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第428話 ヴァルドールと勇者王の過去
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燃え盛る家々。道端では人々が骸となり幾つも転がっている。絵に描いたような地獄絵図だ。そんな地獄絵図の中心で1人の男が高らかに笑いながら宙に浮いている。そんな男の下には黒い鎧を装着した1人の騎士が横たわっている。
「脆い!なんと脆いことか!たかが腕や足の一本や二本を何度か折ってやったくらいでもう立ち上がれないとは。それでも騎士か?騎士だと言って国を守るのならば内臓が破裂しても立って我が首を切り落としてみよ!とは言っても我はその程度では死なぬがな。」
「く…くそ…この化け物め……ゴホッ…」
横たわる騎士は吐血しながらも必死に立ち上がろうとする。しかし腕にも足にも力が入らず、すでに意識も朦朧としている。今すぐ気絶してもおかしくないだろう。しかしそれでも決死の思いで意識だけは保っている。
「ククク…まあこの我に触れることも叶わなかったが我の前に立ち、しばしの時を稼いだのは褒めてやろう。褒美に貴様の血は一滴残さず啜り取ってやろうではないか。」
「くそ…こんなところで……ふざける…な……」
宙から地上へ降り立った男はゆっくりと騎士の元へと向かう。騎士はその場から逃げようとするどころかなんとか立ち上がって一太刀浴びせてやろうと考えている。しかしそんなことは決して叶わない。
そんな2人の距離が徐々に近づいて着た時、1人の男が現れた。その男はあまりにも弱そうで、あまりにも頼りなさそうで、この場にいること自体が不思議でしょうがなかった。だがその男は2人の間に割って入った。
「…なんだ貴様は。」
「何…してる……逃げろ…逃げろツグナオ…!」
割って入った男、ツグナオは哀れに思うほど体を震わせ、恐怖に慄いていた。しかしその目からはそのツグナオの意思がありありと伝わるほど力が宿っていた。決してその場から逃げない。この騎士を守るという意思が感じ取れた。
しかしどんなに考えてもそのツグナオにはこの状況を打破できる力はなかった。指一本で殺せるほどか弱い命に何かできるとは思えなかった。しかしそれを見ていた男はなぜか体が動かなくなった。そして互いに見つめ合うこと数分。炎で建物が倒壊する音だけが聞こえていた中、遠くの方で戦闘音が聞こえた。
「ふむ…お前たちの増援か。朝日が出れば吸血鬼である我が弱体化するとでも思ったのだろうな。たやすく蹴散らしても良いが…今日は満足した。ここで帰るとしよう。」
「…お前は…誰…ですか……」
「ふむ、恐怖に慄きながらも言葉を発したその勇気に対して答えてやろう。我が名はヴァルドール。吸血鬼の王なり。いずれ…貴様ら下等種族の飼い主になる。我が名を覚えておくがよい。そして恐怖で眠れぬ夜を過ごせ。」
そういうとヴァルドールは無数のコウモリに変わりその場から飛び去った。これが世界でも有名な宿敵ヴァルドールと大英雄黒騎士、勇者王カナエ・ツグナオの初めての出会いであった。
世界で最も有名な話の一つであるこの物語はヴァルドール唯一の失点にして、吸血鬼が大陸を治めることができなくなった最大の汚点である。もしもこの時ヴァルドールが黒騎士と勇者王を殺していれば英雄の国は今頃吸血鬼の国になっていたことだろう。
そしてこの時ヴァルドールが黒騎士と勇者王を殺さなかった理由というのは様々な憶測が飛び交っている。実は援軍が対吸血鬼の呪いのアイテムを持っていた、実はヴァルドールは前の戦いで深く傷ついていたなど、学者たちの中でも永遠に話し合いができるほど熱く語れるテーマの一つだ。
しかしそんな憶測をしなくてもそれを知る方法が存在する。それは本人から聞くことだ。今まさに起きていたヴァルドールは夢見が悪かったのか朝からひどい顔をしている。
『ヨウ・おはよう。どうしたの?』
「…ヨウ殿とエリーたちが作ったあの作品のせいで昔の夢を見ました。はぁ……」
『ヨウ・そりゃそりゃ…ごめんね?でも良い作品だったでしょ?』
「良い作品だからこそ昔のことを思い出してしまうのです。」
『ヨウ・そんなに嫌な夢だったんだ。』
そのままヨウと共に朝食をとるヴァルドールはポツリポツリと夢の話を語った。軽く聞いていたヨウだが、ヴァルドールが初めて勇者王と出会った時の話など誰もが聞きたい秘話中の秘話だ。しかしヨウにとっては朝食中のおしゃべりの一つでしかない。
「まあそこで私がその場を離れたところで目が覚めました。」
『ヨウ・ふ~~ん。でもなんでその時勇者王と黒騎士を見逃したの?当時だったらとりあえず殺しとくみたいなことになりそうなのに。』
「ふむ…なぜ見逃したか……正直…わかりませんな。」
非常に悩んだ末に出した答えがわからないというのには何か落胆してしまうが、ヴァルドールの表情を見る限り本当にわからないのだろう。本人がわからないのであれば歴史家たちの長きに渡る答えは当分出ることはないだろう。
しかし一度話し出したら徐々に口が滑らかになってきたようで、勇者王と黒騎士の話をし出した。永遠のライバルであり宿敵でもあったはずなのに2人の話をするときは何か楽しげであった。
『ヨウ・ねぇ。あの時…初めて勇者王とあった時に殺しておけばよかった、みたいに思ったことはある?』
「カナエをですか?ふむ……考えてみればそう思ったことは一度もありませんな。むしろ…殺さなかった我を褒めたいくらいですな。」
『ヨウ・どうして?もしもその時殺しておけば今頃この辺りに吸血鬼の国ができていたかもしれないよ?』
「そうなれば我はきっと自らの人生に絶望し、今頃生きてはいないでしょうな。」
ヴァルドールは悲しげな笑みを浮かべる。ヴァルドールは当時から自分を騙し騙し戦いに参戦していた。そのまま戦い漬けの日々を送り、吸血鬼の王として君臨していればきっと自身を見失い、抜け殻の人形のようになっていただろう。
だからこそヴァルドールは勇者王を殺さなかった自分を今となったら褒めてやりたい。もしも勇者王を殺していたら破滅の道しか存在しなかった。
『ヨウ・じゃあ後悔はないんだね。』
「ええ。数百年生きる目的を失い、惰性な日々を送っていましたが……今となってはその日々すら後悔しません。愛おしく思えるほどです。我はこれまでの人生で後悔ばかりしていましたが、今はその全てを肯定します。なんせ…あの日々がなければ今の我はおりませんから。一つでも変えてしまったら今の我はいないかもしれない。ならばこれまでの人生すべてに意味があった。」
黒騎士と最後の戦いの時にヴァルドールは敗北とともに大きな心の傷を負った。いや、元々あった自身の心の傷に気がついてしまったのだ。どうしようもなく粉々に打ち砕かれた自身の心は数百年という時をかけても癒すことができなかった。
しかしその心の傷はミチナガたちとの出会いというほんの些細で、それでいてそれまでの人生の中でも最大の衝撃により癒えていった。今ではヴァルドールの心の傷は全て癒えた。心身ともに充実した日々を送っている。
「おかしなものですな。どれだけ心が傷つく日々を送っても、どれだけ絶望の中を歩もうと……たった一度の幸福でそれまでの全てを肯定できる。過去の我があったからこそ今の我がある。故に我は過去の全てを否定しない。」
『ヨウ・ふふ…本当に変わったね。最初あった頃はあんなにもどよどよしていたのに。』
「今となっては恥ずかしい限りです。」
『ヨウ・まあそれだけ過去を肯定できるなら……第2弾も問題なさそうだね。』
「…ヨウ殿?それは一体……」
『ヨウ・いやぁ、第一弾のヴァルくんの話が大好評でさ。第2弾を待つ声もかなり聞こえてきているんだよ。だからまたこっそり作っちゃおうってね。でもヴァルくんがそれだけ肯定的で助かったよ。』
「よ、ヨウ殿?それは…ちょ、ちょっと待ってください。あれはさすがに恥ずかしいといいますか……相当落ち込んでいた時期に書いたもので色々と赤裸々に……」
『ヨウ・過去のヴァルくんがいたから今のヴァルくんがいるんだよ。過去の君を否定しちゃダメだよ。大丈夫!今度も良いのができるから。』
「いや、それはなんというか…ありがた迷惑というか……え?もしかしてもう随分と完成して…ヨウ殿?ヨウ殿!?」
ヴァルドールの焦りは虚しく数ヶ月後、第2弾のエリーによるヴァルドールの作品が完成した。これも第1弾と同様に人気を博したが、その背後には赤裸々に語られる自身の過去に悶えるヴァルドールの姿があったという。
「脆い!なんと脆いことか!たかが腕や足の一本や二本を何度か折ってやったくらいでもう立ち上がれないとは。それでも騎士か?騎士だと言って国を守るのならば内臓が破裂しても立って我が首を切り落としてみよ!とは言っても我はその程度では死なぬがな。」
「く…くそ…この化け物め……ゴホッ…」
横たわる騎士は吐血しながらも必死に立ち上がろうとする。しかし腕にも足にも力が入らず、すでに意識も朦朧としている。今すぐ気絶してもおかしくないだろう。しかしそれでも決死の思いで意識だけは保っている。
「ククク…まあこの我に触れることも叶わなかったが我の前に立ち、しばしの時を稼いだのは褒めてやろう。褒美に貴様の血は一滴残さず啜り取ってやろうではないか。」
「くそ…こんなところで……ふざける…な……」
宙から地上へ降り立った男はゆっくりと騎士の元へと向かう。騎士はその場から逃げようとするどころかなんとか立ち上がって一太刀浴びせてやろうと考えている。しかしそんなことは決して叶わない。
そんな2人の距離が徐々に近づいて着た時、1人の男が現れた。その男はあまりにも弱そうで、あまりにも頼りなさそうで、この場にいること自体が不思議でしょうがなかった。だがその男は2人の間に割って入った。
「…なんだ貴様は。」
「何…してる……逃げろ…逃げろツグナオ…!」
割って入った男、ツグナオは哀れに思うほど体を震わせ、恐怖に慄いていた。しかしその目からはそのツグナオの意思がありありと伝わるほど力が宿っていた。決してその場から逃げない。この騎士を守るという意思が感じ取れた。
しかしどんなに考えてもそのツグナオにはこの状況を打破できる力はなかった。指一本で殺せるほどか弱い命に何かできるとは思えなかった。しかしそれを見ていた男はなぜか体が動かなくなった。そして互いに見つめ合うこと数分。炎で建物が倒壊する音だけが聞こえていた中、遠くの方で戦闘音が聞こえた。
「ふむ…お前たちの増援か。朝日が出れば吸血鬼である我が弱体化するとでも思ったのだろうな。たやすく蹴散らしても良いが…今日は満足した。ここで帰るとしよう。」
「…お前は…誰…ですか……」
「ふむ、恐怖に慄きながらも言葉を発したその勇気に対して答えてやろう。我が名はヴァルドール。吸血鬼の王なり。いずれ…貴様ら下等種族の飼い主になる。我が名を覚えておくがよい。そして恐怖で眠れぬ夜を過ごせ。」
そういうとヴァルドールは無数のコウモリに変わりその場から飛び去った。これが世界でも有名な宿敵ヴァルドールと大英雄黒騎士、勇者王カナエ・ツグナオの初めての出会いであった。
世界で最も有名な話の一つであるこの物語はヴァルドール唯一の失点にして、吸血鬼が大陸を治めることができなくなった最大の汚点である。もしもこの時ヴァルドールが黒騎士と勇者王を殺していれば英雄の国は今頃吸血鬼の国になっていたことだろう。
そしてこの時ヴァルドールが黒騎士と勇者王を殺さなかった理由というのは様々な憶測が飛び交っている。実は援軍が対吸血鬼の呪いのアイテムを持っていた、実はヴァルドールは前の戦いで深く傷ついていたなど、学者たちの中でも永遠に話し合いができるほど熱く語れるテーマの一つだ。
しかしそんな憶測をしなくてもそれを知る方法が存在する。それは本人から聞くことだ。今まさに起きていたヴァルドールは夢見が悪かったのか朝からひどい顔をしている。
『ヨウ・おはよう。どうしたの?』
「…ヨウ殿とエリーたちが作ったあの作品のせいで昔の夢を見ました。はぁ……」
『ヨウ・そりゃそりゃ…ごめんね?でも良い作品だったでしょ?』
「良い作品だからこそ昔のことを思い出してしまうのです。」
『ヨウ・そんなに嫌な夢だったんだ。』
そのままヨウと共に朝食をとるヴァルドールはポツリポツリと夢の話を語った。軽く聞いていたヨウだが、ヴァルドールが初めて勇者王と出会った時の話など誰もが聞きたい秘話中の秘話だ。しかしヨウにとっては朝食中のおしゃべりの一つでしかない。
「まあそこで私がその場を離れたところで目が覚めました。」
『ヨウ・ふ~~ん。でもなんでその時勇者王と黒騎士を見逃したの?当時だったらとりあえず殺しとくみたいなことになりそうなのに。』
「ふむ…なぜ見逃したか……正直…わかりませんな。」
非常に悩んだ末に出した答えがわからないというのには何か落胆してしまうが、ヴァルドールの表情を見る限り本当にわからないのだろう。本人がわからないのであれば歴史家たちの長きに渡る答えは当分出ることはないだろう。
しかし一度話し出したら徐々に口が滑らかになってきたようで、勇者王と黒騎士の話をし出した。永遠のライバルであり宿敵でもあったはずなのに2人の話をするときは何か楽しげであった。
『ヨウ・ねぇ。あの時…初めて勇者王とあった時に殺しておけばよかった、みたいに思ったことはある?』
「カナエをですか?ふむ……考えてみればそう思ったことは一度もありませんな。むしろ…殺さなかった我を褒めたいくらいですな。」
『ヨウ・どうして?もしもその時殺しておけば今頃この辺りに吸血鬼の国ができていたかもしれないよ?』
「そうなれば我はきっと自らの人生に絶望し、今頃生きてはいないでしょうな。」
ヴァルドールは悲しげな笑みを浮かべる。ヴァルドールは当時から自分を騙し騙し戦いに参戦していた。そのまま戦い漬けの日々を送り、吸血鬼の王として君臨していればきっと自身を見失い、抜け殻の人形のようになっていただろう。
だからこそヴァルドールは勇者王を殺さなかった自分を今となったら褒めてやりたい。もしも勇者王を殺していたら破滅の道しか存在しなかった。
『ヨウ・じゃあ後悔はないんだね。』
「ええ。数百年生きる目的を失い、惰性な日々を送っていましたが……今となってはその日々すら後悔しません。愛おしく思えるほどです。我はこれまでの人生で後悔ばかりしていましたが、今はその全てを肯定します。なんせ…あの日々がなければ今の我はおりませんから。一つでも変えてしまったら今の我はいないかもしれない。ならばこれまでの人生すべてに意味があった。」
黒騎士と最後の戦いの時にヴァルドールは敗北とともに大きな心の傷を負った。いや、元々あった自身の心の傷に気がついてしまったのだ。どうしようもなく粉々に打ち砕かれた自身の心は数百年という時をかけても癒すことができなかった。
しかしその心の傷はミチナガたちとの出会いというほんの些細で、それでいてそれまでの人生の中でも最大の衝撃により癒えていった。今ではヴァルドールの心の傷は全て癒えた。心身ともに充実した日々を送っている。
「おかしなものですな。どれだけ心が傷つく日々を送っても、どれだけ絶望の中を歩もうと……たった一度の幸福でそれまでの全てを肯定できる。過去の我があったからこそ今の我がある。故に我は過去の全てを否定しない。」
『ヨウ・ふふ…本当に変わったね。最初あった頃はあんなにもどよどよしていたのに。』
「今となっては恥ずかしい限りです。」
『ヨウ・まあそれだけ過去を肯定できるなら……第2弾も問題なさそうだね。』
「…ヨウ殿?それは一体……」
『ヨウ・いやぁ、第一弾のヴァルくんの話が大好評でさ。第2弾を待つ声もかなり聞こえてきているんだよ。だからまたこっそり作っちゃおうってね。でもヴァルくんがそれだけ肯定的で助かったよ。』
「よ、ヨウ殿?それは…ちょ、ちょっと待ってください。あれはさすがに恥ずかしいといいますか……相当落ち込んでいた時期に書いたもので色々と赤裸々に……」
『ヨウ・過去のヴァルくんがいたから今のヴァルくんがいるんだよ。過去の君を否定しちゃダメだよ。大丈夫!今度も良いのができるから。』
「いや、それはなんというか…ありがた迷惑というか……え?もしかしてもう随分と完成して…ヨウ殿?ヨウ殿!?」
ヴァルドールの焦りは虚しく数ヶ月後、第2弾のエリーによるヴァルドールの作品が完成した。これも第1弾と同様に人気を博したが、その背後には赤裸々に語られる自身の過去に悶えるヴァルドールの姿があったという。
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