド……」

 ガーランドの姿絵と名前だ。かなり前の代の騎士団長らしい。
 美術倉庫で見た絵に描かれていた、ミセス・ガーベラ似の少年、ガーランド。
 あれから気になって貴族名鑑も見直したのだ。
 ミセス・ガーベラから近い系譜に、ガーランドという名前はなかった。かなり辿ったのだけれど。

 少年の絵と違い、騎士団長の姿絵は線は細いけれど立派な男性だ。
 団長をするぐらいだから強いのだろう。

「その人が気になる?」
「ああ、いえ、ミセス・ガーベラに似てらっしゃるから、ご親戚なのかと」

 アンフェールの言葉を聞いて、グレンはよく見ようと小さな姿絵を覗き込む。

「本当だ。確かに似ているね。名前からして親戚かもしれない。公爵家の家名だから」

 そう、家名が書かれている。今その名を見て、公爵家の縁者だというのは分かった。
 就任年齢と就任年数を見る限り、今ガーランドが生きていれば七十歳のお爺ちゃんだ。


(貴族名鑑に載っていなかったのは不可解だな。何かやらかして家から除名でもされたんだろうか。まぁ、無い事では無いか)


 アンフェールは情報の一つとして、これを胸に留めた。

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