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隠れ家――アンフェールとグレン4
アンフェールとエドワードからの手紙
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「クピィ!」
「お帰り、タンジェント」
お使い帰りのタンジェントは、ピンクの小袋を背負っている。縮小したリュックサックのようで可愛い。ぬいぐるみか何かのような愛らしさだ。
この小袋は元寮長エドワードの力作だ。
羽ばたきの邪魔にもならない機能性は元より、タンジェントの可愛さを最大限に引き出すアイテムに仕上がっている。
エドワードの裁縫の腕は教会でも一二を争うものだった。
一二を争っていた相手は勿論アンフェールだ。
七歳児を装わないといけないのは重々分かっていたけれど、裁縫で手を抜くのは古竜種のプライドが許さなかった。
争ったおかげで、寮長はいつ嫁に出しても恥ずかしくない位、裁縫が上手になったのだ。
ここ五年、欠かさずエドワードとの文通は続けている。
内容は大体、元気か? ちゃんと食べているか? 大きくなったか? という母親モードの問いかけと、現在ロビンとやっているという仕事の報告の二点に集約される。
あとは、教会や街で何かあったら都度教えてくれる。
エドワードは平日、城内にある寮のロビンの部屋で生活しているらしい。
他の寮のメンツには『押し掛け女房』と揶揄われて恥ずかしい、と書いてある。寮の雰囲気も良いそうだ。楽しそうな様子が文面からも伝わってくる。
エプロンを着けて寮内の家事に走り回るエドワードは、寮で一番若いのに、既に『お母さん』扱いなんだとか。
そのエプロンも勿論エドワードお手製だろう。
教会でも自作のエプロンをよく着けていた。沢山ポケットがあり、いつでも必要な物がサッと出てくる不思議なエプロンだった。
エドワードはどこにいてもお母さんポジなんだなぁとアンフェールは感慨深く思う。
文面を見て教会の寮生活を思い出してしまった。
エドワードは寮長で、みんなのお母さんだった。でも夜になったらアンフェールだけのお母さんになってくれた。
エドワードがいて、ロビンがいて。二人が親代わりで可愛がってくれたから寂しがりの幼体でも寂しくなく過ごせていた。
あの三人で過ごした時間はアンフェールにとって掛け替えのないものだった。
「また三人で暮らせたらいいのになぁ」
無理だ、と分かっていてもそんな言葉が口を突く。
アンフェールに乗っけられた第二王子という属性は面倒臭い。ささやかな三人暮らしを許してはくれないだろう。
会えなくなって五年。
エドワードは二十三歳になっている。
エドワードは立派な大人になっているだろうか。同じ年頃だったグレンは少年っぽさがすっかり抜け、大人の男になっている。
アンフェールが知っているエドワードとは姿も変わってしまったかもしれない。
でも手紙を見る限り、中身は変わっていない。
心配性で優しい、アンフェールのお母さんだ。
「ふふ。ずっと一緒にいるからロビンとはすっかり夫婦のようです、だって」
二人が仲良しなのは嬉しい。アンフェールにとってお父さんとお母さんみたいなものだ。
きっと仕事でも息が合うんだろう。
「仕事で頑張り過ぎたのか最近お尻が切れて痛いです、か。座り仕事が多いのかな。そういえば教会の神父さまも座り仕事で痔が悪化したって言ってたもんね。大変だなぁ」
アンフェールはエドワードのお尻が治る様に痔の薬を調合する事にした。
『治癒』を掛ければ治癒するけれど、部位が部位だけに恥ずかしいのか薬で治療する人が多いのだ。
アンフェールが作るのは、精霊たちの力も借り作る『塗れば半日で傷が塞がる』夢の痔治療薬だ。
エドワードは働き者だから、沢山必要だろう。大入りサイズで作成した。
「ロビンとのお仕事もこれでいっぱい頑張れるね」
アンフェールは親孝行をした、という気分で晴れやかに笑った。
――アンフェールはエドワードがお尻が痛くなった事情を理解していない。
アンフェールの作成した薬のおかげで、治癒の早くなったエドワードは連日のようにロビンに抱き潰される事となった。
薬で尻は治っても、抱かれた疲労は抜けない。
お陰で日中気怠い顔をするエドワードが妙に色っぽいと、寮内では話題になっていた――。
◇◇◇
エドワードの手紙はそんな平和な日常以外の話もあった。
街で『実はグレン王子には弟がいる』『第二王子は離宮に監禁されている』という噂が急に流れ出した、と。
エドワードはその噂にビックリしたようだ。
アンフェールは幸せに暮らしている、と思っていたのに『監禁』なんて言葉を聞いたからだろう。
彼は『離宮での暮らしは辛くないか?』と心配してくれている。
返事には『辛くない。楽しく暮らしている』と書こう。
『周囲には良くしてもらっている』『兄であるグレンはいつもアンフェールの事を気にしてくれていると聞いている』と伝えておこう。
周囲から良くしてもらっている、以外は本当の事だ。
エドワードに嘘をつくのは嫌だけれど、安心させる為なら良い嘘に当たるだろう。
噂の出どころは分かっている。
ミセス・ガーベラの命令で竜種否定派が流しているのだ。
アンフェールは五年監視を続けているので、彼女たちが何をしようとしているのかは大体分かっている。
クーデターの旗印にアンフェールを使いたいミセス・ガーベラは『グレン王子の命により長期監禁された憐れで優秀な第二王子』像を作ろうとしている。
だから徐々に『噂』の内容はグレンを攻撃するものになっていくはずだ。
グレンは街の視察によく行くし、民との交流にも積極的だ。
アンフェールへのお土産だって、歩き回って買い物しているという。
仲良くなったお店の人たちの話を、グレンは面白おかしく話してくれる。アンフェールはお土産だけでなく、そんな土産話も好きだった。
グレンは「アンフェールのおかげで、民との交流が盛んになった」と言ってくれるけどアンフェールは特に何もしていない。
グレンが自発的に頑張ったのだ。彼が地道に話し掛けるから、街のみんなは彼が好きになったのだ。
エドワードの手紙にも『グレン王子は民衆人気が高い』とある。
エドワードが知ってるくらいだから、グレンは本当に人気者なんだろう。
そんな彼の人気を『噂』を使って貶めようとしている。
この計略は事前に知っていた事だ。
実際始まると胸糞悪いにも程がある。
(グレンを守りたい。引きこもってばかりでは駄目なんだろうな。
この『噂』は私とグレンが仲良くする様子を見せれば、すぐに消えるものだ。……それでも、一時的にでも彼が変な目で見られると思うと、胸が痛くて堪らない)
グレンが王として即位する日はそんなに遠くない。
城の動きが慌ただしいと精霊たちが教えてくれた。
環境が変わる。
宰相エックハルトがアンフェールを離宮に閉じ込める理由はなくなる。
(グレンの即位後、何かしら私をお披露目する機会を作られるだろう。そうなれば城から迎えの人間が来る。今から不自然無いように離宮の環境を整えなければならないな。
グレンの為には動きたいが……それ以外は最低限で何とかならないだろうか。竜種だと露呈する危険は避けたいものだ……)
アンフェールはううむ、と唸り、考えを巡らせた。
「お帰り、タンジェント」
お使い帰りのタンジェントは、ピンクの小袋を背負っている。縮小したリュックサックのようで可愛い。ぬいぐるみか何かのような愛らしさだ。
この小袋は元寮長エドワードの力作だ。
羽ばたきの邪魔にもならない機能性は元より、タンジェントの可愛さを最大限に引き出すアイテムに仕上がっている。
エドワードの裁縫の腕は教会でも一二を争うものだった。
一二を争っていた相手は勿論アンフェールだ。
七歳児を装わないといけないのは重々分かっていたけれど、裁縫で手を抜くのは古竜種のプライドが許さなかった。
争ったおかげで、寮長はいつ嫁に出しても恥ずかしくない位、裁縫が上手になったのだ。
ここ五年、欠かさずエドワードとの文通は続けている。
内容は大体、元気か? ちゃんと食べているか? 大きくなったか? という母親モードの問いかけと、現在ロビンとやっているという仕事の報告の二点に集約される。
あとは、教会や街で何かあったら都度教えてくれる。
エドワードは平日、城内にある寮のロビンの部屋で生活しているらしい。
他の寮のメンツには『押し掛け女房』と揶揄われて恥ずかしい、と書いてある。寮の雰囲気も良いそうだ。楽しそうな様子が文面からも伝わってくる。
エプロンを着けて寮内の家事に走り回るエドワードは、寮で一番若いのに、既に『お母さん』扱いなんだとか。
そのエプロンも勿論エドワードお手製だろう。
教会でも自作のエプロンをよく着けていた。沢山ポケットがあり、いつでも必要な物がサッと出てくる不思議なエプロンだった。
エドワードはどこにいてもお母さんポジなんだなぁとアンフェールは感慨深く思う。
文面を見て教会の寮生活を思い出してしまった。
エドワードは寮長で、みんなのお母さんだった。でも夜になったらアンフェールだけのお母さんになってくれた。
エドワードがいて、ロビンがいて。二人が親代わりで可愛がってくれたから寂しがりの幼体でも寂しくなく過ごせていた。
あの三人で過ごした時間はアンフェールにとって掛け替えのないものだった。
「また三人で暮らせたらいいのになぁ」
無理だ、と分かっていてもそんな言葉が口を突く。
アンフェールに乗っけられた第二王子という属性は面倒臭い。ささやかな三人暮らしを許してはくれないだろう。
会えなくなって五年。
エドワードは二十三歳になっている。
エドワードは立派な大人になっているだろうか。同じ年頃だったグレンは少年っぽさがすっかり抜け、大人の男になっている。
アンフェールが知っているエドワードとは姿も変わってしまったかもしれない。
でも手紙を見る限り、中身は変わっていない。
心配性で優しい、アンフェールのお母さんだ。
「ふふ。ずっと一緒にいるからロビンとはすっかり夫婦のようです、だって」
二人が仲良しなのは嬉しい。アンフェールにとってお父さんとお母さんみたいなものだ。
きっと仕事でも息が合うんだろう。
「仕事で頑張り過ぎたのか最近お尻が切れて痛いです、か。座り仕事が多いのかな。そういえば教会の神父さまも座り仕事で痔が悪化したって言ってたもんね。大変だなぁ」
アンフェールはエドワードのお尻が治る様に痔の薬を調合する事にした。
『治癒』を掛ければ治癒するけれど、部位が部位だけに恥ずかしいのか薬で治療する人が多いのだ。
アンフェールが作るのは、精霊たちの力も借り作る『塗れば半日で傷が塞がる』夢の痔治療薬だ。
エドワードは働き者だから、沢山必要だろう。大入りサイズで作成した。
「ロビンとのお仕事もこれでいっぱい頑張れるね」
アンフェールは親孝行をした、という気分で晴れやかに笑った。
――アンフェールはエドワードがお尻が痛くなった事情を理解していない。
アンフェールの作成した薬のおかげで、治癒の早くなったエドワードは連日のようにロビンに抱き潰される事となった。
薬で尻は治っても、抱かれた疲労は抜けない。
お陰で日中気怠い顔をするエドワードが妙に色っぽいと、寮内では話題になっていた――。
◇◇◇
エドワードの手紙はそんな平和な日常以外の話もあった。
街で『実はグレン王子には弟がいる』『第二王子は離宮に監禁されている』という噂が急に流れ出した、と。
エドワードはその噂にビックリしたようだ。
アンフェールは幸せに暮らしている、と思っていたのに『監禁』なんて言葉を聞いたからだろう。
彼は『離宮での暮らしは辛くないか?』と心配してくれている。
返事には『辛くない。楽しく暮らしている』と書こう。
『周囲には良くしてもらっている』『兄であるグレンはいつもアンフェールの事を気にしてくれていると聞いている』と伝えておこう。
周囲から良くしてもらっている、以外は本当の事だ。
エドワードに嘘をつくのは嫌だけれど、安心させる為なら良い嘘に当たるだろう。
噂の出どころは分かっている。
ミセス・ガーベラの命令で竜種否定派が流しているのだ。
アンフェールは五年監視を続けているので、彼女たちが何をしようとしているのかは大体分かっている。
クーデターの旗印にアンフェールを使いたいミセス・ガーベラは『グレン王子の命により長期監禁された憐れで優秀な第二王子』像を作ろうとしている。
だから徐々に『噂』の内容はグレンを攻撃するものになっていくはずだ。
グレンは街の視察によく行くし、民との交流にも積極的だ。
アンフェールへのお土産だって、歩き回って買い物しているという。
仲良くなったお店の人たちの話を、グレンは面白おかしく話してくれる。アンフェールはお土産だけでなく、そんな土産話も好きだった。
グレンは「アンフェールのおかげで、民との交流が盛んになった」と言ってくれるけどアンフェールは特に何もしていない。
グレンが自発的に頑張ったのだ。彼が地道に話し掛けるから、街のみんなは彼が好きになったのだ。
エドワードの手紙にも『グレン王子は民衆人気が高い』とある。
エドワードが知ってるくらいだから、グレンは本当に人気者なんだろう。
そんな彼の人気を『噂』を使って貶めようとしている。
この計略は事前に知っていた事だ。
実際始まると胸糞悪いにも程がある。
(グレンを守りたい。引きこもってばかりでは駄目なんだろうな。
この『噂』は私とグレンが仲良くする様子を見せれば、すぐに消えるものだ。……それでも、一時的にでも彼が変な目で見られると思うと、胸が痛くて堪らない)
グレンが王として即位する日はそんなに遠くない。
城の動きが慌ただしいと精霊たちが教えてくれた。
環境が変わる。
宰相エックハルトがアンフェールを離宮に閉じ込める理由はなくなる。
(グレンの即位後、何かしら私をお披露目する機会を作られるだろう。そうなれば城から迎えの人間が来る。今から不自然無いように離宮の環境を整えなければならないな。
グレンの為には動きたいが……それ以外は最低限で何とかならないだろうか。竜種だと露呈する危険は避けたいものだ……)
アンフェールはううむ、と唸り、考えを巡らせた。
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