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隠れ家――アンフェールとグレン3
アンフェールと料理とグレンの悪夢
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アンフェールとグレンは、隠れ家の外にある調理場に並んで立っている。
台の上には下ごしらえ待ちの洗った野菜が並んでいる。
グレンは大分手際が良くなってきた。最初は酷いものだったが。
――最初の時点の話をしよう。
とりあえず包丁を渡した所、彼はじっとそれを見つめてから「よし」と何事か気合を入れてから柄を握った。
何がよしなのかは分からない。
彼の握る包丁は、どう見ても何かを刺しに行く構えだ。
しかしこれからするのはカチコミではなく料理だ。
アンフェールはポカンとした後、苦笑いした。
「グレン、持ち方が違うよ。こう」
「……なるほど」
グレンに持ち方の見本を見せた後、彼の手を正しい持ち方に整えてあげる。
グレンはなるほど、とふむふむ頷きなから具材のイモを握った。
イモだ。
皮剥きをするなんて高度な事が出来る気がしない。手まで剥きそうだ。アンフェールは青くなった。
「グレン、とりあえず皮を剥くの見せるから」
「最初に皮を剥くのか?」
「え、どういう順番を考えてたの?」
イモの調理手順で皮むきより前にする事が思い当たらない。
聞けばどうやら、切ってから皮を剥くタイプのフルーツを思い描いたらしい。日頃、目にする皮剥きはフルーツぐらいのようだ。
それはそうか。厨房になんて入らないだろうし。
アンフェールはグレンの調理知識が想像以上に無い事を理解した。
「すごい……!」
アンフェールがクルクルとイモの皮を剥くと、グレンは魔法でも見るかのように目を輝かせた。
この位で、とは思うがグレンは初めて見たのだろう。
「で、切るときはネコさんの手でおさえてね」
「ネコさんの手……」
アンフェールはネコさんの手を見せる為に、グレンの前で手をネコさんにした。
にゃんだ。
グレンは「可愛い……」と呟き頬を染めている。
アンフェールは真面目な話なので真面目な顔をして、イモにネコさんの手を置いた。シチューサイズにイモを切る。
「……で、この位の大きさに切るんだ。煮るとイモは溶けるから大きめでいいよ」
「分かった」
見本を提示すれば、こくり、と真剣な顔でグレンが頷いた。
二人は真剣なのだ。
しかし皮剥きは想像通りおぼつかなかった。
グレンは何度も手を剥きそうになり、アンフェールはそのヒヤヒヤ感に耐えられなかった。
なので、アンフェールが皮剥き係になり、グレンは具材を切る係になった。
グレンはくるくる皮剥きをマスターしたかったのか、不満げだったけれど仕方ない。
料理の道は一日にしてならずなのだ。
――そして、今である。
「くるくる皮剥きをしたいのだ」
したいのだ、と要求されてしまった。
「大分、包丁にも慣れてきた。もう行けるのではないのか、と手ごたえを感じている」
「えぇ……」
グレンは自信満々だ。根拠は分からない。
乱切りと皮剥きでは包丁のスキルレベルに大分格差がある。
一緒に作業するなかで、アンフェールが皮剥きする様子をじーっと見ていたのは知っているが。
(……過保護は良くないか。何事も経験だし、経験させてグレンを成長させようと決めたじゃないか)
「うん。じゃあ、やってみようか」
「ありがとう! アンフェール」
アンフェールは皮剥きのコツを口頭で教えながら、目の前で剥く様子も改めて見せた。
グレンはアンフェールのように完全につながったくるくる皮剥きは出来なかったけれど、『イモの皮を剥く』というゴールには達せるようになった。
皮はちょっと厚いし、時間もかかるけど。
それも経験なのだ。何度も熟すうちに上手くなっていくだろう。
しばらく様子を見て問題ないと判断し、アンフェールは自分の作業に戻った。
二人、延々とイモの皮を剥く。
………………
…………
……
ふいに血の匂いがした。
アンフェールは作業していた手を止め、慌てて顔を上げた。
そこには手からダラダラと血を流し、困ったような顔で傷口を見ているグレンがいた。
「わー!」
「ああ、アンフェール。切れてしまったみたいだ」
「みたいだ、じゃないよ『――回復――』!!」
アンフェールは慌てて回復魔術を使った。
血の匂いで気がついた、が。
それ以外、声なり動きなりに変化を感じられなかった。
普通は何かしら反応をするだろう。『いたっ!』とか声を上げてもおかしくない程ザックリいっていた。
なんで黙って傷口を眺めていたんだろう。
アンフェールはグレンの反応を訝しんだ。
「いたくなかった?」
「ああ、痛覚はちゃんとあるよ。だから痛いんだ」
グレンは穏やかに笑っている。
(――なんだ?)
違和感しかない。
痛いなら、なんで傷に対して反応が薄いのか。
『自動回復』の話は聞いているけれど、治るとはいえ痛いのは嫌だろう。
痛みに対する適度な恐怖は健全な反応だ。
過剰に痛みに恐怖する、もしくは無反応でいるのはどこか異常が起きてるって事だ。
「グレンは……」
「ごめん、アンフェール。心配したんだね。大丈夫。傷は慣れているし、放っておけばくっつくんだ」
「くっつくっていっても……」
グレンは困ったような顔をしている。
これは、心の闇というやつだろうか。
前に『自動回復』なんて能力が発現する環境ってどんなだ、とは思っていたが。
頻繁に傷を作る事があると言っていたし、傷が出来ても『治癒』を受けられない事もあった言っていた。
王子なのに。
ぞわり、と。
アンフェールは怒りで総毛立った。
グレンが王城で命を狙われることもある、とは聞いていた話ではあった。
事実は認識していたはずなのに。
おかしな反応をするグレンを目の当たりにして強く実感が湧き、感情が爆発してしまった。
番が傷つけられている。それは我慢がならない事だ。
まだ幼体故に番の認識は薄いけれど、本能は確実に揺さぶられている。
グレンを害する人間がいるなら縊り殺してやりたいと、アンフェールは激情に滾った。
「だれがグレンを傷つけるの?」
「アンフェール?」
アンフェールの声は『威圧』を纏っている。
自覚的でない、自然な能力の発露だった。
グレンはその圧に圧されたように、身を震わせる。
「ぼくはグレンを傷つける人間を許せない」
「アンフェール……」
グレンは宥める様にアンフェールを抱きしめた。
「……怒ってくれてありがとう。でも私を傷つけた相手はもういないんだ。ギュンターが守ってくれた。彼から『二度と私の前に現れる事は無い』と言われている」
相手はもういないのか。
そう理解すると同時にアンフェールの纏った威圧は消えた。
かといって不快感が消えたわけじゃない。アンフェールは顔を顰め、舌打ちする。
抱きしめられている分、今のアンフェールの凶悪な相貌はグレンからは見えない。
そう言えば離宮に入ってすぐの頃、使用人宿舎でのギュンターと文官ティモの会話を盗み聞いた。
その時は意味が分からなかった『女の遺骸を損壊した』という物騒な話。
あれはグレンを害した相手の末路だろうか。
違うかもしれないが、あれだけグレンに肩入れしているギュンターなら、犯人には相応の末路を用意してくれたと思う。
(身体の傷はない。裸のグレンは何度も見ているが、傷一つない美しい肌だ。残っているのは心の傷か。魔術で癒せない、厄介な傷だ)
心の防御反応として、害されるうちに、傷に対して何も感じないように『蓋』をするようになったのだろう。
それは治そうと思ってすぐに治るものでは無い。治るかも分からない。
ううむ、とアンフェールは唸った。
出来る事は周囲が気持ちに寄り添う事なのだ。
こんな怪しい『秘密の友達』にグレンを預けることを許す王城側が不可解だったけれど、グレンの心的外傷の治癒に良いと判断されたからかもしれない。
◇◇◇
美味しいシチューをメインに夕食を楽しんだ後、いつも通り魔力循環をしてから眠りについた。
いつも、すやすやと安らかに眠るグレンだったが、この日は違った。
苦しそうな声を聞き、アンフェールは目を覚ました。
「う……うぅ」
(魘されてる? ……悪い夢を見ているのか?)
グレンは目を固く瞑り、眉間にしわを寄せながら苦し気に喘いでいる。
熱があるのか、とアンフェールは彼の額にそっと手を当てる。脂汗が滲んでいるのか、触れればじっとりとしていた。
急に、びくり、とグレンの身体が跳ねた。
「ひ……ごめんなさ、い……ごめんなさい……」
弱弱しい、震える声で何度も謝罪の言葉を繰り返している。
様子がおかしい。呼吸が乱れている。これは良くない。
アンフェールは慌ててグレンの身体を揺すった。
「グレン、グレン」
「……っ!」
呼びかけるとグレンはカッと目を見開きガバリと飛び起きた。首を左右に振り、周囲を確認した後、ゆっくりとアンフェールの方に振り向く。
青白い顔で、光の薄い昏い目で。
夢の余韻からゆっくり抜け出したのか、徐々にグレンの肩の力が抜けていく。
何かを振り払うように首を振って、グレンは口を開いた。
「アンフェール……」
かさついた声だった。
水を持ってくる旨を伝えて、アンフェールはベッドから降りる。
水……鎮静効果のあるハーブティーの方が良いだろうか。身体が熱っぽかったし、冷たいハーブティーを作ろう。
精霊たちが協力してくれて癒しのスペシャルブレンドが出来上がった。
お茶だよ、と言って差し出すと、グレンは目元を和らげて飲んでくれた。
「起こしちゃってごめんね。うなされてたから」
「……いや、ありがとう。怖い夢を見ていたんだ。夢にまで見るのは久しぶりで……日中傷を見たせいかな」
薄暗い部屋のせいか、グレンの目元は落ち窪んで見える。
憔悴している。
ボロボロになった彼の心を、すぐさま治してあげられたら良いのに。
アンフェールの胸は張り裂けそうに痛んだ。
「大丈夫だよ。グレン。グレンを傷つける人がいたら、ぼくがやっつけてあげるから」
「……ふふ。精霊に守って貰えるなんて、頼もしいな」
アンフェールがファイティングポーズをとると、グレンは僅かに笑ってくれた。
励ますしか出来ないのが、とてももどかしい。
「おやすみ、グレン」
「おやすみ、アンフェール」
おやすみのキスをして、二人またベッドに横たわる。
アンフェールは、グレンが寝落ちるまでじっと見守った。
(……グレンを守りたい。情報が必要だな)
台の上には下ごしらえ待ちの洗った野菜が並んでいる。
グレンは大分手際が良くなってきた。最初は酷いものだったが。
――最初の時点の話をしよう。
とりあえず包丁を渡した所、彼はじっとそれを見つめてから「よし」と何事か気合を入れてから柄を握った。
何がよしなのかは分からない。
彼の握る包丁は、どう見ても何かを刺しに行く構えだ。
しかしこれからするのはカチコミではなく料理だ。
アンフェールはポカンとした後、苦笑いした。
「グレン、持ち方が違うよ。こう」
「……なるほど」
グレンに持ち方の見本を見せた後、彼の手を正しい持ち方に整えてあげる。
グレンはなるほど、とふむふむ頷きなから具材のイモを握った。
イモだ。
皮剥きをするなんて高度な事が出来る気がしない。手まで剥きそうだ。アンフェールは青くなった。
「グレン、とりあえず皮を剥くの見せるから」
「最初に皮を剥くのか?」
「え、どういう順番を考えてたの?」
イモの調理手順で皮むきより前にする事が思い当たらない。
聞けばどうやら、切ってから皮を剥くタイプのフルーツを思い描いたらしい。日頃、目にする皮剥きはフルーツぐらいのようだ。
それはそうか。厨房になんて入らないだろうし。
アンフェールはグレンの調理知識が想像以上に無い事を理解した。
「すごい……!」
アンフェールがクルクルとイモの皮を剥くと、グレンは魔法でも見るかのように目を輝かせた。
この位で、とは思うがグレンは初めて見たのだろう。
「で、切るときはネコさんの手でおさえてね」
「ネコさんの手……」
アンフェールはネコさんの手を見せる為に、グレンの前で手をネコさんにした。
にゃんだ。
グレンは「可愛い……」と呟き頬を染めている。
アンフェールは真面目な話なので真面目な顔をして、イモにネコさんの手を置いた。シチューサイズにイモを切る。
「……で、この位の大きさに切るんだ。煮るとイモは溶けるから大きめでいいよ」
「分かった」
見本を提示すれば、こくり、と真剣な顔でグレンが頷いた。
二人は真剣なのだ。
しかし皮剥きは想像通りおぼつかなかった。
グレンは何度も手を剥きそうになり、アンフェールはそのヒヤヒヤ感に耐えられなかった。
なので、アンフェールが皮剥き係になり、グレンは具材を切る係になった。
グレンはくるくる皮剥きをマスターしたかったのか、不満げだったけれど仕方ない。
料理の道は一日にしてならずなのだ。
――そして、今である。
「くるくる皮剥きをしたいのだ」
したいのだ、と要求されてしまった。
「大分、包丁にも慣れてきた。もう行けるのではないのか、と手ごたえを感じている」
「えぇ……」
グレンは自信満々だ。根拠は分からない。
乱切りと皮剥きでは包丁のスキルレベルに大分格差がある。
一緒に作業するなかで、アンフェールが皮剥きする様子をじーっと見ていたのは知っているが。
(……過保護は良くないか。何事も経験だし、経験させてグレンを成長させようと決めたじゃないか)
「うん。じゃあ、やってみようか」
「ありがとう! アンフェール」
アンフェールは皮剥きのコツを口頭で教えながら、目の前で剥く様子も改めて見せた。
グレンはアンフェールのように完全につながったくるくる皮剥きは出来なかったけれど、『イモの皮を剥く』というゴールには達せるようになった。
皮はちょっと厚いし、時間もかかるけど。
それも経験なのだ。何度も熟すうちに上手くなっていくだろう。
しばらく様子を見て問題ないと判断し、アンフェールは自分の作業に戻った。
二人、延々とイモの皮を剥く。
………………
…………
……
ふいに血の匂いがした。
アンフェールは作業していた手を止め、慌てて顔を上げた。
そこには手からダラダラと血を流し、困ったような顔で傷口を見ているグレンがいた。
「わー!」
「ああ、アンフェール。切れてしまったみたいだ」
「みたいだ、じゃないよ『――回復――』!!」
アンフェールは慌てて回復魔術を使った。
血の匂いで気がついた、が。
それ以外、声なり動きなりに変化を感じられなかった。
普通は何かしら反応をするだろう。『いたっ!』とか声を上げてもおかしくない程ザックリいっていた。
なんで黙って傷口を眺めていたんだろう。
アンフェールはグレンの反応を訝しんだ。
「いたくなかった?」
「ああ、痛覚はちゃんとあるよ。だから痛いんだ」
グレンは穏やかに笑っている。
(――なんだ?)
違和感しかない。
痛いなら、なんで傷に対して反応が薄いのか。
『自動回復』の話は聞いているけれど、治るとはいえ痛いのは嫌だろう。
痛みに対する適度な恐怖は健全な反応だ。
過剰に痛みに恐怖する、もしくは無反応でいるのはどこか異常が起きてるって事だ。
「グレンは……」
「ごめん、アンフェール。心配したんだね。大丈夫。傷は慣れているし、放っておけばくっつくんだ」
「くっつくっていっても……」
グレンは困ったような顔をしている。
これは、心の闇というやつだろうか。
前に『自動回復』なんて能力が発現する環境ってどんなだ、とは思っていたが。
頻繁に傷を作る事があると言っていたし、傷が出来ても『治癒』を受けられない事もあった言っていた。
王子なのに。
ぞわり、と。
アンフェールは怒りで総毛立った。
グレンが王城で命を狙われることもある、とは聞いていた話ではあった。
事実は認識していたはずなのに。
おかしな反応をするグレンを目の当たりにして強く実感が湧き、感情が爆発してしまった。
番が傷つけられている。それは我慢がならない事だ。
まだ幼体故に番の認識は薄いけれど、本能は確実に揺さぶられている。
グレンを害する人間がいるなら縊り殺してやりたいと、アンフェールは激情に滾った。
「だれがグレンを傷つけるの?」
「アンフェール?」
アンフェールの声は『威圧』を纏っている。
自覚的でない、自然な能力の発露だった。
グレンはその圧に圧されたように、身を震わせる。
「ぼくはグレンを傷つける人間を許せない」
「アンフェール……」
グレンは宥める様にアンフェールを抱きしめた。
「……怒ってくれてありがとう。でも私を傷つけた相手はもういないんだ。ギュンターが守ってくれた。彼から『二度と私の前に現れる事は無い』と言われている」
相手はもういないのか。
そう理解すると同時にアンフェールの纏った威圧は消えた。
かといって不快感が消えたわけじゃない。アンフェールは顔を顰め、舌打ちする。
抱きしめられている分、今のアンフェールの凶悪な相貌はグレンからは見えない。
そう言えば離宮に入ってすぐの頃、使用人宿舎でのギュンターと文官ティモの会話を盗み聞いた。
その時は意味が分からなかった『女の遺骸を損壊した』という物騒な話。
あれはグレンを害した相手の末路だろうか。
違うかもしれないが、あれだけグレンに肩入れしているギュンターなら、犯人には相応の末路を用意してくれたと思う。
(身体の傷はない。裸のグレンは何度も見ているが、傷一つない美しい肌だ。残っているのは心の傷か。魔術で癒せない、厄介な傷だ)
心の防御反応として、害されるうちに、傷に対して何も感じないように『蓋』をするようになったのだろう。
それは治そうと思ってすぐに治るものでは無い。治るかも分からない。
ううむ、とアンフェールは唸った。
出来る事は周囲が気持ちに寄り添う事なのだ。
こんな怪しい『秘密の友達』にグレンを預けることを許す王城側が不可解だったけれど、グレンの心的外傷の治癒に良いと判断されたからかもしれない。
◇◇◇
美味しいシチューをメインに夕食を楽しんだ後、いつも通り魔力循環をしてから眠りについた。
いつも、すやすやと安らかに眠るグレンだったが、この日は違った。
苦しそうな声を聞き、アンフェールは目を覚ました。
「う……うぅ」
(魘されてる? ……悪い夢を見ているのか?)
グレンは目を固く瞑り、眉間にしわを寄せながら苦し気に喘いでいる。
熱があるのか、とアンフェールは彼の額にそっと手を当てる。脂汗が滲んでいるのか、触れればじっとりとしていた。
急に、びくり、とグレンの身体が跳ねた。
「ひ……ごめんなさ、い……ごめんなさい……」
弱弱しい、震える声で何度も謝罪の言葉を繰り返している。
様子がおかしい。呼吸が乱れている。これは良くない。
アンフェールは慌ててグレンの身体を揺すった。
「グレン、グレン」
「……っ!」
呼びかけるとグレンはカッと目を見開きガバリと飛び起きた。首を左右に振り、周囲を確認した後、ゆっくりとアンフェールの方に振り向く。
青白い顔で、光の薄い昏い目で。
夢の余韻からゆっくり抜け出したのか、徐々にグレンの肩の力が抜けていく。
何かを振り払うように首を振って、グレンは口を開いた。
「アンフェール……」
かさついた声だった。
水を持ってくる旨を伝えて、アンフェールはベッドから降りる。
水……鎮静効果のあるハーブティーの方が良いだろうか。身体が熱っぽかったし、冷たいハーブティーを作ろう。
精霊たちが協力してくれて癒しのスペシャルブレンドが出来上がった。
お茶だよ、と言って差し出すと、グレンは目元を和らげて飲んでくれた。
「起こしちゃってごめんね。うなされてたから」
「……いや、ありがとう。怖い夢を見ていたんだ。夢にまで見るのは久しぶりで……日中傷を見たせいかな」
薄暗い部屋のせいか、グレンの目元は落ち窪んで見える。
憔悴している。
ボロボロになった彼の心を、すぐさま治してあげられたら良いのに。
アンフェールの胸は張り裂けそうに痛んだ。
「大丈夫だよ。グレン。グレンを傷つける人がいたら、ぼくがやっつけてあげるから」
「……ふふ。精霊に守って貰えるなんて、頼もしいな」
アンフェールがファイティングポーズをとると、グレンは僅かに笑ってくれた。
励ますしか出来ないのが、とてももどかしい。
「おやすみ、グレン」
「おやすみ、アンフェール」
おやすみのキスをして、二人またベッドに横たわる。
アンフェールは、グレンが寝落ちるまでじっと見守った。
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