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エピローグ(幼体編エンド)――エンシェントドラゴンは隠れ住むのをやめる

アンフェールは隠れ住むのをやめる

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 晩餐会の会場。


 本日が王弟アンフェールのお披露目日になると、一年前から公表されていた。
 『離宮の秘宝』――その呼び名は王都内に広がっている。
 何者かに誘拐され、五番街の教会で保護されたというアンフェールは、その天使のような容貌と歌声で、民衆を虜にしていたと噂されている。
 そう。民の方が街の教会で冠婚葬祭を行うので、アンフェールの姿を知っている者がいる。
 貴族階級の者たちは何の情報も持っていない。


 それが皆、面白くなかった。


 ある貴族は言う。
 所詮は噂。多少小奇麗なのかもしれないが、政治的意図で閉じ込められていただけだと。

 また別の貴族が言う。
 王弟はミセス・ガーベラの縁者。国王陛下は疎んでいるに違いない、と。

 また別の貴族が言う。
 そもそも、本物なのか? と。あの宰相がいい様に操れるよう、都合のいい子供を拾ってきただけではないかと。


 ――下衆な話は尾ひれがついて会場を巡っていく。


 悪意の話が巡れば反証も出る。
 いいや、夕方にエントランスホールで見たんだ。あれは凄い。確かに安全の為に離宮で護られていただけはあると。

 古種の王と呼ばれた伝説の竜『アンフェール』に生き写しだったと。

 微笑めば、女神が降り立ったがごとく周囲が光り輝いたと。




 会場はアンフェールの話題で持ちきりだ。
 今日をデビュタントの日と定めてきた令嬢も多いというのに、その話題はさっぱり流れない。
 若き国王陛下に見初められたい。
 いや、そこまでいかなくても有力貴族の子弟の目に留まりたい。
 そう思ってピカピカに磨き上げてきた彼女達にとったら、自身の噂が流れないのは気分が良くなかった。

 とはいえ噂になっている相手は王族の男。
 十四歳の子供だが美しいという噂が流れているのだ。
 年下との婚姻はあまり無いとはいえ、全く無い訳でも無い。子供なら取り入りやすいだろう。
 令嬢たちは肉食獣のような心持ちでアンフェールの入場を待つ。




 ザワリ、とどよめきが波のように会場に広がる。
 それからすぐに、シンと音が消えた。
 アンフェールの入場だ。


 現れたのは圧倒的な美貌だった。


 甘い蜜のように艶々した、豊かに波打つ金糸の髪。
 その髪はうなじの所で、美しいバラのコサージュが付いた白いリボンで纏められている。
 白磁を思わせるような滑らかな肌。
 食べごろの白桃のような頬。
 澄んだ青空のような色をしている、パッチリとした目。
 無垢であり清浄な瞳。なにも穢れたものを見た事が無いような、透明度の高い宝石だ。
 その宝石を守るように影を落とす、長い金色のまつ毛。
 神の手を持つ画家が、迷いなく引いたようなスッと通る眉。
 少しも歪な所が無い、通った鼻筋。
 その下にある花びらのような紅い唇。
 清廉でありながらも誘う様に艶めく唇は、誰しも吸いつきたいと思うような魅力があった。


 要するに、古代竜エンシェントドラゴン時代の神のような容貌だ。


 スーツとはいえ白を基調にした衣装は、レースあしらいのせいもあり、まるで花嫁のようだった。
 ギュンターに先導されながらしずしずと歩いていくアンフェールは、花嫁の父にエスコートされ、花婿の元に向かっているようにしか見えない。
 バージンロード。
 アンフェールはそんな特別なシーンのように、キラキラと光り輝いているように見えた。

 これは見るものの目にフィルターが掛かっているのではなく、精霊たちが光っているのである。
 特にアンフェールと相性の良い光の精霊は、晴れ舞台を彩らなければとハッスルしている。
 アンフェールが心の中で『止めてくれ……』と文句を言ってもお構いなしだ。基本精霊は子供のように好き勝手で自由である。




 人々は言葉を無くした。


 貴族たちは思う。
 噂は本当だったと。
 これ程までの人外の美しさであれば、国王が心配し離宮に囲うのも無理はないと。
 古代竜アンフェールに瓜二つだという事も、竜の血が濃い血統の証明だ。
 ミセス・ガーベラは四代遡れば古代竜アンフェールに行きつくと公言している。その縁者であれば似た容貌が出やすいのだろう――と、皆納得してしまった。
 
 令嬢たちは思う。
 かの輝く方の隣に立てるだろうかと。
 ピカピカに磨いた己も霞むどころか、あの光で掻き消え塵になりそうだと。


 会場はアンフェールに圧倒されていた。


 アンフェールは日頃、竜の気を抑えている。
 交雑種である竜人はこの竜の気を持っていないからだ。強く発すれば『威圧』という効果にもなるこれは、『縄張り』と同じく竜種の固有スキルである。
 なので竜バレを避ける為隠しているのだ。
 しかし会場にいるほぼ全ての人間から、好奇の視線を注がれるこの状況。アンフェールは不快だし、嫌で嫌でたまらない。
 だから若干ではあるけれど気がピリピリと漏れている。
 この辺は十四歳。色々と脇が甘いのだ。

 会場の人間が圧されているのは竜の気によるものだ。
 アンフェールの見た目は全然関係ない。
 しかし周囲は竜の気なんて知らない。あまりの美しさに圧倒されたのだ、と思い込んでいる。
 それは竜種バレを恐れるアンフェールにとって、都合が良かった。




 アンフェールはグレンの元まで来て、礼の姿勢を取る。
 アンフェールは王位をめぐる策謀に利用されないよう、きちんと周囲に『己は臣下である』と示した。

 儀礼めかした祝いの言葉は、きちんと事前に練られたものだ。ギュンター及び背後の宰相エックハルト監修で、穴が無いように仕上げられている。
 こういう所でポカをすると後々に響く。
 アンフェールは記憶した言葉を淀みなく発した。そのよく通る澄んだ声は、天上の歌であるかのようにホール内に響いた。
 グレンもそれに対応し、礼を返す。


 そこまではアンフェールが事前に聞いていたやり取りだった。


 グレンはアンフェールの手を取り、自身の方に引き寄せる。
 アンフェールの身体はグレンに寄り添う形になった。
 黒一色の儀礼衣装を着たグレンと白一色のアンフェールが寄り添う姿は、婚礼を行う番のように見える。
 会場中がそう思ったろう。
 そうであるものがピタリと嵌った様に、しっくりくるのだ。

 グレンはアンフェールの肩に腕を回したまま、高らかに声を発する。

「満場の紳士淑女諸君、堅苦しいやり取りはここまでだ。祝いの席である。楽にして貰いたい」

 グレンは気安い笑みを浮かべる。言葉は先程の儀礼文句より聞きやすい。
 グレンを支持する貴族が彼を好むのは、この柔らかさだった。グレンの父は冷徹な所があり、父王の時代は宮廷がギスギスしていたのだ。

「諸君に紹介したい。彼が私の弟だ」

 グレンはそういってアンフェールの方を見る。その瞳は悪戯っ子のように笑っている。
 アンフェールはこの展開は聞いていなかった。アドリブで挨拶しろというのだ。アンフェールが事前に堅苦しい挨拶を真面目に考えて来ないように、という事だろう。
 等身大の自分を、見てもらうといいと。
 もちろんこれはグレンのアンフェールに対する信頼感が根底にある。ヘマをしない、とグレンは信じているのだ。

 アンフェールの見た目は敷居が高い。
 だからこそのこれだ。親しみやすさを演出しろという事だろう。
 グレンの意図を理解したアンフェールは、会場に視線をやって、淡く微笑んだ。

「アンフェールです。若輩者ですが兄上を支え、この国を支えていきたく思います。皆さま、よろしくお願いします」

 アンフェールは十四歳として不自然ではない丁寧な挨拶をした。すると優しく背中をポンポンされた。
 アンフェールの肩にあったグレンの手だ。『よくやった』と言いたげだ。

「今後彼は、城に訪れる機会も増える。困っていたら手を差し伸べてやって欲しい」

 グレンがそう言うと、会場はわっと沸いた。
 その勢いにアンフェールがビクリとすると、グレンの手が再び肩に置かれた。その手に引き寄せる様な力が入る。
 アンフェールは気遣って貰えているというのを、その手のひらから感じて嬉しくなった。甘えるように、少しだけグレンに身体を預けた。




 給仕がやってきてグレンにグラスを手渡す。
 アンフェールも手渡された。アンフェールのグラスからはアルコール臭がしない。どうやらジュースのようだ。
 会場を見渡せば皆、手にグラスを持っている。
 グレンはグラスを軽く持ち上げた。

「ヴィシュニア王国に繁栄を! 乾杯!」

「乾杯!」

 グレンの音頭に続く様に、会場中から乾杯の声が上がる。
 そして続くのはこの言葉だ。

「ヴィシュニア王国万歳! 国王陛下万歳! 王弟殿下万歳!」

 波のようにうねる、万歳の声。
 グレンを、そしてアンフェールを祝福する声。
 その中には心からの祝福もあれば、表面上のものもあるだろう。
 なんと言ってもグレンは何度も暗殺されかかっているのだから。


 アンフェールがグレンの方に視線を送れば、呼応するようにグレンの視線がアンフェールに向く。


 アンフェールの番。
 兄弟として側にあり続けると決めた、守るべき大切な人。


 アンフェールは隠れ住むのを止めた。
 アンフェールはこれから、ヴィシュニア王国王弟として表舞台に立ち、生きていくのだ。



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