上 下
62 / 123
プロローグ――エンシェントドラゴンは番と××したい

アンフェールと初閨/グレンと初閨 ※

しおりを挟む
 ディーナリアスはジョゼフィーネを腕に、カウチに座る。
 ジョゼフィーネが顔を上げ、彼を見つめていた。
 薄紫色の瞳を、ディーナリアスも見つめ返す。
 
「本当を言うと、俺は、あの男を殺したかったのだ」
「え……」
 
 これはディーナリアスの本音だ。
 本当にアントワーヌを殺したかったし、殺そうかとも思っていた。
 
「あ、あの……お、怒って……?」
 
 アントワーヌの言ったことやしたことにディーナリアスが怒っているのだと、ジョゼフィーネは考えているらしい。
 それで、アントワーヌを殺したかったのか、と問うている。
 ディーナリアスは、小さく首を横に振った。
 
「単に、邪魔だった」
「じ、邪魔……?」
 
 その自覚が、今はある。
 が、ほんの少し前まで、ディーナリアス自身、違う理由づけをしていた。
 
 アントワーヌがジョゼフィーネを傷つけているから。
 
 確かに、間違いではない。
 アントワーヌはジョゼフィーネを傷つけていた。
 それに腹を立てていたことも、事実ではある。
 だが、本音は別のところにあった。
 
「お前を取られると思ったのだ」
 
 アントワーヌの元に、ジョゼフィーネが帰ってしまうのではないか。
 そのことに抗おうとした。
 手段として最も簡単なのは、アントワーヌを「始末」すること。
 いなくなってしまえば、取られる心配もない。
 
「お前は国に帰りたくないと言っていた。だが、心はあの男の元にあるのではないかと、俺は……嫉妬をしたのだな」
「嫉妬……」
 
 ディーナリアスは、軽く肩をすくめてみせる。
 ジョゼフィーネが驚いたという顔をしていたからだ。
 彼女は、己に対する価値の評価が、ひどく低い。
 些細な仕草ひとつで、ディーナリアスの心を揺らがせているなどとは思ってもいないのだろう。
 
 ディーナリアスにしても、自分の感情が、これほど御しきれなくなることがあるとは知らなかった。
 ずっと文献以外には無関心で、心が揺らぐような経験もしたことがない。
 感情と行動は、いつだって折り合いがついていた。
 
「しかし……なんというか……」
 
 ジョゼフィーネから視線を外す。
 ひと回り以上も年上のくせに、自分は子供のようだと、恥ずかしくなった。
 
「どうでもよくなった」
 
 アントワーヌのことは、やはり許せない、と思う。
 とはいえ、本当に、どうでもいい相手になってしまった。
 目障りではあるが、殺すほどでもない。
 
「も、もしかして……あの……あの……」
「聞いた」
 
 ちらっと、ジョゼフィーネに視線を向ける。
 今度は、彼女のほうが、うつむいていた。
 頬が、ほんのりと赤くなっている。
 恥ずかしそうにしている姿が、とても愛らしかった。
 
「盗み聞きするつもりはなかったのだがな」
 
 ジョゼフィーネの頭を撫でながら、弁解を口にする。
 彼女に誤解されたくなかったのだ。
 
「お前につきまとって、常に盗み聞きをするような趣味はないのだぞ? 今回は、少々、心配だったので、護衛についていただけだ」
 
 こくりと、ジョゼフィーネがうなずく。
 まだ頬は赤かった。
 その頬を、そっと撫でる。
 
「お前が、あの男に会いたいと言ったことを、俺は誤解していたようだ」
 
 言葉に、ジョゼフィーネが顔を上げた。
 誤解していたという意味がわからなかったのだろう。
 なにか不思議そうにしている。
 そう、彼女には、こういうところがあるのだ。
 
 とても無防備で、愛らしい。
 
 それが、ディーナリアスをたまらない気持ちにさせるとも思っていない。
 ジョゼフィーネは計算で表情を作れるほど器用ではなかった。
 ディーナリアスの気を引こうとしているのではないとわかっている。
 
 無自覚だからこそ困ってしまうのだ。
 うっかり自制を放り出しそうになる。
 
(これでは……迂闊に手が出せぬではないか)
 
 ともすれば、アントワーヌの二の舞。
 あんなふうにジョゼフィーネを傷つけることは、絶対にしたくない。
 だから、ディーナリアスは、精一杯、自制心を保つ努力をしていた。
 
「わ、私、言おうと……」
「そうだな。お前は、俺に話そうとしていた。それを遮ったのは、俺だ」
 
 ジョゼフィーネが、アントワーヌへの気持ちを打ち明けようとしていると思い込み、口を塞いだ。
 ほかの男にいだいている心情など聞きたくなかったのだけれども。
 
「……それも……嫉妬……?」
「そうだ」
 
 自信なさげに聞いてきたジョゼフィーネに、きっぱりと言い切る。
 実際、それが原因なのだし、否定する意味はない。
 ディーナリアスは、自分の「失敗」を認めていた。
 ジョゼフィーネの言葉を無視するアントワーヌを不快に感じたが、思い返せば、自分も似たようなことをしていたのだ。
 
「つくづくと、俺は心の狭い男なのだと、実感しておる」
「そ、そうかな……?」
「お前の口から男の名が出るだけで、嫌な気分になる程度には、心が狭い」
 
 そういう経験も初めてで、どうするのが正解なのか、わからずにいる。
 正直に話すくらいのことしかできない。
 何事にも無関心で生きてきたため、言い繕うとの発想がなかった。
 そんな必要がなかったからだ。
 
「そのせいで、お前を不安にさせたのではないか?」
「あ……う……その……」
「よい。口でどう言おうと、お前は顔が正直なのでな」
 
 つん、と頬をつつく。
 ジョゼフィーネが困ったように眉を下げた。
 その顔を見て、少し笑う。
 
「俺の嫁は、本当に愛くるしい顔をする」
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

処理中です...