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深化1

アンフェールと街の本屋さん

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 その後、アンフェールとグレンは手を繋いでバザールを見て歩いた。
 気になる出店があったら話し掛け、買い食いしたり、お土産を買ったりした。
 エドワードとロビンはそれを見守るようについて来てくれる。

 グレンが街の人達に話し掛ける様子はビックリするぐらい自然だ。
 店の人も国王に対して話し掛けるというよりは同じ街の人に話し掛けるような調子だった。

 不思議に思ってグレンに聞くと「最初はみんな私の事を王子だって知らなかったからね」と教えてくれた。
 どうやら王子バレした切っ掛けは、本屋のオーナーに精霊アンフェールの為の『りゅうのおふね』に関して尋ねた事だったらしい。
 弟は精霊じゃないからボカシて教えてくれたけど、本人なので大体察した。
 
 王宮の書庫の生き字引インデックスは馴染の書店オーナーに『監査とかではなく、王子が個人的に欲しがっているんだ』と説明したらしい。
 隠し持っていた回収書籍を渡せと言われたら警戒されるだろう。
 だから身分を明かし、書籍の件は秘密にすると約束し、譲って貰ったんだそうだ。

 精霊アンフェールの飛空船関連が無ければ、グレンは今でもお忍びだったのかもしれない。
 ちょっと申し訳ない気もするけど、王様だって分かっても普通にしてくれる街の人達はとても素敵だなって思った。



 バザールを抜け、本屋に着いた。
 立派な書店だ。この街で一番古い本屋さんらしい。
 バザールのある大通りからすぐとはいえ、外れにある立地だ。そのせいか、敷地面積も広そうだった。

「カンジ、オーナーはいる?」

 グレンが話しかけたカンジは、痩躯の男だった。
 背丈は今のアンフェールと大して変わらない。黒い髪にオリーブ色の肌をした、彫の浅い糸目だ。背の中ほどまでの髪を一つに括っている。年齢は若くも見えるし老成しても見える。
 古代竜時代、東方の国にこのような風貌の人種が住んでいた。本を愛する民が住む国だった。カンジは移民なのかもしれない。

 カンジは読んでいた本を机に置き、こちらを向いた。

「オーナーはチョコの散歩ダヨ」
「ああ、道理でチョコがいないと思った」

 チョコとは何だろう? とアンフェールは首を傾げる。
 散歩に行くのだから生き物だというのは分かる。

「アンフェールにもチョコを見せたかったな。この店の看板犬なんだ」
「看板犬……」
「チョコレート色だからチョコって言うんだ。人懐っこくて可愛いんだよ」

 どうやらチョコは犬らしい。看板娘ならぬ看板犬。グレンが見せたかったという位だし、さぞかし可愛いに違いない。
 アンフェールは今世、教会でも離宮でも引きこもっていたので、犬を見た事が無かった。
 前世では見たし、触ったこともある。小さいのが可愛くて好きだ。

「犬は見た事ないので見てみたかったです」

 アンフェールは小さい犬を想像しながら、ニコニコ笑顔で事実を口にした。
 するとグレンは辛そうにクッと眉を寄せた。
 その顔を見て、アンフェールは気付く。

(しまった。グレンの中に『離宮で七年軟禁された可哀想な弟物語』があるのを忘れていた……!)

 アンフェールはグレンにギュッと抱きしめられた。
 『街を見たい』どころか、犬すら見た事が無い弟を憐れんだのだろう。
 なんかそんな感じが伝わってくる。
 アンフェールはよく考えないで発言してしまった事を、申し訳なく思ってしまった。



 店内を見て回る。
 グレンが好きなのは冒険譚らしい。新しく出たものをチェックしている。
 アンフェールは何でも読む。
 けれど、気になる所があったので、その売り場を探して歩き回った。勿論エドワードとロビンの護衛付きでだ。
 
「あ」

 カラフルなスペース。
 目的の絵本売り場に着いた。
 アンフェールはもう幼体じゃないので、絵本にワクワクする感覚は薄くなっている。
 ただ、見たかったのだ。
 精霊アンフェールにお土産を選んでくれていたグレンを想像するために、この場所を。

 アンフェールは絵本を手に取った。
 懐かしい『ヴィシュニアの王さま』だ。
 アンフェールはこの本を見て前世の番や子供達に思いを馳せ、泣いてしまった。そんなアンフェールをグレンは優しく慰めてくれたのだ。

 今やグレン本人がヴィシュニアの王様になってしまった。
 七年しか経ってないのに、この絵本を読んだことが遥か昔のように感じられて不思議だった。

「興味あるの?」
「えっ」

 振り返ると、いつの間にかそこにグレンがいた。
 しまった。これは精霊アンフェールの思い出の本だ。変に思われたらどうしよう。
 アンフェールは冷や汗をかきながらも、それをなるべく表に出さないように取り繕った。

「兄上の事のようなタイトルだったので……」
「ああ、なるほど」

 グレンも『ヴィシュニアの王さま』を手に取った。
 パラパラと捲り、ふっと柔らかな笑顔を浮かべる。

「昔、この本を親友に贈ったんだ。凄く……喜んでくれたな」
「そうなんですね」
「アンフェールにも贈って良いだろうか。その、改訂版が出るんだ。私が即位したから」

 なんと。
 そうか。新王が誕生したら最新版が出るのか。

 そういえば精霊アンフェールの貰った『ヴィシュニアの王さま』には、ベロニカが女王としてででんと掲載されていた。
 凄く威厳のある、女王らしい女王として描かれていた。
 油彩画を縮小転写したものだったし、ちょっと盛っていたのかもしれない。
 あのぐんにょりしたダメな大人と、全く繋がらないのだ。

(まぁ、グレンは盛らなくてもカッコいいし、王冠を載せた姿は威厳があったし。さぞかし素晴らしい姿で掲載されるのだろう……)

 アンフェールは最新版『ヴィシュニアの王さま』が欲しくなってしまった。

「兄上が載った物が欲しいです。さぞかし、素晴らしい姿で掲載されるのでしょうね」
「ふふ、今元になる油彩も描き進めて貰っているんだよ。モデルはともかく、絵師の腕は良いんだ」

 絵師の腕がいいのか。増々楽しみだ。
 アンフェールは口元のニヨニヨを頑張って抑えた。




「改訂版、ちょっと時間掛るかもヨ」

 手にはたきを持ったカンジが声を掛けてきた。エプロンを着けている。掃除中らしい。

「そうなのか?」
「印刷用の顔料が品薄なのヨ。スミは問題無いんだけどネ。絵本はフルカラーだからネ」

 グレンの問いかけにカンジが答える。

「印刷屋の親父に聞いたのヨ。シタールが魔鉱石の鉱山採掘を再開したらしくてネ。鉱山夫がそっちに駆り出されちゃって、顔料になる鉱石の産出が減ったのヨ」
「魔鉱石……それはいつから」
「ううん、半年前位からかネー。だから顔料の在庫が減ってるのヨ」

 グレンは難しい顔になってしまった。
 アンフェールも難しい顔になる。


 魔鉱石の使用用途はほぼ、限られているからだ。

 魔鉱石は銃火器の『発火』に使われている。

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