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離宮3

アンフェールと貴族名鑑とアヴァロニア

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 アンフェールは離宮の書庫で、お目当ての本を探す。それはありがたいことに最新版が置いてあった。
 貴族名鑑だ。
 複数冊に分けられた鈍器のような本だ。
 アンフェールが知りたいのは末端の貴族ではないので『1』とナンバリングされたものを取り出す。
 アンフェールは本を片脇に担いでソファーに腰かけた。

あの女ミセス・ガーベラは筆頭公爵家の娘だと言っていたな……)

 貴族名鑑には主要な家系の系図は全て載っている。筆頭公爵家なら当然系図が詳しく載っているだろう。
 まずは敵の立ち位置を知らねばならない。
 アンフェールは小さな手でページを捲っていく。左程熱心に探さなくても、すぐにお目当ての名前が見つかった。

(ふむ、これか。ガーベラ。三姉妹の長女か。公爵家は養子の男が継いだんだな……おや?)

 系図を指でなぞる。母方は二代前までしか辿れない。
 ミセス・ガーベラの母『サイカニア』は王女だったようだ。女だから公爵家に降嫁したのだろう。
 その上の世代。祖母である『アヴァロニア』は十三歳で死んでいる。死亡原因は出産だ。
 アヴァロニアの出自は書かれていない。出自が書かれていない、のに。

(アヴァロニアはヴィシュニア王家に『正妃』として迎えられている。出自不明を迎えるなんて、王の番か何かだったのか?
 いや、番ならもっと大事にするんじゃないか? アヴァロニアは十三歳で出産し、死んでいる。手を付けたのは何歳だ? 番ならもっと大事にするだろう……)

 アンフェールは顔を渋くするも、はたと思い至る。

(グレンの父親だって酷い男だった。グレンが貴重なぐらい可愛いだけで、王族は胸糞悪い連中ばかりでもおかしくない)

 それが自身の子孫だと思うと複雑だった。アンフェールは微妙な顔になる。

(ミセス・ガーベラは三姉妹の長女。
 次女アネモネは娘――マグダレーナを産んで死去。おお、あの死んだ保育器女マグダレーナはミセス・ガーベラの姪だったのか。
 三女ローズは隣国シタール王家へ嫁いでいる。ザシャと話していた悪だくみの協力相手はこいつだな。
 ……ミセス・ガーベラは独身なのか。筆頭公爵家だというのに、こいつだけ政略の駒にはされていないんだな。……ん?)

 アンフェールは何度も系図に刻まれた文字に目を走らせる。
 計算が合わない。

(ミセス・ガーベラの出生年の印字が正しいならば、見てくれと合わないぞ)

 ミセス・ガーベラは七十年前に生まれている。純粋な人間であれば老婆のような見た目になっている年齢だ。

(竜人が長生き……という訳でも無いな。グレンの数代前まで見ても人間より少し長命なだけで大差ないようだし)

 それから王家の系譜を遡っていく。
 指で辿るそれがアンフェールの子マイアサウラにぶつかった所で気がつく。

(マイアサウラの子は長生きだ。二百年生きている……そこから代々血が薄くなるにつれ人間の寿命と差が無くなっていくな……)

 アンフェールは慌ててページをパラパラめくった。ミセスガーベラのページに戻ってくる。

(ミセス・ガーベラの母親『サイカニア』は百四十歳で没している。事故死だ。事故で終わった命なら……寿命はもっと長かったんじゃないか?
 竜人基準でも百四十なら驚く程長生きだ。竜の血が濃いって事か。先祖返りか? それとも――)

 アンフェールはクッと眉を寄せる。
 祖母に当たる、出自不明の正妃アヴァロニアが気になる。十三歳で出産し、死んだ少女だ。
 産んだ子サイカニアがそこまで長命という事はアヴァロニアもただの竜人じゃなかった、という事は無いだろうか。


 ――『殿下は可愛いマグダレーナの子。尊い血が濃いのです』


 アンフェールは離宮に来てすぐの頃、盗み聞いたミセス・ガーベラの言葉を思い出した。
 尊い血。
 それは竜種の血だろうか。自分たちは現王家より竜の血が濃いと――そんな風にも受け取れる。

(グレングリーズの手紙には、マイアサウラとスキピオニクスが最後の竜種と記されていた。
 でもグレングリーズが知らなかっただけで、どこかで生存していた個体がいた……とかはないか?
 可能性はゼロじゃないだろう。なにせ変な実験で生まれてしまった私だっている訳で)

 アンフェールは、はぁ、と息を吐いた。
 昨晩ミセス・ガーベラの部屋で盗み聞いた話を思い出す。 


――『現王朝も元々クーデターで成立したのです。ならば再びクーデターで覆ってもおかしくないでしょう?』


 クーデターを考えるくらいだし、ミセス・ガーベラは王として立つのは竜の血が濃い自分なのだ、と思っているのだろう。
 幼くして死んだアヴァロニアから続く血は、ミセス・ガーベラとシタールに嫁いだ妹――ローズしか残っていない。
 設定上マグダレーナの子であるアンフェールもその系譜に当たるけれど、実際は無関係だ。
 
(ミセス・ガーベラがグレンを見下していたのは、母親の身分だけじゃなく、魔力の弱さ=『竜の血の薄さ』と考えている可能性もあるな。
 グレンは決して竜の血が薄い訳じゃない。何と言っても私のスキルだった『自動回復オートリカバリー』を発現させるくらいだ
 『魔力循環』で徐々に魔力を引き上げていっているし、彼が王位を継承する頃には周囲からとやかく言われることは無くなるはずだ)



◇◇◇



 アンフェールはアヴァロニアの事が気になって仕方が無かった。
 同族かもしれないのだ。
 自分たちの家族よりも若い竜種がいたのか? とか、どうやって生き残っていたのか? とか、もしくはアンフェールのようにとんでもない過程で産まれてしまったのか? とか。

 とにかく気になる。

 アヴァロニアが正妃であるなら城にいたわけだ。
 この辺をふわふわしている精霊ならアヴァロニアのことを覚えている子もいるかもしれない。
 なんと言っても精霊は竜が大好きだから。

「アヴァロニアについて知ってる子いるー?」

 アンフェールが虚空に問いかけを投げると、精霊たちはわらわらと集まってきた。
 次々に彼らは口を開く。

『あばろにあ、しってる』
『しってる、しってる』
『あばろ、かわいそうなこ』
『あばろ、ひとりぼっち』
『いつも、ここでないてた』
『かわいそう』
『かわいそう』

 ここで泣いていた。

「アヴァロニアは離宮にいたの?」
『そだよー』
『あばろ、ここにすんでた』
『あんふぇと、いっしょ』

 アンフェールと一緒だと言われると複雑ではある。アンフェールは殆ど隠れ家に住んでいるから離宮にあまり戻らない。
 しかしアヴァロニアは離宮に住んでたのか。正妃なのに。
 十三歳という若年で没しているから正妃の仕事も左程なかったという事だろうか。

 精霊がアヴァロニアを覚えているなら、話で聞くより直接見せてもらった方がいいかもしれない。
 ここに住んでいたのなら建物にも『記憶』が残っている。
 精霊や建物に残る記憶のカケラを繋ぎ合わせ、ビジョンを作るのだ。

「ぼくにアヴァロニアを教えて。見せて・・・

 精霊たちにお願いすると、彼らはアンフェールの周囲をくるくると回った。
 目を閉じる。
 アンフェールは過去に潜る。
 過去を辿るなんて普通、映像がはっきりしない事が多いけれど、大分クリアに見えている。



 ダイブした先。
 小さな子が立っている。



 精霊たちが『あばろ、あばろ』と騒いでいる。
 幼いアヴァロニアだ。
 勿論、目の前に立っているように見えても、これは過去の映像。あくまでアンフェールは傍観者にすぎない。

 今のアンフェールと鏡写しのように背恰好が似ている。ふわりと柔らかい黒髪の――男の子・・・の姿。
 微かに感じる同族の気配。アンフェールはアヴァロニアが竜種だと確信した。
 竜種で、このサイズであれば幼体だ。

 アヴァロニアの首に首輪がついている。それはかつてグレングリーズに嵌められていたものと同じだ。
 竜化を封じられている。
 竜であるのに妙に弱弱しい。首輪に制約を掛けられているのか、元から身体が弱いのか。

 場面が切り替わった。寝室で、裸にされたアヴァロニアが大人の男に圧し掛かられている。
 精霊が『こくおー』と注釈を入れてくれる。
 王と王妃の閨の時間ではあるんだろう。しかし王妃は幼体だ。性成熟も始まっていないから卵だって孕めない。
 単純に貪られているのだ。

 嫌がるアヴァロニアを、王はお構いなしに貫き、揺さぶっている。
 幼体の身体であれば直腸だって浅い。
 大人の性器を嵌められ、乱暴にされれば傷ついてしまう。
 もう、はるか昔に死んだ子であるのに、同族が酷い目にあっているのは辛く、苦しい。

 アヴァロニアは誰もいない虚空に向かって悲鳴を上げる。



 ――『いたい、いたい、たすけて、おとうさま、おかあさま――』


 ――『たすけて、アンフェール!』



 ドクン、と心臓が大きく音をたてた。
 アヴァロニアの叫びが届いた瞬間、ぼんやりしていたアヴァロニアのイメージが明確になる。
 王に組み敷かれているのは『アンフェールの色違い』と言っていい程よく似た顔の、黒髪赤目の幼体だった。

 アンフェールは目を見開いた。
 アヴァロニアがアンフェールを呼んでいる。
 アヴァロニアが呼ぶお父様とお母様とは誰だ。
 あの系図を見て、アヴァロニアの出生年を見て。お父様とお母様になれる竜種は――。


(ああ、マイアサウラとスキピオニクスは――我が子達は兄弟で番ったのか――)


 グレングリーズの死後、この世界にただ二頭残された兄弟。
 種の終焉。
 命尽きる前に、種を残したい本能が働いたのか。
 番って、卵を産んだのだ。


 ――『さびしい、さびしいよ。ひとりはさびしい。どうして、アンフェールは生まれてくれなかったの?』


 アヴァロニアは毛布にくるまり、胎児のように膝を抱えて丸くなっている。
 すんすんと泣きながら、寂しさを訴えている。
 国王は幼体相手だというのに手加減が無かった。根本まで沈めて、奥深くを抉っていた。
 そのダメージでぐったりする様子は、赤い目も相まって手負いのウサギのようだった。
 本当に憐れで、精霊が『かわいそう』という気持ちが分かる。

 手を差し伸べ孤独から引き揚げてやりたかった。
 アンフェールの心に、そんな気持ちが湧いてくる。
 アヴァロニアもアンフェールを呼んでいる。

 彼が口にした、生まれなかった『アンフェール』――それは。

(そうか……我が子らが産んだ卵は二つあったのか。
 『アヴァロニア』は孵り『アンフェール』は孵らなかった。
 あの竜種再生の計画はただ、孵化しなかった卵を孵すものだったのか。
 しかし『アンフェール』の名が計画名じゃなく、ちゃんと名前だったとは。アヴァロニアは私の兄なのだ)

 十三歳で出産し、死んでしまった兄。
 性成熟が起こり始めてすぐに妊娠してしまったんだろう。見えたビジョンから判断するに、幼体期から性処理に利用されていた事が伺える。

 アヴァロニアは美しい子だ。
 アンフェールと色違いの同じ姿であれど、印象は違う。
 どこか弱弱しく孤独の翳を宿した瞳は、雄を煽りやすかったのかもしれない。

(私のような太々しさがアヴァロニアにあれば……言ってもしょうがないか。終わった事だ。
 ……ミセス・ガーベラはアヴァロニアの孫だ。私にとっては姪孫か。グレンより余程孫度の高い続柄なんだな。
 それを知っても、あの女の事をちっとも可愛いと思わないんだが)


 アンフェールがグレンを可愛いと思うのは『子孫』というより『番』の要素の方が大きいのだと再認識した。

 グレンは特別に可愛いのだ。

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