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第512話 かつての契約
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部屋中に響く笑い声。そんな笑い声につられてまた誰かが笑い出す。何とも賑やかで楽しげな時間は延々と続く。話の内容は他愛ないものだ。しかしそれが実に楽しく心地よい。そしてひとしきり笑い終えた後に少し真面目な話が始まる。
「世界樹の件ですが…ありがとう。まさか世界樹を復活させてくれるとは思いもしなかった。…複数の植物を用いて世界樹の効能に似た空間を生み出すだけでよかったのだすが、まさかまさかですね。」
「俺もこんなことができるとは思いもしませんでしたけどね。ああ、あの時預かった種ですが…栽培することに成功したのでお渡ししますね。」
ミチナガはスマホの中から片手に収まるほどの小さな実を取り出した。モチモチと弾力あるその果実を見たルシュールは驚き目を見開く。しかしすぐに冷静になったのか笑みを見せた。
「生命の実…見るのは私も初めてです。世界樹の力を吸収し結実する果実。その実には世界樹の力が内包されているといいますが、なるほど。確かに世界樹の力が溢れている。花を咲かせるだけでも偉業であるのに実までつけましたか。」
「まあ俺は世界樹を持っていますからね。10年に1度しか実りませんが、その辺もうまくやって今じゃ大量に持っていますよ。ですのであの時のお礼です。」
「ありがとうございます。……ですがもうこれは…」
「必要ない…ですよね。これは世界樹の力の塊。人間が食べれば猛毒になります。エルフだろうと例外じゃない。というよりこの果実を食せる生物は精霊と…かろうじて妖精くらいですかね。」
かつてルシュールから授けられた生命の実(第30話参照)。世界樹が一度失われてからその情報はほとんど失われたが、かつては猛毒の果実として知られていた。ただ猛毒であっても毎年数人が亡くなっていた。
というのも一部ではこの果実を食せば世界樹の力が手に入ると言われていたからだ。そしてその噂は事実であった。ただしただの人間に世界樹の強大な力は毒にしかならなかった。
世界樹の力を取り込めるのは精霊とそれに準ずる生物だけだ。そしてそれこそがルシュールがこの生命の実を育てる理由でもあった。
「…知りましたか。」
「ええ、俺が直接…というわけじゃありませんが、使い魔を通して聞きました。あなたの師匠である霧の魔帝こと…雲の大精霊から。」
この生命の実を求めていたのはルシュールともう一人いた。それが霧の魔帝こと雲の大精霊だ。そしてなぜ雲の大精霊がこの生命の実を求めたか。それは実に簡単だ。雲の大精霊は衰える力を回復するために生命の実を求めたのだ。
「…師匠は元気ですか?」
「ええ、今じゃかつてのように世界樹の樹上で雲を生み出していますよ。ただ…代替わりを考えなくてはならないとのことでした。ただしそれは自身を生まれ変わらせることによってですがね。だからルシュールさん、あなたの役目はなくなりました。」
「そうですか…それは何だか……少し残念です。」
ルシュールは上を見上げる。その表情はちゃんと見えなかったが、確かに少し残念そうな表情をしていた。今の言葉は本心なのだろう。しかしミチナガとしては喜ばしいことだ。これでルシュールが雲の大精霊に取り込まれることはなくなった。
「一度雲の大精霊に会いに行ってください。そこで自ら伝えられるとは思いますが、あらかじめ言っておきます。契約の破棄はない。ただしそれは最終項目以外の破棄です。最終項目に関しては履行する必要性がなくなったので破棄したが、それ以外はルシュールさんが必要になるだろうから契約続行にすると。」
「…師匠らしいですね。ありがとうございます。……今年は植物展が開催されるのでその時にでも挨拶に伺いましょう。」
「ええ、それが良いですね。あの大会どんどん規模が大きくなっていますから優勝は大変ですよ。」
「問題ありません。今年は新品種の開発に成功しましたから。よかったら見ていきませんか?」
「いいですね。是非ともお願いします。」
昼食を終えたミチナガはルシュール秘蔵の植物ハウスへと案内される。そこではユグドラシル国の植物展で展示する植物の改良が行われている。過去最多優勝を誇るルシュールというだけあってそのレベルは非常に高い。
その後も夕食の時間までひとしきり新品種の自慢を聞き、夕食もご馳走になったところでミチナガはホテルへと帰った。何とも充実した1日であった。そして満足したまま寝ようとした時、部屋にクラウンが訪ねてきた。
「寝るとこだったか。悪い…だが少し気になってな。」
「ん?ああ、ルシュールさんのことか?面白い人だったろ?」
「それもそうなんだが大精霊とか何とか…言いたくなかったら別に良いが…」
「ん~~…まあいいだろ。ただし他言無用だぞ。今お茶でも入れるわ。」
寝るのを中断しお茶の準備をするミチナガ。そしてお互いに席に着き、お茶の用意も終わったところでミチナガは話出した。
「そうだな…どこから話そうか。まずはエルフたちのことを知っておいた方が良いか。エルフの…その中でも戦士の部類に入るエルフたちは自身を精霊化させることに重きを置いている。精霊化したエルフは国の重鎮になれるほどだ。ただこれは非常に成功率が低い。失敗して死ぬものもいるし、成功しても寿命が大きく削られることがある。」
「その辺は少し知っている。自然信仰ゆえの自然の力そのものである精霊に憧れているとか。」
「そう。そしてルシュールさんも同じ考えを持っていた。最初に聞いたときはどうでも良いと言っていたが、そんなことはなかったんだな。ただし、ルシュールさんにはその才能がなかった。適性のある精霊がほとんどいなかったんだ。…彼を除いて。」
「それが雲の大精霊ってやつか?」
「そうだ。ただし正確には適正があったわけじゃない。雲の大精霊の強大な力ならば何とか無理やり適応できるくらいなものだったらしい。だからルシュールさんは契約を結んだ。寿命を終える前に雲の大精霊にその肉体を捧げる代わりに雲の…正確には霧の力を与える契約を。」
「…そんなことが可能なのか?」
「理論上は可能だ。ただしそんなことをする精霊はいない。なぜなら精霊は自然そのもの。人間の肉体を取り込むなんて外法も外法。精霊としての格を下げる行為だ。しかし雲の大精霊は悲願をなすためにその外法を数百年に渡って行った。そして次に取り込むのはルシュールさんだったわけだ。」
雲の大精霊はいつの日か世界樹を奪った男、ゴディアンが蘇ると信じて世界樹を取り戻すために力を蓄え続けた。しかしなぜそんな確証もないことを信じ続けたか。それはおそらく白獣の誰かが雲の大精霊にそれを教えたからだろう。何ならその肉体を捧げたのかもしれない。
雲の大精霊の存在も計画の一部だ。だからこそ死なせるわけにはいかなかった。何としてでも生きて守り通してもらわなくてはならなかった。
「しかし世界樹が戻った今、その契約は一部破棄された。世界樹が戻ったから雲の大精霊はかつてのように世界樹の頂点にて雲を張り、強い日差しから守っている。雲の大精霊だって好き好んで人間を取り込みたいわけじゃない。必要ないならやりたくはないんだ。」
「そして今まで迷惑かけたから代償として力の貸与はし続けるってことか。…生命の実も雲の大精霊の力を維持させるためか。」
「ああ、雲の大精霊は世界樹の力を得ていた精霊だからな。世界樹がなくなりどんどん力が衰えていくのを人間の肉体を取り込んで代わりにしていたんだ。もしも生命の実の生産に成功していたら人間取り込む必要もないからな。ルシュールさんが植物に詳しいのもそういう理由だ。」
しかし改めて考えるとルシュールは今後どうしていくのだろうか。ルシュールは人生のほとんどを雲の大精霊のために生きてきた。力をつけるために人間の国に移り住み、多くの戦争に参加することで魔帝クラスの上位の力を手に入れた。
植物も生命の実を育てることから始まった。世界樹の力の再現をするために多くの品種改良を行なってきた。
そして今後ルシュールがその肉体を精霊化することはできないだろう。精霊との適性が異常に低いルシュールでは雲の大精霊以外にその可能性を見出せる存在はいない。
ミチナガは一人の男の夢を喪失させた。そう思う一方でルシュールがこれまで通りこの地で生き、この地でその命を終えることを嬉しく思う自分がいる。何が幸せで何が不幸かはわからないが、ルシュールが新しい喜びを見いだせることを祈る。
「世界樹の件ですが…ありがとう。まさか世界樹を復活させてくれるとは思いもしなかった。…複数の植物を用いて世界樹の効能に似た空間を生み出すだけでよかったのだすが、まさかまさかですね。」
「俺もこんなことができるとは思いもしませんでしたけどね。ああ、あの時預かった種ですが…栽培することに成功したのでお渡ししますね。」
ミチナガはスマホの中から片手に収まるほどの小さな実を取り出した。モチモチと弾力あるその果実を見たルシュールは驚き目を見開く。しかしすぐに冷静になったのか笑みを見せた。
「生命の実…見るのは私も初めてです。世界樹の力を吸収し結実する果実。その実には世界樹の力が内包されているといいますが、なるほど。確かに世界樹の力が溢れている。花を咲かせるだけでも偉業であるのに実までつけましたか。」
「まあ俺は世界樹を持っていますからね。10年に1度しか実りませんが、その辺もうまくやって今じゃ大量に持っていますよ。ですのであの時のお礼です。」
「ありがとうございます。……ですがもうこれは…」
「必要ない…ですよね。これは世界樹の力の塊。人間が食べれば猛毒になります。エルフだろうと例外じゃない。というよりこの果実を食せる生物は精霊と…かろうじて妖精くらいですかね。」
かつてルシュールから授けられた生命の実(第30話参照)。世界樹が一度失われてからその情報はほとんど失われたが、かつては猛毒の果実として知られていた。ただ猛毒であっても毎年数人が亡くなっていた。
というのも一部ではこの果実を食せば世界樹の力が手に入ると言われていたからだ。そしてその噂は事実であった。ただしただの人間に世界樹の強大な力は毒にしかならなかった。
世界樹の力を取り込めるのは精霊とそれに準ずる生物だけだ。そしてそれこそがルシュールがこの生命の実を育てる理由でもあった。
「…知りましたか。」
「ええ、俺が直接…というわけじゃありませんが、使い魔を通して聞きました。あなたの師匠である霧の魔帝こと…雲の大精霊から。」
この生命の実を求めていたのはルシュールともう一人いた。それが霧の魔帝こと雲の大精霊だ。そしてなぜ雲の大精霊がこの生命の実を求めたか。それは実に簡単だ。雲の大精霊は衰える力を回復するために生命の実を求めたのだ。
「…師匠は元気ですか?」
「ええ、今じゃかつてのように世界樹の樹上で雲を生み出していますよ。ただ…代替わりを考えなくてはならないとのことでした。ただしそれは自身を生まれ変わらせることによってですがね。だからルシュールさん、あなたの役目はなくなりました。」
「そうですか…それは何だか……少し残念です。」
ルシュールは上を見上げる。その表情はちゃんと見えなかったが、確かに少し残念そうな表情をしていた。今の言葉は本心なのだろう。しかしミチナガとしては喜ばしいことだ。これでルシュールが雲の大精霊に取り込まれることはなくなった。
「一度雲の大精霊に会いに行ってください。そこで自ら伝えられるとは思いますが、あらかじめ言っておきます。契約の破棄はない。ただしそれは最終項目以外の破棄です。最終項目に関しては履行する必要性がなくなったので破棄したが、それ以外はルシュールさんが必要になるだろうから契約続行にすると。」
「…師匠らしいですね。ありがとうございます。……今年は植物展が開催されるのでその時にでも挨拶に伺いましょう。」
「ええ、それが良いですね。あの大会どんどん規模が大きくなっていますから優勝は大変ですよ。」
「問題ありません。今年は新品種の開発に成功しましたから。よかったら見ていきませんか?」
「いいですね。是非ともお願いします。」
昼食を終えたミチナガはルシュール秘蔵の植物ハウスへと案内される。そこではユグドラシル国の植物展で展示する植物の改良が行われている。過去最多優勝を誇るルシュールというだけあってそのレベルは非常に高い。
その後も夕食の時間までひとしきり新品種の自慢を聞き、夕食もご馳走になったところでミチナガはホテルへと帰った。何とも充実した1日であった。そして満足したまま寝ようとした時、部屋にクラウンが訪ねてきた。
「寝るとこだったか。悪い…だが少し気になってな。」
「ん?ああ、ルシュールさんのことか?面白い人だったろ?」
「それもそうなんだが大精霊とか何とか…言いたくなかったら別に良いが…」
「ん~~…まあいいだろ。ただし他言無用だぞ。今お茶でも入れるわ。」
寝るのを中断しお茶の準備をするミチナガ。そしてお互いに席に着き、お茶の用意も終わったところでミチナガは話出した。
「そうだな…どこから話そうか。まずはエルフたちのことを知っておいた方が良いか。エルフの…その中でも戦士の部類に入るエルフたちは自身を精霊化させることに重きを置いている。精霊化したエルフは国の重鎮になれるほどだ。ただこれは非常に成功率が低い。失敗して死ぬものもいるし、成功しても寿命が大きく削られることがある。」
「その辺は少し知っている。自然信仰ゆえの自然の力そのものである精霊に憧れているとか。」
「そう。そしてルシュールさんも同じ考えを持っていた。最初に聞いたときはどうでも良いと言っていたが、そんなことはなかったんだな。ただし、ルシュールさんにはその才能がなかった。適性のある精霊がほとんどいなかったんだ。…彼を除いて。」
「それが雲の大精霊ってやつか?」
「そうだ。ただし正確には適正があったわけじゃない。雲の大精霊の強大な力ならば何とか無理やり適応できるくらいなものだったらしい。だからルシュールさんは契約を結んだ。寿命を終える前に雲の大精霊にその肉体を捧げる代わりに雲の…正確には霧の力を与える契約を。」
「…そんなことが可能なのか?」
「理論上は可能だ。ただしそんなことをする精霊はいない。なぜなら精霊は自然そのもの。人間の肉体を取り込むなんて外法も外法。精霊としての格を下げる行為だ。しかし雲の大精霊は悲願をなすためにその外法を数百年に渡って行った。そして次に取り込むのはルシュールさんだったわけだ。」
雲の大精霊はいつの日か世界樹を奪った男、ゴディアンが蘇ると信じて世界樹を取り戻すために力を蓄え続けた。しかしなぜそんな確証もないことを信じ続けたか。それはおそらく白獣の誰かが雲の大精霊にそれを教えたからだろう。何ならその肉体を捧げたのかもしれない。
雲の大精霊の存在も計画の一部だ。だからこそ死なせるわけにはいかなかった。何としてでも生きて守り通してもらわなくてはならなかった。
「しかし世界樹が戻った今、その契約は一部破棄された。世界樹が戻ったから雲の大精霊はかつてのように世界樹の頂点にて雲を張り、強い日差しから守っている。雲の大精霊だって好き好んで人間を取り込みたいわけじゃない。必要ないならやりたくはないんだ。」
「そして今まで迷惑かけたから代償として力の貸与はし続けるってことか。…生命の実も雲の大精霊の力を維持させるためか。」
「ああ、雲の大精霊は世界樹の力を得ていた精霊だからな。世界樹がなくなりどんどん力が衰えていくのを人間の肉体を取り込んで代わりにしていたんだ。もしも生命の実の生産に成功していたら人間取り込む必要もないからな。ルシュールさんが植物に詳しいのもそういう理由だ。」
しかし改めて考えるとルシュールは今後どうしていくのだろうか。ルシュールは人生のほとんどを雲の大精霊のために生きてきた。力をつけるために人間の国に移り住み、多くの戦争に参加することで魔帝クラスの上位の力を手に入れた。
植物も生命の実を育てることから始まった。世界樹の力の再現をするために多くの品種改良を行なってきた。
そして今後ルシュールがその肉体を精霊化することはできないだろう。精霊との適性が異常に低いルシュールでは雲の大精霊以外にその可能性を見出せる存在はいない。
ミチナガは一人の男の夢を喪失させた。そう思う一方でルシュールがこれまで通りこの地で生き、この地でその命を終えることを嬉しく思う自分がいる。何が幸せで何が不幸かはわからないが、ルシュールが新しい喜びを見いだせることを祈る。
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