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幼馴染と再会する話
しおりを挟む「こんにちは」
「こんにちは」
彼らの五年振りの再会の最初は、そんな当たり障りない挨拶だった。
「久しぶり、ベルくん」
「あぁ、久しぶり、アイリス」
彼らは久しぶりのお互いに対して、おおよそ同じ感想を抱いた。
「カッコよくなったね」
「君も、凄く可愛くなった」
二人は互いに互いを褒め合って、少し照れくさくなる。
「まさかこんな所で再会するとは思わなかったよ」
「そうだな。俺も思わなかった」
「ずっと探してたんだよ? どうして居なくなっちゃったの?」
彼らは小さい頃、良く一緒に遊んだ仲だった。けれど五年前のある日、彼は突然姿を消した。
「何も言わずに居なくなって悪かったよ。でも、急な事だったから」
「それでも一言くらい、言ってくれても良かったんじゃない?」
「あぁ。あの後、とても後悔したよ」
一言くらい、言って欲しかったと彼女は思った。
一言くらい、言ってから行きたかったと彼は思った。
「生きてて、良かった」
「死んだと思ったのか?」
「死んじゃったのかもしれないって思った。だって五年も探したのに見つけられなかったんだもん、そう思っても仕方ないでしょ?」
彼が居なくなったあの日から、彼女は彼を探し回った。五年の間、ほぼ休む事なくずっと。
「五年間どうしてたの?」
「ずっとここに居たよ。その間ずっと、君がどうしてるのか考えてた」
「会いに来てくれても良かったんだよ?」
「一回だけ行ったけど、君はもうあそこには居なかった。その後は君がどこに居るのか分からなかったから、会いに行けなかった」
彼女は彼を探しに行った。もしも探しに行かなければ、彼らの再会はもっと早かったかもしれない。
「そっか……。ボクが探しに行ったから、会えなかったんだね」
「俺がもっと探そうとすれば会えていたかもしれないけれどね」
「それならどうして? 追いかけてくれれば良かったのに」
「君と会うのが怖かったから。会いたかったけど、怖かったから」
「ボクは君が死んでしまったんじゃないかって、凄く怖かったんだよ」
「何も言わずに居なくなってごめん」
「うん、許した」
それから二人の間に数秒の沈黙が流れた。
「そういえば昔、一緒に山に探検に行って迷子になっちゃったことがあったよね」
「あったな、そんな事も。あの時は大変だった」
「うん。ボクが足を怪我してずっと背負ってくれたよね」
「君は怖くて泣いていた」
「君はそばにいるから大丈夫ってずっと励ましてくれたよね。でも、恥ずかしいからできればその事は忘れて欲しいな」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、彼はそれを微笑ましそうに見ていた。
「結局あの後ボクは泣き疲れて寝ちゃって、いつの間にか家で寝てた」
「無事に送り届けられて良かったよ。俺も子供だったから、魔物の出るあの山から無事に降りれるかは不安だった」
「実はあの時君が怪我しちゃってたの知ってるんだよ?」
「そうなのか。上手く隠せたと思ってたのに」
「うん。次の日にボクが飛びついた時に一瞬だけ痛そうな顔してたでしょ? それで気づいちゃった」
気付かれてたのか、と彼は苦笑した。実は気付いてた、と彼女はやけに自慢げだった。
「でも、結局最後まで気付けなかった事もあったね」
「あぁ、そっちは最期まで隠し通そうと思ってたから。結局、ついさっきバレてしまったけど」
「あはは、そうだね」
二人はお互い吹き出すように笑い、それから少しの間、あんな事があった、こんな事があったねと談笑した。
「それじゃあそろそろ聞いても良いかな」
「あぁ、いいよ」
彼女は一度心を落ち着けるように深呼吸してから言う。
「どうしてお父さんを殺したの?」
彼女は彼に疑問を投げかける。それは彼に再会した時から彼女が抱えていた疑問だった。
「あの日、帰ったらお父さんが死んでた、ううん、誰かに殺されてた。君も居なくなってて、同じ奴に殺されちゃったのかとも考えたけど、違ったから」
「直接ではないけれど、君のお父さんが死んだのは確かに俺のせいだ。だから俺が殺したと言っても過言ではない」
再び二人の間に沈黙が流れた。
「あの日、何があったの?」
今度は彼が心を落ち着ける為に深く呼吸をした。
それから彼は淡々と語り始める。
「あの日、家に帰ると俺は君のお父さんに剣で斬りかかられた。俺の正体がバレてしまったからだ。話し合いでどうにかしようとしたけど、無理だった。だから俺は黙って殺されようとしたんだ」
「なのに、お父さんは死んだの?」
「あぁ、俺は抵抗しなかった。君を騙していたし、君のお父さんも騙してた。罪悪感はずっとあったし、俺自身は死んでも良いと思ってた。だから死を受け入れた。だけど運命は俺が死ぬのを許さなかった。あの時君のお父さんを殺したのはクレア、俺の側近であり、あの頃は俺の母親のフリをしていて、ついさっき君が殺した女だ」
彼女はクレアを殺してからここにきた。クレアが先に進むのなら自分を殺して先に進めと言ったからだ。
「クレアは俺を連れてここに戻った。それから俺はずっとここで暮らし、のうのうと生きてきた」
「そんな事があったんだ……。どうせなら君がもっとクソ野郎で、君自身がお父さんを殺していたら良かったのに」
「どうして泣いているの?」
彼女は涙を流していた。
「そんなんじゃボク……君と戦えないよ……」
「戦わなくて良いよ、俺は君に首を差し出す」
「嫌だよ……せっかくまた会えたのに、どうしてこうなっちゃうの……?」
「それは、君が勇者で俺が魔王だから」
彼女は勇者、彼は魔王だった。
「運命は俺が勇者以外に殺されるのは認めない。俺は君に殺してほしい。だから君が勇者なら良いなって、ずっとそう思っていた」
「それで償いのつもりなの?」
「あぁ」
「バカ……。君まで死んでしまったらボクは本当に一人になってしまうじゃない。お父さんを死なせたのを罪だと思ってて、それを償う気があるならボクの傍にいてよ……!」
「それはできない。魔王は勇者に殺されるのが筋書きだから」
それまで六度、魔王と勇者は存在した。その全てにおいて魔王は勇者に殺されている。神々によってそう運命づけられていたからだ。
「君が俺を見逃すというなら、きっと新しい勇者が生まれて俺を殺しに来る。だから俺はせめて君に殺されたい」
「だったらボクと一緒に世界中のどこまでも逃げよう!? 君とボクならきっとどこへだって逃げられる! ね、そうしよう、それが良いよ!」
「アイリス……。神々は許さないんだ。奴らは執念深いから、絶対に勇者に俺を殺させようとする。そんなのに君を巻き込みたくないんだ、だから」
「君は勝手だよ……! 君と一緒の時を過ごさなければ、ボクはきっと君を殺せたのに……! そうだったら!!」
そこで彼女は言葉を切った。その先の言葉は怒りに任せて言うべきではないと思ったから、一度心を落ち着ける為だ。
「そうだったら……君に恋なんてしなかったのに……」
「アイリス、それは……」
彼は初めて動揺した。それは彼が想定していた事ではないからだ。
「ずっと、好きだったのに……。ねぇ、どうして君はボクの前に現れたの?」
「それは……」
彼は迷った。それを言うべきか、否か。それを言ってしまったら、きっともう後には引けなくなるからだ。
それでも彼女は言ったのだ。だから、彼も覚悟を決めた。
「君に、恋をしたから、かな」
「え……?」
「俺は初めて君を見た時から、ずっと君に恋をしていたから。少しでも近くで君を見たくて……だから人間のフリをして君に近づいた」
「そう、だったんだ……」
それから二人の間に再び沈黙が流れる。今度は少し長い。
二人には一瞬のようにも、何時間のようにも感じられた。
「ねぇ、ボクのどこが好きなの?」
「全てが好きだよ。でも、一番好きなのは月並みだけど、笑顔かな。あの日偶然見かけた君の笑顔は、今でも思い出せるくらいだよ」
「そっか……。ボクはね、君の優しい所が好きだよ」
「優しいかな」
「優しいよ。ボクが寂しかったら一緒にいてくれた。ボクがお父さんに叱られたら慰めてくれた。ボクは勇者の娘で強いのに、それでも守ってくれたよね」
彼女は勇者の娘。六番目の魔王を殺したのは彼女の父だ。
「ねぇ、ベル君……君が生き残る方法はないの?」
「……どうして?」
「ボクは君に生きてて欲しい。君とずっと一緒に居たい。君が死んでしまったら、ボクは自ら命を絶つよ」
「俺は君に生きてて欲しい、その為なら自分の命だって投げ出すつもりだった。だけど、君が生きるには俺が生きなきゃいけない。それが唯一の方法だと言うのなら」
彼はそこで僅かに逡巡する。未だ彼には迷いがあった。しかし、彼女を見て覚悟を決めた。
「神々を殺す」
────────────
最初の魔王は何の疑問も持たずに自らの力を存分に使って悪事の限りを尽くして、勇者に殺された。
二番目の魔王はそれを踏まえて悪事も働かずに平和的に勇者と交渉し、一時的に勇者と友好関係を築いたが、新たな勇者が現れて殺された。
三番目の魔王が漸く神々に運命を仕組まれていることに気づき、どうにかしようとしたがそれでもやはり勇者に殺された。
四番目の魔王と勇者は愛し合っていた。だから運命を変えようと、神々と戦争を起こした。結果、神々の内一柱を殺せたが、勇者が神々に操られ魔王は勇者の手で殺された。その後、解放された勇者はその事に絶望して自ら命を絶った。
五番目と六番目の魔王は何もせずに勇者に殺された。
そして彼らが七番目だった。
────────────
─神々の住まう場所─
ドォォオオオオンッッッ!!!
轟音が鳴り響く。それは魔王による宣戦布告。
「なんだ!?」
神々の内一柱が驚き声を上げた。
「また馬鹿が喧嘩を売りにきたのだろう」
「ふ、矮小な者達に何ができるというのだ」
「忘れたのか!? その矮小な者達に土ノ神は殺されたのだぞ!?」
神々は創造神、破壊神、火ノ神、水ノ神、風ノ神、土ノ神、死ノ神の七柱で、創造神と破壊神は不在であり、残りの五柱が運命を決定している。
神々の力は圧倒的であり、普通の人間や魔族がいくら束になったところでその力は揺らがない。
しかし、四番目の魔王達との戦いで土ノ神は魔王によって殺された。その事実は水ノ神に初めて殺される恐怖を植え付けた。
「初めまして神々よ、俺は七番目の魔王、ベル・フェゴール」
「同じく、七番目の勇者、アイリス・ミストルテイン。さぁ」
「「皆殺しだ」」
勇者と魔王は告げる。自分達に理不尽な運命を押し付けてきた神に対する死の宣告だ。
「第三術式・心変わり」
水ノ神が使うのは精神操作、かつて四番目の勇者にかけられた感情を反転させる呪い。
「四番目の勇者と同じように愛する者を殺しなさい!」
使った相手は勇者。四番目の時と同じように勇者に魔王を殺させるという算段だ。
「そんなの、効かないよ!」
しかしそんな目論見は甘かった。術式を跳ね除けたアイリスは蒼と金の剣を水ノ神の心臓に突き刺した。
「まずは一柱」
「くっ……これで死にやがれっ!」
火ノ神は自身の権能を使い炎の塊を作り出す。そしてそのまま第二の太陽の如きその炎の球を魔王と勇者に投げつけた。
「氷結」
瞬間、炎が凍った。
「は?」
火ノ神は本来あり得ない光景に思考を停止していた。
「これで二柱」
隙だらけの火ノ神を、今度はベルが紅の剣で貫いた。
「ありえない! 神の権能だぞ!? たかが魔王にこんなっ!」
「お前ぇっ! 何をしたっ!?」
「魔王三人分の力だ」
五、六番目の魔王はただ黙って殺されたのではない。次の魔王に自らの力を引き継ぎ、いつか神に反逆する為の布石を打つ事にその生涯をかけたのだ。その為、彼らは最期には魔王としての力の殆どを失っていた。
「固定」
次に魔王が使ったのは固定の魔法。本来物体をその場所に留めるだけの魔法だが、魔王三人分の力で使う事によって、それが風そのものになる事ができる風ノ神であろうとも固定する。
「クソッ、がぁ! 第一術式・魔法破壊!」
「遅いよ」
風ノ神は魔法破壊で固定の魔法をかろうじて破壊し逃れたが、その大きな隙を勇者が見逃すはずもなく碧の剣で頭の頂点を貫かれた。
「これで三柱。さて、最後はお前だけだ、死ノ神」
「貴様ら、こんな事をして下界がただで済むと思っているのか! 我々が死んでその力が失われれば下界の我々が調整していた事象は秩序を失うぞ!」
神が死ねばその神の司る事象は統制が取れなくなり暴走する。本来土ノ神が死ねば地震や地盤沈下などの災害が起きるが、それは土ノ神の権能を水ノ神が引き継いだ事で事なきを得た。
「ふーん、で?」
「で、だと? 下界の人間は無秩序な自然現象に淘汰されて死に絶えるだろうよ。そして俺が死ねば、無秩序な死が溢れ死んだ人間は霊体となり転生もできずに下界に溢れ返る。どうだ! これが貴様らの為そうとしている事の顛末だ!」
「ふーん」
神々が死んで起こるであろう事実を教えられた勇者は、それでも興味なさそうな様子だった。
「まぁ知ってたけどね」
「は?」
「隙あり」
勇者のあんまりな言葉に呆けている間に、魔王は死ノ神の腹を漆黒の剣で突き刺した。
「ガハッ……。貴様……貴様は既に勇者の器ではないっ、ぐっ……結末を知っていて神殺しを為すなど……」
「安心しろ死ノ神よ、お前の言った結末にはならない」
「なんだと?」
「ふふん、実はその剣は特別性なのさ」
「なんでアイリスが得意げなんだ?」
「いいでしょ別にー」
二人の言葉で剣に意識を向けると死ノ神は二人がなぜ落ち着いているのかを漸く理解した。
「なるほど、そういう事か……つまり我々は用済みだと……」
「こんなクソみたいな役割押しつけられなきゃ彼もこんな物を作ったりはしなかったろうさ」
神々を殺すのに使われた五本の剣は全て六番目の魔王が作った物だ。
「ボク達で散々遊んだ報いだよ、なに利用するだけして用済みになったら捨てられた我々可哀想みたいな顔してんの、腹立つんだけど」
「アイリス? なんだかキャラが全然違うぞ」
「だってこいつらのせいでボクは君を殺さなきゃいけなかったんだって思うと怒りが抑えられなくて!」
「もう大丈夫だから」
そう言って魔王は憤る勇者の頭を撫でた。昔よくそうしていたように、慣れた手つきでゆっくりと。
暫くそうして勇者は落ち着きを取り戻した。
「さて、仕上げをしよう」
「うん」
魔王と勇者はそれぞれ剣を一箇所に集めた。
剣にはそれぞれ神の持つ権能を吸収する力があった。しかし、下界の事象を調整するには権能を吸収するだけでは足りない。その権能を使う者がいなければならないのだ。
「事象調整システム『アイリス』起動」
『おはようございます、マスター。これより事象調整に入ります』
「よろしく、アイリス」
『お任せください』
事象調整システム『アイリス』は七番目の魔王、すなわちベルが作った物だ。六番目の魔王が作る予定だったシステムだが、作る前に死んでしまった為にベルが作る事になったシステムである。これは余談だが、システムの名前は単にベルの趣味でつけたものだ。
「システムの名前にボクの名前をつけるだなんて、よっぽどボクの事好きなんだね」
勇者はにやけ顔で魔王に指摘する。
「もちろん、愛している」
「なっ……!」
しかし彼はそんなのも意に介さずに自分の気持ちを素直に告げる。
予想していなかった勇者は顔を真っ赤にして暫く固まっていた。
「ねぇ」
「なんだ?」
「隙あり!」
油断していた魔王の唇に勇者の渾身の一撃がクリーンヒットする。
流石の魔王もこれには思わず赤面した。
「ベルくん、大好き!」
「俺もだ」
────────────
「こうしてもう魔王と勇者が争わなくて良くなった世界で、二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしっと。そうそう、僕はこういうみんなが幸せになれるハッピーエンドの方が好きなんだよ」
破壊神は静かに笑う。
「そもそも、破壊神として封印されてるけど、僕はこれでも創造神だもの。下界の子達の幸せを願って当然さ」
創造神は世界を作るのに七日かけ、世界を壊すのにも七日かけると言う。
創造神と破壊神は同一の神、自らの生み出した他の五柱の神に運命を司る権能を奪われて封印されたのだ。
「まぁ、流石に封印の中じゃ魔王に記憶を記録として受け継がせるくらいの事しかできなかったけどね。もっと直接手助けできれば七番目までかかる事もなかったのに……。はぁ……それにしてもこの封印、いつ解けるのかな……」
創造神の封印が解けるのは、もう数百年先の事である。
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