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第一話 シロイオリ

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 途中スタッフに声をかけられた支配人と別れ、全員で一通り敷地内を見て歩いた結果、頻繁に何らかの現象が確認されていると言う場所には、それぞれが干渉し合うように、悪意を込められたと思われる呪物らしき物が巧妙に隠してあった。
 それは何の変哲もないただの石だったり、ホテルが置いた覚えのない小さな置物だったり、一見しただけではそうと判らないように偽装されていた。
 悪意のこもった念を込められ、黒い瘴気を立ち上らせるそれらに、引き寄せられ集まって来たモノ達は、まるで仕掛けられたカゴ罠へ掛かった魚のようだ。そこから離れる事もできずに留まり続け、数を増し、空気の淀みを作っている。
 そうしてその淀みが新たな悪意を呼び、溜まり場となったそこが、人によっては何かが見えたり、体調や気分を悪くしたりする原因となっていた。
 淀みを集める為、仕掛けられたそれらを壊す事自体はそう大変ではない。
 場を視て、それを見極めて、掛けられた呪を浄化すれば取り敢えずその場についてはそれで終わる。
 何かに強い想いを残し留まる思念を、強引に祓い消す事より、清め浄化することを得意とする権堂からすれば、所謂除霊と言われる作業をするよりも楽な作業ではあった。
 だがしかし、それに引き寄せられ、集まってきたモノたちの数が如何せん多い。
 場を壊したとは言え、既に集まっているそれらを勿論放置するわけにも行かない。それらはもちろん、淀んだ場にただ集められただけの彷徨う思念だ。浄霊ではなく除霊せざるを得ない。
 そして今も、佇む廊下の一角。
 一見大型の長毛犬にも見える、黒いモヤモヤとしたモノが廊下の隅へと追い込まれて揺れている。
 塊の中、一部がゆらりと滲んでモヤに深い切れ込みが入ると、そこからふわりと黒い煙が立ち上った。
 深く重い、唸る音。
 鋭く小さく息を吐いた権堂は、ソレに向かってゆるく腕を伸ばす。
 仰向けた掌の上の空気が僅かに輝きを帯びたかと思うと、光の粒子がゆらりと揺れた。
「ただ消すってのは、ホントは性に合わねぇんだけどな・・・」
 勘弁な。
 言った権堂が軽く手を振ると、空気が揺れて微かな風が吹く。
 直後、黒いモノがいた辺りで、パキンッと硬質な何かが割れるような音がした。
 それと同時に、黒いモヤだったそれに入る小さなひび。そこから勢い良く吹き出した、光を帯びた風。
 ビーチボールに空いた穴から勢いよく空気が抜け縮むように、それは見る見るうちに小さくなっていく。そして僅かの間に小さく小さくなり、あっという間に、キラキラと輝きながら空気中へ溶けていった。
「芳桐、5時の方向・・・3、2、1、今!」
 権堂が、確かにそれが消え去るのを確認していたその後ろでは、理久の声に合わせ、芳桐が自身の右斜め後方へ向かい、回し蹴りを繰り出した。
 何もいない空間を鋭く切る長い脚。
 一見すれば仕損じたとも見えるそれ。だが理久は、芳桐の脚が回転した方向線上にあたる壁へ視線を向け、フッと口元に薄い笑みを浮かべる。
「・・・なーんでお前、攻撃だけできるんだろうな」
 その様子を見ていた権堂が、呆れたような声を出す。
 先ほどまで確かにそこへ存在していた、辛うじて人に似た形をした細いモヤは、芳桐の蹴りの威力に吹き飛ばされ、叩きつけられた壁の下で、薄い陽炎のようにゆらゆらと揺れるだけになっていた。
「知らねぇ」
 それへ歩み寄った権堂が、トントンとつま先で床を軽くノックすると、揺れていただけのそれは、煙が大気中へ薄れていくように消えて行く。
「そもそも、あんたらがそう言ってるだけで、俺にはその実感すら無い」
 芳桐は視えるわけでも聞こえるわけでもない。それどころか、普通の感覚の人ですら、なんとなく怖気付く程度に強い気配へすら、何も感じない程鈍感だ。
 だが、何故か攻撃しようと意識して繰り出した身体的な動きは、実体を持たない筈のそれらへ強く影響をする。本人の、預かり知らぬ所で。
「きっと、芳桐の前向きなところとか、生命力とかが影響してるのかもね!」
 すごいね! と、目をキラキラさせ駆け寄ってきた星にニッコリと微笑まれ、表情の薄い芳桐の目が、僅かに笑みに緩む。
 だがそれへ首を傾げた理久は「そんな理由?」と、ダラダラした足取りで隣へとやってきた権堂を見上げる。
 それに肩を竦めるだけで答えた権堂は
「おら、次行くぞ」
 言って、3人を次の場所へと促した。

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