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第469話 最恐のライバル

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 世界各地で動き出した英雄たち。しかしその影響でこの戦いの中心になったツグナオの周りには先ほどまでいた英雄たちがほぼ全ていない。

 残っているのはアレクリアルとガザラム、それに黒騎士と数名の英雄たちだ。そんなツグナオの近くにはまだ吸血鬼の軍団がいる。吸血鬼だけでも片付けてから各国を対処するべきであった。

 先ほどまでの吸血鬼たちにとって絶望的な戦力差がなくなった。吸血鬼たちにとってはもう訪れることがないと思われた好機が来た。それに今残っている数名の英雄。あれはツグナオによって呼び出された英雄たちだが、ツグナオの味方ではない。

 英雄の国の長い歴史の中では、ありえてはならないことが起こる。英雄たちの謀反である。今残っているのは裏切りの英雄と呼ばれる英雄の国の汚点だ。

「ヒュー…すげえな。あれが勇者王か。あれを殺せば…俺たちは勇者すら超えたことになる。」

「ちょうど武器までくれたからな。これで首を落としてくれってことだろ?」

「周りの英雄たちが邪魔だな。おい、お前らが誰かは知らないが協力するぞ。英雄たちの首を引っさげて王の名乗りをあげようや。」

 武器を手に裏切りの英雄たちが迫る。しかしそれを見た黒騎士は軽くため息をつきながら対処しようとする。黒騎士にとってあの程度の英雄たちは露払いだと言わんばかりの余裕さだ。あまりにも高慢な態度。しかし黒騎士にはそれだけの力量がある。

 迫って来ていた裏切りの英雄たちもその武力の格の違いに思わず後ずさりをする。しかしツグナオはそんな黒騎士を止めて前に出た。

 前に出てくるツグナオ。これは裏切りの英雄たちにとっては好機だ。所詮は一人の小男。大したことはない。所詮は死後英雄と呼ばれただけの存在。王の器ではない。なんてことはない。ただの人間。自分たちとなんら変わらぬただの人だ。この武器の一振りでけりがつく。

 そう必死に自分に言い聞かせる。しかし言い聞かせるたびに吐き気が来るほどのストレスを感じる。そんなことを考える自分自身が気持ち悪くなり立っていることも難しくなる。

 今ツグナオは目の前にいる。手を伸ばせば届く距離だ。しかし裏切りの英雄たちには目の前にいるはずのツグナオが遠くに感じた。遠く、そしてなんと大きい存在か。すると一人、また一人と裏切りの英雄たちがその場で膝をつき始めた。

 そんな中、一人少し離れた位置に立っていた裏切りの英雄の一人にして、英雄の国の歴史上初めて裏切った英雄、奪帝アオギシュ・ワンリューンだけはまだツグナオに屈せず立ち上がっていた。

「なんだてめぇら情けねぇ。お前らなんぞ信用もしてねぇよ。俺がやってやる…俺がやる……」

 アオギシュは武器を片手に前へと進む。しかし一歩進むごとにまるで自分の足が地面にめり込んでいくように重くなる。一歩進むのに数秒の時間と滝のような汗を要する。やがて指先に痙攣が起き始めた。

 そんな時ふと顔をあげた。そこには荘厳なる王がいた。アオギシュにはツグナオの背後に後光が見えた。思わず涙が溢れ出る。止めどない涙はアオギシュの視界を奪った。その瞬間、アオギシュが必死に込めていた力が抜け落ちた。

 両膝を地につけ、額を地面につけて顔を泥だらけにする。プライドの高いアオギシュが人生で地面に額をつけたことなどこれまで一度もなかった。あまりにも屈辱的なポーズだ。しかし当のアオギシュ本人はその心地よさに高揚している。

「アオギシュ・ワンリューン。12英雄の一人でありながらその職権を乱用。当時の勇者神を裏切り敵国を引き連れ2つの国を奪った男。君のせいで多くの無辜の民が命を落とした。」

「おっしゃる通りでございます。なんら言い逃れはできませぬ。」

 アオギシュ・ワンリューン。12英雄の一人であったがその地位だけでは満足できず、地位を乱用し人々を苦しませた。その後一度はほかの12英雄たちによって捕縛されたが、脱獄し他国へ逃亡。その際に英雄の国の隊長クラスを数人殺害。

 その後英雄の国に敵対心を持つ国にて士官し、軍権を牛耳り英雄の国の属国に攻め込む。その際に12英雄の一人を討ち取り、2カ国を征略する。その後は当時の勇者神の怒りを買い敵国もろとも滅ぼされた。

 まごうことなき英雄の国の汚点だ。あまり世には広めないようにしたが、アオギシュの信奉者は多く、その後多くの反英雄の国という考えの持ち主が現れた。アオギシュのきっかけで英雄の国に混乱が訪れ、多くの人々の命が失われた。

 そして今ツグナオによるアオギシュの断罪が始まる。アオギシュ本人はツグナオに裁かれるなら本望だと言わんばかりだ。そんなアオギシュに対しツグナオは険しい顔つきのまま地面に膝をついた。

「君のしたことは決して許されることじゃない。そして僕自身も君を許すわけにはいかない。……だけど責任は君だけじゃない。その当時の勇者神にも…僕にも責任がある。」

「な、何を……」

「兵とは欲深くなくてはダメだ。将とは強欲でなければダメだ。強欲であるからこそ多くの武功を立てる。飢え続けるからこそより高みを目指す。際限なく求め続ける。…そういう猛者たちを束ねるのが王だ。王とは…その飢えを満たしてやらねばならない。当時の君の王はその飢えを満たすには足りなかったのだろう?だから君は牙を剥いた。満たされぬ飢えに耐えられなかった。」

「お、王様…私は……」

「僕に君の飢えを満たせるかはわからない。しかし…この剣はまだ君を英雄だと思っている。僕も君は英雄であると信じている。だから英雄アオギシュよ。君の中に英雄としての心が残っているのであれば力を貸してくれ。君の力が必要だ。」

 ツグナオはアオギシュの両手を包み込むように握った。そしてツグナオの顔を手が届くほどの距離で見たアオギシュの表情は崩壊した。感動で打ち震え、泣き出したのだ。

 アオギシュはこの時知った。地位も名誉も権力も金も女も何もかもどうでも良い。それらはあくまで自分を飾り付けるための装飾品だ。アオギシュはただの目立ちたがりの子供なのだ。親に構って欲しいだけのガキなのだ。

 だがアオギシュにとって当時の勇者神は親足り得なかった。その当時の勇者神は武力こそ優れていたが、王としての才覚は足りなかった。だからアオギシュは謀反を起こした。行き場のない感情を、空っぽな心の器を満たすためにアオギシュは暴れたのだ。

 そして満たされぬままアオギシュは死んだ。そして蘇った今、ツグナオによってアオギシュの心は満たされた。むしろ溢れかえっている。決して満たされぬことのなかった心が満たされるという歓喜に酔いしれている。

 勇者王という偉大なる王が自分のことを理解してくれた。そしてちっぽけな自分のことを必要としてくれている。人生においてこれほど嬉しいことは初めてだ。

 初めて地位が上がった時も、12英雄に選ばれた時も、人々から割れんばかりの喝采を受けた時も、屋敷を埋め尽くすほどの金銀財宝を得た時も、国有数の美女をまとめて抱いた時でさえ、これほど心が動くことはなかった。

 ほんの数分にも満たぬ短い時間が、これほどの喜びを得られる一生の宝になるなんて誰が思いつくだろうか。もっと早く知りたかった。そうすれば12英雄としてこの英雄の国を守り抜くこと程度いくらでもしてみせたというのに。

 この偉大なる勇者王のためならば泥水をすすり、下男のように尽くすことだって喜んでして見せた。なんだってした。そして思い返した。自分が殺した英雄の国の民のことを。

「勇者様……私に…どうか贖罪の機会を……私はあなたの心を…その崇高なる想いを裏切ったまま死ねません……どうか…」

「ああ。アオギシュ、これは最後のチャンスだ。君に与えられた最後のチャンスだ。君が奪った以上の人々を助けなさい。一人でも多く人々を救ってくれ。僕も手伝う。そして君達も…このチャンスを無駄にするな。」

「「「「はっ!勇者王様!」」」」

 裏切りの英雄たちが一つにまとまった。今度こそ本物の英雄を目指そうと、この偉大なる勇者王のために全てを尽くそうと心に決めた。そしてそれは英雄の国に刃向かう者達にとって絶望するほどの恐怖であった。

 吸血鬼達にとって勇者王は大敵だ。しかしなぜか心がほだされそうになる。思わず王と崇めてしまいたくなる。しかしそれを吸血鬼達はプライドで耐え抜いた。そしてその時、遥か彼方から懐かしい気配を感じ取った。

「ツグナオ!この気配は!!」

「うん…懐かしい気配だ。」

「ククク……クハハハハハハ!!来たぞ!我らが真の王が!人間の英雄どもよ…恐怖するがよい。我らが最恐の王が来たぞ……」

 ツグナオは空を見上げる。そこには空を黒く覆い隠す蝙蝠の群があった。その蝙蝠の群れはツグナオに気がつくと狙いを定め、近くへ集まる。そして蝙蝠の群れはやがて一つの人型を描き始める。

「ツグナオ……こいつはやばいぞ。私たちと違って死んでいたわけじゃない。今日という日まで生き続けてきたんだ。この怪物は…あの時に殺しておくべきだった。あの頃とは…格が違う。」

 英雄の国最強と呼ばれる黒騎士が思わず息を飲む。それはかつて幾度となく英雄の国を襲いかかった厄災。人類の敵、最恐の吸血鬼。勇者王、黒騎士の永遠のライバル。その名も…

「やあ。久しぶりだね。吸血鬼神ヴァルドー」

「やぁ!久しぶりだね!僕はリッキーくん!よろしくね!」

「あ……うん。ごめんなさい。間違えました。クロちゃん、人違いだったよ。」

 黒騎士もツグナオも思わず顔を背ける。吸血鬼達をも顔を背けた。どうやら人違いだったようだ。
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