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第466話 勇者カナエ・ツグナオ

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 暗闇。真っ暗な暗闇の中をもがく。その死者はバタバタともがきながら土をかき分ける。そしてようやく地面から這い出たその死者はサンサンと照らす太陽を見ていた。その死者は何が起きているのかまだ理解していない。

 しかしその頭の中ではずっと声が聞こえる。それはまるでスピーカーの前で聞き耳をたてるかのような頭がおかしくなる爆音。その音はずっと同じことを伝えてくる。

 殺せ

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 どうしようもないほどの殺戮衝動を植え付けようとするその声は一切鳴り止まない。今蘇った死者たちが人々を襲うのもこの殺戮衝動によるものだ。その衝動は魔神であったとしても耐えられるものではない。

 しかしその蘇った死者は腕を伸ばしながらあくびをする。まるでその殺戮衝動なんてないかのように。そして肩を軽く回すと手のひらで頭を軽く小突いた。

 その瞬間、殺戮衝動は消え去った。彼はいともたやすくその殺戮衝動に打ち勝って見せたのだ。ありえないほどの精神力。ありえないほどの自我の強さ。しかしその死者の頭の中には再び音が鳴り始めた。だがその音は殺戮衝動ではない。それは人々の声であった。

 女の悲鳴、子供の泣き声、男の絶望する声、必死に戦う兵士の声、老人たちの諦めの声。その声は様々だ。しかし意味は一つにまとめてしまうことができる。人々は助けを待っている。人々は絶望の中にいて、希望を求め続けている。

 その死者は拳を握りしめた。そして笑みを見せる。苦しい時ほど笑わなくてはならない。どんな絶望の中にいても明るくいなくてはならない。絶望は苦しむ人の顔が好きだ。苦しそうにしていれば余計に絶望は増していく。

 だから笑う。それは彼が憧れた英雄のように、ヒーローのように、そして勇者のように。どんな時でも諦めない。どんな時でもくじけない。彼には頼りにできる仲間がいるのだから。彼に力がなくても構わない。きっと彼女が助けになってくれる。

 その死者は歩き出した。一番深い絶望の中にいる者の元へ。彼では力にならないかもしれない。しかし彼は諦めない。彼は最後の言葉を思い出す。彼の最も愛した人が言ってくれた言葉を。そしてその言葉を裏切らぬために彼は困難へと立ち向かう。

 街の通りの中心を歩く彼の周りには絶望する人々がいる。明るい未来を見出せず自暴自棄になる人々の姿。そしてそんな人々は彼を見た。蘇った死者である彼を。

 人々は手当たり次第に武器を持った。一人でも多くの敵である死者を殺すために。しかし人々は武器を持ったままその場で動かなくなった。そしてしばらく見つめたのちに歩き去る彼の後ろをついていく。

 そんな彼の前に一人の泣きじゃくる子供とその母親が現れた。子供は突如現れた死者に恐怖する。さらに近づく死者に恐怖で動けなくなる。そして死者はその手を伸ばし、泣きじゃくる子供の頭を撫でた。

 にっこりと微笑む死者。その見た目はおぞましい。しかし子供は泣くのをやめた。そして子供が泣くのをやめると死者は先を急いだ。子供はその死者の後ろ姿を見た。その姿はこの国の中心に飾られているあの銅像に、誰しもが憧れるあの男にそっくりであった。

「ママ……勇者様だよ…」

 子供と母親は他の人々と同じようにその死者の、勇者の後ろを付いて行った。それはまるで光に集まる虫のようだ。しかしこの例えは例えのようでいてそのままの事実である。人々は勇者という光に夢中になり群がったのだ。

 勇者は進む。最も絶望の中にいる者の元へ。そして勇者は閉ざされた城門の前までたどり着いた。ガッチリと閉ざされた城門は外にいる敵を中に入れぬために強固に閉ざされている。しかし目的地はこの先だ。

「うあ゛…あ゛?…」

 開けてもらうように頼もうとして、今ようやく自分がちゃんと喋れないことに気がついた。それに肉体の所々が腐っていることにも。その事実に驚きつつも身振り手振りで城門を開けてもらえないか聞いてみる。

 するとうまく伝わったようで城門が開き出した。しかしうまく伝わったからといって戦闘中にこの門を開くことは本来ありえない。しかし兵士たちはあまりにも自然に門を開けていた。拒否とか悩むそぶりもなくごく自然に。

 そして開いた城門の先に勇者はようやくこの国で一番助けを求めている男を見つけた。その男はこちらを見てさらなる絶望で立つことすら叶わなくなっている。そんな絶望する男の手に懐かしいものが見えた。

 それはかつての自分の相棒、神剣だ。懐かしさのあまりそこに視線が集中する。そして一歩、また一歩と近づきその神剣に触れた。すると神剣から輝きが消え、元の姿のおもちゃの剣に戻っていく。そしてその時、おもちゃの剣から声が伝わった。

『所有者の変更を許諾。所有者権限の確認を開始…権限最高レベル。英雄ポイント一定値を超えたため能力の自動獲得が行われます。さらに偉業の達成を始めます。…全偉業の達成を確認。新たな能力が解放されます。全能力の取得を開始…取得完了。能力が完全開放されました。以上で更新を終えます。…………お帰りなさい。勇者ツグナオ。』

「ただいま。また力を貸してくれるかい?」

 おもちゃの剣から溢れる力によりツグナオの肉体は全盛期の若かりし頃に戻っている。いや、過去の全盛期をはるかに凌駕する。その姿を間近で見た絶望していたアレクリアルは呆然としている。

「もう大丈夫だよ。さぁ…立てるかい?」

「え…あ……は、はい!」

 その瞬間から勇者神アレクリアルは少年アレクリアルへと戻ってしまった。憧れの勇者王を目の前にしてアレクリアルは王としての地位も魔神としての地位も忘れ、ただの少年の心に戻っている。

 ツグナオは周囲を見渡す。わかるのは今は戦争の渦中にいるということ。そして戦う力を持たないツグナオではこの現状は解決できない。しかしこのおもちゃの剣があればなんとかなる。ツグナオは解放されたおもちゃの剣の新たな能力を使用する。

「僕の声が聞こえるかい。聞こえたなら来てくれ。英雄たちよ。人々の声を聞き集え、英雄たちよ。森羅万象ことごとく、我が願いを聞き届けたならこの地に集え!我が英雄たちよ!!」

 おもちゃの剣はツグナオの声に呼応し光り輝く。それは大規模な召喚術。その効果はこのおもちゃの剣に認められた英雄のみを召喚する能力。ツグナオはこの能力にて黒騎士だけを呼び出すつもりであった。

 なぜなら生前唯一慕ってくれていた英雄は黒騎士だけだからだ。だから黒騎士しか召喚できないと考えていた。しかしツグナオは大きな間違いを起こした。自分が死んでから何があったか、そして何年経っているか。ツグナオは何も知らないのだ。今や自分が世界最高の勇者であるということを。

 おもちゃの剣の能力はこの世界全てに作用した。そして一人、また一人とツグナオの呼びかけに呼応する。蘇った死者たちがツグナオの声だけに反応した。それは待ち望んでいたかのように。この時来るのを待っていたかのように。

 おもちゃの剣の輝きが収まった時、ツグナオの目にはありえない光景が見えた。それは1000を超える英雄たちの姿。過去、現在全ての英雄たちがツグナオの呼びかけに答え、この地に馳せ参じたのだ。死者の肉体ではない。彼ら英雄の全盛期の姿だ。

 英雄たちは全員、ツグナオの姿を視認するとその場で膝をついた。最高の勇者に、最高の王に対して一切の無礼がないように。この地にいる英雄全てがツグナオを慕っている。勇者王として崇めている。

 そしておもちゃの剣から記憶が伝わる。ツグナオが死んだのちに何があったか。なぜツグナオの呼びかけに応じてなぜこれだけの英雄たちが集まったのか。

 ツグナオはようやくなれたのだ。夢にまで見た憧れの英雄に。蔑称ではなく、最高の英雄を意味する勇者に彼は至ったのだ。そしてこの時、ツグナオの知らぬところでもう一つの異変が起きた。

 それは魔神の石碑。全て文字化けし、何の意味をなさなかった魔神の石碑が更新されていく。それはこの混沌の世界の中でも彼だけは間違いないとそう判断したのだ。そして魔神の石碑に一人の名前が刻まれる。




 英雄は死なない。人々が英雄を敬い信じ続ける限り死ぬことはない。魂が尽き、肉体が滅びても英雄の心は永遠に残り続ける。だから彼は寿命を終えても永遠に生き続けた。永遠に成長を続けた。

 生前の彼は英雄には至れなかったのかもしれない。しかし死後、彼は英雄となった。英雄として生き続け、そして彼は大英雄とまで呼ばれるようになった。今やこの世界で彼の名を知らぬ者はいない。かの英名をバカにする者はいない。

 世界で最も有名で、世界で最も偉大で、世界で最も勇敢で、そして世界で最も彼は優しき心を持ち続けた。世界で最も勇気ある男、英雄たちの祖にして、英雄たちの父。

 今こそかの名を呼ぼう。心の底から溢れるこの思いを言葉にしよう。我らが偉大なる英雄を讃えよう。かの者は勇者王。偉大なる英雄の国の初代勇者にして偉大なる英雄。その名はカナエ・ツグナオ。

 魔神第1位、勇者王カナエ・ツグナオ。

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