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隠れ家――アンフェールとグレン2
アンフェールとお泊りと狩り
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(なんでだ……)
目の前でグレンがニコニコしながらアンフェールの淹れたハーブティーを飲んでいる。
あれから一週間。グレンはお泊りにやって来た。しかも外泊許可も取ってきたらしい。アンフェールは頭を抱えた。
(何故許可が出たのだ。グレンは王子だろう……! どこぞの誰か分からない相手の家に泊まらせて、一人にするなど……。もしや城で大切にされていないのか?)
「ど、どうして大丈夫だったの? お城の人、心配しない?」
「通信の魔道具があるんだ。定時声を聞かせれば良いという話になった」
「魔道具」
一応魔道具を見せてもらう。本当に通信機能しかないものだった。位置を特定したりする機能は入っていない。
「……怖がらせてしまうかと思って言っていなかったのだが、私はかなり強いのだ。だから護衛なく遠乗りも許されている」
「え」
「魔力が低い代わりなのかもしれないな。力が強く、身体の回復能力も高い。『自動回復』と呼んでいる。これは幼い頃発現した力なのだが」
グレンは『自動回復』について教えてくれた。
彼は幼少時代、頻繁に大きな怪我をする事があったそうだ。それはとても痛く、苦しいものだったという。
辛さから逃れるために『治れ、治れ』と強く念じていたら、ある日傷口が勝手に塞がる事に気がついたんだそうだ。
グレンは、怪我をしても『治癒』で治療されていたが、たまに『治癒』を受けられない日もあった。そんな日に、『自動回復』に気付いたのだという。
『治癒』を掛けていた人間は、それを『他の者が治療したのだろう』と流したため、不自然に思われなかったそうだ。
だからこの能力はごくごく一部の人間しか知らないのだ、と言ってグレンは笑った。
「治癒と違って、すぐにくっつく訳じゃないけどね。気絶して意識が無くても、勝手に治るんだ。力の方は、いつのまにか強くなっていた感じだから、何故強くなったのか分からないけれど。ふふ、ビックリするかもしれないね。大きな丸太でも軽々持てるんだよ。強くなりたいって一杯願ったからかな」
アンフェールはポカンとした。
そしてすぐに思考する。
『自動回復』と呼ばれる能力に心当たりがあった。
古代竜時代、アンフェールは身体が傷ついてもすぐに治っていた。特に魔術を使った訳でも無く、精霊の助けも借りずにだ。
これは全ての竜種に備わった力ではなかった。
竜種は色により得意な魔術の系統が違った。赤竜は火が得意。青竜は水が得意。そんな感じだ。
黄金竜であるアンフェールは光が得意だった。治癒などは光の系統の魔術だ。おそらくその影響で保持している能力なのだろう、と思っていた。
あまりその力に対して詳しい考察は出来ていない。谷に黄金竜はアンフェールしかいなかったし、長く生きた中で他の黄金竜に一度も出会った事が無いからだ。
グレンにはアンフェールの血が流れている。先祖返りではないが、必要に駆られて発現した能力じゃないかと思うのだ。
王子という身分でありながら、そんな能力が必要になる環境に置かれていた、という点が非常に気になる。
自己肯定感の低さといい、グレンの城での立場や人間関係が気になった。
可愛い子孫だ。出来るだけ支えてあげたい。アンフェールの祖先心が疼いた。
長考するアンフェールの様子に、グレンは眉を下げて不安そうな顔をしていた。
「……やっぱり、怖かったり、気持ち悪かったりするだろうか?」
グレンの顔に影が落ちる。アンフェールは慌てた。
「ううん! 全然そんなこと思わないよ! それにほら。ぼくだって、人間と違う部分がいっぱいあるし!」
アンフェールは強く主張した。
グレンはホッとしたように表情を緩めた。
「そうか、精霊だものな」
「うん」
「嬉しい。アンフェール。私は人と違う身体が恐ろしかったから。身体の事を知られたら怖がられるだろうかと、いつも不安だったんだ」
そう言われるとアンフェールも微妙な気持ちになる。
そもそもその能力はアンフェール由来に違いない。それをそこまで恐れられると、アンフェール自身が怖がられているんじゃ、と思えてしょんぼりしてしまうのだ。
グレンにそんな気が無いのは分かっているのだが。
アンフェールはグレンにその力をポジティブに受けとめて欲しかった。
「怖くなんて無いよ。だって、グレンは優しいもの」
「えっ……」
「優しい人が強い力を持っていたら、それは『頼もしい』っていうんだよ」
『力』なんて道具だ。使う人の人間性でいくらでも意味合いが変わるのだ。それをグレンに分かって欲しかった。
「……ありがとう。頼もしい、か」
「うん、頼もしいよ!」
グレンはアンフェールの言葉に、知見を得たというように目をパッチリさせた後、ふんわり微笑んでくれた。
少しでも捉え方を変えてもらえたら、アンフェールは嬉しいと思う。
◇◇◇
アンフェールの放った矢は風を切り裂いて飛び、吸い込まれるように猪の首に刺さった。
アンフェールは今、精霊の普段の生活として、矢を使い狩りをする様子をグレンに見せている。
この弓矢はアンフェール自作の品だ。
離宮には猟銃もあったけれど、弓矢の方が精霊っぽいだろうとこちらをチョイスした。演出に相応しい小道具を選ぶのは大事だ。
矢を飛ばすのも、精霊が協力してくれる。
アンフェールは狩りの際は精霊の力も借りるし、魔術も使うのだ。
竜種は竜型であれば『竜声』で狩猟する。
竜声とは振動と威圧を使う衝撃波だ。余程耐性が無ければ生物は意識を保てなくなる。竜種は狩りをする時それを使い、気絶した獲物を食べる。
アンフェールは好んで人型を取っていたので、 古代竜時代から魔術を使った狩りは得意だった。
「凄いな。あんな小さな矢が一本当たっただけなのに、動かなくなってしまった……」
足元には猪が転がっている。精霊が教えてくれた獲物はかなりの大型だった。凍らせれば数日狩りの必要は無くなりそうだ、とアンフェールはニッコリする。
「矢じりに魔術付与したんだ。『睡眠』と『麻痺』だよ。だから直ぐに動かなくなったんだ」
その後、アンフェールは手際よくナイフで猪を仕留め、吊るして内臓を処理し、持ち帰って川に猪を晒した。血抜きだ。
グレンはそれを一部始終見て目を白黒させていた。
精霊がニコニコ笑いながら獲物を解体する様子が頭の中で処理しきれなかったのかもしれない。
アンフェールは考えた。ずっと気になっていたグレンの心の問題だ。彼の心には何かしら傷があり、くたくたに萎れているのだろう。だから自己肯定感が低いのだ。
祖先として、してやれる事なんて『生き抜いていく強さを伝える』位なものだ。強い先達の背中を見せるのだ。
(過去はもう、どうしようもないからな。これからどう生きるか、だ)
アンフェールは前世、子供達に何かを教えることなく死んでしまった。
だからしてやりたかった事を、子孫に対してしようと思ったのだ。
それはアンフェールの心の寂しさに対しても癒しになるはずだ。
「三時間くらいつけてれば臭みも消えるかな」
「あ、ああ……」
猪は血抜き中なので、その間お喋りするのにいつもの野外テーブル席に座っている。グレンの好きなオレンジジュースを提供し、二人で飲んでいる。
労働の後のジュースは美味しい。
「どうしたの? グレン」
「その、精霊も猟をして捌いて食べるんだな……」
「食べるよ。ごはんは大事だよ」
「そうか。……なにか、こう、自然のエネルギーを摂取して生きているものなのかと」
グレンは何故か遠い目をしている。
彼の夢見る精霊像じゃないかもしれないけれど、ふわふわしてたら男の強さを子孫に教えられない。アンフェールはグレンに強さを教えたかった。
グレンの考える精霊像は実際、精霊としては合っている。精霊は食事をしない。自然のエネルギーや契約者の魔力を摂取して生きている。
でもアンフェールは精霊じゃないし、食事は普通に食べる。肉が特に好きだ。
「これから泊りに来るなら猟や料理を一緒にしよ? 上手になるまで教えてあげる。……そうだ! グレンはフェンリルに憧れていたよね。彼は果樹を育てているんだ。そのうち果物を分けてもらいに行こう。収穫は楽しいよ」
「本当か?!」
そう言ってグレンは顔を輝かせた。喜ぶグレンの顔に、フェンリルに対してちょびっとだけやきもちを焼いてしまう。
「アンフェールと過ごすと、驚きがいっぱいだ」
(……ふふ。驚きがいっぱいか。私の子孫は本当に可愛らしいな)
頬っ被りにもんぺスタイルのフェンリルを見たらまた驚くんだろうな、とアンフェールはビックリするグレンの顔を想像して、楽しい気分になってしまうのだった。
目の前でグレンがニコニコしながらアンフェールの淹れたハーブティーを飲んでいる。
あれから一週間。グレンはお泊りにやって来た。しかも外泊許可も取ってきたらしい。アンフェールは頭を抱えた。
(何故許可が出たのだ。グレンは王子だろう……! どこぞの誰か分からない相手の家に泊まらせて、一人にするなど……。もしや城で大切にされていないのか?)
「ど、どうして大丈夫だったの? お城の人、心配しない?」
「通信の魔道具があるんだ。定時声を聞かせれば良いという話になった」
「魔道具」
一応魔道具を見せてもらう。本当に通信機能しかないものだった。位置を特定したりする機能は入っていない。
「……怖がらせてしまうかと思って言っていなかったのだが、私はかなり強いのだ。だから護衛なく遠乗りも許されている」
「え」
「魔力が低い代わりなのかもしれないな。力が強く、身体の回復能力も高い。『自動回復』と呼んでいる。これは幼い頃発現した力なのだが」
グレンは『自動回復』について教えてくれた。
彼は幼少時代、頻繁に大きな怪我をする事があったそうだ。それはとても痛く、苦しいものだったという。
辛さから逃れるために『治れ、治れ』と強く念じていたら、ある日傷口が勝手に塞がる事に気がついたんだそうだ。
グレンは、怪我をしても『治癒』で治療されていたが、たまに『治癒』を受けられない日もあった。そんな日に、『自動回復』に気付いたのだという。
『治癒』を掛けていた人間は、それを『他の者が治療したのだろう』と流したため、不自然に思われなかったそうだ。
だからこの能力はごくごく一部の人間しか知らないのだ、と言ってグレンは笑った。
「治癒と違って、すぐにくっつく訳じゃないけどね。気絶して意識が無くても、勝手に治るんだ。力の方は、いつのまにか強くなっていた感じだから、何故強くなったのか分からないけれど。ふふ、ビックリするかもしれないね。大きな丸太でも軽々持てるんだよ。強くなりたいって一杯願ったからかな」
アンフェールはポカンとした。
そしてすぐに思考する。
『自動回復』と呼ばれる能力に心当たりがあった。
古代竜時代、アンフェールは身体が傷ついてもすぐに治っていた。特に魔術を使った訳でも無く、精霊の助けも借りずにだ。
これは全ての竜種に備わった力ではなかった。
竜種は色により得意な魔術の系統が違った。赤竜は火が得意。青竜は水が得意。そんな感じだ。
黄金竜であるアンフェールは光が得意だった。治癒などは光の系統の魔術だ。おそらくその影響で保持している能力なのだろう、と思っていた。
あまりその力に対して詳しい考察は出来ていない。谷に黄金竜はアンフェールしかいなかったし、長く生きた中で他の黄金竜に一度も出会った事が無いからだ。
グレンにはアンフェールの血が流れている。先祖返りではないが、必要に駆られて発現した能力じゃないかと思うのだ。
王子という身分でありながら、そんな能力が必要になる環境に置かれていた、という点が非常に気になる。
自己肯定感の低さといい、グレンの城での立場や人間関係が気になった。
可愛い子孫だ。出来るだけ支えてあげたい。アンフェールの祖先心が疼いた。
長考するアンフェールの様子に、グレンは眉を下げて不安そうな顔をしていた。
「……やっぱり、怖かったり、気持ち悪かったりするだろうか?」
グレンの顔に影が落ちる。アンフェールは慌てた。
「ううん! 全然そんなこと思わないよ! それにほら。ぼくだって、人間と違う部分がいっぱいあるし!」
アンフェールは強く主張した。
グレンはホッとしたように表情を緩めた。
「そうか、精霊だものな」
「うん」
「嬉しい。アンフェール。私は人と違う身体が恐ろしかったから。身体の事を知られたら怖がられるだろうかと、いつも不安だったんだ」
そう言われるとアンフェールも微妙な気持ちになる。
そもそもその能力はアンフェール由来に違いない。それをそこまで恐れられると、アンフェール自身が怖がられているんじゃ、と思えてしょんぼりしてしまうのだ。
グレンにそんな気が無いのは分かっているのだが。
アンフェールはグレンにその力をポジティブに受けとめて欲しかった。
「怖くなんて無いよ。だって、グレンは優しいもの」
「えっ……」
「優しい人が強い力を持っていたら、それは『頼もしい』っていうんだよ」
『力』なんて道具だ。使う人の人間性でいくらでも意味合いが変わるのだ。それをグレンに分かって欲しかった。
「……ありがとう。頼もしい、か」
「うん、頼もしいよ!」
グレンはアンフェールの言葉に、知見を得たというように目をパッチリさせた後、ふんわり微笑んでくれた。
少しでも捉え方を変えてもらえたら、アンフェールは嬉しいと思う。
◇◇◇
アンフェールの放った矢は風を切り裂いて飛び、吸い込まれるように猪の首に刺さった。
アンフェールは今、精霊の普段の生活として、矢を使い狩りをする様子をグレンに見せている。
この弓矢はアンフェール自作の品だ。
離宮には猟銃もあったけれど、弓矢の方が精霊っぽいだろうとこちらをチョイスした。演出に相応しい小道具を選ぶのは大事だ。
矢を飛ばすのも、精霊が協力してくれる。
アンフェールは狩りの際は精霊の力も借りるし、魔術も使うのだ。
竜種は竜型であれば『竜声』で狩猟する。
竜声とは振動と威圧を使う衝撃波だ。余程耐性が無ければ生物は意識を保てなくなる。竜種は狩りをする時それを使い、気絶した獲物を食べる。
アンフェールは好んで人型を取っていたので、 古代竜時代から魔術を使った狩りは得意だった。
「凄いな。あんな小さな矢が一本当たっただけなのに、動かなくなってしまった……」
足元には猪が転がっている。精霊が教えてくれた獲物はかなりの大型だった。凍らせれば数日狩りの必要は無くなりそうだ、とアンフェールはニッコリする。
「矢じりに魔術付与したんだ。『睡眠』と『麻痺』だよ。だから直ぐに動かなくなったんだ」
その後、アンフェールは手際よくナイフで猪を仕留め、吊るして内臓を処理し、持ち帰って川に猪を晒した。血抜きだ。
グレンはそれを一部始終見て目を白黒させていた。
精霊がニコニコ笑いながら獲物を解体する様子が頭の中で処理しきれなかったのかもしれない。
アンフェールは考えた。ずっと気になっていたグレンの心の問題だ。彼の心には何かしら傷があり、くたくたに萎れているのだろう。だから自己肯定感が低いのだ。
祖先として、してやれる事なんて『生き抜いていく強さを伝える』位なものだ。強い先達の背中を見せるのだ。
(過去はもう、どうしようもないからな。これからどう生きるか、だ)
アンフェールは前世、子供達に何かを教えることなく死んでしまった。
だからしてやりたかった事を、子孫に対してしようと思ったのだ。
それはアンフェールの心の寂しさに対しても癒しになるはずだ。
「三時間くらいつけてれば臭みも消えるかな」
「あ、ああ……」
猪は血抜き中なので、その間お喋りするのにいつもの野外テーブル席に座っている。グレンの好きなオレンジジュースを提供し、二人で飲んでいる。
労働の後のジュースは美味しい。
「どうしたの? グレン」
「その、精霊も猟をして捌いて食べるんだな……」
「食べるよ。ごはんは大事だよ」
「そうか。……なにか、こう、自然のエネルギーを摂取して生きているものなのかと」
グレンは何故か遠い目をしている。
彼の夢見る精霊像じゃないかもしれないけれど、ふわふわしてたら男の強さを子孫に教えられない。アンフェールはグレンに強さを教えたかった。
グレンの考える精霊像は実際、精霊としては合っている。精霊は食事をしない。自然のエネルギーや契約者の魔力を摂取して生きている。
でもアンフェールは精霊じゃないし、食事は普通に食べる。肉が特に好きだ。
「これから泊りに来るなら猟や料理を一緒にしよ? 上手になるまで教えてあげる。……そうだ! グレンはフェンリルに憧れていたよね。彼は果樹を育てているんだ。そのうち果物を分けてもらいに行こう。収穫は楽しいよ」
「本当か?!」
そう言ってグレンは顔を輝かせた。喜ぶグレンの顔に、フェンリルに対してちょびっとだけやきもちを焼いてしまう。
「アンフェールと過ごすと、驚きがいっぱいだ」
(……ふふ。驚きがいっぱいか。私の子孫は本当に可愛らしいな)
頬っ被りにもんぺスタイルのフェンリルを見たらまた驚くんだろうな、とアンフェールはビックリするグレンの顔を想像して、楽しい気分になってしまうのだった。
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