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第474話 未だ名もなき使い魔

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「何をカッコつけているか知らないけどうざったいなぁ。ん~…でもなんでこの空間で生きているのかな?少し興味が湧いてきた。」

『名無し・僕は君に興味はないよ。僕の愛しい人を泣かせるだけの敵さ。』

「使い魔さん…」

 アキュスと使い魔は互いに睨み合う。そして先に動き出したのはアキュスだ。再びいくつもの妖精魔法を使い魔へと繰り出す。しかし使い魔はその全てを受けてもケロリとした表情でその場に立っている。そしてアキュスは一つの結論を出した。

「君は僕の魔力に完全に適応している。炎の魔法使いに炎が効かないように、雷の魔法使いに雷が効かないように…君は僕と同一魔力に適応した個体になったんだね。だから僕とその娘にしか生存できないはずのこの空間生きている。僕の魔法を受けても傷一つ受けない。」

『名無し・その通り。そこまでわかったのなら諦めて帰ってくれないかな?』

「あははははは!!すごいねぇ…年月が立つとこんなことが起こるんだね。俄然君に興味が湧いたよ。」

 アキュスの魔力に完全に適応した使い魔にとってアキュスは脅威ではない。全ての魔法はこの使い魔には効かず、たとえ肉弾戦になったとしても妖精は肉弾戦を得意としないためなんとかなる可能性が高い。

 ただ使い魔側もアキュスをどうにかする手立てはない。今はミチナガのスマホと通信が途絶えているためその支援の全てを受けることができない。そして管理者はこの空間から出ることはできない。完全な手詰まりだ。

 使い魔にできることはただ一つ。時間稼ぎだけだ。ピクシリーの妖精力が回復すればアキュスに対抗できる。そしてそのためにはアキュスが使い魔に興味を持って油断しているこの時間を長引かせる必要がある。

「次は何をしてみよかなぁ?解剖したいところだけど君は一人だけだ。勿体無いから他のことをやってからにしたいなぁ。」

『名無し・そう簡単には捕まらないよ。それに…君はここから出られない。出ればピクシリーが待っているからね。それに君はこの中じゃないと力を回復できない。』

「ん?何を言うのかと思えば…ここは全ての妖精の国の中継地点。ここを抑えればあの妖精神はおってこられない。そしてこの中にいる限り僕は無敵。まさか知らないとでも?」

『名無し・……そうか…そこまで考えていたのか。』

 この中継地点と全ての妖精の国への移動方法はアキュスの死後完成させられたものだ。しかしアキュスはその全てを知っている。アキュスはそういう利用のされ方をすることまで予見していたのだ。

 もしくは自身の信者にそうさせるように指示していたか。その確認方法はないが、アキュスがこの中継地点にいる限り全ての妖精の国、隠れ里が危険にさらされる。だから使い魔のやるべきことは決まった。アキュスをここから追い出し、ピクシリーの前に連れ出す。

 そのためにはそれ相応の力が必要だ。そしてそのための武器であるエヴォルヴの機体は管理者の近くに隠してある。この空間の高濃度の妖精の力に浸透させて強化するためと、管理者に給仕する際に使いやすいように置いておいたのが功を成した。

 だがそのエヴォルヴの機体にも問題がある。管理者への給仕のことしか考えておらず、搭載されるはずの兵器がほとんど外されている。それに相手は魔神クラスだ。エヴォルヴの機体が一つあるからといって何かできる可能性はかなり低い。

「よし!まずは耐久テストだ。どのレベルの魔法まで無効になるか試してみよう。」

 使い魔が考えている間に先にアキュスの考えがまとまった。そして再び嵐のような連続した強力な魔法の連発が始まる。そのほとんどは使い魔には無意味なものだ。しかし時折あまりに強力すぎる魔法により使い魔の適応値を超えてくる。

 そしてわずか数分の魔法の連発により使い魔の体には無数の傷ができていた。状態で言えば今すぐに死んでしまっても不思議ではない。今も立ち続けているのは気力によるものだ。

「ん~…このレベルで無理か。これでも意味がなかったらもっとすごいのをと思ったけど無理そうだね。それじゃあ生きているうちに解剖してみようか。」

『名無し・解剖した瞬間消えるから意味はないよ。それに…まだ第二戦がある。』

 使い魔はエヴォルヴを呼び出し搭乗する。もう生身の状態では時間稼ぎができないため正しい判断だ。しかしエヴォルヴを使っても何分耐えられることか。

 使い魔は横目で管理者を見る。管理者は恐怖で体を震わせながらも必死に頑張っている。今ここで勝利への可能性があるとしたらそれは管理者の存在だ。管理者が味方でいれば使い魔は愛する人のために極限まで頑張れる。

「おお!まだそんな形態を隠していたんだね。もう少し楽しめそうだ。」

『楽しませる気はない。ここからは本気でやる。』

 使い魔は攻撃に転じる。攻撃とは最大の防御とは言うが、現状では確かにその通りになった。攻撃に転じた使い魔が何をしてくるのか興味を持ったアキュスは自分からは攻撃をせずに回避を続けている。

 使い魔が時間を稼ぐのにはアキュスを飽きさせないことが重要だ。アキュスがもういいかと思った瞬間に隠していた兵器を作動させる。それにより飽きをこさせずに戦い続ける。

 しかし元々搭載してある兵器が少ないためネタ切れが近づいてきた。最後の可能性は賢者の石だ。使い魔の魔力を読み取り専用の武器に変形するナノマシン兵器。今の所それを覚醒させたのはバーサーカーだけだが、その力は実証済みだ。

 この状況を変えることができるのは賢者の石だけ。しかしこの使い魔が賢者の石を与えられたのは割と最近だ。覚醒できる可能性はごくごく低い。そして賢者の石が覚醒する前にアキュスの飽きが来てしまった。

「もうそれ以上は何もないようだね?それじゃあもう…いいか。」

 アキュスの口調が軽いものから変化した。もう終わらせる気だ。使い魔はすぐに距離を取ろうとするがその前にアキュスの右拳がエヴォルヴの胴体に突き刺さる。

 妖精とは本来魔法に長けてはいるが肉体は非力だ。しかしアキュスは強力な魔力によって肉体がある程度鍛えられている。それこそエヴォルヴの機体を一撃で吹き飛ばし、機能を停止させるくらいには。

 そして吹き飛んでいくエヴォルヴを管理者が受け止めた。もうこれ以上使い魔に時間を稼ぐすべはない。万事休すだ。

『名無し・すまない…情けない姿を見せてしまって…』

「大丈夫だから…もう…大丈夫だから。」

『名無し・僕じゃあ数分しか時間稼ぎできないか。もっと…鍛えておけばよかったな…』

「随分楽しめたよ。それじゃあそろそろ…我が愛しき娘よ。一つになろうではないか。お前を喰らいお前が生み出した魔力生成器官を手に入れる。そうすれば私は本来の妖精の枷から解き放たれ、最強の妖精になる。妖精魔力を無限に使える最強の妖精。私こそが世界の頂点に立つ存在。人間などに遅れは取らない。」

 アキュスの目的は最初からこれであった。管理者を取り込み、魔力生成器官を持たないはずの妖精が無尽蔵の妖精魔力を手に入れる。そうなってしまえばこの世界でアキュスに対抗できる戦力は限りなく少ない。

『名無し・そんなことはさせない…』

 使い魔は再び立ち上がる。しかしもう何かできるような状態ではない。しかしそれでも立ち上がるのは使い魔の男としての矜持だ。

「もう君には飽きたよ。消えな。」

『名無し・ここで無視しても良いのかな?数年も経てばお前をどうにかすることくらい可能だぞ。』

「数年って…笑いも起きないよ。その頃には世界は私のものになっている。」

 使い魔の唯一の可能性である賢者の石の覚醒だが、それにはまだ間違いなく年単位の時間がかかる。しかしそんな時までアキュスが待っている通りはない。しかしその言葉は管理者の耳には違ったように聞こえた。

「その言葉…信じても良いの?」

『名無し・ああ、必ずなんとかしてみせる。』

「わかった…それじゃあ……その言葉を信じるよ。」

 管理者は妖精魔法を発動させる。それは管理者に唯一許された魔法。その魔法に飲み込まれ使い魔はその場から消え去った。
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