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隠れ家――アンフェールとグレン1

アンフェールと『寂しい』の気持ち

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「クピィ」
「おかえり、タンジェント」

 タンジェントの脚には手紙を入れる筒が付いている。離宮に来てから何度か寮長エドワードと手紙のやり取りをしているのだ。
 最初は教会の子供たちの様子と、シエル――アンフェールがいなくて『寂しい』という内容ばかりだったけれど、最近は元気になってきたようだ。
 その様子にアンフェールは安心している。
 お母さんのごとくベッタリだったエドワードが、気落ちして病気にでもなったらと、ずっと心配していたのだ。

 エドワードは年嵩の青年ロビンと同じ職場へ進むそうだ。
 せっかく寮長になったのに、とアンフェールは不思議に思う。環境の良い教会だったし、子供好きなエドワードは寮監を目指すと思っていた。

 確か、宰相エックハルトにアンフェールの痣を教えたのが、城勤めになったロビンだった。ロビンと同じ職場という事はエドワードも城で働く気なのかもしれない。
 しかし、彼が元気になってきた原因が『アンフェールに城で会える』という要素だったら申し訳ない。アンフェールは城にいない。『離宮』に幽閉中だ。まぁ、現状離宮にも時々しか帰っていないけれど。
 あと、今後一切城に行く気も無い。

 エドワードの目指す仕事は見習いからスタートらしいので、しばらくは教会からの通いになるそうだ。だからタンジェントの伝書も問題なく届くと教えてくれた。
 そういえば、ロビンも、教会外に通いで勉強しに行っていた事を思い出す。
 エドワードの勉強はロビンが教えてくれるらしい。仲の良い二人が職場で楽しく勉強しているのだ、と思うとアンフェールは仲間はずれになったようで、ちょっぴり寂しかった。

「会いたいなぁ」
「クピ……」
「グレンは来てくれるけど毎日じゃないもんね。王子忙しいもんね……」
「クピィ……」

 肩に乗ったタンジェントが何度も頭を擦り付けてくる。寂しそうにするアンフェールの気持ちが分かったのだろうか。慰めてくれているみたいだ。

 古代竜エンシェントドラゴン時代、芸術に傾倒していたアンフェールは一人上手だった。部屋に籠ってずっと絵を描いているなんてしょっちゅうだった。
 なのに、今は寂しいのだ。
 幼体の感性に引っ張られているのだと思う。だから、母親役をしてくれたエドワードが恋しいのだ。
 アンフェールは振り切るように首をぷるぷると振った。

「はは、ごめん。タンジェントがいるもんね。寂しくないね」
「ピィ!」

 タンジェントは元気な声で鳴いた。アンフェールはありがとう、とお礼を言うようにタンジェントの身体を撫でた。

「タンジェント、曲を弾こうか。竪琴を見つけたんだ」
「クピィ!」

 アンフェールは離宮の宝物庫を物色した。
 竜に関する品物も多く、その中に竪琴があったのだ。糸巻と弦以外、竜骨で出来ていた。
 誰の骨だろう、と少し悲しい気持ちになったものの、いい楽曲が弾ければこの骨の持ち主への弔いになるのではないかと思って持ち出したのだ。

 手にすれば、まるで自分の身体のように手に馴染む素晴らしい竪琴だった。
 下部に『アヴァロニア』と印字されている。
 アヴァロン――伝説の楽園のようないい音が出る楽器ということだろうか。

「楽しい曲。楽しい曲を弾こう!」
「クピィ!」

 アンフェールは教会のオルガンでいつも弾いていた曲を弾いた。
 これはエドワードに教わった曲だった。彼に似合う陽気な曲だった。曲調とは裏腹に、アンフェールは懐かしくなって視界が滲んでしまう。
 泣きそうなアンフェールの気持ちを慮ってくれるのか、タンジェントは目の前で可愛い踊りを披露してくれた。

 アンフェールは元気づけてくれる小さな友達の為に、頑張って最後まで曲を弾ききった。


◇◇◇


 半月ぶりにグレンがやってきた。
 いつものように高台で過ごしてから、こちらに戻ってくる。
 久しぶりにグレンに会ったタンジェントは、首を締めんばかりに巻きついて「クピクピ」甘えていた。グレンはちょっと困った顔をしていた。

「グレン久しぶりだね」
「ああ。視察に連れていかれてしまったんだ」
「お仕事おつかれさま」
「……」

 挨拶をし、半月ぶりの訪問となった理由を説明をするグレン。
 予定に無い、急な視察だったらしい。アンフェールにしばらく来られない事を伝えられなかったから、もう来ることが無いと思われたらどうしようと不安で仕方なかったという。
 詰め込みで仕事を終えての本日なんだとか。
 王子の仕事は大変なのだと思って、彼の欲しているであろう無邪気な精霊の姿を演じて労うと、彼は眉を下げて無言になってしまった。

「グレン?」

 アンフェールは、不思議に思ってグレンに問いかける。大変だった彼が癒されるように精一杯可愛く笑ったはずなのだが。
 追加でニコニコ笑うと、グレンは喜ぶどころか拗ねたような顔をして、目を逸らしてしまった。

「アンフェールに会いたかった。アンフェールはそう思ってくれなかったのか?」
「……」

 どうやら可愛い子孫は、アンフェールが会えなかった事を寂しがってくれないのが寂しいらしい。
 あまりの可愛さにアンフェールはポカンとする。口を開いた間抜けな顔を晒してしまった。

「ふふ」

 アンフェールは笑って、グレンにギュッと抱き付く。
 身長差があるのでグレンのお腹に頭をくっつけた感じだ。

(グレンは寂しかったのか。幼いし、赤ちゃんだしな。私も寂しかった。古代竜の頃の幼体時代は記憶の遥か彼方だが、当時は母もいたし仲間たちも大勢いた……。今の、幼い故に他者を恋しがるという『寂しい』気持ちは私が感じる初めての種類のものだ)

 グレンはアンフェールの顔が見たいのか少し腰をかがめるように動いた。それを察して、アンフェールはいったん腕を緩めた。
 するとアンフェールはグレンに尻と背中に手を回され、ひょいっと抱き上げられてしまった。抱っこがしたかったのか。彼は相変わらず力持ちだ。

(男らしく綺麗な顔だな。それになんだか良い匂いがする。フレグランスを使っているんだろうか)

 顔と顔が近い。アンフェールはグレンの顔をじっと見つめた。ずっと寂しくて、寂しくて、会いたいと思っていた顔だ。
 アンフェールはグレンのほっぺにキスをしてから、抱き締めるように彼の首に腕を回した。こうすれば、どれだけ寂しかったかグレンに伝わるだろうか。
 首筋に感じるグレンの呼気がくすぐったい。彼もアンフェールの匂いを嗅いでいるように感じる。使用人宿舎から拝借した高級石鹸を使っているから、変な匂いはしないだろうけど、ちょっとだけ恥ずかしい。
 アンフェールはポッと赤くなった。

「……寂しかったのだ」
「ぼくも寂しかったよ、グレン」

 耳元で囁くように響くグレンの声は、低く、甘い。

 アンフェールはその声で、寂しくてカラカラに乾いた気持が、溢れそうな位の『嬉しい』で満ちるのを感じた。
 きっとグレンも似たような気持ちだったと思う。そんな風に感じる声だった。

 共感は良い。

 だから『寂しい』も『嬉しい』も、おそろいで良かったと、アンフェールは思うのだ。
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