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第488話 彼の見る夢

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 スキップをするリッキーくんの周囲には楽しげな音楽が聞こえ始め、森の中だというのに甘い香りまでしてきた。そしてその瞬間、察しの良い吸血鬼たちは耳と口を塞いだ。

「幻術だ!魔力で呼吸器官、聴覚器官を守れ!!」

 可愛らしい見た目に騙され油断した吸血鬼はすでに深い幻術の夢の世界に入っている。とっさに守れたのは一部の吸血鬼の貴族たちだけだ。しかし過去の吸血鬼の魔神の中には今のリッキーくんを鼻で笑うものもいる。

「幻術、催眠術の類は吸血鬼の一番得意とする分野だ。人間をかどわかし、血を啜る。古き吸血鬼はこの方法を好んだが、今時の吸血鬼は力任せにしようとしたからな。この手の類を覚えようともしなかった。それ故にいともたやすくかかるのだ。」

「まったくだ。古き風習にこだわる必要はないが、古き風習を忘れてはいかん。なんと嘆かわしい。」

 ため息をつきながらこのリッキーくんの魔法の中で平然としている2人の吸血鬼。この二人はこの中でも最古の吸血鬼で、この吸血鬼の中でも五指に入る実力者だ。

 それ故リッキーくんの魔法のレベルの低さを知り、それを鼻で笑い平然としている。

「音や匂い。こんなものにわざわざ頼らねばならぬ幻術など2流も2流。それにかかるのは3流以下のゴミだ。このわしならば指先一つで匂いも音もなく一瞬でかけられるぞ。」

「さすがでございます。それでその……」

「ふん!言いたいことはわかっておる。自分らではどうしようもないからどうにかしろと言いたいのだろ。わざわざこのわしが力を使うまでもないと言いたいがしかたあるまい。」

 手を上げ、擦り取るようにゆっくりと手を動かしていく。するとリッキーくんの姿は消え、音も鳴り止み、匂いもなくなった。

 そして鬱蒼とする森も消え、地面が大理石造りの高級感あるものに変わる。すると吸血鬼たちは全員豪華な食事の前に座っていた。

「それではこれより、我らが王を讃える食事会を始めます。我らが王たちよ。今日という日を迎えることができて本当に嬉しく思います。それでは…乾杯!」

 皆それぞれが食事にかぶりつく。そしてそのこの世のものとは思えぬほどの絶品さに腰を抜かし、一心不乱に食べ進める。その姿はまるで獣のようだ。

 すると吸血鬼たちは徐々に体が縮んでいく。その姿は中年から成年の姿に、そして青年の姿になり、少年の姿へと変わった。少年の姿になった吸血鬼たちは口の周りを汚しながら自分の姿の変貌に気がつくこともなく食べ進める。

 するとそこへリッキーくんを含むVMTランドのキャラクターたちが一堂に会し、楽しげな音楽を繰り広げた。

「ようこそ!VMTランドへ!」

「みんなが来る日を心待ちにしていたよ!」

「さあ、みんなで夢の世界へ出発だ!!」

 そんな言葉を聞いた吸血鬼の少年少女たちは満面の笑みでリッキーくんたちの後ろをついていく。しかしその瞬間、吸血鬼の実力者の数人がこの異常事態に気がついた。

「目を覚ませ!これは奴の幻術だ!!」

「そんなバカな!このわしが幻術にかかるなど…ありえん!」

「ここは一度撤退するしかあるまい!すぐに退路を……!」

 錯乱する数人の吸血鬼たち。しかしそんなことは御構い無しに他の吸血鬼たちはリッキーくんに連れられて摩訶不思議な扉の向こうへと連れられていく。その光景をみた吸血鬼は恐ろしさで体が震え、足をもつらせてその場で転んでしまった。

 そして転んだ吸血鬼が顔を上げるとその姿は子供になっていた。そして転んだことによる痛みと驚きで目に涙を浮かべている。するとそんな子供の前に人影が現れる。

「また転んだのか?まったく…吸血鬼の次期王がそれでどうする。」

「あなた、またそんなに怒って。ほら大丈夫?泣かなかったわね。偉いわ。」

「泣かないよ。僕泣かないよ。」

「そうか。偉いぞ。じゃあほら、行くぞ。」

「どこに行くの?」

「今日はお勉強もお休みよ。頑張ったご褒美に楽しいところに連れて行ってあげる。」

「たまには褒美をやらないといけないからな。まあそれも王としての役目として…」

「もうあなたったら。今日はそういう話は抜きよ。ほら、行きましょ。」

「ほんとに!ほんとにいいの!?」

「ええ、今日はどんなわがままでも聞いてあげる。ね?あなた。」

「ああ、今日はそういう約束だからな。ほら、行くぞ。」

「じゃ、じゃあ……手を繋ぎたい。…いい?」

「ええ、いいわよ。」

「そんなことか。王になるならもっと野望を持ってだな…」

「もう!あなたったら。」

 3人で笑い合い、父と母が優しく微笑んで手を差し出す。その子供は満面の笑みを浮かべて両親の手を握り、光の中へと連れられて行った。子供の頃に思い浮かべた夢を心に刻み込み、彼は旅立った。





 リッキーくんことヴァルドールの目の前から全ての吸血鬼たちが姿を消した。そこは今もまだ暗い森の中だ。そんな森の中でヴァルドールはただ一人佇んでいる。

「ふう……なかなかに危機であったが、終わる時はあっけないな。」

 ヴァルドールは名縛りの呪縛から解放され、傷ついた肉体を瞬時に再生する。そして上機嫌のまま、VMTランドへの帰路に着いた。

 ヴァルドールには守らなくてはならない数多くの笑顔があり、そして帰る場所がある。忘れかけたそれを気がつかせてくれた親友もいれば、生涯忠誠を誓える王もいる。

 今やヴァルドールは孤独な不滅の怪物ではない。数多くの人々に愛される一人の吸血鬼だ。そしてその事実がヴァルドールを新たな場所へと引き上げた。

 彼が生み出す世界は人々を夢の世界へと誘ってくれる。彼は夢の世界を生み出す夢の神様。いや、彼の夢は神の見る夢。神々が見る夢の一端を彼は地上に生み出す。

 神夢の魔神ヴァルドール。史上初の夢の世界を生み出す神の文字が先にくる魔神である。
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