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3,悪夢
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魔人組織が秋葉に与えた“メインミッション”は、リンクス協会に潜入してリンクス(魔法少女)になり、内部情報を探ることだった。
一年間の潜入任務を無事にこなせば、秋葉は任務達成。魔人たちは彼女を元の男の姿に戻し、さらにとんでもない額の報酬をくれるという。その日からは晴れて人間として普通の生活が送れ、もう経済的に困ることもない。もちろん魔人組織も二度と秋葉に連絡してこないという約束だ。
そんな日が来れば、秋葉は家族を東京に呼び寄せて、妹も市内の学校に通わせてあげられるんだ。
――だが。
ぼんやりとした夢の中で、秋葉は魔法少女として潜入生活を送るうちに、自分が元は男だったことすら忘れかけている気がしていた。そんなとき、彼女は任務がようやく明日で終わることに気づき、喜びに浸っていた。自分のアパートでのんびりしながら、明日を待っていたのだ。
突然、家のドアが勢いよく開かれ、一群の顔が見えないリンクスたちが突入してきた。
「秋葉!魔人組織に協力して反リンクス活動を行った容疑で、今から逮捕する!」
そのすぐ後ろから、肩に巨大なカメラを担いだ記者たちが押し寄せ、目を焼くようなフラッシュが一斉に焚かれた。秋葉はまぶしくて目を開けていられなかった。
「東京テレビです!リンクス協会が反リンクス活動に関与した人物を捕まえました!なんと、この男は女性に変装して一年間もリンクス協会に潜伏していたそうです……」
次に現れたのは魔人ラマ。彼女は相変わらず知的な大人のお姉さんの姿だったが、目には冷たい光が宿っていた。
「任務は失敗。報酬なんてないわ。本当に愚かね。本部はあなたを見捨てることにしたの。これから一生女として生きなさい!」
最後に、秋葉の視界に映ったのは見覚えのある細くて小さなシルエット。アパートの玄関先に佇んでいたその姿は、絶対に間違えようがない人だった。
「妹……」
久しぶりに再会した妹は、ゆっくりと顔を上げた。だが、その表情は陰鬱で、目には嫌悪と軽蔑の色が浮かんでいた。
「兄さん……マジで気持ち悪い。」
「気持ち悪い。」
「本当に気持ち悪い。」
「最っ低……。」
秋葉はまるで床が崩れ落ちるような感覚に襲われ、どこまでも深い闇に引きずり込まれていった。
――そして、秋葉ははっと目を覚ました。ベッドから飛び起きると、背中は冷たい汗でびっしょり。枕元の目覚まし時計が「ピピピッ」とけたたましく鳴っていた。
悪夢だった。
ものすごく怖い悪夢だった。
なんて恐ろしいんだ……。
心臓がまだバクバクしているけれど、夢が夢で本当に良かった。
「夢は逆夢、夢は逆夢、夢は逆夢……」
「夢で見ることは逆になるって言うし、きっとバレないに違いない!」
秋葉はまるで自己暗示をかけるように、何度も呟いた。
目覚まし時計を止め、時刻を確認すると朝の6時。
出発の時間だ。
面接から三日が過ぎていたが、その後、ラマは一度も顔を出さなかった。
面接官からは「連絡を待って」と言われていて、一昨日、今日の出勤通知が届いていた。
出勤時間は朝8時。初日くらいは良い印象を与えたかったので、秋葉は6時にアラームをセットしていたのだ。目的地まで1時間もかからないが、早めに行っておくに越したことはない。
東京でサラリーマンをしていた時に学んだこと――上司に良い第一印象を与えることは、何よりも大事なのだ。
秋葉はまだ自分の「上司」が誰なのかわからないが、“生まれつきの企業戦士”としては、そうするのが正解だと信じていた。
起きてすぐに洗面所で身支度を整え、いざ出発……の前に、服装選びで少し悩んだ。
クローゼットを開けると、数少ない男物の服は全てラマに捨てられていて、代わりに今の体型に合う女の子用の服ばかりが並んでいた。
その時のショックは今でも忘れられない。円安のせいで物価高騰、服は高い。自分の体に合わなくても、あの男物の服を捨てたくなかったのに。
仕方なく、ラマが「補償する」と約束したから渋々承諾したが、補償品がまさかの女装とはね。
ラマ第一定律は健在だった。
秋葉は泣きそうになりながらも自分に言い聞かせた。古い服がたくさんの“新しい服”に変わったんだから、損はしていないと。
だが、秋葉は知らなかった。あの倹約家の魔人組織が、どうして彼女に少し“得”をさせたかというと、ラマが自腹を切って服を買ってくれたからだった。
ラマは自分の趣味を満たすために予算外の服をこっそり追加していたのだ。それも、秋葉の趣味を見透かしたかのような服ばかり。
秋葉は女装への抵抗を見せるため、新しい服にはほとんど手をつけていなかった。袋のまま放置している服も多いので、何があるか全然わからない。
クローゼットの前でしばらく悩んだ末、秋葉は面接時に着たような、Tシャツと長ズボンのセットを選んだ。
女性用デザインではあるが、これが一番中性的な服だった。
スカートなんて絶対に履かない。彼の男としてのプライドが許さない。
「もしスカートを履いたら、その時こそ一生戻れなくなる呪いがかかるに違いない!」と秋葉は心の中で固く誓った。
服を着替え終え、秋葉は出勤に必要な書類を確認し、準備が整った。
出勤場所は、リンクス協会の近くにある東京リンクス学院だ。
リンクス協会は行政や広報、緊急対応を担当する場所だが、東京リンクス学院はリンクスたちの活動拠点となっている。
なぜ学校なのか?リンクスに選ばれるのはほとんどが学生だからだ。東京リンクス協会は、魔人との戦いで学生の学業を犠牲にさせたくなかった。
その結果、東京リンクス学院が設立されたのだ。
この学院は教育機関であると同時に、特殊な訓練施設でもある。リンクスたちは普通の授業を受けながら、能力訓練もできる場所なのだ。
他の都市でも同様の学院が設置されている。
さらに、学院はリンクス以外の女子生徒も受け入れている。魔獣の影響で教育資源が不足している今、リンクスだけがこの優れた環境を独占するのは贅沢すぎるからだ。
普通の女子生徒は一区に、リンクスの生徒は二区に分かれていて、両者は完全に分離されている。
秋葉が向かうのは二区。
7時20分、秋葉はようやく二区の門に到着した。一区よりも目立たない場所にあり、細い路地をいくつも曲がって辿り着いたのだ。
門も一区より小さいが、リンクスの数を考えれば十分だった。
保安ブースには、制服姿のおじさんではなく、リンクス協会の制服を着た二人の若い女性がいた。彼女たちは二十代くらいで、性別転換前の秋葉と同じくらいの年齢に見えるが、生徒ではないのは明らかだ。
秋葉が自分は新しいリンクスであると説明すると、二人は確認した後、彼女を出勤場所へと案内してくれた。
出勤場所は二区の校長室。まだ八時前だったので、秋葉はドアをノックせずに、廊下のベンチに腰掛けて待つことにした。
一年間の潜入任務を無事にこなせば、秋葉は任務達成。魔人たちは彼女を元の男の姿に戻し、さらにとんでもない額の報酬をくれるという。その日からは晴れて人間として普通の生活が送れ、もう経済的に困ることもない。もちろん魔人組織も二度と秋葉に連絡してこないという約束だ。
そんな日が来れば、秋葉は家族を東京に呼び寄せて、妹も市内の学校に通わせてあげられるんだ。
――だが。
ぼんやりとした夢の中で、秋葉は魔法少女として潜入生活を送るうちに、自分が元は男だったことすら忘れかけている気がしていた。そんなとき、彼女は任務がようやく明日で終わることに気づき、喜びに浸っていた。自分のアパートでのんびりしながら、明日を待っていたのだ。
突然、家のドアが勢いよく開かれ、一群の顔が見えないリンクスたちが突入してきた。
「秋葉!魔人組織に協力して反リンクス活動を行った容疑で、今から逮捕する!」
そのすぐ後ろから、肩に巨大なカメラを担いだ記者たちが押し寄せ、目を焼くようなフラッシュが一斉に焚かれた。秋葉はまぶしくて目を開けていられなかった。
「東京テレビです!リンクス協会が反リンクス活動に関与した人物を捕まえました!なんと、この男は女性に変装して一年間もリンクス協会に潜伏していたそうです……」
次に現れたのは魔人ラマ。彼女は相変わらず知的な大人のお姉さんの姿だったが、目には冷たい光が宿っていた。
「任務は失敗。報酬なんてないわ。本当に愚かね。本部はあなたを見捨てることにしたの。これから一生女として生きなさい!」
最後に、秋葉の視界に映ったのは見覚えのある細くて小さなシルエット。アパートの玄関先に佇んでいたその姿は、絶対に間違えようがない人だった。
「妹……」
久しぶりに再会した妹は、ゆっくりと顔を上げた。だが、その表情は陰鬱で、目には嫌悪と軽蔑の色が浮かんでいた。
「兄さん……マジで気持ち悪い。」
「気持ち悪い。」
「本当に気持ち悪い。」
「最っ低……。」
秋葉はまるで床が崩れ落ちるような感覚に襲われ、どこまでも深い闇に引きずり込まれていった。
――そして、秋葉ははっと目を覚ました。ベッドから飛び起きると、背中は冷たい汗でびっしょり。枕元の目覚まし時計が「ピピピッ」とけたたましく鳴っていた。
悪夢だった。
ものすごく怖い悪夢だった。
なんて恐ろしいんだ……。
心臓がまだバクバクしているけれど、夢が夢で本当に良かった。
「夢は逆夢、夢は逆夢、夢は逆夢……」
「夢で見ることは逆になるって言うし、きっとバレないに違いない!」
秋葉はまるで自己暗示をかけるように、何度も呟いた。
目覚まし時計を止め、時刻を確認すると朝の6時。
出発の時間だ。
面接から三日が過ぎていたが、その後、ラマは一度も顔を出さなかった。
面接官からは「連絡を待って」と言われていて、一昨日、今日の出勤通知が届いていた。
出勤時間は朝8時。初日くらいは良い印象を与えたかったので、秋葉は6時にアラームをセットしていたのだ。目的地まで1時間もかからないが、早めに行っておくに越したことはない。
東京でサラリーマンをしていた時に学んだこと――上司に良い第一印象を与えることは、何よりも大事なのだ。
秋葉はまだ自分の「上司」が誰なのかわからないが、“生まれつきの企業戦士”としては、そうするのが正解だと信じていた。
起きてすぐに洗面所で身支度を整え、いざ出発……の前に、服装選びで少し悩んだ。
クローゼットを開けると、数少ない男物の服は全てラマに捨てられていて、代わりに今の体型に合う女の子用の服ばかりが並んでいた。
その時のショックは今でも忘れられない。円安のせいで物価高騰、服は高い。自分の体に合わなくても、あの男物の服を捨てたくなかったのに。
仕方なく、ラマが「補償する」と約束したから渋々承諾したが、補償品がまさかの女装とはね。
ラマ第一定律は健在だった。
秋葉は泣きそうになりながらも自分に言い聞かせた。古い服がたくさんの“新しい服”に変わったんだから、損はしていないと。
だが、秋葉は知らなかった。あの倹約家の魔人組織が、どうして彼女に少し“得”をさせたかというと、ラマが自腹を切って服を買ってくれたからだった。
ラマは自分の趣味を満たすために予算外の服をこっそり追加していたのだ。それも、秋葉の趣味を見透かしたかのような服ばかり。
秋葉は女装への抵抗を見せるため、新しい服にはほとんど手をつけていなかった。袋のまま放置している服も多いので、何があるか全然わからない。
クローゼットの前でしばらく悩んだ末、秋葉は面接時に着たような、Tシャツと長ズボンのセットを選んだ。
女性用デザインではあるが、これが一番中性的な服だった。
スカートなんて絶対に履かない。彼の男としてのプライドが許さない。
「もしスカートを履いたら、その時こそ一生戻れなくなる呪いがかかるに違いない!」と秋葉は心の中で固く誓った。
服を着替え終え、秋葉は出勤に必要な書類を確認し、準備が整った。
出勤場所は、リンクス協会の近くにある東京リンクス学院だ。
リンクス協会は行政や広報、緊急対応を担当する場所だが、東京リンクス学院はリンクスたちの活動拠点となっている。
なぜ学校なのか?リンクスに選ばれるのはほとんどが学生だからだ。東京リンクス協会は、魔人との戦いで学生の学業を犠牲にさせたくなかった。
その結果、東京リンクス学院が設立されたのだ。
この学院は教育機関であると同時に、特殊な訓練施設でもある。リンクスたちは普通の授業を受けながら、能力訓練もできる場所なのだ。
他の都市でも同様の学院が設置されている。
さらに、学院はリンクス以外の女子生徒も受け入れている。魔獣の影響で教育資源が不足している今、リンクスだけがこの優れた環境を独占するのは贅沢すぎるからだ。
普通の女子生徒は一区に、リンクスの生徒は二区に分かれていて、両者は完全に分離されている。
秋葉が向かうのは二区。
7時20分、秋葉はようやく二区の門に到着した。一区よりも目立たない場所にあり、細い路地をいくつも曲がって辿り着いたのだ。
門も一区より小さいが、リンクスの数を考えれば十分だった。
保安ブースには、制服姿のおじさんではなく、リンクス協会の制服を着た二人の若い女性がいた。彼女たちは二十代くらいで、性別転換前の秋葉と同じくらいの年齢に見えるが、生徒ではないのは明らかだ。
秋葉が自分は新しいリンクスであると説明すると、二人は確認した後、彼女を出勤場所へと案内してくれた。
出勤場所は二区の校長室。まだ八時前だったので、秋葉はドアをノックせずに、廊下のベンチに腰掛けて待つことにした。
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