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隠れ家――アンフェールとグレン4

アンフェールとグレンのくちづけ ※

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 久しぶりにグレンの涙を見た。十七歳の頃はもっと頻繁に見ていた気がする。
 アンフェールは指でそっと彼の涙をぬぐった。

「泣かないで、グレン。おかしくないよ。ほら……」

 アンフェールはグレンの手を取り己のペニスに導いた。小さなペニスはぴょこんと上向いている。

「大きくなってるでしょ? ぼくも同じだよ。セックスみたい、って思ったらこんなになっちゃった」
「アンフェール……」

 にこりと笑って語り掛けると、グレンは目を見開いてアンフェールの顔を見た。
 しばらくこちらを見つめた後、視線を己の手の内に収まったアンフェールの性器の方にやり、ポッと赤くなってしまった。涙は引っ込んだようだった。
 グレンの大きく温かい手で包まれると、気持ちいい。アンフェールのペニスは一層ズクズクと脈打った。

「『ヴィシュニア王国と風俗』って本を読んだんだ。そこには友達同士で手を使っておちんちんを擦り合う話もあったよ。『抜き合い』っていうんだって。
 ぼく達は親友でしょ? 友達よりもっと仲良しなんだから、今みたいにお尻で擦り合ってもおかしくないと思うんだ」

『ヴィシュニア王国と風俗』は、王侯貴族の生活やしきたりを纏めた本だ。
 閨係制度だけでなく、ちょっと俗っぽい話も掲載されていた。

 貴族の次男以降は騎士になり、軍属するものも多い。騎士の宿舎や軍の砦などは、閨係を連れていけない。そうなると仲間内で処理するしかない。
 閨係の世話になって育つ王侯貴族は、男同士で肉体関係を結ぶハードルが物凄く低い。
 友人関係の延長線上で性愛に至る事もあるし、単純な抜きあいであれば、顔見知り程度でも問題ないという者も多いのだそうだ。

 グレンは王太子だから、それを知らないんだろう。
 身分的にそういった事を求められないし、彼自身、性に対して忌避感が強いから誰にも聞かないだろうし、情報が無いのだ。

「おかしくない……のか? 私は……アンフェール以外に友人がいないから分からないが……」

 グレンは目を見開いて初耳の常識に驚いている。驚いた後、安心したように表情を緩めて笑った。

「ああっ、でも特別仲良くないとダメだよ! 料理長と仲良くなったって言ってたけど、しちゃ駄目だからねっ!」

 慌てて、アンフェールは知識を得たグレンが、周囲に手出ししないように牽制を掛けた。
 性格的に大丈夫だとは分かっているが、番である彼が誰にでも緩くなられたら参ってしまう。

「大丈夫だ。欲を覚える程仲良しなのはアンフェールだけだ」
「うん」

 グレンは重そうに上半身を起し、それから優しくアンフェールを撫でてくれた。
 気持ちいい。アンフェールはグレンに撫でられる感覚を余さず享受しようと目を閉じた。

「最近ずっと悩んでいたんだ。おかしくないと分かって良かった」
「グレン……」

 アンフェールはフェロモンを発しないように抑えている。それでもグレンはアンフェールに対して欲を覚えてくれたのだ。
 ずっと、悩むくらいに。
 それは凄くうれしい事だった。


「アンフェールが、欲しい……と」


 グレンはそう熱っぽく告げて、大きな身体で、包み込むようにギュッと抱きしめてくれた。
 アンフェールは鼓動の大きさに息苦しくなった。それは苦しいけれど、幸せな痛みだった。
 グレンの香りと熱が、アンフェールの心を揺らす。




 それから、しばらく抱き合い、見つめ合い、そしてどちらからともなく――唇を合わせた。

 おでこや頬に親愛のキスは何度もしていたけれど、唇を合わせるのは初めての事だった。
 グレンの少しかさつく唇は、彼の緊張感からなのだろうかと思うと、とても愛おしく感じる。舌で潤してあげたくなって、その唇を舐めた。
 するとグレンはビックリしたように離れてしまった。

「グレン?」
「す……すまない。驚いてしまって」
「キスは嫌?」
「――嫌じゃない!」

 グレンは食い気味に否定してくれた。
 その後、ハッとしたような顔をして、気まずそうに視線を逸らしてしまった。

「……その……初めてだったのだ」
「ふふ、そっか。ぼくも初めて」

 アンフェールの言葉に、何故かグレンが驚いたような顔をしている。

「――双満月の君とは……しなかったのだろうか?」

 グレンがぼそりと言葉にしたのは、グレングリーズの事だった。
 グレングリーズとは勿論口づけをしている。しかし、それは前世での話だ。今世で、唇を誰かと重ねた事はない。
 同室だった年嵩の青年ロビンも寮長エドワードも、親愛のキスをくれたけど、そういう意味合いのものなので勿論おでこや頬にだ。

「……したけど、前の身体だから。ぼくは新しく生まれたんだよ」
「そういえば、そう言っていたな……」

 グレンには以前話してあった。アンフェールは一度命がつき、消えてしまった事を。そして、再び生まれた事も。
 グレンはアンフェールの事を精霊だと思っているから、消えたり生まれたりに関してあまり違和感は持っていないかもしれない。
 グレンの好きな物語の精霊がどういう描写をされてるかは知らないけれど、実際、低位精霊であれば消滅と生誕はしょっちゅう起こる事だ。

 グレンは眉を寄せて難しい顔をしている。
 アンフェールが顔をじっと見つめているのに気がついたのか、グレンはフッと表情を緩める。そしてアンフェールの事をギュッと抱きしめてくれた。

(私が消えた、という事を考えてしまったんだろうか。これから消える予定なのだが……そうなったらグレンは悲しむのだろうな)

「……アンフェール、もう一度口づけていいだろうか?」
「うん。いっぱいちょうだい」

 そうして二人、また吸い寄せられるように唇を合わせた。
 今度はグレンも積極的に求めてくれた。合わさる唇同士の柔い感触を分かち合った後、グレンは舌を出し、アンフェールの唇をなぞった。
 幼く小さな唇の薄皮の感触を味わうように何度も何度もなぞられる。
 そして唇を使って食まれ、ちゅっと吸われる。

「は、あ、んむ……」

 息をつくのに唇が開くと、口内にグレンの厚い舌が侵入してきた。
 アンフェールは小さな舌で応じるも、荒々しい求めについて行けずに、すぐに息が苦しくなる。
 時折攻め具合を緩めてくれるのはグレンの優しさか。
 その度にアンフェールは鼻で吸えるだけ息を吸って、呼吸を整える。整えば見計らったように激しい求めが始まり、翻弄されてしまう。

(なんて貪欲なキスだ。普段のグレンからは考えられない激しさだ……。ああ、いいな。すごく良い……好きな、攻め方だ)

 ドロリと、口内に流し込まれるのはグレンの唾液だ。アンフェールはそれを余さず飲み、突き出された彼の舌を強く吸った。
 全て飲んだとはいえ、口端から僅かに零した分が垂れている。
 アンフェールはそれを拭わずに、濡れて艶のある、赤く腫らした唇で、グレンに笑いかけた。

「グレン、当たってる」

 腹に、熱く硬いものがぐりりと当たる。グレンの性器だ。
 キスで興奮したらしく、再び頭をもたげてきている。

「すまない。鎮めてもらったのに……」
「ううん。いいよ。キス、きもちよかったね」

 アンフェールのペニスもズクズク脈打っている。堪らなく興奮するキスだったし、お互い大きくなるのも仕方がない。
 唾液の交換もした。
 前世では分からなかった番の唾液の良さにも、うっとりしてしまった。まるで天上の美酒のようだ、と思う。

(欲しい……グレンが欲しい……これが最後。一夜の夢……)

 番と抱き合う思い出が欲しい。
 挿入は無いとしても、彼に求められたい。
 その思い出を抱いて、残りの生を全うしよう。

 グレングリーズだって一匙の甘い記憶で、長い孤独を生きたのだ。
 アンフェールにだって出来る。


「――ぼく、グレンが欲しいんだ……」

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