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離宮1
アンフェールと離宮とあやしい使用人
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アンフェールが離宮に到着して三日が経過した。
離宮は城の敷地と隣接しているようだが、建物自体は遥かに離れているようだった。離宮から見た城は遠近法でとても小さい。
アンフェールにとって城は忌み地もいい所なので、これだけ離れているのはありがたかった。
離宮の敷地は広い。
隣接した巨大な森が丸々敷地扱いだ。王侯貴族など、狩りを趣味にするものが多いから離宮を森の側に建てたのだろう。
森に入りたいが、危ないという事で禁じられている。
「懐かしいなぁ」
遠い目をして誰に聞かせるでもなく呟く。
アンフェールはこの森を知っていた。
古代竜時代、僅かの間この森で生活していた。番であるグレングリーズと出会ったのも、初めて交尾したのもこの森だった。
しかし、良い思い出ばかりではない。
良き友であったタンジェントを失ったのもこの森だった。歌と踊りが好きな、陽気な赤竜だった。
(死に瀕した友を助けてやれなかった……楽にしてやる事しか。こいつに『タンジェント』の名を贈ったのも、再び友と共にありたいという、未練の様なものだろうな)
アンフェールは肩に止まるタンジェントの喉をスリスリと指で撫でた。
彼は気持ちよさそうに喉をクピクピと鳴らした。
教会の裏手の森に飛竜の卵が落ちていたのだ。拾ったアンフェールが魔力を注いで 卵から孵した。赤い色をしていたから、懐かしさで『タンジェント』と名付けてしまった。
育った飛竜はアンフェールがその名に願ってしまったからなのか、かつての友人のように歌ったり、踊ったりしてくれる。
「タンジェント、夕方だしそろそろ屋敷に戻れって言われると思う。タンジェントはもっと遊びたいよね」
「クピッ!」
離宮に来てから三日、アンフェールとタンジェントは屋内で過ごした。外出許可が出なかったのだ。
その間、やたらメイド連中に構われてうっとうしかった。ストレス爆発直前だ、とイライラしていた所、ようやく今日になって庭の散歩が許された。
なので朝から無駄に庭をウロウロしていた。周囲に人がいなくなるだけで、大分気分がスッキリしたので余程鬱憤が溜まっていたのだと思う。
タンジェントも室内飼い状態で申し訳なかった。飛竜は飛ぶことが好きだというのに。
もうすぐ日が落ちる。
竜種と同じで飛竜は夜目が利くから、夜の森であっても視界に問題は発生しない。
同じくストレスが溜まっているタンジェントを、十二分に遊ばせてあげたかったので、精霊を飛ばして旧友である森の王――神狼フェンリルに彼の守護を頼んだ。
精霊が戻ってくるとふわりと良い匂いがした。懐かしい果樹園の匂いだ。フェンリルは一日の大半を果樹園で過ごしている。
アンフェールはフェンリルの伝言を聞いてからタンジェントに語り掛けた。
「クピ?」
「タンジェント。フェンリルが守ってくれるって。森で遊んできていいよ」
「ピィ」
「呼んだら、来てくれたらいいから、自由にしていて」
「クピィ!」
タンジェントはアンフェールの言葉を理解しているかのように相槌を打ち、肩から飛び立って行った。ごきげんの様子で森に向かっていく。探検するようだ。
背後に近づいてくる気配に、アンフェールは子供らしい顔を作って振り返った。
そこに立っているのは、隙の無い雰囲気の女性だ。
露出の無い、かっちりとした黒いドレスを着ている。乱れの無いひっつめ髪はアップスタイルにしている。人間味の薄い顔に、作った様な微笑を浮かべている。
「殿下、もう遅いので屋敷にお戻りください。冷やされるとお身体に障ります」
「はい」
「お食事の準備が出来ております。食堂に向かいましょう」
彼女は家政婦長のミセス・ガーベラだ。
表面上友好的ではあるけれど、アンフェールを見る目はドロリと濁っていて恐ろしい。
労わるような言葉にも含むものを感じて、アンフェールの小さな身体は拒絶感に震えた。
人間ごときに震えるなど情けない話だ。アンフェールの中身は古代竜の王であっても、肉体は現在幼体だ。だからストレスに弱いのだ。
現在、離宮の使用人は、目の前の女――ミセス・ガーベラと執事のギュンター。
そしてメイドが三人いる。
合計五人だ。他の使用人はこれから選定すると言われている。
しかし困る。
どうやらそれぞれ、アンフェールに対し良くない思惑があるのだ。なので使用人を選定されるとかなり内部に敵が増える可能性があるのだ。
そもそも今いる使用人たちも敵と思っていい。
離宮と使用人宿舎は別になっている。使用人たちにはなるべく離宮に来て欲しくない。
アンフェールはミセス・ガーベラの後をついて大人しく歩いていく。
歩幅は自然に七歳児に合わせてくれているので、常に等距離だ。話しながら歩く、という事も無くお互い無言でいる。
無駄なお喋りが無いのは助かる。考え事に没頭できる。
(いっその事、全員に暗示をかけて離宮から遠ざけようか)
今の所五人しかいないから、暗示に破綻も出にくいだろう。
それに、五人とも交雑種――竜人だった。竜は本能的に強いものに従うのだ。竜の血が流れている以上アンフェールの暗示は強力に掛かるはず。
暗示を掛けて使用人として普通に使っても良いのだが、自分に害意を持つ存在と顔を突き合わすのは不快だし、嫌だった。
(うん、それが良いかもしれないな。正直、掃除など精霊に頼れば済む話だし、料理など自分ですればいいのだ。
竜種の口に合う料理は竜種が作るのが一番だしな。好き嫌いは把握されているだろうし、嫌がらせにアリウムを大量に盛られたらストレスでどうにかなりそうだ。
誰も来ないという形に持って行けば、ここは隠れ家として都合が良いかもしれない。
難点は話相手が不足しているという事か。まぁ、森に入ればフェンリルもいるか。年寄り同士積もる話もあるしな)
アンフェールはとてとて歩きながら、今後の独居計画を練った。
◇◇◇
離宮に着いた初日の晩に話を戻す。
アンフェールが就寝すると使用人たちは使用人宿舎に戻る。
とはいえ、アンフェールを一人にするという事は無い。
アンフェールの部屋の周囲に側仕えが寝泊まりする部屋があり、しばらくは持ち回りで側に控えるそうだ。
今日は執事ギュンターが宿泊し、家政婦長ミセス・ガーベラが宿舎に戻っている。
アンフェールは眠っていない。そろそろと起き上がり、ベッドに腰かけた。
使用人の内情調査をしたいと思った。
日中は誰もかれもアンフェールに良い顔をした。しかし、アンフェールの目の無い所でどのように振舞うかは知っておきたい。
早速、離宮全体に『縄張り』を張った。
交雑種である竜人たちは、縄張りを張ることが無いようだ。今世で、他者の『縄張り』に突き当たった事は無い。
竜人は竜種の持つ動物的な感覚が無いのかもしれない。『縄張り』は魔術ではなく、種の特殊能力なのだ。
使用人宿舎まで縄張りを伸ばす。問題なく覗き見出来そうだ。
――家政婦長のミセス・ガーベラの部屋に視覚と聴覚を向ける。
部屋は王侯貴族もかくや、といった感じの豪華な調度品で彩られている。立場を鑑みたら不自然な部屋だった。
アンフェールに挨拶した際は家政婦長らしい地味な装いだった彼女は、私室では仕立ての良いドレスを纏っていた。
胸元は大きく開き、豊かな乳房がありありと分かる。
艶やかに波打つ亜麻色の長い髪は、結わずに下ろしている。
手には貴婦人のごとく、軸に繊細な彫りの入った豪華な扇を持っていた。
ミセス・ガーベラは豪奢な椅子に座り、三人のメイドに傅かれている。
「お前たちは殿下を上手く懐柔するのよ? 良いわね」
「「「はい、ミセス・ガーベラ」」」
ミセス・ガーベラの与える指示に、若いメイド達は声を揃えて返答した。
「所詮は子供です。親しい者もおらぬ閉塞された環境では、取り込むのも容易いというもの。殿下は男所帯で育ち、女を知りません。お前たちは母の様に、姉の様に接しなさい。
もしませた様子で身体に触れたがったら与えなさい。その為に見目の良いあなた方を選んだのです」
ミセス・ガーベラは口角を歪ませ、醜悪な笑みを浮かべている。
「殿下は可愛いマグダレーナの子。尊い血が濃いのです。今から飼いならせば『男』となった時、お前たちに『慈悲』を与えて下さるかもしれませんね。慈悲は受け取りなさい。もし孕んだら私が後ろ盾になりましょう」
「「「はい」」」
「殿下が我々側につけば、情勢も変わるでしょう。ふふ……エックハルトめ。グレンのような卑しい子を使い好き勝手にしおって。今に見ているがいい……!」
ミセス・ガーベラは檄を飛ばしながら、軋みそうな程扇を握った。
彼女はアンフェールを取り込む気満々らしい。
設定上の母である『マグダレーナ』を可愛いと言っている。生前親しかったのかもしれない。恐らく同じ派閥なんだろう。
しかも取り込むのに、メイド達の色香も使うつもりのようだ。
朝起きたら裸の女が隣に横たわってそうな環境はキツイ。安心して眠れない。
(幼体であるから射精はまだ出来ないが、この様子だと年齢関係なく忍んできた女どもにイタズラされそうだ。想像しただけで気持ち悪くてヘドが出る。うっかり殺しかねないから勘弁してもらいたいところだ)
アンフェールは嫌悪感による寒気でブルリと震えた。
ミセス・ガーベラが口にした『グレン』というのは第一王子だ。
離宮に向かう馬車の中で宰相エックハルトが教えてくれた。
グレンは立場上アンフェールの兄に当たる。実際は血の繋がりの一切ない全くの他人だが。
『卑しい子』と呼ぶ辺り、ミセス・ガーベラは第一王子の事をよく思っていないのだろう。
憎々し気にエックハルトの名を呼んでいるし、どうやら彼女は第一王子とエックハルトの敵対陣営らしい。
なんでまたエックハルトは自分の敵を離宮に送り込んできたのか。
アンフェールがミセス・ガーベラに懐柔され、敵対陣営として一つに纏まったら、もろとも始末してやろう――という感じだろうか。
この想像は穿ちすぎだろうか。
アンフェールはふるふると首を振り、キッと虚空を睨んだ。
(穿ちすぎなくらいでいい位だ。エックハルトは『殿下を利用し王位簒奪を企む政治勢力もいる』と迎えの際に言っていたくせに、離宮にその敵対勢力が堂々といるのはどういう事だ。
ふざけているとしか言いようがない。嵌められたと考えるのが妥当だ。クソ……あの野郎、何の思惑も無いとか言うなよ……!)
アンフェールは、どうでもいい政治的な戦略のせいで教会から連れ出されたのだと、ここにいないエックハルトに怒りをぶつける。
悔しさにギリリと歯噛みした。
離宮は城の敷地と隣接しているようだが、建物自体は遥かに離れているようだった。離宮から見た城は遠近法でとても小さい。
アンフェールにとって城は忌み地もいい所なので、これだけ離れているのはありがたかった。
離宮の敷地は広い。
隣接した巨大な森が丸々敷地扱いだ。王侯貴族など、狩りを趣味にするものが多いから離宮を森の側に建てたのだろう。
森に入りたいが、危ないという事で禁じられている。
「懐かしいなぁ」
遠い目をして誰に聞かせるでもなく呟く。
アンフェールはこの森を知っていた。
古代竜時代、僅かの間この森で生活していた。番であるグレングリーズと出会ったのも、初めて交尾したのもこの森だった。
しかし、良い思い出ばかりではない。
良き友であったタンジェントを失ったのもこの森だった。歌と踊りが好きな、陽気な赤竜だった。
(死に瀕した友を助けてやれなかった……楽にしてやる事しか。こいつに『タンジェント』の名を贈ったのも、再び友と共にありたいという、未練の様なものだろうな)
アンフェールは肩に止まるタンジェントの喉をスリスリと指で撫でた。
彼は気持ちよさそうに喉をクピクピと鳴らした。
教会の裏手の森に飛竜の卵が落ちていたのだ。拾ったアンフェールが魔力を注いで 卵から孵した。赤い色をしていたから、懐かしさで『タンジェント』と名付けてしまった。
育った飛竜はアンフェールがその名に願ってしまったからなのか、かつての友人のように歌ったり、踊ったりしてくれる。
「タンジェント、夕方だしそろそろ屋敷に戻れって言われると思う。タンジェントはもっと遊びたいよね」
「クピッ!」
離宮に来てから三日、アンフェールとタンジェントは屋内で過ごした。外出許可が出なかったのだ。
その間、やたらメイド連中に構われてうっとうしかった。ストレス爆発直前だ、とイライラしていた所、ようやく今日になって庭の散歩が許された。
なので朝から無駄に庭をウロウロしていた。周囲に人がいなくなるだけで、大分気分がスッキリしたので余程鬱憤が溜まっていたのだと思う。
タンジェントも室内飼い状態で申し訳なかった。飛竜は飛ぶことが好きだというのに。
もうすぐ日が落ちる。
竜種と同じで飛竜は夜目が利くから、夜の森であっても視界に問題は発生しない。
同じくストレスが溜まっているタンジェントを、十二分に遊ばせてあげたかったので、精霊を飛ばして旧友である森の王――神狼フェンリルに彼の守護を頼んだ。
精霊が戻ってくるとふわりと良い匂いがした。懐かしい果樹園の匂いだ。フェンリルは一日の大半を果樹園で過ごしている。
アンフェールはフェンリルの伝言を聞いてからタンジェントに語り掛けた。
「クピ?」
「タンジェント。フェンリルが守ってくれるって。森で遊んできていいよ」
「ピィ」
「呼んだら、来てくれたらいいから、自由にしていて」
「クピィ!」
タンジェントはアンフェールの言葉を理解しているかのように相槌を打ち、肩から飛び立って行った。ごきげんの様子で森に向かっていく。探検するようだ。
背後に近づいてくる気配に、アンフェールは子供らしい顔を作って振り返った。
そこに立っているのは、隙の無い雰囲気の女性だ。
露出の無い、かっちりとした黒いドレスを着ている。乱れの無いひっつめ髪はアップスタイルにしている。人間味の薄い顔に、作った様な微笑を浮かべている。
「殿下、もう遅いので屋敷にお戻りください。冷やされるとお身体に障ります」
「はい」
「お食事の準備が出来ております。食堂に向かいましょう」
彼女は家政婦長のミセス・ガーベラだ。
表面上友好的ではあるけれど、アンフェールを見る目はドロリと濁っていて恐ろしい。
労わるような言葉にも含むものを感じて、アンフェールの小さな身体は拒絶感に震えた。
人間ごときに震えるなど情けない話だ。アンフェールの中身は古代竜の王であっても、肉体は現在幼体だ。だからストレスに弱いのだ。
現在、離宮の使用人は、目の前の女――ミセス・ガーベラと執事のギュンター。
そしてメイドが三人いる。
合計五人だ。他の使用人はこれから選定すると言われている。
しかし困る。
どうやらそれぞれ、アンフェールに対し良くない思惑があるのだ。なので使用人を選定されるとかなり内部に敵が増える可能性があるのだ。
そもそも今いる使用人たちも敵と思っていい。
離宮と使用人宿舎は別になっている。使用人たちにはなるべく離宮に来て欲しくない。
アンフェールはミセス・ガーベラの後をついて大人しく歩いていく。
歩幅は自然に七歳児に合わせてくれているので、常に等距離だ。話しながら歩く、という事も無くお互い無言でいる。
無駄なお喋りが無いのは助かる。考え事に没頭できる。
(いっその事、全員に暗示をかけて離宮から遠ざけようか)
今の所五人しかいないから、暗示に破綻も出にくいだろう。
それに、五人とも交雑種――竜人だった。竜は本能的に強いものに従うのだ。竜の血が流れている以上アンフェールの暗示は強力に掛かるはず。
暗示を掛けて使用人として普通に使っても良いのだが、自分に害意を持つ存在と顔を突き合わすのは不快だし、嫌だった。
(うん、それが良いかもしれないな。正直、掃除など精霊に頼れば済む話だし、料理など自分ですればいいのだ。
竜種の口に合う料理は竜種が作るのが一番だしな。好き嫌いは把握されているだろうし、嫌がらせにアリウムを大量に盛られたらストレスでどうにかなりそうだ。
誰も来ないという形に持って行けば、ここは隠れ家として都合が良いかもしれない。
難点は話相手が不足しているという事か。まぁ、森に入ればフェンリルもいるか。年寄り同士積もる話もあるしな)
アンフェールはとてとて歩きながら、今後の独居計画を練った。
◇◇◇
離宮に着いた初日の晩に話を戻す。
アンフェールが就寝すると使用人たちは使用人宿舎に戻る。
とはいえ、アンフェールを一人にするという事は無い。
アンフェールの部屋の周囲に側仕えが寝泊まりする部屋があり、しばらくは持ち回りで側に控えるそうだ。
今日は執事ギュンターが宿泊し、家政婦長ミセス・ガーベラが宿舎に戻っている。
アンフェールは眠っていない。そろそろと起き上がり、ベッドに腰かけた。
使用人の内情調査をしたいと思った。
日中は誰もかれもアンフェールに良い顔をした。しかし、アンフェールの目の無い所でどのように振舞うかは知っておきたい。
早速、離宮全体に『縄張り』を張った。
交雑種である竜人たちは、縄張りを張ることが無いようだ。今世で、他者の『縄張り』に突き当たった事は無い。
竜人は竜種の持つ動物的な感覚が無いのかもしれない。『縄張り』は魔術ではなく、種の特殊能力なのだ。
使用人宿舎まで縄張りを伸ばす。問題なく覗き見出来そうだ。
――家政婦長のミセス・ガーベラの部屋に視覚と聴覚を向ける。
部屋は王侯貴族もかくや、といった感じの豪華な調度品で彩られている。立場を鑑みたら不自然な部屋だった。
アンフェールに挨拶した際は家政婦長らしい地味な装いだった彼女は、私室では仕立ての良いドレスを纏っていた。
胸元は大きく開き、豊かな乳房がありありと分かる。
艶やかに波打つ亜麻色の長い髪は、結わずに下ろしている。
手には貴婦人のごとく、軸に繊細な彫りの入った豪華な扇を持っていた。
ミセス・ガーベラは豪奢な椅子に座り、三人のメイドに傅かれている。
「お前たちは殿下を上手く懐柔するのよ? 良いわね」
「「「はい、ミセス・ガーベラ」」」
ミセス・ガーベラの与える指示に、若いメイド達は声を揃えて返答した。
「所詮は子供です。親しい者もおらぬ閉塞された環境では、取り込むのも容易いというもの。殿下は男所帯で育ち、女を知りません。お前たちは母の様に、姉の様に接しなさい。
もしませた様子で身体に触れたがったら与えなさい。その為に見目の良いあなた方を選んだのです」
ミセス・ガーベラは口角を歪ませ、醜悪な笑みを浮かべている。
「殿下は可愛いマグダレーナの子。尊い血が濃いのです。今から飼いならせば『男』となった時、お前たちに『慈悲』を与えて下さるかもしれませんね。慈悲は受け取りなさい。もし孕んだら私が後ろ盾になりましょう」
「「「はい」」」
「殿下が我々側につけば、情勢も変わるでしょう。ふふ……エックハルトめ。グレンのような卑しい子を使い好き勝手にしおって。今に見ているがいい……!」
ミセス・ガーベラは檄を飛ばしながら、軋みそうな程扇を握った。
彼女はアンフェールを取り込む気満々らしい。
設定上の母である『マグダレーナ』を可愛いと言っている。生前親しかったのかもしれない。恐らく同じ派閥なんだろう。
しかも取り込むのに、メイド達の色香も使うつもりのようだ。
朝起きたら裸の女が隣に横たわってそうな環境はキツイ。安心して眠れない。
(幼体であるから射精はまだ出来ないが、この様子だと年齢関係なく忍んできた女どもにイタズラされそうだ。想像しただけで気持ち悪くてヘドが出る。うっかり殺しかねないから勘弁してもらいたいところだ)
アンフェールは嫌悪感による寒気でブルリと震えた。
ミセス・ガーベラが口にした『グレン』というのは第一王子だ。
離宮に向かう馬車の中で宰相エックハルトが教えてくれた。
グレンは立場上アンフェールの兄に当たる。実際は血の繋がりの一切ない全くの他人だが。
『卑しい子』と呼ぶ辺り、ミセス・ガーベラは第一王子の事をよく思っていないのだろう。
憎々し気にエックハルトの名を呼んでいるし、どうやら彼女は第一王子とエックハルトの敵対陣営らしい。
なんでまたエックハルトは自分の敵を離宮に送り込んできたのか。
アンフェールがミセス・ガーベラに懐柔され、敵対陣営として一つに纏まったら、もろとも始末してやろう――という感じだろうか。
この想像は穿ちすぎだろうか。
アンフェールはふるふると首を振り、キッと虚空を睨んだ。
(穿ちすぎなくらいでいい位だ。エックハルトは『殿下を利用し王位簒奪を企む政治勢力もいる』と迎えの際に言っていたくせに、離宮にその敵対勢力が堂々といるのはどういう事だ。
ふざけているとしか言いようがない。嵌められたと考えるのが妥当だ。クソ……あの野郎、何の思惑も無いとか言うなよ……!)
アンフェールは、どうでもいい政治的な戦略のせいで教会から連れ出されたのだと、ここにいないエックハルトに怒りをぶつける。
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