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第一話 シロイオリ

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 東京へ戻り、駅で星と芳桐と別れ事務所へ向かった2人を迎えたのは、満面の笑みを浮かべた鷹松だった。それにどこか薄ら寒さを感じ、権堂の表情が曇る。
「いやぁ2人ともお疲れ様、今回も良くやってくれたね。今朝、俺のところにも木田島さんからお礼の連絡があったよ。今後、もし他にも困っている人がいれば、うちを紹介させてもらうって」
 老舗の大手旅館だからあちこちに顔も広いし、期待大だね!
 ニコニコと上機嫌に言った鷹松は、お土産らしき紙袋を手に、給湯室へと向かう理久を視線で見送る。そうしてから、権堂へ向き直り近付いて来た。
「それはそうと、斎。芳桐君から一応報告は受けてるけど」
 ガッシリと、権堂の肩に回った鷹松の腕。
 厚みのあるその見た目通り権堂もかなり鍛えているが、鷹松も、一見優男に見えていてその実、スーツの下には鍛えられ引き締まった肉体が隠されている事を、権堂は良く知っている。
 お互いに消耗するであろう無駄な力比べは諦め、引き寄せられるままに権堂は鷹松の腕にホールドされた。
「お前、理久に手ぇ出して無ぇだろうな?」
 耳元で囁かれたドスの利いた声。
 チラリと向けた視線の先、先程まで浮かべていた胡散臭い笑みはどこへやら。権堂を覗き込んでくる目には、昔から良く知った鋭さを含んでいた。
「俺はあの子を姉さんから預かっているんだ・・・、お前も知ってるだろ? あの人の怖さ」
 その表情の割に、吐かれたセリフは情けない。だが、言われた言葉に眉を顰め、グググと口を引き結んだ権堂は
「・・・出してねぇよ」
 不満そうに答えた内心で、(ちょっとしか)とこっそり付け加えた。
「大体お前、んな事言うならあんな煽るような条件提示するんじゃねぇよ」
 猶も自身を抱え込んだままの鷹松を、権堂がいい加減に放せと舌打ちして押し退ける。
「何のこと? 俺、煽るような事言ったっけ?」
 それへあっさりと身を放した鷹松は、シレっとした表情を浮かべそう嘯いた。
「宿泊は離れの特別室で、専用の露天風呂が付いててゆっくりできるよって、言っただけだし」
「何の事か分かってんじゃねぇか」
 そういうヤツだよ、お前は。と、言った権堂の溜息に下がった肩。それに苦笑を浮かべた鷹松は、その肩をポンポンと叩いた。
「まぁ何だ。ちゃんとしろって話だよ。分かってんだろ?」
 不意に、先程より声のトーンを柔らかにした鷹松が
「長洲家にとって、理久あのこは〈特別〉なんだよ。生半可な気持ちで手出しされたら本家から睨まれるからな・・・」
 潜めた声で言う。権堂の目が険を含み、僅かに細まった。
「あれ、珍しい」
 ふいに背後から聞こえた声。
 それに二人が振り返ると、給湯室からスマートフォンを見ながら戻ってきた理久が、パッと顔を上げる。
「権堂さん、圭佑さん。和君から相談したい事があるって連絡が有ったんですけど」
「和君? ・・・あぁ、板東さんのところの和瑞かずい君か。何だって?」
 問い返し、鷹松は応接セットのソファへ腰を下ろす。権堂は執務机へ寄りかかり、理久へと視線をやった。
 それに二人を見やった理久は
「和君の知り合いが困ってるみたいなんですけど、詳しい話は、こっちに来て直接話ししたいって」
 言って首を傾げる。
「伯父さんの所で、対処できなかったのかな」
 理久の言葉に、怪訝そうに権堂が片眉を上げる。
「板東さんの所だと、ご供養か・・・。まぁ良い。一度、話聞いてみようか」
 頷いた鷹松が、スマートフォンを取り出し、少し思案する。
「今週末、土曜日の14時からなら時間取れるよ」
 そうしてしばらく予定を確認し言うのに、権堂が「えっ?」と顔を顰めた。
「おい、勝手に決めるな」
 抗議の声を上げた権堂に、だが鷹松はチラリと冷たい視線を送る。
「別に用事なんて無いだろう? まぁ、お前が最近コソコソ出入りしてる【Blue Ocean】のアイナちゃんとの外せない同伴デートの約束でも有るなら、斎は別に同席しなくても良いけど。その場合は俺と理久とで話聞いて、勝手に仕事のスケジュール組むし」
 ただし文句は言わせないと言う鷹松に、権堂はぐぬぬと悔しげな表情を浮かべる。
「お前それ・・・。ってか、何が共同経営だ。これじゃ完全にお前に良いように使われてるだけじゃねぇか」
 ブチブチと不満を零す権堂に「おや」と目を丸くした鷹松は
「何言ってるんだ、共同経営者だからだろう? お前に一任していたら、あっと言う間に事務所を畳むようだ。そうならないように〈健全な経営〉をしてやってるんだから感謝して欲しいくらいだね」
 にっこりと微笑み、ねーと理久へ同意を求める。
 だがそれに、理久は曖昧な笑顔で頷く事しかできないでいた。


 [第一話シロイオリ 完]

 
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