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隠れ家――アンフェールとグレン2

アンフェールと知らない守護竜

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 アンフェールとグレンは向かい合い、床に置いたクッションに座っている。
 竜種否定派アンチ・ドラゴニアンの手記、及び回収騒ぎの話の続きだ。

 アンフェールは自分の死後のグレングリーズがどう生きたかを知りたかった。歴史書ではいまいち形式ばっていて分からない。
 その点、竜種否定派アンチ・ドラゴニアンの手記は良さそうだ。
 勿論、目線はアンチ目線ではあるからボロクソに書かれているのは察している。読んだら気分も悪くなるだろう。
 それでもそこから、歴史書に載らない、お綺麗でないグレングリーズの真実も読み取れると思うのだ。

「その手記は読めないの? 読んでみたいんだけど」
「城の禁書庫から出せないんだって。私もその場で読んだんだ」
「そっか……」

(禁書庫か。それだけ聞ければ十分だ。場所は精霊に聞けば分かるだろうし、手記の位置も同様だ。夜間忍び込もうか)

 アンフェールは盗み見る算段を立てる。
 嫌でしょうがない城であっても、行くことに決めた。グレングリーズがしてくれたことに比べたら何でもない事だ。彼はもっと凄い敵地へ乗り込んだのだ。
 赤ちゃんに出来て、王に出来ない事は無いのだ。
 グレングリーズがアンフェールの為に動いたというなら、番だった者として、それを知る義務がある。彼の頑張りを理解したかった。

「手記は……竜種否定派アンチ・ドラゴニアン目線のものだからね」
「やっぱ、悪口みたいなの?」
「うん。……一応全文目を通したけど、読んであまり気分のいいものではなかったよ。グレングリーズ様が成さった事を悪しざまに言うものばかりで。
 飛空船の抹消に関しても『焚き書した上に、人間の文化を破壊した』といったような事が書かれていてね。……もっと、汚い言葉で書かれていたけれど」

 余程内容的に嫌な事が書いてあったのか、グレンは顔を顰めていた。

「グレンは、グレングリーズ……さんが好きなの?」
「王家にはグレングリーズ様の血が入っているからね。身内を罵倒されている様に感じてしまうんだ」

 そう言ってグレンは眉を寄せながら困ったように笑った。
 グレンは自分の源流であるグレングリーズを家族と思ってくれているのだ。
 身内の立場で手記を読み、怒ってくれるのは、味方でいてくれていると実感できて嬉しかった。

 立ち上がってグレンの頭をギュッと抱き、いいこいいこと撫で撫でする。

(やはり私の子孫まごは可愛い……)

「アンフェール?」
「うん。グレングリーズ……さんも、グレンにそう思って貰えて嬉しいと思う」

 腕の中のグレンがピクっとなる。どんな顔をしているのか気になって、腕を緩めて覗き込むと、頬がポッと赤くなっていた。

「そうかな。そうだといいな。とても、尊敬しているから。
 彼が守護竜になってからこの国は他国と一度も戦争していないんだよ。前王朝は周りから奪う事ばかりしていたけれど、グレングリーズ様はそれを良しとしなかったんだ。
 造る事を大切にされて、周囲から奪わなくてもやっていけるように国のシステムを作り替えたんだ。未だに、それが生きている」

 グレンは夢見るような、キラキラしい瞳でグレングリーズの事を語った。声は弾んでいるし、熱っぽいし、若干早口だ。グレンにとっては憧れの存在らしい。
 しかし、狩りすら出来なかった赤ちゃんが国のシステムの根幹を作った、というのはにわかに信じがたい。

 グレンは、グレングリーズの逸話を他にも並べてくれたが、物語の英雄譚でも聞いているかのようで、まるで現実感が無かった。
 長話になりそうなので、アンフェールは再びペタンと座った。
 アンフェールの知っているグレングリーズと同一竜なのか、疑問が湧くくらいだ。
 絵本『ヴィシュニアのおうさま』に乗っていた姿絵は、アンフェールの知っているグレングリーズの顔だったし、本人で間違いないんだけど。

(……子供の成長は早い、という事か? 確かに私が狩りやら料理やら魔術やら色々教えはしたが……それもほんの短い期間だ。なんだか、知らない竜の話を聞いているように感じるな)

「国名も前王朝から変わっていないんだ。名を奪うのは王朝交代では当たり前の事なのに。それさえもグレングリーズ様はなさらなかった」
「……彼は奪われる苦しみを知っているから」

 緩んでいたのか、思わず口からポロリと出てしまった。アンフェールは慌てて口をつぐんだ。でももう遅い。
 ぱっちりと目を開いたグレンと視線が合う。

「……やはり、アンフェールはグレングリーズ様を知っているのだろうか。以前も姿絵を見て泣いていた」
「……」

 グレンは真剣な表情をしている。アンフェールは何の言葉も返せない。
 しばし、無言で見つめ合う。
 冷や汗が出た。
 とはいえアンフェールはグレンの語る『立派なグレングリーズ』を知らない。
 アンフェールが知っているのは狩りも出来なく、お腹をすかせた、頼りないグレングリーズ。守るべき赤ちゃんだ。

「……知らないよ。この国の守護竜の事は何も知らないんだ。……だから、知りたい」
「……そうか」

 グレンはそれ以上追求してこなかった。




竜種否定派アンチ・ドラゴニアンは前王朝から存在したらしいけれど、組織が形として定まったのは現王朝……グレングリーズ様が守護竜になってからなんだ。内情は反グレングリーズ派なんだよ」
「そうなんだ」

 竜種否定派アンチ・ドラゴニアンは、どうでもいい知らない団体という認識だったけれど、グレングリーズの事を嫌ってる団体なら話は別だ。敵性団体だ。

「『そらとぶおふね』の作者は竜種否定派アンチ・ドラゴニアンに傾倒していてね。どこで手記の内容を聞き付けたか、竜種の隠したい情報を公にする目的で飛空船を使った作品を描いたらしいんだ」
「へえぇ……夢いっぱいの内容だったのに。出版動機は俗っぽいんだね」
「はは、そうだね」

 馬鹿にした様に言うアンフェールに、グレンも苦笑いしながら応える。

「飛空船に関する出版物の破棄って未だに有効なの?」
「ああ。だから飛空船に触れた内容は一切出版されないんだ。城の書庫に一冊も無い理由もそれだね。
 その『りゅうのおふね』は絵本だから気がつかれなかったのか、出版まで漕ぎつけてしまった。で、流通の時点で見つかって回収騒ぎが起こったんだ」

 なるほど。絵本の回収騒ぎというのはそれでか、とアンフェールは納得した。

 手元の絵本を何気なしにパラパラめくる。
 こんなに可愛くて夢いっぱいなのに、政治宣伝プロパガンダのようなものだったとは。夢の裏側を見ると興覚めするな、と嘲るように息を吐いた。
 人間の社会で、子供向けの本にそう言った要素を混ぜる手法は昔からある。子供の頃に得た価値観は思想の根底を作るからだ。『教育』の基本だ。

 作者の出版動機は『竜種が伏せたがることを公にしたい』という事だけだったのかもしれない。

 けれど、この内容が流通して広く親しまれなくて良かったと、アンフェールはつくづく思う。
 この絵本を読んだら、将来飛空船を作りたいと、研究の道を目指す子供が増えたと思う。裏の思惑はどうあれ、本の出来自体は凄く良かった。
 夢見る子供の母数が増えれば増える程、飛空船が空を飛ぶ未来の実現が夢物語でなくなっていく。
 一度技術的に成功している訳で、再び完成してもおかしくないのだ。

 飛空船の実現は、人間にとってはとても良い事だ。便利な社会になる訳で。
 都合が悪いのはアンフェールだけなのだ。
 だからと言って数の原理で折れて、竜種を滅ぼした船を許容する事は出来ない。

 竜種否定派アンチ・ドラゴニアンは竜種に人間の文明の刷新を邪魔されていると感じているだろう。
 アンフェールの存在がイレギュラーなだけで、本来竜種はもう絶滅している。
 絶滅した種の遺志で文明の萌芽を踏みつぶされているなんて、苦々しく思っているに違いない。

 飛空船が出来れば移動速度は飛躍的に上がる。
 より遠くの国々と頻繁に交易が可能になる。
 人も物も金も動く。


 世界が変わる、夢のある話だ――人間にとっては。
 

「『飛空船に関する事を一切破棄する』っていうのがグレングリーズ様と国の契約だったから。私が話した『手記』も弟の誘拐に関する捜査が終了したら破棄されるらしい。
 グレングリーズ様が没して長いけれど、契約は未だに守られているんだね」


(グレングリーズ……)


 アンフェールは目を閉じ、もう会えない前世の番を思い描く。
 優しい、素朴な笑顔。


 今も尚、グレングリーズによってアンフェールの望みは叶えられ続けているのだ。
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