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第432話 ナイトとムーンと人災のミズガルズ2

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 植物が一つと無い荒野をナイトは高速で移動する。そんなナイトの背後には巨大な土ぼこりが立っている。しかしその土埃はどこかおかしい。まるでナイトを追いかけているようだ。

『ムーン・いやぁ…キモいね。あれ全部ダニとか微生物でしょ?いやぁ……マジキモい。』

 ムーンは目をこらしながら背後から迫る土埃のようなダニの群れをよく見る。種類的には何種類かいるのだろうが、種類による見た目はそこまで大きな違いはない。そしてこの人災のミズガルズの地上部にはこのダニ以外の生物が存在しない。

 おそらくこのダニが他のモンスターを全て食ってしまったのだろう。正確には体液を吸い取ったという方が正しいかもしれない。つまりこの人災のミズガルズの地上部の最強のモンスターはこのダニということだ。

 そしてこの敵にはナイトも正直困り果てている。なぜならナイトのこれまでの敵は基本的に大きい。ここまで小さなモンスターと戦ったことなどないのだ。そしてこの手の敵はナイトと非常に相性が悪い。

 まずお得意の設置型魔法陣、つまり罠魔法は相手が小さすぎてうまく反応しない。肉弾戦闘も相手が小さすぎてうまく殴れないし、手数も足りない。こんな敵ならば広範囲に常時攻撃し続けるような魔法が良い。

 例えば煉獄の超高熱、崩神の崩壊魔力、氷神の絶対零度。この手のやつがあれば全く問題なく片付けることができるだろう。しかしナイトにはこれがない。

 広範囲魔法をなんども使うことを考えたが、魔法の威力により攻撃がちゃんと当たる前に爆風などで飛び散ってしまい大した効果が見込めない。それにあまりにも数が多すぎて殲滅するのには何十発も必要になるだろう。いや、何十発やったところで殲滅には至らないかもしれない。

 このダニの単体の力は優にSSS級はくだらないだろう。高温、低温といったどんな過酷な環境にも耐えられるように進化している。強力な広範囲魔法の直撃でようやく死ぬかどうか。そんなモンスターが地上に溢れかえっている。

 しかしナイトは一直線にどこかを目指して走っていく。何かしらの勝算があるからこその動きだ。そんなナイトは目的地にたどり着いたのか急に立ち止まった。

「ムーン。使うから隠れていろ。」

『ムーン・了解。それじゃあ一旦スマホの方に戻っておくよ。』

 ムーンはナイトが腰から下げている袋型の簡易拠点からスマホの方に戻る。そんなムーンを確認したナイトの周囲には、大量のダニがまるで一つの生命体のようにうごめいてナイトへと襲いかかる。だがナイトはそんなものには目もくれず地面に手を当てて集中している。

「繋ぐぞ…来い。」

 ナイトがそう呟くとナイトの手の先あたりが徐々に赤く光りだす。そしてナイトが地面から手を離すとそこには煮えたぎる溶岩があった。その溶岩は徐々に広がり、周囲を溶岩で包み込み始めた。

 だがたかが溶岩だ。このダニにとってはその程度の環境は問題なく耐えられる。だからこそナイトにどんどん襲いかかるダニなのだが、溶岩に触れた瞬間燃え尽きてしまった。

 この溶岩はただの溶岩ではない。しかしそんなことを考える脳はこのダニには存在しない。次々とナイトに襲いかかろうとして、そのまま溶岩の中に入り込み、燃え尽きていく。そして1時間ほど経過するとあたり一面煮えたぎる溶岩の沼地へと変貌した。そこには生物の影すら存在しない。

『ムーン・あっつぅ……しんどいわぁ…まだしばらくこのままみたいだから戻っているよ。なんか飲み物いる?』

「アイスコーヒーを頼む。」

『ムーン・はーい。』

 袋から頭だけ出していたムーンはすぐに頭を引っ込め、数秒後にアイスコーヒー片手に戻って来た。今度はそのままナイトの肩に飛び乗っている。ナイトはそんなムーンからアイスコーヒーを受け取ると溶岩の様子をそのまま眺めている。

『ムーン・まあこれなら流石に殲滅できたよね。少ししたら溶岩消して中に入っちゃおうか。』

「……生命反応をかすかに感じる。奴らこの環境に適応しようとしている。」

『ムーン・…まじ?煉獄のムスペルヘイムの魔力溜まりで見つけた地獄の溶岩だよ?それに適応って…まあ微生物とかは寿命短いから代替わり早くて環境適応能力早いけど…それでも早すぎじゃない?』

「何をしても対応される可能性が高い。今のうちにダンジョンに潜ろう。仲間たちを呼べるか?」

『ムーン・溶岩がなくなって、あのダニがいないのならなんとか平気だと思うよ。ただ…入り口どこ?溶岩に埋まっちゃって…それに本物の入り口はどこかわからないし…』

「おそらくあの辺りにあった入り口だ。」

『ムーン・獣の感ってやつだね。ナイトが言うんじゃきっとそうだね。それじゃあとっとと攻略始めようか。』




 溶岩を消し、人災のミズガルズの攻略を始めたナイトとムーンであったが、想像を絶するほどダンジョン攻略は困難を極めた。それもこれも全て貨幣回収が全く思うようにいかないからだ。

『白之捌佰伍拾・うわぁぁ!また出…』

『ムーン・またやられたか…ナイト、また出たよ。』

「む…片付けたぞ。」

 貨幣回収に当たる使い魔たちはどんどん貨幣を収納しようとするのだが、その貨幣の隙間にダニがいるのだ。この人災のミズガルズに出てくるモンスターは極小のものが多く、貨幣によってダンジョンが埋め尽くされても問題なく生きていけるのだ。

 そしてそんなモンスターたちによって使い魔たちはどんどんやられていく。いくら補充してもやられていってしまうため、貨幣回収がままならないのだ。

『ムーン・いやぁ…しかし……ここにボスいなくてよかったぁ…』

「そうだな。この場にミチナガがいても完全に守りきれる自信はない。」

 流石のナイトもこの環境下でミチナガを守れる自信はないようだ。おそらく9大ダンジョンの中で解放が最難関かもしれない。巨大のヨトゥンヘイムと比べればかなり小さなダンジョンだが、攻略には巨大のヨトゥンヘイムの倍はかかるかもしれない。

 しかしこんな表層部でいつまでも時間をかけているのは面倒だ。ナイトも戦って楽しい相手と戦いたい。こんなダニが相手では盛り上がりにもかけるし、楽しさのかけらもない。

『ムーン・もっと上手い攻略方法あればいいんだけどねぇ~。……でもあれ?ここのダンジョンも貨幣で埋まっているってことは、当時は普通に攻略できていたってことだよね?何かしらの攻略方法があるってこと?』

「…確かにそうだな。こんなダニに常に攻撃され、攻撃が当たると疫病にかかる。簡単には攻略できない。しかしそれができたと言うことは……殺虫剤か?」

『ムーン・あ~…可能性あるかも。ドルイドに相談してみようか。』

 ムーンはすぐにドルイドに相談すると十分後には数種類の殺虫剤が届いた。物は試しとどんどん使っていくと予想はしていたが、それでも予想外のことが起きた。

『ムーン・全然ダニ被害なくなったんだけど…と言うか時々ポロポロ死骸が落ちて来ているんだけど……この蚊取り線香めちゃめちゃ効くじゃん。』

「これならば問題なく攻略可能だな。」

『ムーン・いやマジで楽勝。今地上でも試しに使ってみたけど、地上のダニにも効いたよ。これ僕たちだけでも攻略可能なんじゃ……』

「……………」

 その後、無言のまま淡々と回収作業が進んだ。大量の蚊取り線香を使いながらのダンジョン攻略というのはかなり新しい。ただ使い魔たちの中には本当にこんなに簡単に攻略できて良いのかという気持ちと不安がたっぷりだ。

 ただこの蚊取り線香はただの蚊取り線香ではない。材料には世界樹の葉の中でも2年以上経っている青々とした葉が必要で、さらに希少な植物数種類などが必要だ。この蚊取り線香一巻きで金貨1000枚近くの価値がある。

 しかしそんな蚊取り線香を使えばこの人災のミズガルズの攻略難易度は当時から9大ダンジョンの中でも最も簡単だ。9大ダンジョンが現役で、世界樹もまだ存命だった頃は年に一度大攻略というお祭りが開かれていたほどだ。

 しかし今の世ではそんなことは伝わっていないし、そんな文献も残っていない。だから使い魔たちとムーンとナイトは何かあるのではと緊張しながらダンジョン攻略を進めた。
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