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深化1

アンフェールと魔鉱石と茶色いモップ

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 魔鉱石は天然の魔素を蓄積した鉱石だ。
 鉱山の中には魔素噴出の激しい山がある。そういった山では鉱石が魔力を含有するようになるのだ。
 生物の魔石よりも純度が落ちる分、含有魔力は少ない。

 不純物を含む為爆発しやすいし、山自体魔素が濃い為、現在、どの国も魔鉱石鉱山を閉山している。
 戦争が起こらなくなった現在、魔鉱石の需要が無いからだ。
 たまに、通常の鉱山から魔鉱石が採取される事がある。猟銃の発火に使う魔鉱石は、そんな採掘量でも足りてしまう。
 離宮に飾られていた猟銃にも魔鉱石が使われている。時代は変われども銃火器には魔鉱石なのだ。

(あえて、魔鉱石を大量に準備しようとしている……)

 その意味は裏側を知っているアンフェールなら、正解に近いラインで想像出来る。

「魔鉱石の採掘……前王朝時代は行われていたと本で読んだ。確か、魔素だまりで鉱山夫が多く死んだと」
「王様物知りネ。ソウソウ。魔鉱石の鉱山はちょっとした窪みで人が死ぬのヨ」
「恐ろしいな。鉱山夫達は採掘に納得しているんだろうか……」
「知らないかもヨ。採掘されなくなって長いからネ」

 グレンとカンジの会話にアンフェールは眉を顰める。
 給料がいいとか何とか言って、鉱山夫達を集めたのかもしれない。リスクを教えないまま。

「ああ、デモ」

 カンジは何かに思い出した様子で言葉を続ける。

「魔素用の防護服が作られたって噂を聞いた事があるヨ」
「防護服……」
「それがあったとしても、鉱山夫に配られるかは分からないけどネ」

 アンフェールはそれに反応する。
 魔素防護服。それがどの程度の精度か分からないけれど、完全に防げるなら厄介だ。

 こんな時だというのに、考えてしまうのは『竜の谷』の事だ。

 飛空船が無いから『竜の谷』は安全だった。
 『裂界』と呼ばれる谷から噴出する高濃度の魔素が、集落を守ってくれていた。
 魔素代謝が無い人間や竜人はそこを渡れない。そうなっていた。
 ――防護できるのでは、その前提が崩れてしまう。

 飛竜は竜の谷を渡れる。
 防護服を着て、飛竜に騎乗すれば『裂界』を渡れるのではないか。そう考えるとアンフェールの顔は青くなった。

(……魔素防護服があれば『竜の谷』に到達できるのではないか、と思いつくにはまだ時間が掛かるだろう。
 そもそもカンジが言っているのも『噂』に過ぎない。まずは実在するものなのかどうかを知りたい。ベロニカは知っているだろうか。今度会ったら聞いてみるか……)

 グレンがアンフェールの肩に手を置いた。
 何だろうと思って顔を上げると、グレンは心配そうにこちらを見ていた。

「怖かった? 変な話をしてしまってごめんね。顔色が悪い」
「大丈夫です。私もこの国を支えていくのですから、色々知っていかないと」

 アンフェールが顔を青くしていた理由は言えない。
 なので、ショックを受けつつも気丈に振舞う健気な王弟を装った。
 グレンにギュッと抱き締められる。
 健気っぷりが上手く伝わったようだ。アンフェールは安心した。




 グレンがお目当ての新書の会計を済ませ、こちらに戻って来た。
 四人で書店を出る。
 大通りに面した道でグレンが声を掛けられた。

「ああ、王様、来てたの?」
「オーナー」

 散歩に出ていた書店オーナーだ。
 オーナーは眼鏡の渋いおじさんだった。こじゃれたスカーフを巻いていて服装は若々しい。
 そのオーナーの隣に茶色い塊がいる。

 いる、と認識した次の瞬間には茶色い塊はアンフェールの上に乗っていた。

「あ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「アンフェール!」

 絶叫するアンフェールと、シエルという偽名を忘れるグレン。
 アンフェールの上に乗っているのは書店の看板犬、チョコだ。
 チョコという可愛い名前の割に見た目は巨大なモップだ。
 大型犬、いや超大型犬だ。大人の男に乗られているようなボリューム感だ。

 チョコは腰を振っている。そういう事らしい。

 グレンはよいしょとチョコを引っぺがしてくれた。グレンは力持ちなのだ。
 グレンがチョコを威圧すると、チョコは「きゅーん」と言って丸くなってしまった。鳴き声だけ可愛らしかった。

 アンフェールはボロボロだ。
 服は乱れているし、帽子は脱げて黄金の髪が広がっている。眼鏡はどこかに飛んでいってしまった。


 ――要するに、素の状態のアンフェールが乱れた格好で転がっている形だ。


 往来だし、人もいる。
 目の前にいるオーナーはポカンとしてアンフェールを見ている。
 周囲の時が止まっている。アンフェールは冷や汗をかいた。


 グレンが逸早く動いた。
 アンフェールをサッと抱き込み、魔術で身体強化を発動する。
 彼は「馬車で待ち合わせだ」と、短くロビンたちに伝えた。

 アンフェールは抱きかかえられたまま、運ばれていく。バザールの中心を抜ける様に、最短距離の疾走だ。
 バザールのざわめきも、風のように後ろへ、後ろへと流れていく。


(なんだか、ドキドキしてしまうな……)


 乙女を守る、王子様のようだ。
 実際番だし、グレンは王様なのだが。




 そんな風のようなスピードだった為、馬車にはすぐ着くことが出来た。
 アンフェールは即馬車内に収納されてしまう。更には丁寧に『浄化クリーン』を施され、着乱れた服装を直されてしまった。
 グレンはうんうんと頷いている。大丈夫になったらしい。

「すみません、兄上。折角の視察でしたのに……」
「いや、先程のは事故のようなものだから」

 確かにアンフェールは何も悪くない。
 でも、騒ぎになって今後のグレンの視察活動に影響が出てしまうのは嫌だった。
 そんなシュンとしたアンフェールの頭に、グレンの手がポンと乗る。

「しょげないで、アンフェール。また、みんなが忘れた頃に街に行こう。
 今日は凄く楽しかったんだ。二人で歩くのがこんなに楽しいとは思わなかった。今まで、一人だったからね」
「兄上……」

 アンフェールはジーンとしてグレンを見つめる。グレンも優しく微笑んでくれる。
 見つめ合う二人。
 そして、寄り添う距離は近くなり、ぎゅっと抱き合う。

「私もまた兄上と街を歩きたいです。私も……凄く楽しかった」

 グレンは、返事であるかのように髪を撫でてくれた。
 アンフェールも、その仕草が嬉しいという意思表示で、グレンの胸元に顔を埋める。
 良い匂いがする。すんすんといつまでも嗅いでいたい匂いだ。
 アンフェールはうっとりしてしまった。

「ただいまー。開けますよ、入りますよ」

 エドワードが結構な音量で声掛けをしてくる。
 その意味はちょっと分かる。なんかこう、馬車の中が濃密に二人の世界になっていたからだ。
 車内の二人は示し合わせたように行儀よく座り直す。
 馬車の扉がジャストのタイミングで開いた。

「陛下も殿下も、ちゃんとご無事でしたね。よかった」

 ロビンがこちらを見て、心底ほっとしたように息を吐いている。

「ロビンが心配するからさ。ここまでダッシュして来たんだよ。……ええと、もう少しゆっくりの方が良かった?」

 エドワードの方は苦笑いしている。
 ぽわぽわした番との空気を気取られただろうか。ちょっと恥ずかしい。

 安心した様子の二人も車内に乗り込む。
 待機していた御者が御者台に座り、馬車は離宮への道を走り始めた。



◇◇◇



 アンフェールは車窓に流れる景色を見ながら、視察で手にした情報を思い返す。

 魔鉱石について考える。
 鉱山採掘を再開したのは半年前。
 閉鎖していた山を開き、採掘を再開するなら採掘以外にも色んな準備が必要だ。寝食、衛生。人を集めるなら必要な物は多い。

 例え以前から諸々準備は終わっており、採掘スタート自体が半年前からだとしても、採掘が安定するまで時間は掛かるはずだ。
 魔素は人間にとって毒も同然だ。
 魔素で死者が出れば現場は混乱するだろう。
 閉鎖空間での恐慌状態とは恐ろしいものだ。その恐怖に慣れるまでの時間を考えたら半年など短い。

 要するに、まだ大して採掘量は確保できていないんじゃないか、とアンフェールは予想する。
 入出国を規制する段階に至るには少し早い。


 入出国を規制するのは戦争開始の合図のようなものだ。


 アンフェールがエックハルトに渡した証拠書類。
 急速に裏取りが進められているらしいそれを、ミセス・ガーベラが察し、動き始めたのか。
 向こうとしては書類は予想外だろう。慌てているのかもしれない。


 アンフェールは古代竜エンシェントドラゴンの顔をして、考え込んだ。

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