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第一話 シロイオリ
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事の始まりは2週間前。
古びた雑居ビルの、狭く薄暗い階段を上がった3階。そこに有る、ところどころ錆の浮いたスチール製の青いドアに、【くじら特殊サービス】と書かれた小さなプラスチックのプレートが貼られている。
その室内で、不機嫌な様子でソファに座る権堂斎と、その前へ並べられている数枚の請求書とを、長洲理久は冷ややかに見下ろしていた。
「だから、情報収集の為に仕方なくだなぁ」
「経費でなんて、落ちないですよ」
それらには、女性たちが侍り接待をしてくれる、所謂【夜のお店】の名前が漏れなく書かれていた。
何故か流れる、気まずい空気。
だが、理久が冷たい瞳と声を向けている最中、それを破るように、突然大きな音が響いた。
「斎ー、理久ー、いるー?」
ノックも無しに、明るい声と共にドアが勢いよく開かれる。
それにビクリと身を強張らせた理久が振り返った先。簡易に置かれたカウンターの向こうには、見慣れた長身の男性の姿。
仕立ての良さそうな、ダークブラウンのスーツに身を包んだその男は、鷹松圭佑。理久の叔父で権堂の友人でもあり、【くじら特殊サービス】を権堂と共同経営をする経営側の責任者であり、ついでにこのビルのオーナーでもある。
「圭佑さん? あれ、今日来る予定有ったっけ?」
理久からすれば〈叔父さん〉ではあるが、〈オジサン〉という響きを嫌う叔父が望むよう、名前で呼びかけた理久が鷹松へ歩み寄る。と、差し出された紙袋。
「お土産」
受け取った理久が中身を確認するのを横目に見て、鷹松は権堂の向かい側のソファへ腰を下ろした。
「え? F県に行ってたの?」
問いかけに頷いた鷹松は
「うん、仕事の付き合いと依頼者に会いにね」
言って、理久へも座るように促す。そうして並んで座る二人を前に
「さてじゃあそんな訳で、お仕事の話だよ」
ニッコリ笑ってその長い足を優雅に組んで見せた鷹松に、権堂は軽く舌打ちをすると、これ見よがしに溜息をついた。
都内某所の雑居ビルに事務所を構える【くじら特殊サービス】は、鷹松が経営代表を、権堂が運営代表を務める会社だ。
扱うのは、所謂【心霊現象】。
山奥の小さな村でひっそりと、村民から長きに渡り崇められてきた神社で代々巫覡を務めてきた長洲家。その中でも、特に力が強いと言われる母の血を引いている筈なのに、鷹松は、人ならざるもののその輪郭を、ぼんやりと捉える程度に視えるだけで、その声を聞くこともできず、それへ干渉する力も持たなかった。
そんな鷹松が、本人望まざるとも視えそして、それへ強く干渉する能力をも持つ権堂と出会ったのは、鷹松が未だ長洲圭佑だった頃。村から離れた都会の進学校へ、逃げるように進んだ時の事だった。
初めこそお互い積極的に関わる事を避けていた節のあった二人だが、ひょんなことから意気投合をすると、その友人関係は高校の3年間だけに留まらず、意図せず同じ大学に進む事になってからも続いた。
大学時代、2人の共通の友人を助けた事をきっかけに、密かに広まった噂が噂を呼び、集まるようになった相談ごと。こうなったらいっそアルバイト代わりだと、顔の広い鷹松を通じ集まってくるそれらを2人で解決していたが、それはいつの間にか友人知人大学内だけに留まらず裾野を広げ、大学を卒業してからも続く事になってしまっていた。そうして気付けば、別に飲食業を経営する鷹松にとっては割の良い副業に。運営代表として依頼者からの相談とその解決を担う権堂にとっては、生業となっていた。
現在でも学生時代と変わらず、依頼は主に、仕事柄顔の広い鷹松を介して入ってくる。
今日も今日とて、そうして依頼を携えてやってきた鷹松は、理久が淹れたお茶を一口啜ると
「昨日見てきたら、なかなか大変そうだったんだけどね」
やれやれと自身の肩を軽く揉みながら話を始めた。
曰く、それは彼の知人からの相談で、親戚が経営する温泉地の老舗観光ホテルでここ2~3ヶ月、所謂〈怪奇現象〉が続いているとの事だった。
ホテル敷地内の至る所で幽霊の目撃情報が増え、深夜明け方時間を問わず、逃げるように帰っていく客が増えているのだと言う。また、現象を怖がり去っていくスタッフや、残ってくれていても体調を崩してしまうスタッフもおり、人手も足りずにほとほと困ってしまっているとの話だった。
その上、最近ではSNS等での噂やクチコミなどもあり、客足は激減してしまい、このままでは近いうちに経営が立ち行かなくなってしまうと。
「そんでまた、そういうのを配信ネタにしたくて泊まりに来るお客さんもいるみたいでね。泊まりに来てくれるのは良いけど、正直、良くない噂を広められるのはホテルとしては迷惑だし、どうにかしたいって相談されたんだよね」
仕事で世話になっている知人から、とにかく一度依頼人に会ってやって欲しいと、請われて現地を訪れた鷹松だったが、一目見てこれは明らかに異常だと判断をしたのだと言う。
「異常って?」
理久の問いかけに、ふっと目を笑みに細めた鷹松は
「そうだなぁ・・・。俺はそんなに視える方じゃないのは理久も知ってるだろうけど、そんな俺が視ても、瞬時に分かるって、感じかな」
これは良くないって。
「何度か、地元でも有名な能力者だかにお祓いもしてもらったらしい。だけど状況は一向に良くならないみたいでね。これは本格的に畳むしか無いんじゃないかって頭を抱えているのを、俺の知り合いが、最後だと思ってってうちを紹介したらしい」
言って、組んだ脚に頬杖をついて、興味なさそうに眇めた目でこちらを伺う権堂へ視線を移す。
「ギャラは通常の仕事の3割増し。交通費宿泊費として通常請求してる諸経費に加えて、長距離出張の割増料金。おまけに朝夕の食事付き。悪い条件じゃないだろう?」
その言葉に、「3割増し?」と目を輝かせて口へ笑みを浮かべた理久の隣で
「2対8だな」
言う権堂。
「4対6」
返す鷹松の答え。
それへ権堂はドサリとソファの背もたれへ寄りかかると
「ふざけんな、話にならん」
言って、茶と並び目の前へ置かれた、土産の温泉饅頭へ手を伸ばす。
だが、権堂が手にしたそれを身を乗り出して奪い取った鷹松は
「今回は移動距離も長いからと、通常設定の諸経費に出張割増料金を追加させて更に飯、その上で報酬自体の割増交渉をしたのは俺だ」
ペリペリと包装フィルムを剥がして、饅頭へ齧りついた。そうしてもぐもぐと口を動かし咀嚼して飲み込むと、理久が淹れた緑茶を一口啜る。
だが、ハッと鼻で笑った権堂は
「お前が一目見ただけでヤベェって思う案件だろ? 内容に見合った報酬も満足に出ねぇような仕事なんざ端から受ける気ねぇよ」
旨味も無しに、何故わざわざ何時間もかけて遠出までしてやらなければならないのかと、言って、鷹松の前に置かれた、まだ手の付けられていない饅頭を掴んだ。
しかし鷹松はその目を笑みの形に細めると、パッと理久へ顔を向け
「そうそう理久、夕飯は豪華海の幸とブランド和牛A5ランクステーキ付きだって」
明るい声でそう告げる。
それへパッと、理久の顔へ浮かぶ喜色。
「え? 凄いじゃん」
そうして弾む声を上げる甥っ子に、笑顔でうんうんと頷いた鷹松は、ゆったりと組んでいた脚を下ろし
「それにな斎・・・」
長い脚へ両肘を付いて、組んだ手へ口元を寄せる。
「宿泊は離れの特別室だ。しかも部屋専用の露天風呂付き」
少し抑えた声が告げたそれに、ピクリと、権堂の眉が微かに上がる。
「まぁ、お前がどうしても今月のテナント料の半分を、依頼達成費からの割合相殺じゃなく、俺に現金できっちり支払いたいって言うなら、それでも良いけどな。今月まだ大した仕事してねぇだろ」
「・・・3対7だ」
多少苦々しげながらも、先程よりも譲歩した権堂に、ううんと仰向いた鷹松は、ややしてフッと息を吐くと
「ま、良いか。今回はそれで手を打とう」
にっこり笑って、ぽんっと膝を打った。
それから5日後。
鷹松から渡された切符を手に、向かった駅の新幹線ホームで予期せず待っていたのは、見慣れた2つの顔。
「権堂先生! 長洲くん! 待ってたよー」
ニコニコと上機嫌に手を振っている星翔一郎と、その後ろへいつも通り控えるように佇む、どこか不満気な芳桐仁美の姿を見た瞬間、何かを悟った権堂は「そういう事か」と嘆息し、ガシガシと自分の頭をかき回す。
「あいつがあんな条件言ってくんのおかしいとは思ったんだ」
楽しみだなぁと、遠足に向かう子供のようにはしゃぐ星に釣られたのか、自身もどこか楽しそうにしながら、2人がいる理由を問いかけている理久の姿を目にした権堂が、溜息混じりに呟いた言葉。
それを耳聡く拾った芳桐が
「俺たちは今日、鷹松さんからバイトとして雇われた」
落ち着いた声でそう告げる。
「あぁ? バイト?」
それに胡乱な声で返した権堂へ
「翔一郎はあんたの手伝いと聞かされているようだが、俺は、長洲の身をあんたの危険から守るようにと」
頷いた芳桐の平坦な声が返した言葉へ、顔を顰めた権堂は忌々し気に舌打ちする。
「身の危険・・・。あの野郎、人聞きの悪い・・・」
「俺としては翔一郎をあんたたちに近付けたくは無いんだが。あんたの仕事に同行って聞いて、翔一郎が二つ返事で話に乗ってしまったから、仕方なく・・・」
言って今度は芳桐が、本当ならば来たくはなかったのだと苦い表情を浮かべた。
「だったら帰って良いぞ」
もちろん坊っちゃん連れてな。
権堂が言えば
「できるなら俺だってそうしたい」
芳桐はムッと眉を顰めた。
「・・・難儀なもんだな」
「あんたに言われたくない」
ボソボソと話す二人の耳に、新幹線がホームへ侵入してくるアナウンスが聞こえる。
「権堂先生、7号車は向こうですよ」
はしゃいだ星の声が呼びかける。権堂はやれやれと溜息に肩を落とし、芳桐は舌打ちせんばかりに渋い顔で、横に立つ権堂へ鋭い視線を向けた。
「俺はあくまでも翔一郎のボディガードだ。長洲の身の危険なんて正直どうでも良い。だけど一応翔一郎の手前、鷹松さんからのバイトも無視する訳にも行かないし、頼むから大人しくしててくださいよ」
そうして不本意にかけられた忠告に、権堂は苦々し気に顔を歪めた。
古びた雑居ビルの、狭く薄暗い階段を上がった3階。そこに有る、ところどころ錆の浮いたスチール製の青いドアに、【くじら特殊サービス】と書かれた小さなプラスチックのプレートが貼られている。
その室内で、不機嫌な様子でソファに座る権堂斎と、その前へ並べられている数枚の請求書とを、長洲理久は冷ややかに見下ろしていた。
「だから、情報収集の為に仕方なくだなぁ」
「経費でなんて、落ちないですよ」
それらには、女性たちが侍り接待をしてくれる、所謂【夜のお店】の名前が漏れなく書かれていた。
何故か流れる、気まずい空気。
だが、理久が冷たい瞳と声を向けている最中、それを破るように、突然大きな音が響いた。
「斎ー、理久ー、いるー?」
ノックも無しに、明るい声と共にドアが勢いよく開かれる。
それにビクリと身を強張らせた理久が振り返った先。簡易に置かれたカウンターの向こうには、見慣れた長身の男性の姿。
仕立ての良さそうな、ダークブラウンのスーツに身を包んだその男は、鷹松圭佑。理久の叔父で権堂の友人でもあり、【くじら特殊サービス】を権堂と共同経営をする経営側の責任者であり、ついでにこのビルのオーナーでもある。
「圭佑さん? あれ、今日来る予定有ったっけ?」
理久からすれば〈叔父さん〉ではあるが、〈オジサン〉という響きを嫌う叔父が望むよう、名前で呼びかけた理久が鷹松へ歩み寄る。と、差し出された紙袋。
「お土産」
受け取った理久が中身を確認するのを横目に見て、鷹松は権堂の向かい側のソファへ腰を下ろした。
「え? F県に行ってたの?」
問いかけに頷いた鷹松は
「うん、仕事の付き合いと依頼者に会いにね」
言って、理久へも座るように促す。そうして並んで座る二人を前に
「さてじゃあそんな訳で、お仕事の話だよ」
ニッコリ笑ってその長い足を優雅に組んで見せた鷹松に、権堂は軽く舌打ちをすると、これ見よがしに溜息をついた。
都内某所の雑居ビルに事務所を構える【くじら特殊サービス】は、鷹松が経営代表を、権堂が運営代表を務める会社だ。
扱うのは、所謂【心霊現象】。
山奥の小さな村でひっそりと、村民から長きに渡り崇められてきた神社で代々巫覡を務めてきた長洲家。その中でも、特に力が強いと言われる母の血を引いている筈なのに、鷹松は、人ならざるもののその輪郭を、ぼんやりと捉える程度に視えるだけで、その声を聞くこともできず、それへ干渉する力も持たなかった。
そんな鷹松が、本人望まざるとも視えそして、それへ強く干渉する能力をも持つ権堂と出会ったのは、鷹松が未だ長洲圭佑だった頃。村から離れた都会の進学校へ、逃げるように進んだ時の事だった。
初めこそお互い積極的に関わる事を避けていた節のあった二人だが、ひょんなことから意気投合をすると、その友人関係は高校の3年間だけに留まらず、意図せず同じ大学に進む事になってからも続いた。
大学時代、2人の共通の友人を助けた事をきっかけに、密かに広まった噂が噂を呼び、集まるようになった相談ごと。こうなったらいっそアルバイト代わりだと、顔の広い鷹松を通じ集まってくるそれらを2人で解決していたが、それはいつの間にか友人知人大学内だけに留まらず裾野を広げ、大学を卒業してからも続く事になってしまっていた。そうして気付けば、別に飲食業を経営する鷹松にとっては割の良い副業に。運営代表として依頼者からの相談とその解決を担う権堂にとっては、生業となっていた。
現在でも学生時代と変わらず、依頼は主に、仕事柄顔の広い鷹松を介して入ってくる。
今日も今日とて、そうして依頼を携えてやってきた鷹松は、理久が淹れたお茶を一口啜ると
「昨日見てきたら、なかなか大変そうだったんだけどね」
やれやれと自身の肩を軽く揉みながら話を始めた。
曰く、それは彼の知人からの相談で、親戚が経営する温泉地の老舗観光ホテルでここ2~3ヶ月、所謂〈怪奇現象〉が続いているとの事だった。
ホテル敷地内の至る所で幽霊の目撃情報が増え、深夜明け方時間を問わず、逃げるように帰っていく客が増えているのだと言う。また、現象を怖がり去っていくスタッフや、残ってくれていても体調を崩してしまうスタッフもおり、人手も足りずにほとほと困ってしまっているとの話だった。
その上、最近ではSNS等での噂やクチコミなどもあり、客足は激減してしまい、このままでは近いうちに経営が立ち行かなくなってしまうと。
「そんでまた、そういうのを配信ネタにしたくて泊まりに来るお客さんもいるみたいでね。泊まりに来てくれるのは良いけど、正直、良くない噂を広められるのはホテルとしては迷惑だし、どうにかしたいって相談されたんだよね」
仕事で世話になっている知人から、とにかく一度依頼人に会ってやって欲しいと、請われて現地を訪れた鷹松だったが、一目見てこれは明らかに異常だと判断をしたのだと言う。
「異常って?」
理久の問いかけに、ふっと目を笑みに細めた鷹松は
「そうだなぁ・・・。俺はそんなに視える方じゃないのは理久も知ってるだろうけど、そんな俺が視ても、瞬時に分かるって、感じかな」
これは良くないって。
「何度か、地元でも有名な能力者だかにお祓いもしてもらったらしい。だけど状況は一向に良くならないみたいでね。これは本格的に畳むしか無いんじゃないかって頭を抱えているのを、俺の知り合いが、最後だと思ってってうちを紹介したらしい」
言って、組んだ脚に頬杖をついて、興味なさそうに眇めた目でこちらを伺う権堂へ視線を移す。
「ギャラは通常の仕事の3割増し。交通費宿泊費として通常請求してる諸経費に加えて、長距離出張の割増料金。おまけに朝夕の食事付き。悪い条件じゃないだろう?」
その言葉に、「3割増し?」と目を輝かせて口へ笑みを浮かべた理久の隣で
「2対8だな」
言う権堂。
「4対6」
返す鷹松の答え。
それへ権堂はドサリとソファの背もたれへ寄りかかると
「ふざけんな、話にならん」
言って、茶と並び目の前へ置かれた、土産の温泉饅頭へ手を伸ばす。
だが、権堂が手にしたそれを身を乗り出して奪い取った鷹松は
「今回は移動距離も長いからと、通常設定の諸経費に出張割増料金を追加させて更に飯、その上で報酬自体の割増交渉をしたのは俺だ」
ペリペリと包装フィルムを剥がして、饅頭へ齧りついた。そうしてもぐもぐと口を動かし咀嚼して飲み込むと、理久が淹れた緑茶を一口啜る。
だが、ハッと鼻で笑った権堂は
「お前が一目見ただけでヤベェって思う案件だろ? 内容に見合った報酬も満足に出ねぇような仕事なんざ端から受ける気ねぇよ」
旨味も無しに、何故わざわざ何時間もかけて遠出までしてやらなければならないのかと、言って、鷹松の前に置かれた、まだ手の付けられていない饅頭を掴んだ。
しかし鷹松はその目を笑みの形に細めると、パッと理久へ顔を向け
「そうそう理久、夕飯は豪華海の幸とブランド和牛A5ランクステーキ付きだって」
明るい声でそう告げる。
それへパッと、理久の顔へ浮かぶ喜色。
「え? 凄いじゃん」
そうして弾む声を上げる甥っ子に、笑顔でうんうんと頷いた鷹松は、ゆったりと組んでいた脚を下ろし
「それにな斎・・・」
長い脚へ両肘を付いて、組んだ手へ口元を寄せる。
「宿泊は離れの特別室だ。しかも部屋専用の露天風呂付き」
少し抑えた声が告げたそれに、ピクリと、権堂の眉が微かに上がる。
「まぁ、お前がどうしても今月のテナント料の半分を、依頼達成費からの割合相殺じゃなく、俺に現金できっちり支払いたいって言うなら、それでも良いけどな。今月まだ大した仕事してねぇだろ」
「・・・3対7だ」
多少苦々しげながらも、先程よりも譲歩した権堂に、ううんと仰向いた鷹松は、ややしてフッと息を吐くと
「ま、良いか。今回はそれで手を打とう」
にっこり笑って、ぽんっと膝を打った。
それから5日後。
鷹松から渡された切符を手に、向かった駅の新幹線ホームで予期せず待っていたのは、見慣れた2つの顔。
「権堂先生! 長洲くん! 待ってたよー」
ニコニコと上機嫌に手を振っている星翔一郎と、その後ろへいつも通り控えるように佇む、どこか不満気な芳桐仁美の姿を見た瞬間、何かを悟った権堂は「そういう事か」と嘆息し、ガシガシと自分の頭をかき回す。
「あいつがあんな条件言ってくんのおかしいとは思ったんだ」
楽しみだなぁと、遠足に向かう子供のようにはしゃぐ星に釣られたのか、自身もどこか楽しそうにしながら、2人がいる理由を問いかけている理久の姿を目にした権堂が、溜息混じりに呟いた言葉。
それを耳聡く拾った芳桐が
「俺たちは今日、鷹松さんからバイトとして雇われた」
落ち着いた声でそう告げる。
「あぁ? バイト?」
それに胡乱な声で返した権堂へ
「翔一郎はあんたの手伝いと聞かされているようだが、俺は、長洲の身をあんたの危険から守るようにと」
頷いた芳桐の平坦な声が返した言葉へ、顔を顰めた権堂は忌々し気に舌打ちする。
「身の危険・・・。あの野郎、人聞きの悪い・・・」
「俺としては翔一郎をあんたたちに近付けたくは無いんだが。あんたの仕事に同行って聞いて、翔一郎が二つ返事で話に乗ってしまったから、仕方なく・・・」
言って今度は芳桐が、本当ならば来たくはなかったのだと苦い表情を浮かべた。
「だったら帰って良いぞ」
もちろん坊っちゃん連れてな。
権堂が言えば
「できるなら俺だってそうしたい」
芳桐はムッと眉を顰めた。
「・・・難儀なもんだな」
「あんたに言われたくない」
ボソボソと話す二人の耳に、新幹線がホームへ侵入してくるアナウンスが聞こえる。
「権堂先生、7号車は向こうですよ」
はしゃいだ星の声が呼びかける。権堂はやれやれと溜息に肩を落とし、芳桐は舌打ちせんばかりに渋い顔で、横に立つ権堂へ鋭い視線を向けた。
「俺はあくまでも翔一郎のボディガードだ。長洲の身の危険なんて正直どうでも良い。だけど一応翔一郎の手前、鷹松さんからのバイトも無視する訳にも行かないし、頼むから大人しくしててくださいよ」
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